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みんなみすべくきたすべく

まちねずみジョニーのおはなし

ぽたー3
(承前)
 「まちねずみジョニーのおはなし」(ビアトリクス・ポター作・絵 石井桃子訳 福音館)は、「影にいるイソップへ」と、イソップに捧げられているように、テーマは、イソップ寓話と同じです。

 まちねずみのジョニーと農家の野菜畑で生まれたチミー・ウィリーの話です。チミーが、野菜かごで眠り込んでいたところを、馬車で運ばれ、逃げ込んだところが町ネズミたちのパーティー(お料理が8種類も出るような、立派なパーティー)。猫もそばでごそごそするような居心地の悪さは、農場生まれのチミーを すぐに、静かな自分の巣に帰りたい気持ちにさせ、次の野菜かごを返す日に、戻って行きます。冬が過ぎたころ、今度は、町ネズミがやってきて・・・

 この町の舞台になったのが、湖水地方のホークスヘッドという町(村?)。ここには、30年近く前に行ったことがあります。確かに農場が広がっているというのではありませんが、日本の我々の思う町という感じからは、少々違って、田舎の小さな集落という感じでした。ポターの住んでいたヒルトップから、そんなに遠くないところでしたから、野菜は新鮮なまま届いたと思います。

 この「まちねずみジョニーのおはなし」以降、絵本では、「セシリ・パセリのわらべた」(なかがわりえこ訳 福音館)➡➡、絵本で長編の「こぶたのロビンソンのおはなし」(まさきるりこ訳 福音館)、挿絵本の長編「妖精のキャラバン」(久野暁子訳 福音館)の出版がありますが、これらは、それ以前から、書き進めていたものであったようで、実質は、この「まちねずみのジョニー」が、ポターを取り巻く小動物たちの小さなお話絵本としては、最後のもののようです。

 ポターは、この本を作るときに、「視力の衰え」を嘆いていたようですが、野菜かごの中、豆のベッドで、ぐっすり寝込んでいるチミーの絵(上の写真の下の絵)、チミーが「いなかに住むほうが好きです」という最後のページの、いちごを食べてるチミーの絵(上の写真の上の絵)。これらは、ピータ・ラビットシリーズの中でも、好きな2枚です。田舎の小さな生き物への愛が感じられます。

この絵本が出版された当時の書評では、
≪挿絵は、ミス・ポターの最高傑作の一つである。・・・・ミス・ポターは、ライバルを思いわずらう必要はない。彼女に匹敵する者はいないからだ。『まちねずみジョニー』は、彼女ほどに完成された著者・画家としての名声を、また一段高めることになった。≫
*「ビアトリクス・ポター  描き、語り、田園をいつくしんだ人」(ジュディ・テイラー著 吉田新一訳 福音館) (続く)
 

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マグレガーさんと バルナバス・ニクヤ船長

こぶたのロビンソンのj
(承前)
 ところが、ポターのピーター・ラビットシリーズにたまに出てくる人間の名前は、ちょっと苦労もあったようです。

 ポター自身が、ピーターが生まれてから、その人気に至るまでのことを思いかえす手紙の中にあります。
≪・・・・とりわけ名前なんかは、もうあたりまえのように決まったんです!〈マグレガー〉という名のお百姓の知り合いは、私には一人もいませんでした。髭をはやした園芸家のなかには、この愛称に憤慨した人もあったようですが、どこからそんな愛称が生まれたのか、自分でもわかりません。……(中略)・・・・どこにもさしさわりのない名前を見つけたり、考えだしたりするのは、とても大変です。作中人物のなかには、現実を軽く風刺したり戯画化したものが多少ありますが、〈マグレガーさん〉はちがいます。…≫「ビアトリクス・ポター   描き、語り、田園をいつくしんだ人」(ジュディ・テイラー著 吉田新一訳 福音館)

 ポターにとって、あたりまえのように決まる名前も、人間だと、その後がなかなか大変だったようですね。だからなのか、シリーズに人物登場は、ほとんどない。
 人間で、名前のついているのは、先のマグレガーさんと、「ティギーおばさんのおはなし」(石井桃子訳 福音館)に出てくる、お人形みたいな女の子ルーシーと、「2ひきのわるいねずみのおはなし」(石井桃子訳 福音館)の最後に出てくる農家のバレイショさん。

