みんなみすべくきたすべく

北斎展

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(承前)
 とはいえ、やっぱり大阪あべのハルカス美術館の北斎は行っておかなくちゃ・・・
 そうなのです。実は、会期前半に一度行ってみたのです。がしかし、チケットの列、入場の列にひるみ、北斎は今までたくさん見てきたし…娘の応為も何枚か見てるし・・・まだ見ぬ「濤図」はいつか小布施で、見たらいいし・・・と、あきらめたものの、やっぱり、やっぱり、「広重展」⇒⇒に行ったのに、「北斎ー富士を越えて」展(~2017年11月19日)に行かないのは、片手落ちのような気がして、チケットはコンビニで先に入手して、並びました。

 およそ1時間、やっと入れても、当然、凄い人並み。行くと決めたときから、見たいものは決めていましたから、並んだ時間に比べ、館内に居たのは、ほんの少し。
 北斎の富士と大波のコーナーは、有名どころの浮世絵中心なので、見るのも列をなしていました。
 北斎60歳から90歳までの作品に焦点をあてたこの「北斎ー富士を越えて」展は 浮世絵だけでなく肉筆画も多く、大阪とロンドン大英博物館だけで開催するには、もったいない充実感。
 
 娘、応為の「吉原格子先之図」⇒⇒は 後期のみ展示で、小さな作品には、より多くの人だかり。
 隣にあった「関羽割臂図」は、クリーブランド美術館蔵だったので、この際、見ておかなくちゃと行ったのです。応為の絵は、北斎に比べ、極端に少ないのです。が、この絵の前では、わりと空いていて、しっかり見ることができました。
 当時の女性の絵とは思えないような、力強いタッチで、恐ろしい光景を描いているのですが、背景の食卓を見ると、細やかな食材が。一枚の絵の中に生き生きとした物語が描かれるのは、父親の北斎を受け継いでいるのでしょうね。

 また、小布施の「濤図」は、思い通り、生き生きとした波がしらが元気をくれました。これは、やっぱりいつか、小布施に行ってみなくちゃね。
 で、一番最後にあった「雪中虎図」は、北斎90歳の作品。これ上記写真左に写るものですが、これこそ、実物見てよかった・・・とげとげしさのまったくない自由で喜びに満ちた虎が愛おしい。(続く)
 

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広重展

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 北斎関連の絵画展が大阪でも、東京でも開催されていますが、とりあえず、混雑する北斎ではなく、近所の芦屋市立美術博物館で開催されている「生誕220年 広重展ー雨、雪、夜、風景版画の魅力をひもとくー」(~2017年11月26日)に行きました。

 近年、美術にも関心が出てきた夫が、急に見に行くと言い出したのは、単に家から近いからだけではなさそうでした。
 カ・リ・リ・ロが、まだ行った事がない東京のすみだ北斎美術館に、彼はすでに足を運び楽しんだようでしたから、もう一人の浮世絵師の広重を見たいと思ったのでしょう。

 保永堂版東海道五十三次之内(全揃)のほか、江戸名所絵など、広重のいろんな版元の浮世絵が並んでいました。サブタイトルにあるように、雨や雪や夜の美しい風景が、あるいは、当時、流行っていたちょっとした旅の観光地案内のような風景画、どちらも、丁寧な作りではありますが、最後の方は、目も疲れ(すいているので、まじかで丁寧に鑑賞)、眠たくなってくる始末。ふー・・・・

 白雨(にわか雨)の絵など、動きがあるものは好きですが、観光案内みたいな版画は、たくさん見ると、真面目な作風に退屈してくるのかも???
 広重が仕事のできる人であるのは分かるものの、個人的には、やっぱり、北斎の人を喰ったような可笑しさが好みです。北斎は、どの人ひとりとっても、生きていると感じることができるのです。で、そこにストーリーを読みの取ることができます。

 北斎と広重を並べて展示していた2006年の京都文化博物館他の「北斎と広重展」は、そういう意味で、勉強になった展覧会でした。が、しかし、かの夫にしても、「北斎の方がいいなぁ」とつぶやいておりました。(続く)

