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みんなみすべくきたすべく

シャガールとセンダック

         シャガールとセンダックj
(承前)
 東京 国立新美術館の「チューリッヒ美術館展」(~2014年12月15日:神戸市立博物館2015年1月31日~5月10日)で、シャガールの「戦争」(写真に写る絵葉書)を見て、娘と二人で話したのは、センダックの「やぎと少年」を思い出すね!ということでした。

 とはいうものの、具体的にどのお話ということもないのです。
 帰宅し、「やぎと少年」を引っ張り出しても、同じようなシーンも挿絵もありません。雰囲気から感じるものが、ユダヤ系画家・作家という共通点からくる、思い込みだったのでしょうか?

 ともあれ、センダックの絵本になかった?
 するうち、広げたのが、 「ブルンディバール」でした。
 この絵本の紹介文には、≪「ブルンディバール」は、ナチス強制収容所で、子どもたちが演じたチェコのオペラに基づいて作られた絵本で、ユダヤ系アメリカ人のセンダックが、この絵本で初めて正面からユダヤ人の歴史に取り組んだともいえ、子どもたちが力を合わせて悪を追い払う場面の力強さにセンダックが子どもたちに託す希望が読み取れる≫と書かれています。
 確かに、センダックの絵本には、ヨーロッパやアメリカNYの匂いこそすれ、ユダヤ系の匂いは隠れがち。その点で、それ以外の本と一線を画しているのかもしれないし、あるいは、それまでのセンダックが使ってきた吹き出しの手法や登場人物を使ったりしている点からみれば、集大成なのかと思ったりします。
 ただ、オペラで演じられたものを絵本にするのですから、当然、無理もあり、この絵本自体が、日本の多くの子どもたちが楽しめる絵本なのかという点では、疑問が残ります。
 
 シャガールの「戦争」とセンダックの「ブルンディバール」に流れるユダヤ人迫害の歴史の共通点を見出したものの、「やぎと少年」?・・・・結局、ユダヤの重い歴史が醸し出す「雰囲気」・・・だったのかなと思います。

 写真に写る左端の女性たちが嘆き悲しんでいる様子、写真左のシャガールの絵の下、子供を抱く母。
*「やぎと少年」(アイザック・バシェヴィス シンガー文 モーリス・センダック挿絵 工藤幸雄訳 岩波)
*「ブルンディバール」(トニー・クシュナー再話 モーリス・センダック絵 さくまゆみこ訳 徳間書店)

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子守歌

ららばいぶっくj
(承前)
 ビリー・ジョエルの「ララバイ Lullabye (Goodnight、My Angel)」の歌い始めは、
「Goodnight my angel,
Time to close your eyes・・・」なのですが、
これって、
ジョン・レノンの「Beatiful Boy」思い出しますねぇ。
始まりは
「Close your eyes
Have no fear
The monster's gone・・・」
これも、心のこもった優しい曲。
二曲とも、映画のクライマックスに、しみじみと使われてた。
片や「アンコール」片や「陽の当たる教室」
どちらの映画も、涙うるうる。

子を想い、毎夜、母親は子守歌を歌う。
子を想い、心を込めて、父親は子守歌を書く。
子どもを想う人たちは、美しいものを子どもたちに残す。

そういえば、最近見た映画にも、子守歌に使われていたいい曲がありました。(続く)

☆写真は、ウィリアム・ブレイクの「子守歌(ゆりかごの歌)」にセンダックの絵。ブレイク「The Tyger」あるいは「無垢の歌」へのオマージュだと思うのですが・・・
 この本は、「Lullabies and Night Songs」(Music by Alec Wilder Pictures by Maurice Sendak edited by William Engvick Harpper & Row)
ウィリアム・ブレイクの「子守歌」の一連目はこうです。
≪かわゆい夢よ かげをつくれ
 うちの坊やの 頭のうえに
 満ち足り しずかに 月のひかる
 たのしい流れの かわゆい夢よ・・・・≫(「ブレイク詩集 壽岳文章訳 岩波文庫)

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しょうがクッキーぼうやの あしを あげちゃう

ナショナルギャラリーかふぇj
 (承前)
 他にもセンダックの没後翻訳出版されたものがあります。「そんなときどうする?」 (セシル・ジョスリン文 こみやゆう訳 センダック絵 岩波)も、昨年出ています。

 また、原題を「Bears」という、 「くま!くま!くまだらけ」 (ルース・クラウス文 石津ちひろ訳 センダック絵 徳間書房)の日本語のタイトルは、よくわかります。「ベアーズ」もしくは、「くまたち」などとしなかったのがGOOD!

