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みんなみすべくきたすべく

White Horse Country

 白馬j
(承前) 
  ローズマリ・サトクリフの「ケルトの白馬」の始まりはこうです。
≪このあたりの丘は、高く低くゆるやかにうねって、どこまでも続いている。その丘のうねりのいちばん高いところに…≫

 ああ、 ずいぶん離れたところから、「白馬」を見たものです。
 歩いて丘に登りもっと近くに寄るという方法もあったのですが、カ・リ・リ・ロほど熱く「ケルトの白馬」が見たいわけではない連れと一緒ですから、これでも十分です。

 しかも、ファリンドンのインフォメーションの女性に、「白馬を全部みたいならヘリコプターね。歩くのに自信があるなら、この道伝いに西に行けば、ずっと白馬が見られる」と教えてもらった道を、歩きました。途中で写真を撮り、お屋敷の門のところで、一体お屋敷はどこ?と、キョロキョロしたり、熟したアプリコットを拾ったりしながら、2時間以上かけて歩きました。白馬の村アフィントン村(Uffington)まで、まだ2マイル以上はありましたが、歩いたのもすでに5マイルはあったでしょう。
 実は、先日UPしたファリンドンのフォリータワーのある丘から見た風景に白馬が写っています。つまり、この辺りは、牧草地であり、畑であるので、尾根に描かれた白馬は、遠くからでも、人々に見えるというわけなのです。そして、この地域は、「White Horse Country」と呼ばれています。

 初めは、小さくしか見えない白馬に、「ちいさっ!」とか「ああ、もっと近づきたい」などと思っていましたが、インフォメーションで紹介してもらった道は、いつもいつも白馬が見え、いつもいつも白馬が見てくれていました。というわけで、結果的には、「白馬」の白い線だけを見るより、「ケルトの白馬」の舞台の広がりと雰囲気を体感できたような気がしています。

 さて、帰りも同じだけ歩くのかと、少々げんなりしていたら、本数の少ないファリンドン行きのバスに偶然乗り合わすことができました。
 バスに乗って、白馬が見えない角度になると、少々気になり、ましてや、オックスフォードに向かう帰りのバスで、どんどん「White Horse Country」から離れて行くときは、センチメンタルな気分に。

≪険しい谷や突きでた丘のあいだで、道がみえかくれしている。谷を越えると、古の馬追い道に出る。それを北に向かってたどっていく。どこかで、彼らは振り返るだろう。ルブリンにはよくわかっていた。そして山肌のあの偉大な白馬を見るだろう。一度でいい。あとは振り返ることなく、北を指して進むがいい。山と海と湖に囲まれた遠くの輝く土地をめざして。≫(続く)
*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)
☆写真は、Fernham村 からLongcot村に続く道で撮りました。 

アフィントンまで遠いj

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白い馬

     ホワイトホースカントリー馬jj
 ローズマリー・サトクリフは「ケルトの白馬」のはじめに、こんなことを書いています。
≪イギリスの緑なす丘陵地帯には、地肌の白い土を露出させて描いた巨大な白馬の地上絵がいつくもあります。その多くは期待されるほど古いものではなく、十八世紀か、もしくは十九世紀に描かれたものです。しかしバークシャー丘陵地帯のアフィントンにある白馬だけは、はるかに時を隔てた古代の遺跡にほかなりません。・・・(中略)・・・他の白馬が静止しており、優雅な姿をしていることはあっても命の輝きを持たないのに比べて、アフィントンの白馬は生きて動いています。その姿は、力強く美しく、奇跡のようです。これほど魅力的なものには、背景に何か物語があったに違いないと・・・・・≫
 
  今回の白馬訪問は、アフィントン村の丘に描かれた白馬の近くに行ったわけではありません。近すぎると、ただの白い線でしかなく、「白馬」ということがわからないといいます。離れてこそわかる白馬。しかも、固定観念に縛られた目だと、すぐに、それが馬だと思えないような流動的な姿。

 白馬を丘に書いたといっても、地面を掘り、そこに白い土(石灰)を入れ、風雨にたえるように作られたようです。そして、現代では、ナショナルトラストの管理下に入り、毎年新しい石灰(砕石)を表面に敷き、ハンマーで固め、周囲の雑草を抜き、壕の緑の芝草を切りそろえる作業をし、維持管理保護されているようです。(参考:「イギリスの丘絵を紹介する本」黒田千世子著 講談社出版サービスセンター)