 が、しかし、最後の出版になった長編「こぶたのロビンソンのおはなし」(まさきるりこ訳 福音館)に、今までに比べたくさん出てくる人たちには、名前があります。
 年取った漁師のサムと奥さんのベッツィおかみさん、家政婦さんのミス・ローズ、お年寄りのパぺリルさん、パーキンズ奥さんと女の子のサラ・ポリー、バルナバス・ニクヤ船長などなど。

 うーん、結構、お年寄りが多く名付けられているところを見ると、ポター自身(1866~1943)も、1930年版の「こぶたのロビンソンのおはなし」においては、吹っ切れてきたのかな…(続く)

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のねずみチュウチュウおくさんのおはなし

ぽたー2
(承前)
 ビアトリクス・ポターの描く小動物たちには、たいてい、一人前(失礼!)の名前がついていて、それが、また、リズミカルな愉快なものが多い。
 昨日の「ひげのサムエルのおはなし」➡➡で、サムエルの奥さんの名前は、アナ・マライア。猫のお母さんは、タビタ・トウィチットさんで、子どもは、トムにモペットに、ミトン。それにお客のリビーおばさん。
 「ジンジャーとピクルズやのおはなし」(石井桃子訳 福音館)で、お店を引き継いだのは、ニワトリのヘニーペニーさん。
 「こぶたのピグリン・ブランドのおはなし」(まさきるりこ訳 福音館)には、ピグリンとピグウィッグに加え、ペティトーおばさんに8ひきのこぶた女の子の名前は、ブツクサとチュクチュク、キュウキュとブチ。ピグリン・ブランド以外の男の子の名前は、アレクサンダーに、トントンとシリキレシッポ。「カルアシ・チミーのおはなし」(石井桃子訳 福音館)は、チミーとカアチャン。それに、チピー・ハッキー。それから、それから、あひるのジマイマやリスのナトキンなどなど・・・
 ネズミの絵本では、「2ひきのわるいねずみのおはなし」(石井桃子訳 福音館)の、トム・サムと奥さんのハンカ・マンカ。
 「フロプシーのこどもたち」(石井桃子訳 福音館)に至っては、つまり、ピーターの姉妹のフロプシーと結婚した従兄のベンジャミン・バニーの子どもたちで、ピーターの甥や姪・・・名前をいちいち覚えていない!!(と、表現されています。)が、本文の重要な役回りの野ネズミの名前がトマシナ・チュウチュウ。
 そして、この野ネズミが、その功労の結果(?)「のねずみチュウチュウおくさんのおはなし」(石井桃子訳 福音館)では、主人公!そこに出てくる まるはなばちはバビティ・バンプル、かえるはジャクソンさん・・・

 ともあれ、野ネズミのチュウチュウおくさんは、家ネズミよりずっと 綺麗好きで、やかましやさん。
ごみむし、赤いマントを着たてんとうむしのおばあさん、大きな太ったくも・・・・いろんなお客(呼びもしないのに…)がやって来るたびに、追い払います。

 が、カエルのジャクソンさんは、なかなか帰ろうとしないので、とうとう、「ごはんをあがっていらっしゃい」と言わなければならないチュウチュウおくさん。戸棚をあさるジャクソンさんが床につけたぬれた足跡を拭いて歩くチュウチュウおくさん。家じゅう、散らかってしまって、悲嘆にくれて寝るも、次の朝早く、起きたら「春の大掃除」をはじめ、2週間頑張ったチュウチュウおくさん。5ひきのネズミのお友達を読んでお茶の会をするチュウチュウおくさん。そのお茶会に呼ばれず、入ることもできなかったジャクソンさんにも、最後はどんぐりのコップに、草の茎からとった甘い水をあげたチュウチュウおくさん。
(ジャクソンさんは「さて、やれやれ チュウチュウおくさん!あなたのごけんこうをいわって いただきます!」)

 こまごまと神経質でやかまし屋さんとはいえ、ちゃーんと、気配りもできるチュウチュウおくさん。ただの嫌なおばさんで終わらないところが、ポターの作品の魅力です。小動物への愛を感じます。
 ここに、人間は一人も出てこず、いろんな昆虫が出てくるのも、ポターの自然への愛だと思います。(続く)

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紙は美味しいのか

ヒルトップ11
(承前)
 ポターの描く動物たちは、擬人化といえども、本来の生態に限りなく近く、人間さまの心理状況ではないのが、魅力だと思います。が、描かれる小動物たちの行動は、人間さまの行動に似ている部分もあって、ポターの鋭い観察力と想像力をもってすれば、楽しい物語展開になっていくのだと思います。