☆写真は、2006年「北斎と広重展」(京都文化博物館)の図録の広重「東海道五十三次之内 蒲原 夜之雪」のページを広げ、上のポストカードは日本橋雪中、下のポストカードは「庄野 白雨」、左は今回の「広重展」案内紙。

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蓮華寺

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 10月は台風が続けてきたりして、晴天の日が少なく、やっと秋らしい晴天が続いて、いい感じと思っていたら、その一日だけ、何故か雨。お天気女も、お稽古の度に晴れるわけもなく、ま、仕方ない、と行ったところは、京都大原三千院、ではなく、その手前、八瀬と三宅八幡の中間にある洛北 蓮華寺という小さなお寺。
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 解説によると、元は今の京都駅付近にあったこのお寺、応仁の乱(!)後、荒廃していたのを1662年に移転とありました。再興の際には石川丈山他、当時の文化人の協力があったとも、ありました。
 ということで、本堂も庭園もこじんまりはしていても、紅葉時期は、楽しみなところ。
 今回は、少し早かったのですが、さらに紅葉が進み、お天気に恵まれれば、静かでいいところ。
 小さなお寺の大きな銀杏の木は、すでに黄色くなっていました。
蓮華寺4j

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やわらかく ゆでて くりーむ

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(承前)
 ≪「どんぐりを かご いっぱい ひろったら おさとうを たっぷり いれて、にようね」
 「くりを かご いっぱい ひろったら、やわらかく ゆでて、くりーむに しようね」≫
 この言葉は、「ぐりとぐら」(中川李枝子文 大村百合子絵 福音館)です。
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 秋になり、栗が店に出回ると、ぐりとぐらのこの言葉を思い出します。
 ましてや、ケーキ屋さん、和菓子屋さんの連なる百貨店のスィーツ売り場では、さらに、この言葉が頭の中をぐるぐる。
「ああ、おさとう たっぷり」
「ああ、やわかくゆでて くりーむ!!!」
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 果物は総じてどれも好きなのですが、この「栗」も特別の位置に存在しています。(果物の類いか否かは、別問題として)
 というのも、栗は、美味しい栗ほど中もクリームのようになっているのを知ってはいても、如何せん、それを口にするまでに、どれだけの手間がかかることか・・・指は痛くなる。手はしんどくなる。むいても、むいても、家族で食べるには、ほんのちょっと・・・という厳しい現実があり、調理済み、しかもそれが丁寧な出来上がりだとすると、もう手を合わせたくなるような気分になります。

 で、秋と言えば、栗・・・「渋皮煮」に「くりきんとん」、それに、できれば、栗の産地の「和栗モンブラン」。というのも、かつて、パリで食べたモンブランが甘すぎて(大きすぎて)、「うっ」となりながら食べて以来、和栗の、どこか遠くに渋みを感じるモンブランのファンです。
 ということで、レマン湖畔で見たモンブランも、お口に入るモンブランも、どちらもいいでしょ!

☆写真は上から、モンブランみたいなイタリア風丹波栗のモンブラン。二番目は京都老舗の栗きんとん。三番目は、丹波栗のモンブラン。四番目は、栗と抹茶のスィーツバイキング。これも、パリと同じくらい甘いものの、お昼のバイキングですからサラダもあって、サラダにお醤油味のドレッシングをかけ、口直しをしながら、およそ完食。
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(続) 自然はいかに恵み深いことか。

モンブラン1j
(承前)
 もう一つ、スイス旅行の最後の最後に。
 レマン湖畔に宿泊するのは、美味しいパンやチーズがあるだけではありません。ダリアの花壇が美しいからだけでもありません。
 遠くに、モンブランが見えるからです。
 夏の山は、ガスが上がらない朝の方がはっきりくっきり見えます。登山家ではないカ・リ・リ・ロにとって見目麗しい山を眺めることは大きな喜びです。とはいえ、連泊したとて、毎朝機嫌よく、見えるわけではありません。