  「ケルトの白馬」の主人公、ルブリンは、生まれて初めてみた馬の大移動の群れの中に一頭の白い馬を見ます。そして、のちにルブリンは、丘に「白馬」を書くことになります。  
≪馬の群れのなかから、一頭がするすると前に出た。たてがみと尾を風になびかせ、白い姿が黒雲の中に浮かびあがった。草の下の白亜の土より白く、さんざしの花よりもなお白い。・・・・突然、稲妻が黒雲を割って炎の舌を出し、地上をひとなめした。その一瞬、稲光に照らされた白馬は、馬の形をした白い炎となった。そしてこの白い炎が、族長の末息子の心の内側を焦がした。焼き印を当てて子馬に印をつけるように、この白い馬の姿はルブリンの心に永遠に焼きつけられた。≫(続く)

*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)
☆写真上は、英国White Hourse Countryの馬たち。下は、その近くにあった干し草。

干し草j

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どちらも棘があります

ロンドンチューブj
 8月の訪英報告は、まだまだ!?しつこく続くのですが、スコットランド独立投票は、他人事とは思えないなどと、勝手に注目していました。
 とりあえず、独立しなかったものの、今後、過激な遺恨を残しませんように。
 
 英国の歴史――民族問題・宗教問題と国家建設を同位置においては、なかなかうまくいかなかった歴史、そんな問題を抱えたまま豊かになってきた歴史、を振り返れば、ナショナリズムとは難しい・・・
 時を経ると、綯い交ぜになることもあるし、そうやって、人類は進んできたし。かつてのアイルランドの独立や、北アイルランド問題のように、あるいは、古くは、ケルトやピクトやローマやデーンやノルマンや・・・・征服され、征服し・・・うーん。

 ローズマリー・サトクリフの歴史小説のおかげで、大学受験の時には間に合わなかった英国の歴史が、少しは身近に感じられているぞ。そういえば、以前、エジンバラ近郊に行ったのも、ローズマリー・サトクリフの「辺境のオオカミ」 (猪熊葉子訳 岩波)探訪でした。さすがのローマもあそこまで行くのがやっとのこと。あれより北は無理だったのですからね。なかなかしぶとい。誇り高き北の人々。

☆写真上は、ロンドン地下鉄パディントン駅構内広告。サッカー イングランド1部~4部リーグ92のユニフォームらしい。下はイングランド テムズ河畔に咲くスコットランドの国花アザミ。イングランドの国花はバラ。どちらも棘があります。

        アザミj

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ローマの入植地

遺跡j
  スイスから帰って、夫が嬉しそうに1冊の本を持ってきました。「新・ローマ帝国衰亡史」(南川高志 岩波新書)「ここに、こんなん書いてるで!」
≪カエサルは・・・・ノウィオドゥヌム(現在のニヨン)に、退役兵を入植させ、植民地(コロニア)を建設した。≫

 前のスイス訪問のときも、レマン湖畔 モントルーという町に泊りました。今回は、娘も一緒で、娘は山岳地方に行かず、途中でロンドンに戻ろうとしていましたから、ジュネーブからさほど遠くないニヨンを選んだのです。もちろん、ジュネーブやローザンヌでもよかったのに、なにゆえ、ニヨンかというと、ローマの遺跡があって、イタリアに行かずとも、塩野七生ファンの夫の興味関心に近いかと。

 とはいえ、ローズマリ・サトクリフのローマンブリテンに近づきたくて、ルトピエ(現在のリッチボロー)、ベンタ(現在のウィンチェスター)、ドゥロベーナム(現在のカンタベリー)、エジンバラ近郊のカステッルム(現在のクラモンド)等などに、足を運んできた私にとっても、ニヨンには、ちょっとビックリ!
というのは、英国にあった遺跡や、その町の様子と随分違う場所だったからです。
 陽光燦々、あかるーい。開放的!食べものおいしーい!
 確かに見晴らしがきくので、要所だったのはわかります。でも、ここにローマ軍?
 で、先の岩波新書に「退役軍人を入植させ・・・」とあったので、納得!
 ニヨンは、レマン湖の要所ではあるけど、退役した人が、心穏やかに余生を過ごす場所なのです。

 ここで思い出すのが、サトクリフ「第九軍団のワシ」の最後。
≪・・・退役する百人隊長マーカスに、土地が与えられるという通知が来ます。そして、マーカスは、故郷のエトルリアを思いながらも、ブリテンに土地をもらうことを決意します。思い起こすのは、松林から匂って来る樹脂のかぐわしい匂い、タチジャコウマンネンロウや野生のシクラメンの甘い匂い。が、決意させたものは、ほかの匂いや風景や物音、薄青く、変わりやすい北国の空や、緑のチドリのなき声など・・・・≫

 ニヨンを選んだ退役軍人、エトルリアを選んだ退役軍人、ブリテンを選んだ退役軍人・・・。サトクリフのおかげで、この底抜けに明るいニヨンの空と湖の色に深みが加わったわ!

