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みんなみすべくきたすべく

まご ひこ やさご すえの すえまで

 ねずみじょうどjj
 次は、草子ほど長くない昔話「ねずみじょうど」。
 貧乏なお爺さんが、ころがったそばもちを追いかけて行ったら、ねずみの住む穴に。目をつぶってねずみのしっぽを握って、着いた先では、ねずみたちが大歓迎。ねずみの黄金をどっさりお土産に持って帰ると、となりの目腐れ爺さんも、真似して、ネズミ穴に。ところが、ねずみたちの歌の最中にねこの鳴きまねをしたものですから・・・・もぐらになっちゃった。

 瀬田貞二再話の「ねずみじょうど」では、ねずみが言います。
≪じいさん じいさん ただいまは、けっこうなごちそうをありがとさん。なんにもないけど、ちょっくらうちへよってくだされや。それ まなこをつむって、このしっぽにしっかりつかまって、な。」と、ねずみごえでいいました。

 ねずみごえって!! 「ねずみは いいました。」ではなく、「ねずみごえで いいました。」 聞いているそれぞれの頭で、いろんな声が聞こえてくるじゃありませんか。

 それに、ねずみたちが歓迎に歌う歌、ちょっとめでたく、お正月にぴったり。
♪ねずみのじょうど ねこさえ いなけりゃ このよは ごくらく とんとんとん 
まご ひこ やさご すえの すえまで ねこのこえ きくめぇ とんとん ♪

 それにしても、もぐらになった めくされ爺さんも、よりによって、にゃーおなんて言わなければ、よかったのに・・・
 とっぴんはらいのぴい・・・ですね。

「ねずみじょうど」(瀬田貞二再話 丸木位里絵 福音館)
(「さてさて、きょうのおはなしは・・・・」 瀬田貞二再話・訳 野見山響子画 福音館)

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ねずみのおはなし

      鼠年j

 2020年は、子年。ねずみの年・・・ということで、今年は、ねずみの絵本を探そう。2019年のイノシシよりは、たくさんあります。

 とはいえ、ねずみは、いろんな絵本に、ちょい役として登場するものの、主人公となって大活躍は、犬や猫に較べて少ないかもしれない。犬や猫が、家族の一員となって、身近な存在であることに較べ、ねずみは、多くの世界で嫌われものとして、生きながらえて来たことに関係している?
 また、ライオンや象などは、強い、大きい・・・と、絵本に登場することも多いのに比べ、ねずみはどうだろう?
 身体が小さいねずみは、可愛いということにもつながることもあるけれど。

 が、しかし、ねずみは、小さいながらもなかなかの知恵者であり、家族が多く家内繁栄を象徴することもあって、ねずみの小さな力を借り、成功に導かれる、幸せに近づく、といった話は、けっこうあります。

 特に、日本の昔からの話に、鼠が登場するのは、ペットとして身近ではないものの、ごく身近に――壁一枚のところに、住んでいて、昔話の基本である、虐げられている者、弱い者、貧しい者の代弁者として、ねずみを描いているのではないだろうか。(続く)

☆写真後ろは、鼠草子(サントリ―美術館) ➡➡ 写真前は、グリーンノウのねずみ。「まぼろしの子どもたち」(ボストン作 瀬田貞二訳 堀内誠一絵 偕成社文庫)「グリーンノウの子どもたち」(ルーシー・M・ボストン作 ピーター・ボストン絵 亀井俊介訳 評論社)

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こねこのウィンクルとクリスマスツリー

ウィンクルj

 12月に入って、一通のメールが届きました。小学校で、本を読んだり、お話をしたりする活動をなさっている方からでした。
 メールには、昔むかし、カ・リ・リ・ロが訳したお話や詩を、子どもたちに紹介してくださったとのこと・・・
 ん?

 そうでした。25年くらい前のこと、ある子どもの本の出版社から出ている月刊誌に何度か、私訳のお話が掲載されたことがあったのです。
 その中の一つに、「こねこのウィンクルとクリスマスツリー」の出てくるお話がありました。(ルース・エインワース作 菊池恭子絵)
 あ!クリスマスツリーが出てくる!と、思い出し、クリスマス絵本の会の今年のテーマである、クリスマスツリーやモミも木のお話に、慌てて付け加えました。
 
 本棚の奥の奥に眠っていた、この月刊誌たち。
 が、種は撒いてみるものですね。
 ちゃんと、誰かが育ててくれていました。ありがとうございます。
 もしかしたら、そのお話を聞いた子どもがいつの日か、また、繋いでいってくれるかもしれない・・・

 当時は、たくさん、小さなお話を訳していたものでしたが、紆余曲折を経て、今は、ほとんど訳さず、年に一度、クリスマスカード用に詩を訳しているだけです。来年は、ちょっとまた、やってみようかな・・・