 それにもう一冊「ぼくはきみで きみはぼく」 (ルース・クラウス文 江國香織訳 センダック絵 偕成社)です。この原書をもう30年以上も前に手にしたとき、こんな子どものつぶやきのような言葉を訳すのは大変だろうなと思って居たら、案の定、なかなか翻訳がでず、今回やっと登場。
≪・・・・あいしていたら
しょうがクッキーぼうやの あしを あげちゃう
りょうあしとも 
それにあたまも!
(おさとうで できた
ボタンだけで いいよ。)≫

☆写真は、ロンドン ナショナルギャラリーカフェの我が夫婦のランチ。しょうがクッキーぼうやの横には、エルダーフラワー水(微炭酸)、その横には、日本では全く食べないポテトチップスなのに、イギリスに行けば必ず食べ比べるソルト&ヴィネガー味のポテトチップス。
 もちろん、≪あいしているから、しょうがクッキーぼうやの あしを あげちゃいました!≫

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月夜のこどもたち

月夜のこどもたちj
 センダックの没後も、彼の翻訳本がでるのは、うれしいことなのですが、偕成社から 「ムーン・ジャンパー」 (ジャニス・メイ・ユードリー文  谷川俊太郎訳 センダック絵 偕成社)というタイトルででたのは、元のタイトル 月夜のこどもたち」 (岸田衿子訳 講談社)です。「月夜のこどもたち」は長らく絶版になっていました。
 
 最近の映画のタイトルでも、英語をそのままカタカナにしたタイトルが増え、単語力のない者にとっては、「ネゴシエーター」ふーん、交渉する人のことね。と後から、知ることができいいお勉強になるときもありますし、わからないままの時もあります。 が、タイトルそのものの持つ意味は、そんなことにないはず。短いタイトルで、中身を想像できるのは、映画でも本でも同じだと思います。副題を付けて、その内容の具体性を表現するという手法が使えない子どもの絵本のタイトルは、まずは、子どもにわかることが大前提だと考えます。

 そんなとき、「ムーン・ジャンパー」ときたら、うーん。確かに、原題は「Moon Jumpers」(ムーン・ジャンパーズ)
 子どもたちは、いずれ、その言葉を絵によって体得していくとは思いますが、日本語で、なぜ表現しなかったのだろうと思うのです。本文にも、「ウィンド・チャイムがゆれる」とあって、ん?風鈴じゃないし、どこの家のドアや窓にもぶら下がってないしなぁ・・・絵の中にもないし・・・
 原書の英語を見ずして、比べても仕方がないとはいえ、ここで、誤訳を探そうなどとしていません。日本の子どもたちが日本語で読んでもらって、楽しい、よくわかる訳を期待しているのです。結果、子どもの言葉に近い表現をしているのは、岸田衿子訳の講談社の方かなと思います。

 (谷川俊太郎訳)
≪きと なかよくしたいから、よるの きに のぼる。
しまで ねむるつもりになって、キャンプする。
うたを つくる。しも つくる。
そして くさの うえで とんぼがえり。≫
(岸田衿子訳)
≪それから 木に のぼります。
こんな よるには 木のぼりが したいから。
そこで、ちょっと キャンプを はじめます。
はなれこじまで よあかしするみたいに。
みんなで うたを つくります。
しも つくります。くさの うえじゅう 
でんぐりがえしを して あそびます。≫

 ほら!この「でんぐりがえし」って言葉、子どもはよく使います。子どもで「とんぼがえり」ができる子は、少ないと思います。センダックの絵もでんぐり返ししている絵です。(続く)

☆写真じゃ、うまく写りません。下右が講談社の「月夜のこどもたち」。紙につやがあるので、藍色と光の深さが一番浅い気がします。下左が偕成社の「ムーンジャンパー」。つやのない紙なので、講談社のものより深みが増していると思います。上段は、「センダックの世界」(セルマ・G・レインズ 渡辺茂男訳 岩波)の中に掲載されているもので、つやのある紙なのですが、この絵には、草の上の月の光が存分に広がっていて、画家の意図を一番汲んでいる印刷かと思います。

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本の匂い

 ウェストミンスターj
(承前)
 シュタイデル社のゲルハルトは、本の匂いにまでこだわっています。
今や技術の進歩で、新刊の匂いが消されているとゲルハルトはいい、どの本がいい匂いか、などをレクチャーします。ただ、その匂いの出し方は企業秘密だと微笑むのです。
確かに、ずいぶん昔、私が子どもの頃は、新しい本を手にすると「さらの本の匂い」がして、嬉しかったのを覚えています。