モンブラン2j

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 モンブランは標高もさることながら、そのすそ野が広い(ようです)。日本の白山も、すそ野が広い山のようですから、同じ白い山と名付けられたのは偶然とは言え興味深い。
 すそ野が広くて高いーーーつまり、遠くからでも(どこからでも)、その姿を見る(拝む)ことができるーーーつまり信仰の対象になりうるのではないかと考えます。
 少なくとも、カ・リ・リ・ロは、朝日に輝くモンブランの美しい姿に、毎回、手を合わせてしまいます。健康をありがとう。
・・・と、いいながら、もはや秋も秋、モンブランと言えば・・・(続く)


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貴族的な名前の街

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  (承前)
 ドーデ― 「アルプスのタルタラン」 (畠中敏郎訳 岩波文庫)➡➡ ⇒⇒ には、レマン湖畔のことはも少し書かれています。
≪・・・タラスコンの登山家達は、釋放されて、シヨンの城から遠ざかって行ったが、誰だって彼等以上にその蔽いかぶさるような、ロマンチックな憂愁を強く感じたものはあるまい。彼等はミュラー館へ寄って、荷物と旗とを取り、昨日食べる暇のなかった畫飯代を拂い、それから汽車でジュネーブへと急いだ。雨が降っていた。滴のしたたる窓ガラスを通して、タララン、ヴヴェ―、ローザンヌなど貴族的な避暑地の名前が讀まれる。赤屋根の小家や、珍奇な灌木のある小庭が、樹の枝や屋根の小塔や、旅館の露臺なぞの水のしたたる湿った被衣(ヴェール)の下に過ぎて行く。≫

 だらだらと続いたスイス報告もおよそ終わりです。北スイスから始まって、中央アルプス、そして最後はレマン湖。
 あの唯一無二のアイガー・メンヒ・ユングフラウの景色は、あきらめきれないし、レマン湖の穏やかさは捨てがたい。何よりも、自然そのものが「美味しい」。加えて、美術館巡りも充実。・・・・ということで、スイスに行くために、次の年まで頑張ろうという気持ちになっています。いろんな条件が増えてきて、機嫌よく行けるのも、そうそう多くないだろうし。

 シヨン城から今度は船に乗り、ヴェヴェイに行きました。ヴェヴェイに近づくにつれ、かのル・コルビジェの小さな家➡➡を探しましたが、本当にどこかわからないくらい小さくて、昨年、行ったからわかるのであって、知らない人には、まったくわからないほどのもの➡➡。そんな小さな小さな建物が、当時は批判されたと思うと、不思議な気がします。今は、完全に湖岸になじんでいますから。

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 とはいえ、湖岸の大きな大きな建物である、シヨン城は景色そのものとなり、心に深く残ります。
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☆写真一番上は、ヴェヴェイの街の紋章。 
 

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シヨン城

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(承前) 
 2005年に初めてこのシヨン城⇒⇒に行ったときは、今ほど、整備されていなかったように思います。今や博物館としての機能もあり、
また、メディアを使って、わかりやすく、歴史や古いものもふんだんに楽しめました。

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 ドーデ― 「アルプスのタルタラン」 (畠中敏郎訳 岩波文庫)➡➡ ⇒⇒ にシヨン城のこんな記述があります。
≪・・・理由も判らずに急に自分が幽閉された此のシヨン城は、スイスの中で一番人の訪れる史蹟の一つである。サヴアの伯爵達の夏の離宮となり、ついで國事犯監獄、それから武器弾薬庫となった後、今日ではリギ・クルムやテルスプラッテと同じように、一つの名勝地に過ぎない。しかし其處に憲兵の屯所があり、此の土地の酔っぱらいや不良青年どもの「豚箱」が置いてあった。しかしそういう連中は此の平和なヴォ―州ではごく稀なのだから豚箱はいつでも空っぽで、番人は其處に冬の薪を貯蔵しているのである。・・・≫(続く)
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☆一番下の写真、向こうにダン・デュ・ミディ(南の牙)7つのギザギザ山が見えます。スイスとフランスの国境あたりです。