 「ビアトリクス・ポター   描き、語り、田園をいつくしんだ人」(ジュディ・テイラー著 吉田新一訳 福音館)「ビアトリクス・ポターの生涯  ピーター・ラビットを生んだ魔法の歳月ー」(マーガレット・レイン著 猪熊葉子訳 福音館)に、引用されている数々の手紙の中に、「ひげのサムエルのおはなし」➡➡につながるエピソードが書かれています。

≪私が書斎の暖炉の前でしずかに本を読んでいたら、なにかが前の廊下をぴたぱた歩く音がして、それから、書斎のドアの外側をひっかく音がきこえてきたのです。子犬か子ネコだと思って、知らんぷりをしてました。ところが、翌朝になってわかりました。サムエルが家に入りこんでいたのです!・・・・・(中略)・・・・・ドアの下を無理やり通って。まったく変なものを盗んでいくんです!私が写真の仕事に使っていた大きな食器棚というか戸棚というか、あったでしょう?あれの内側に、きれいな緑色と金色の紙がはってあるのですが、それをサムエルは、立ち上がった背の高さで、ぐるっとみんなちぎってはがしてしまいました。小さな歯のあとが、くっきるとついています。ちぎれた屑もみんな持ち去っていて、ないんです。いったいなにに使うっていうんでしょう?細君のアナ・マライアも手伝いにきてたにちがいないんです!ただふしぎなのは、おなじ戸棚に糊の刷毛がのっていたのに、それはもっていかなかったってことです。≫(吉田新一訳)

「ひげのサムエルのおはなし」は、ポターが、ヒルトップ農場を買ってすぐ、家の中をねずみがわがもの顔に走りまわっているのを知ってただちに出来上がったもののようで、まずは、猫を飼い、ネズミを撃退したかのようにみえたのに、サムエルは、ときどき舞い戻ってきたことを、手紙に書いているのです。

 え?サムエルが、緑色と金色の紙を持ち去ったのは、サムエルの家の壁紙に使用したの?
 ポターは、糊の刷毛のこと心配してますからね。
 単に、紙についていた糊がおいしかっただけじゃないの????(続く)

「ひげのサムエルのおはなし」(ビアトリクス・ポター作・絵 いしいももこ訳 福音館)
☆写真は、1992年に湖水地方に行ったときのヒルトップ農場の案内と入場切符。

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ひげのサムエルのおはなし

ぽたー1
 
 このブログでも何度か紹介している➡➡   ➡➡
ピーター・ラビットでお馴染みのビアトリクス・ポターの描く小動物は、デフォルメされた いわゆる「かわいい!」というような動物ではありません。

 彼女が、小動物やその周りの自然を観察し続けた(共にあり続けた)結果の画です。したがって、擬人化された小動物たちは、服こそ着ていますが、彼らの動物の生態を明確に見せてくれているという面があります。もちろん、動物図鑑ではありませんから、生態を踏まえたおはなしの世界です。

 しかも、日本の子どもにとっても、ピーター・ラビットのシリーズ全24冊が石井桃子訳まさきるりこ訳であったことは、なんと、幸せなことでしょう。声に出して読んでもらってこそ、楽しめるのが、子どもの本です。絵本だからです。ちなみ、シリーズ全ての訳が出ているのは、日本だけとか。

 さて、シリーズの中で、ネズミがいろんなシーンで登場しますが、ネズミが重要な役割を果たしているのも何冊かあります。ちなみに昨年は、猫が出てくるものを紹介しました。➡➡ ➡➡ ➡➡

 まず、「ひげのサムエルのおはなし」(ビアトリクス・ポター作・絵 いしいももこ訳 福音館
 ≪ねこまきだんご≫という、一度聴いたら、忘れられない言葉。
 大きな大きなネズミなら、小さな子猫のことを、≪ねこまきだんご≫にしてしまいかねない、可笑しさ。
 それに、忘れられないのが、≪ねこまきだんご≫にされかかったトムは、生涯ネズミが怖かったという結末と、他のきょうだいふたりモペットとミトンは、ネズミ捕りの名人になり、ネズミ捕りの稼ぎで、安楽にくらすことができ、捕まえたネズミのしっぽはコレクションしていたというシビアな結末。
また、酷いことをするひげのサムエル夫妻にしても、何故か、憎めない。最後は、引っ越し先のバレイショさんの納屋で、子孫繁栄の結末。
 自然界って、そんなもんよ、さもありなんと、思わせるリアリティが、ポターの作品にはあります。
 