*ローズマリー・サトクリフ ローマン・ブリテン 「ともしびをかかげて」「第九軍団のワシ」「銀の枝」「辺境のオオカミ」 (いずれも、猪熊葉子訳 岩波 挿絵は、キーピングとホッジス)
        ニヨン屋根j
        

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銀の枝 3

        イトシャジンj
(「銀の枝1」から続き)
(承前) 
 スイカズラ以外にもサトクリフには重要な花があります。サンザシ、ニオイアラセイトウ、ニワトコ、ハシバミ、ハリエニシダ、マンネンロウ イトシャジン・・・香り、色だけでなく、花言葉やその花の持つ民俗的な意味までも含みながら、その風景を描いています。そして、その風景は、読む者の五感に訴え、その風景に立つ人物の心にまで迫るのです。

≪・・・低地の茶色っぽい草の中にはイトシャジンの花が咲いていた。そしてチョーク層の土地に住む青い蝶が日光の中に飛びかっていた。草地はさわるとあたたかく、タイムの匂いがしていた。ジャスティンは昨夜の事件の後で―――ポウリヌスが死んでしまったというのに、このあたりがあまりにも穏やかなことに耐えられない思いをした。・・・・・≫

*「銀の枝」(ローズマリー・サトクリフ 猪熊葉子訳 キーピング絵 岩波)

☆写真は、スイス クライネシャイデック付近 イトシャジン(糸沙参)。
サトクリフに出てくる英国のイトシャジンは、もう少し茎の部分の長い、釣り鐘状の花が揺れるものだと思います。
(harebell、the bluebell of Scotland)
花言葉は、従順, 悲嘆, 誠実。上記文章のシーンに適した花だと思いませんか?
参照:英米文学植物民俗誌(加藤憲市著 富山房)

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銀の枝 2

  バースローマ人j         イングランドのプライドj
(「銀の枝 1」から続き)
(承前)
 どちらかといえば、すでに夏目漱石関連に疲れていたので、久しぶりのサトクリフ「銀の枝」(岩波)は新鮮な水のようにごくごく。 おもしろかったぁ!

 「銀の枝」「第九軍団のワシ」「ともしびをかかげて」「辺境のオオカミ」は、サトクリフのローマン・ブリテン4部作です。
 サトクリフの作品には、いつも切っても切れない友情が描かれていて、それが読むものの共感を呼び、心は、すぐにローマン・ブリテン。

 このローマン・ブリテンという言葉、受験期には知りませんでした。(賢い人は知っていたと思いますが)
ローマに支配されていたブリテンは、歴史年表を見ると、はいはい、およそ450年ね。はい、わかりました・・・じゃないんですよね。サトクリフが「ともしびをかかげて」のカーネギー賞受賞時に言ったように、「そうだわ、ローマ軍はただの占領軍じゃなかった。なにしろここに450年もいたのだから!」450年もあれば、ブリトン人の血は、ローマ人の血と混じり合い、家族は代替わりする、住まいは変わる、様々な365日の積み重ねが450年!
 
 サトクリフのこの着眼こそが、歴史を見る大事な視点だと理解できたのは、大人になってからでした。サトクリフの歴史小説に、学生だった頃に出会っていれば、もっと歴史の成績も違ったものになったであろうに・・・

 それにまた、先日紹介した長編歴史小説「ロンドン 上下」も面白いには面白いのですが、深いところに、ズドーンと来るのは、サトクリフの歴史小説なのです。若者が主人公ということで、より、前向きな力や勇気を感じとることができます。もちろん、知恵のある大人、温かい気持ちを持った大人も、必ず登場します。(「銀の枝3」に続く)

*「銀の枝」「第九軍団のワシ」「ともしびをかかげて」「辺境のオオカミ」(ローズマリ・サトクリフ 猪熊葉子訳 キーピング、ホッジス絵 岩波)

☆写真左は、英国バースのローマ人像。右は、ロンドンリージェントパーク イングランドのプライドという薔薇。
以前、サトクリフの作品の聖地巡りを、ずいぶんしたのですが、残念ながらデータの写真がありません。

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銀の枝 1

              ハニーサックルj

・・・確か、「夏目漱石の美術世界」展に関連して、色々読んでいたはずでした。が、ターナーの『金枝』から、何故か、やっぱり、ローズマリ・サトクリフの「銀の枝」も読み返したのでした。
 で、気づいたのは、「銀の枝」というタイトルで、輝く「銀」にばかり気を取られていたものの、もしかしたら、 「枝」が重要なのでは?