 センダックはヴァージニア・ハヴィランドとの対話の中で、初めて本物の本(お姉さんが買ってくれた『王子と乞食』)を手にしたときのことを、こう言います。
≪まず最初にやったのは、それをテーブルの上に立てて、まじまじと見つめることでした。マーク・トウェインに感銘を受けたからではありません。ただただ、ものとしてとても美しかったからです。それから匂いを嗅ぎました。・・・いい匂いがしたというだけでなく表紙もつやつやしていました。ラミネート加工をしてあったのです。私はそれをはじいてみました。すると、とてもがっちりとしているのがわかりました。私はそれを噛んでみたことを覚えています。・・・・本はただ読むという以外にも、たくさんの意味があるのです。私は子どもたちが本で遊び、本を抱き締め、本の匂いを嗅いでいるのを見てきましたが、それを見れば本作りに心をこめなくてはならないのは明らかです。≫『センダックの絵本論』(脇明子・島多代訳 岩波)

 センダックとシュタイデル社が組んだら最強?の本ができたでしょう。見ているだけでため息が出そうな本。いえいえ、触ったらぞくぞくする本。見果てぬ夢ながら、想像するとわくわく。

「王子と乞食」 (マーク・トウェーン 村岡花子訳 ロバート・ローソン絵 岩波文庫)(マーク・トウェイン作 大久保博訳 F.T.メリル J.J.ハーリ L.S.イプスン絵 角川書店)

☆写真は、「王子と乞食」の最後の舞台となったウェストミンスター寺院をはじめ、国家議事堂など、テムズの近くの建物が写るロンドン。(撮影*&Co.T)

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のびのび2

きみなんかj
(承前)
 センダックの作品には、伸び伸び身体を伸ばしている子、指先まで力を入れて発散している子など、のびのびキャラクターがたくさんいます。

 心から楽しかったり、嬉しかったり、心底怒っていたり、爆発したり・・・それぞれですが、センダックの描く子どもたちを見ていると、こちらまで、解放された気分になります。

 写真上部右絵の「きみなんかだいきらいさ」は、とても小さい絵本で、本棚のどこかに迷子になってしまいがちな一冊です。小さい画面いっぱいに怒りを表す子どもたち、画面の端と端にいる子どもの距離感。色を多く使った絵本ではなく、赤が効果的に使われています。子どもたちが楽しんでいる部分、仲直りした部分。小さいながら、よく出来た絵本です。

 ・・・と、のびのびのイメージを膨らませていたら、やっぱり忘れられないのが、ピカソ「浜辺を駆ける二人の女」、そして、大きな大きなマチスの「ダンス」。この二枚を、実際に目の前にした時も、心が解放されたのを覚えています。 いいなぁ・・・この人達・・・

 縮こまった生き方をしてきた私は、ぴっちにせよ、マックスにせよ、ピカソにせよ、マチスにせよ、自由に伸び伸びとしている絵が好きなんだと、再認識した次第です。

 ちなみに、写真上部左絵は、"Open House For Butterflies"(ルース・クラウス文 センダック絵 Haper&Row)の第一ページの子どもたちです。そこには、こう書いてあります。「おっきな声を出したいときに知っておくといいこと、それは、おっきな声で歌うこと」

*「きみなんかだいきらいさ」(ジャニス・メイ・ユードリー文 センダック絵 こだまともこ訳 冨山房)

☆写真は、センダックの絵が随所に掲載されている"Making Mischief -A Maurice Sendak Appreciation"(Gregory Maguire MORROW)を開いた上に、ピカソ「浜辺を駆ける二人の女」"Deux Femmes Courant sur la Plage"(パリ ピカソ美術館で購入)、マチス「ダンス」"The Dance"(ロンドンのエルミタージュ美術館展で購入)の絵葉書を置いています。

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のびのび1

おふろばをj
 (承前)
 「こねこのぴっち」と「かいじゅうたちのいるところ」の好きなシーンを思い浮かべながら、昨日の文は書いたのですが、他に、あんなに、発散したり、伸びをしている絵はないかなと思い巡らせたときに、次に浮かんだのが、やっぱりセンダックの作品でした。 「月夜のこどもたち」 ((ジャニス=メイ=アドレー文 センダック絵 岸田衿子訳 講談社)(写真上部右)

 この本は、本当に綺麗な本で、感動的ですらあるのですが、講談社の本は、たぶん間違いなく、もともとの色合いが出せてないと思っています。
 原書を実際に見たことがないのに、こんな推測をするというのは、「センダックの世界」(セルマ・G・レインズ 渡辺茂男訳 岩波)に掲載されている「つきよのこどもたち」の深い青色とずいぶん違うのを知った時からでした。(写真上部左)
 先日、参加した「印刷から読み解く絵本の会」でも、青色の出し方については、とても難しいとおっしゃっていたことを思い出しても、この「つきよのこどもたち」は、こんな色じゃないはずと、思い込んでしまうのです。