 このおはなしが1908年に初めて出版された時は、「ねこまきだんご」という題で、大きな版型で出され、1926年にタイトルを変え、今の大きさに替えられたそうです。(続く)

☆写真は、1970年代発行の福音館「ひげのサムエルのおはなし」と「愛蔵版 ピーターラビット全おはなし集(いしいももこ・まさきるりこ・なかがわりえこ訳 福音館1994年発行)後者の印刷は、ずいぶんきれいなものになっています。
 右:ひげのサムエルが階段の踊り場で麺棒を転がしている絵ですが、かつて、湖水地方のポターの家に行ったとき、まったくこの様子に変わりがなかったことに感激したのを思い出します。(写真は、残念ながら、フィルムカメラでした。)

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しばふって、いいな!

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 ロジャー・デュボアザンの新刊がこみやゆう訳ででました。といっても、原作は1960年。

「しばふって、いいな!」(レオーネ・アデルソン文 ロジャー・デュボアザン絵 こみやゆう訳 瑞雲舎)

≪いまから いうもの あててみて。ながいのもあれば、みじかいのも ある。おひさまに あたると きらきら かがやき、いつのまにやら おおきくなって、あまい かおりで ちくちくしてて、ざらっとしてたり、つるっとしえたり、ひんやりしてたり。・・・・≫で、始まるこの絵本は、草のイメージの緑を基調に、人の視点、草の合間の小さな生き物の視点を繰り返します。
そして、最後は
≪さあ、ほしくさのやまに のぼって あそぼう! ふわふわで、きもちが よくって たのしいよ!あぁ、くさが あるって、ほんとうに しあわせ!≫

 昔、60年も昔、家の周りには、原っぱというところがありました。草がぼうぼうにはえて、バッタもいたし、蝶々も飛んできていた。今、都市部で、宅地造成地ではなく、どれだけの原っぱがあるでしょう。・・・ない?
 走り回れる芝生のようなところが、整備されているにしても、日常生活から距離があって、子どもたちの身近とは言えないような気がします。また、芝生に入ってはいけません表示も少なくない・・・。
 単に、しゃがんだり、見つけたり、引っ張ったり、ちぎったり、隠れたり、隠したり…

☆写真は、干支のネズミ探し・・・いました、いました。≪せんたくものを かわかすなら、のびた くさのうえが いちばん。ねずみにとっても いちばんだよ。なぜってーーーーやなやつに みつからないからね。≫のページと、表紙しばふのうえで こどもたちが おどったりしている絵。

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うみやまがっせん

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「うみやまがっせん」(上沢謙二原案 長谷川摂子文 大島英太郎絵 福音館)
 昨日に続き➡➡、この絵本も、引っ張り合い、力合わせのおはなしです。
 この絵本は、申年に紹介したいものの、申年には、もうこのブログもやってないので、今回です。
 先日紹介した恐竜絵本の大島英太郎➡➡の絵になる 昔話のような、現代風の展開のようなお話の絵本(福音館 こどものとも年中版出身)「うみやまがっせん」です。

おさるがつりざおをかついで、山から海へ。
まず、つれたのは、大きなたこ。
≪「おまえなんかにつられてたまるか。さあ、そのさおを こっちによこせ」たこは ぐーんと いとを ひっぱった。「やあやあ、さおを とられてたまるものか。かえせ、もどせ。おさるは おこって「やっせ わっせ」と ひっぱった。さあ、うみと やまとの ひっぱりっこが はじまった。 おさるは うみのほうへ ずるずるずる。「おーい、だれか きてくれ」・・・≫

 ということで、まずはうさぎ、すると、海の助っ人は鯛。次ぎ、山の助っ人はたぬき 、海はひらめ・・・・・と続き、「えんやさの よいやさ」「やっせ、わっせ」とやるものの、ひっぱりこはどっちも動かない状態に。そこへ、現れたのが、だれあろう?昨日の➡➡「いどにおちたぞうさん」や「おおきなかぶ」と同じように、小さい存在の・・・・

 言葉のリズムがよくて、楽しい。繰り返しでメンバーが増えていくのも、楽しい。 
 そして、最後に現れたものに、現代風のシャレを感じます。
 え?何が、最後か?って。
 ヒントは、一番最後の常套句。
≪ちょっきん ぱらりこ ぷう はなしは おしまい。≫