*年末年始、ブログを休みます。みなさま、よいお年を。

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シモンとクリスマスねこ

シモン
 そういえば、今年はネコの絵本を紹介し続けていたのでした。まだ、まだネコの絵本や読み物があるものの、ここでは、クリスマスとネコの本は、どうでしょう。

 「シモンとクリスマスねこーークリスマスまでの24のおはなし」(レギーネ・シントラ―文 ジータ・ユッカー絵 下田尾治郎訳 福音館)
 シモンの家には、フローラという名前の、尻尾のシマが24ある猫がいました。クリスマスまで24日もある!と嘆くシモンに、お父さんやお母さん、おばあちゃんたちが、シモンに24の話を聞かせるストーリーです。
 どれも、詩的な世界で、心温まる世界が広がっています。話を聞き終えた、シモンは、毎回、気持ちよく眠りにつきます。
 23日目はおばあちゃんが話す「クリスマスねこ」のお話です。

≪ いつもは臆病なシモンの猫のフローラですが、この日は、道の真ん中で大きな声で喋り出しました。そして、今日から、自分の名前を「クリスマスねこ」にすると宣言します。それまでの日々の話の中で、お花を「クリスマスの星」と言ったり、木は「クリスマスツリー」になったり、月は「クリスマスの月」、動物のおもちゃは「クリスマスのおくりもの」となるので、≪わたしも今から『クリスマスねこ』という名前になります。そうじゃないとクリスマスにふさわしくないから」≫と、フローラは言うのです。≪人間はみんな、頭に『クリスマス』ってつく言葉が好きなんです。だから『クリスマスねこ』って名前になりたいんです。そうすればきっと、もみの木やクルミ割り人形なんかよりも、ずっとわたしのことを好きになってくれると思って・・・
 すると、白い雄ネコに「もうやめんかい」と一喝され、フローラというのは、花のことで、きれいな名前だと諭されます。それで、フローラは「じゃあ、わたしはせめて『クリスマス・フローラ』って名前でいさせて。」と、一目散に家に帰ります。・・・≫

 ・・・と言う話をおばあちゃんが終えると、シモンは猫のフローラの毛をなで、「フローラ、しんぱいしなくていいよ。クリスマスっていう名前がつくどんなものより、おまえのことが好きだよ。」そして、おばあちゃんにも、言います。「・・・・おばあちゃん、ぼく、おばあちゃんのことも、いちばん好きだよ。」シモンは、おばあちゃんにキスをしました。おばあちゃんがそばにいてくれて、シモンはとてもうれしかったのです。シモンはその晩、ぐっすりとねむりました。

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ちいさな虫のおおきな本

虫の本
(承前)
「もりのおくのクリスマスツリー」➡➡の作者ユーヴァル・ゾマーは、虫の絵本も描いています。
「ちいさな虫のおおきな本」(日本語版監修:小松貴 東京書籍)

虫が嫌いな人は、手に取らないかもしれませんね。表紙から小さな虫がたくさん描かれていますから。

が、苦手な虫もあるけど・・・くらいの人は、このちょっと、可愛げな大きな絵本は、絶対楽しめます。もちろん、虫にあまり偏見のない子どもたちなら、この絵本のなかに詰まっている、虫世界の知識も増えるし、綺麗な絵にも出会えます。

  花は好きだけれど、虫はねぇ・・・と、勝手なこと言っている人も居るでしょう。
 花が咲き、実がなり、樹木が育つのは、虫や他、生物が媒介しているのですから、時々は、花や葉や実を食い荒らす憎っくき虫なども、生きるためなんだねぇと余裕の気持ちで、接したい、
 地球の上に、同じく生を受けたご縁。子どもたちのように、偏見なく、この絵本を楽しみたいと思います。

 さて、この絵本には、カマキリが登場するのですが、孫は、夏の終わりに、じいじがバッタやカマキリを素手で掴んだことが、よほど、印象的だったらしく、そのことを、カマキリの箇所で、教えてくれました。カマキリは、こーんな手をしてるんだよ、と身振りを添えて…

 いわゆるお話の絵本ではありません。(自然)科学の絵本の場所にあります。

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もりのおくのクリスマスツリー

もりのおくのクリスマスツリー

 30年以上、クリスマス絵本の会を続けていると、質のいい新刊・復刊が、たくさんあって、用意するのに困る年もあれば、え?たったこれだけ?復刊もしないの?と、残念な年があります。今年が、その年でした。