 「エニシダの一枝」という一章があります。大事な目印にエニシダの「枝」を使っています。

 また、祭壇にささげる花輪を作るため、ハナミズキの「枝」を折るとき、主人公ジャスティンは、自分を見つめる気配を感じます。それは、物語の伏線の一つです。

そして、また、風が葉の落ちたイバラのしげみのねじくれた「枝」の間を抜けるその時というのは、話の大きな転機。

 なにより、「銀の枝」というのが、話の重要な位置をしめる銀の九つのリンゴにつながる、リンゴの木なのですが、そのリンゴの木は、物語の随所に出てきます。

≪・・・わたしの考えでは、リンゴの木というものには、・・・・ほかの木がもちあわさないものがあるのですよ。『リンゴの木に、歌、そして黄金』・・・≫と、重要な役回りのポウリヌスが言います。
 
 不安感の払拭できないジャスティンが、小さな暗い中庭で見るのは、
≪・・・満月を過ぎたばかりの月がやっと昇ってきて、その光が彼らの上の劇場の壁の先端を白くしていた。そして井戸のそばのリンゴの木もその光に触れて銀色に輝いていた。・・・中庭に動くものは何もなかった。動くものといえば、リンゴの木の銀色のの間を飛び回っている銀色の夜の蛾だけだった。≫

 登場人物たちの心情や物語の展開を、花・植物でも表現することの多いサトクリフの作品には、何度読んでも新しい発見があります。
(「銀の枝 2」「銀の枝 3」に続く)

*「銀の枝」(ローズマリー・サトクリフ作 チャールズ・キーピング絵 猪熊葉子訳 岩波)

☆写真は、英国 コッツウォルズ キフツゲート・コートガーデンの見晴らしのいい場所に咲いていた黄色いスイカズラ(吸い葛。忍冬。Honeysuckle。)

≪ジャスティン自身は明日はほとんど確実に死ぬだろう、とわかっていた。月に照らされた世界や夜の空気のなかにただよっているスイカズラのかすかな香り、それに雄を求めて鳴くキツネなどを、このように急に刺されるような痛みで認識するには、死という重い代償を必要とするのだ。≫

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映画「第九軍団のワシ」

56わしj
  ナルニアも指輪も劇場に見に行っていないのに、マーカス・フラビウス・アクイラ役のハンサムな俳優さんに、ついついなびいて、映画「第九軍団のワシ」を見にいきました。エスカ役は、大きくなって演技も上手くなった「リトルダンサー」のあの子。スコットランドの景色も美しい。ただ、エンディングの最後まで見ていたら、「ハンガリー」と出てきたので、一部ハンガリーでも撮影したようです。

映画と本は違うものと思っていたものの、やっぱり、原作「第九軍団のワシ」*より、戦いの場面、殺戮の場面の比重がずいぶん大きいのは、しんどい。映画で、プライド、信頼、成長など、内面を表現するのには、激しい戦いや流血シーンとの対比が、必要ということでしょうか。原作だと、マーカスとエスカの心の交流が、もっと際立っています。もちろん、他の人たちの関わりも、書き込まれています。さまざまな描写が、読む人の頭の中で、登場人物を形作り、遠い昔の異国の人たちなのに、よく知っている人たちとなって、感情移入できます。それが、読書の一つの楽しみ。そして、サトクリフの歴史小説には、時や場所を越えて在る「人間」に出会う喜びがあり、「生きる」ことの賛歌が書かれています。「読んでよかった。」と素直に思います。

とはいえ、ここで、サトクリフの歴史小説を熱く語るのではありませんでした。あくまでも、映画「第九軍団のワシ」のこと。というのは、映画の宣伝には必ず岩波書店の「第九軍団のワシ」を紹介しているので、この映画を見て、本を読み、さらにサトクリフの作品を次々読む人が増えるなら、と願うからです。

*「第九軍団のワシ」(ローズマリ・サトクリフ 猪熊葉子訳 ホッジス絵 岩波書店)
☆写真は、英国レディング博物館にある羽根の取れた「第九軍団のワシ」
ちなみに、アクイラはラテン語で「ワシ」のこと。

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