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モントルーの青い空

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 秋も深まってきた中、いまだ夏のスイス旅行の報告です。
 さて、今夏最後は、お盆休みだった娘と合流、レマン湖東半分を周遊しました。
まず、モントルーの湖岸に立つクィーンのフレデリー・マーキューリーの像を見て、モントルーからシヨン城まで続く、花の道を一時間歩きました。花の道なら、もう少し距離が短いとはいえ、モルジュのダリアの道➡➡の方がよく手入れされているような気がします。
 
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 さて、シヨン城につくと、10年以上前に来た時より観光客向けに整理され、内部は見やすくなっていました。(続く)
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ミュシャ展

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 京都えき美術館に「ミュシャ ~運命の女たち~」展(~2017年11月26日)を見に行きました。
 東京 新国立美術館で展示されていた、アルフォンス・ミュッシャ晩年の「スラヴ叙事詩」(およそ縦6メートル、横8メートル 20点の油彩画)は、えき美術館では  展示されていないので、少々物足りませんが、ま、仕方ありません。
 申し訳程度に1928年にその大作が発表されたときのポスターは展示されていました。
 テーマは、運命の女たちですから、ファッショナブルで美しい女性たちが並んでいました。

 アール・ヌーボー期のミュシャの作品には、花や植物の装飾が、くどいほど描かれています。よく見ると、アール・ヌーボーよりずっと古いケルトの装飾、アイルランドのケルズの書を思い起こす装飾もたくさんあって、興味深い。

 また、美しい女性の画ではありませんが、クサヴィェ・マルミエ著「おばあさんの話」の数枚の挿絵原画は、その元のお話を知りたいと思わせせる丁寧な挿絵で、楽しいものです。

 

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ひとあし、もうひとあし

いたずらこねこ
(承前)
 今回は、まごとえほんではありません。
 わかいひととえほんです。

 小学校の教員をしていたとき、子どもたちに絵本を読み、お母さんたちの集まりで、お母さんたちに絵本を読み、もちろん、自分の3人の子どもたちにも絵本を読んできました。そして、ここ10年以上は、学生たちにも絵本を読んでいます。

 そんななか、学生たちからもパワーをもらうことがありますが、先日「いたずらこねこ」(バーディン・クック文 レミイ・シャーリップ絵 まさきるりこ訳 福音館)の時もそうでした。

 私語の多い学生たちを固定席に変えたら、概ね静かになりました。で、絵本が見やすいように前方は空けておきました。そんな前方席も埋まったその時間、「いたずらこねこ」を読んでみたら、ねこが後ずさりする頃から、なんだか空気が変わってきたのを感じました。そして、後ろの小さな池に足がかかる!その瞬間には、学生たちが息をひそめるのが伝わってきました。で、ページを繰ると、ばっちゃーん!!!・・・・・あーあ(ほらね!)

 小さな子どもたちも、学生たちも、息をひそめるところは同じ。
 
 この横長の絵本には、よけいなものが一切書かれていません。横に長い一線と、こねこの住処を表す木塀、亀の住処を表す小さな池、そして、こねこと亀。色は、小さな池の青緑色。
 距離感を表す横一線が有効的です。他に色を使わないことが、小さな池を強調しています。まどろこしいような物語の展開が、時間の経過と最後のスピード感を表現しています。
 そして、繰り返す言葉・・・「やがて、かめは、ひとあし、もうひとあし、また もうひとあし まえへでてきました。そして こねこは、ひとあし、もうひとあし、またもうひとあし うしろへさがりました。・・・」

☆写真の聞き手たちは、右から「げんきなマドレーヌ」他(ルドウィッヒ・ベーメルマンス作 瀬田貞二訳 福音館)のマーちゃん、「ラチとらいおん」(マレーク・ベロニカ作 とくながやすとも訳 福音館)のらいおん、スコットランドのわんわん

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