 毎年のように、紹介し続けている「クリスマスイブ」(マーガレット・ワイズ・ブラウン 矢川澄子訳 ほるぷ)のような、静かに心に迫るクリスマスストーリーとは、違った角度で、クリスマスツリーを見たのが、この「もりのおくのクリスマスツリー」(ユーヴァル・ゾマー 石津ちひろ訳 ほるぷ)
 クリスマスツリー(モミの木)を中心の題材としたクリスマス絵本・読み物は多く、その中の新人がこの「もりのおくのクリスマスツリー」です。

 絵がイラストタッチなのは、最近ありがちな風潮です。が、自然の描写は、子どもたちに親しみやすいものです。ストーリーもわかりやすい。

≪ぼくは いっぽんの き・・・・ここに じっと たっている。≫と、この絵本は始まります。傾いているこの木は、なかなか背が伸びず、季節がめぐって、他の木がクリスマスツリーとして、居なくなって、ひとりぼっちになって・・・
 そして、最後、≪あめや かぜや ゆきや おひさまの おかげで だんだん おおきく なっていく。いつだって、ぼくは みどりいろ。ぼくは いっぽんの き・・・・ ここに じっと たっている。≫で、終わります。

 四季を表現した絵は、どれも美しい。大仰な表現でなく、子どもたちにも伝わりやすい馴染みやすい絵です。
 ページの隅々に登場する、鳥や、森の生きものも、いいなぁと思っていたら、この画家、自然科学の絵本、動物や昆虫の絵本も手掛けている人だった・・・(続く) 

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レスター先生の生徒たち

       レスター先生

 さて、ガーンジー島の映画➡➡や 本「ガーンジー島の読書会 上下」(メアリー・アン・シェイファー  アニー・バロウズ 木村博江訳 イースト・プレス)➡➡から始まったチャールズ・ラムも、ここらで、一区切りです。

 チャールズ・ラムとメアリー・ラムが共作したのは、子どもに向けた「レスター先生の生徒たち」(牛原眞弓訳 ウィニフレッド・グリーン絵 未知谷)も、あります。
 中には、十の話が入っていますが、3話をチャールズ・ラムが担当し、残りは、メアリー・ラム作です。
 200年ほども昔の英国ビクトリア時代の10人の少女たちの暮らしと想いが、細やかに描かれています。
 どの子も、貧しかったり、生活が激変したり、親が居なかったり・・・ 立場の違う少女たちが、順々に、自分がここに居るに至る話をするのです。そして、どの子も、虚栄心や、嫉妬心、罪悪感などを正直に吐露しています。
 
 わくわくする楽しみというものはありませんが、それぞれの少女たちの気持ちに寄り添いながら読めると思います。
 また、挿絵は、ケート・グリーナウェイかと見まがうばかりです。が、ケート・グリーナウェイより、ほんの少し表情があるような気がします。また、お話一つにつき、一つの挿絵がついているのですが、どれにも、周りに飾り枠があり、どれも、異なる花々で囲まれていて、綺麗です。

☆写真上は、ケート・グリーナウェイ 下は「レスター先生の生徒たち」のウィニフレッド・グリーン  すごく似てます。

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アーサー・ラッカムの真夏の夜の夢

ラッカムj
(承前)
  岩波少年文庫の「シェイクスピア物語」)(矢川澄子訳)にはラッカムの挿絵がついていますが、話一つに一つの挿絵。(1899年のものには11の線画、1909年の改訂版には12のカラー絵がついたようなので、岩波少年文庫は、ラムの文章自体は1807年のものですが、ラッカムの挿絵本は1899年のものだと思われます。)

 ところが、新書館の出版には、シェイクピアの「真夏の夜の夢」(伊東杏里訳)で、ラッカムの挿絵がたっぷり入ったものがあります。 あとがき【『真夏の夜の夢』を描いた絵師】(荒俣宏)によると、ラッカム自身、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」の作品をいたく、気に入り、挿絵たっぷりのもの(カラー絵40枚線画34枚)を1908年に出版したようです。(1939年にも限定のものも出したとあります。)

 このラッカム絵を充分楽しめる、「真夏の夜の夢」は、シェイクピピア原作のようにト書きや台詞ではなく、散文ですので、臨場感が違うものの、もしかしたら、台本のような作品が苦手な向きは、この方が読みやすいと思われます。

☆写真右;岩波少年文庫「シェイクスピア物語」(矢川澄子訳)の真夏の夜の夢。写真左;ラッカム挿絵の「真夏の夜の夢」(伊東杏里訳 新書館)

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おかあさんは、なにしてる?