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いちばんちいさいネズミ

いどにおちたぞうさん10
 
 ネズミ年だから、ネズミの絵本と思ったら、意外と、多いのですよ。いえ、とても多いのです。

 が、とりあえず、猫もネズミも出てくる絵本から。
 まずは、「おおきなかぶ」(A.トルストイ文 内田 莉莎子訳 佐藤忠良画 福音館)
 しかも、一番小さいネズミの力が発揮されてこそのこの話。このブログだけでも、すでに何度か紹介しているので、
➡➡  ➡➡  ➡➡  ➡➡この話に似たもう一冊を、ここでは紹介します。

「もりのなか」「またもりへ」(エッツ作 まさきるりこ訳 福音館)のエッツが描いた「いどにおちたぞうさん」(マリー・ホール・エッツ たなべいすず訳 冨山房)

≪むかし、ちいさいぞうさんが、ものほしのつなを はなにまいて、さんぽしていました。ところが いどにおちて どうしても でられません。≫
 そこへ馬がやってきて、引っ張って助けようとしますが、助け出せません。すると、牛が、次に山羊が、その次には豚、小羊、犬と、続きますが、どうしても、助けられないところに、ネズミがやってきて・・・・

 みんなが力を出し、小さいネズミの力も加わって、「いどにおちたぞうさん」では、井戸に落ち象さんは助かるし、「おおきなかぶ」では、おじいさんが植えた甘い大きなかぶも抜けたのでした。

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でておいでよう

たまごのあかちゃん
(承前)
 科学の絵本を紹介していたら、恐竜の絵本になり、いつのまにか、この赤ちゃん絵本にも、つながりました。
 
「たまごのあかちゃん」(かんざわとしこ文 やぎゅうげんいちろう絵 福音館)。もしかしたら、科学絵本の第一歩なのかもしれません。

≪たまごのなかで かくれんぼしている あかちゃんは だあれ?でておいでよ≫と繰り返し、にわとりのあかちゃん、かめのあかちゃん、へびのあかちゃん、ぺんぎんのあかちゃん、そして、きょうりゅうのあかちゃんと続きます。最後の最後は、言葉はないものの、わにの赤ちゃん登場です。
 
 この絵本の(たまごから)「でておいでよう」の繰り返し、その楽しい呼びかけを、当時、2歳前後だった孫は、身振り付きで(おいでおいでと手招きする動作)楽しみ、いろんなものに手招きしていたのを思い出します。

 また、写真左上に写る、同じく、柳生弦一郎➡➡の絵による「いろいろおせわになりました」➡➡も最後は、恐竜の登場になっています。こちらは、わらべうたですが、描かれた絵に、楽しい秘密が隠れていて、大人も楽しめますから、ぜひ、ゆっくり、絵を隅々、ご覧あそばせ。

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きょうりゅうのかいかた

きょうりゅうj

「きょうりゅうのかいかた」(くさのだいすけ文 薮内正幸絵 岩波の子どもの本)

もう1冊、恐竜の絵本。これは、お話の絵本です。科学の絵本ではありません。画家の薮内正幸絵は、写実的な動物の絵を描き、たくさんの絵本を出版しています。この人の描いた福音館「どうぶつのおかあさん」「どうぶつのおやこ」など、小さい子どものための絵本は、我が家でもぼろぼろになった絵本です。

 写実的な絵ということは、実在する動物たちを丁寧に見た結果、描いたものなのだろうと思います。が、その画家が、見たこともない恐竜の絵を描いたところに、この絵本の魅力があるのではないかと思います。

≪ どうぶつずきのきょうだいのまきとめぐみのところに、ある日おとうさんが、きょうりゅうをもらってきました。
「ふたりで、 ちゃんと かうんだよ」≫
二人は、恐竜に どんというなまえをつけ、どんの家のために大きさを計り、ともだちの力も借りて、家を作り、食べ物を調達・・・
そして、子どもたちと どんは仲良く、遊び、「あしたは どんと なにをして あそぼうかな。」で終わります。
子どもたちと仲良くなる動物が恐竜なだけで、犬でもネコでも、身近な動物と飼い方はほとんど同じ流れです。

4月に4歳になる孫は、この絵本が好きで、何度も読んだようです・・・といっても、恐竜に関心というより、恐竜が市民生活を送るための手続きに関心があって、その箇所は特に暗唱しているそうな。それは、最後のページの登録カードに書いてあることで、予防注射の項「7がつ10かに ちゅうしゃずみ」等。最後には市役所のハンコと「まちのどうぶつとして とうろくをうけつけます 7月15日」という署名。

赤ちゃんだった孫も、こうやって、市民生活の一員の自覚を持っていくのか・・・なあーんてね。(続く)

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