マリノ (1)j
(承前)
 くんちゃんがお気に入りの孫(3歳)が、図書館で借りたのが同じドロシー・マリノの描く「おかあさんは、なにしてる?」(ドロシー・マリノ作・絵 こみやゆう訳 徳間書店)でした。

 なぜ、同じ作者とわかるのか、不思議です。片やクマの子だし、片や幼稚園に行く子どもたちの話です。もちろん、同じ画家ですから、色合い、雰囲気は同じなのですが、数ある図書館の絵本から選びだしたのも興味深いことです。ま、作者別になって、くんちゃんと並んでいた、単なる偶然だと思いますが・・・

 くんちゃんも、ほとんど、暗唱できるくらい、なんども読んでもらっていましたが、ある時、孫の母親が動画を送信してきました。孫が、母親に「絵本読んであげよう」と読んでいるシーンでした。
 お布団に寝そべって、お風呂上がりの吸水タオルを頭にまき、読んでいるのが、「おかあさんは、なにしてる?」でした。(毎晩、寝る前に、母親が3冊読むようですから、動画は、別の絵本2冊のもありました。)

 まだ、「サ行」や「タ行」が、しっかり言えない孫が読むのは、
「・・・ふたごのリンダと ライルが、がっこうで しゃんすう(算数)を ならっているとき、 リンダとライルの おかあしゃん(おかあさん)は、かいしゃで けいしゃん(計算)を ちています(しています)。・・・」「シュージャン(スーザン)が、ビーズのかざりを ちゅくっているとき(作っているとき)、シュージャンのおかあしゃん(おかあさん)は、シュージャン(スーザン)のあたらしい ふくを ちゅくっています(作っています)。」「マイケルが、しゃくぶん(作文)をかいているとき、マイケルのおかあしゃん(おかあさん)は、おばあちゃんに てがみを かいています。・・・・」

 しゃんすう(算数)がなにか、しゃくぶん(作文)が何かも、まったく知らない3歳の孫ですが、おかあしゃんお母さんの読んでくれるお話は、しっかりと耳にとどめ、楽しんでいる様子です。子どもに本を読んでもらえるなんて、なんて幸せなひとときなのでしょう。

☆上記写真は、「おかあさんは、なにしてる?」の表紙ですが、中央、ジェーンと手を繋いでいるのは、ジェーンのおかあしゃん
お母さんではありません。さて、だれでしょう? 

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くま、くるみ、くまんばち

マリノ (2)j
 くんちゃんのシリーズは、秋の今なら、「くんちゃんはおおいそがし」。夏なら「くんちゃんのもりのキャンプ」冬なら「くんちゃんのだいりょこう」クリスマスシーズンは、「くんちゃんのふゆのパーティー」などなど、四季折々の話があります。なので、保育現場で、日々、読んだり、家庭で、四季を感じながら楽しむことのできるシリーズです。

 作者のドロシー・マリノは、「ふわふわくんとアルフレッド」「おかあさん なにしてる?」「スティーヴィーとこいぬ」➡➡「ベンジーのもうふ」など、小さい子どもの生活を、その子の目線で、優しく描くことのできる作家です。(ただし、後ろ二冊の文は、マイラ・ベリー・ブラウン)

 それで、今夏、激しい夕立のあとの大きな虹を見た孫(3歳)に、「くんちゃんとにじ」を貸しました。
 繰り返し読めとせがんでいたようですから、次に、うちにきたとき、くんちゃんのシリーズ全冊、広げたら、「わぁ、くんちゃん、いっぱーい!!!」と、すべて、持って帰りました。
 するうち、保育園でアデノウィルスが流行し、孫もその洗礼を受け、高熱が出ました。
 夜、うなされながら、彼女がつぶやいたのは「くま、くるみ、くまんばち・・・・」という言葉。

 「くま、くるみ、くまんばち」は、「くんちゃんの「はじめてのがっこう」の中で、初め、学校になじめないくんちゃんが、優しい先生の導きで、教室に入るきっかけとなったシーンで、くんちゃんが大声でいう言葉です。

 高熱と戦う孫のつぶやいた一言は、彼女の奥の奥で力となっていた大事なものを見せてくれたような気がします。(続く)

くんちゃんのシリーズ(ドロシー・マリノ作)
「くんちゃんのだりょこう」(石井桃子訳 岩波)「くんちゃんのはじめてのがっこう」「くんちゃんのはたけしごと」「くんちゃんのもりのキャンプ」「くんちゃんとにじ」「くんちゃんはおおいそがし」(まさきるりこ訳 ペンギン社)「くんちゃんとふゆのパーティー」(あらいゆうこ訳 ペンギン社)
「おかあさんは、なにしてる?」(ドロシー・マリノ こみやゆう訳 徳間書店)
「ふわふわくんとアルフレッド」(ドロシー・マリノ 石井桃子訳 岩波)
「スーザンとマイケルはいちねんせい」(ドロシー・マリノ まさきるりこ訳 アリス館)
「スティーヴィーのこいぬ」「ベンジーのもうふ」(マイラ・ベリー・ブラウン文 ドロシー・マリノ まさきるりこ訳 あすなろ書房)

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