 ・・・おっと、こんなことを書くつもりじゃなかった。「伸び伸び」とした絵を思い起こしていたんだった!
で、次に思い出したのも、同じセンダック「おふろばをそらいろにぬりたいな」(写真下部)。身体が指先まで伸びきっています。他にも、「あなはほるもの おっこちるとこ」「うちがいっけんあったとさ」「きみなんかだいきらいさ」などなどなど、伸びてる子どもたちがセンダック作品にはあちこちに描かれているぞ!
(「のびのび2」に続く)

「月夜のこどもたち」 (ジャニス=メイ=アドレー文 センダック絵 岸田衿子訳 講談社)
「おふろばをそらいろにぬりたいな」 (クラウス文 センダック絵 大岡信訳 岩波)
「あなはほるもの おっこちるとこ」 (クラウス文 センダック絵 わたなべしげお訳 岩波)
「うちがいっけんあったとさ」 (クラウス文 センダック作 わたなべしげお訳 岩波)
「きみなんかだいきらいさ」 (ジャニス・メイ・ユードリー文 センダック絵 こだまともこ訳 冨山房)
 

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原書も見てみたい(その2)

岩波の子どもの本j
 「岩波の子どもの本」の今回の復刊に「せんろはつづくよ」 (マーガレット・ワイズ・ブラウン文 ジャン・シャロー絵 与田 凖一訳)が、入っていますが、この絵本のことをセンダックが「センダックの絵本論」 (脇明子・島多代訳 岩波)で、絶賛しています。

≪物語は表現を徹底的に控え目にした小さな傑作です。ジャン・シャローの波長も子の物語と完全に合っています。彼の絵は単に本の見た目を美しくしているだけではありません。それは言葉とともに、生き生きとしたとした素敵なハーモニーを奏でているのです。絵はテキストを離れて楽しげに細部を語り、内容をふくらませています。彼の色の選択が、ミス・ブラウンの言葉が持つ独特の色調に生命を吹き込みます。・・・(中略)・・・この力強い四角い版型は内容にぴったりで、がっちりした黒い活字はこれ以上のものなどありえないくらい素敵です。この本には取りすましたようなところは何ひとつありません。ミス・ブラウンの意図を誤解して、「かわいい」本にしようとすれば、こんなに簡単なことはなかったでしょう!・・(中略)・・・本作の小さな奇跡に関心をおもちのあらゆる方に、心からこの本をお薦めします。≫
 と、センダックは「せんろはつづくよ」に最大級の賛辞を惜しみません。

 確かに、「せんろはつづくよ」は、楽しい一冊です。
 が、待てよ。「岩波の子どもの本」の版型とセンダックの絶賛する「せんろはつづくよ(Two Little Trains)」は同じ大きさでないし、これ以上ないくらい素敵な活字が並んでいるか?と考えると、センダックさん、そこまで言う?と、疑問が湧いてきました。

・・・・そこで、原書を取り寄せたら、おお!センダックのいうように、これ以上ないくらい素敵に線路に見えるような黒いがっしりした活字!等など、センダックに納得いくのです。

 それ以降、「岩波の子どもの本」の中で、原書も見てみたい絵本をを取り寄せました。それが、上の写真に写る絵本たちです。右から、「ツバメの歌」「 Song of Swallows」、中央上(向かい合って右)「おかあさんだいすき」(向かい合って左)「Ask Mr. Bear」中央下「せんろはつづくよ」「Two Little Trains」、左、「川はながれる」「the Little River」
これらに加えて、「岩波の子どもの本」の「山のクリスマス」も、原書「Hansi」と並べている写真を2012年12月13日に掲載しています。

「ツバメの歌」 (レオ・ポリティ文・絵 ノーラン・クラーク文石井桃子訳)
「おかあさんだいすき」 (マージョリー・フラック文・絵 大沢 昌助絵 光吉夏弥訳)
「せんろはつづくよ」 (マーガレット・ワイズ・ブラウン文 ジャン・シャロー絵 与田 凖一訳)
「川はながれる」 (アン・ランド文 ロジャンコフスキー絵 掛川恭子訳)
「山のクリスマス」 (ベーメルマンス作 光吉夏弥訳)

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AHOY!

ふふふん台所j
  6月梅雨半ばのはずですが、13日の気温は、何と体温越え。はて、梅雨明けしたら、どうなるん?・・・と、14日の最高気温を見ていたら・・・おお、熱が下がった!ちがう、ちがう。気温がほんの少し下がった?いえ、誤差の範囲のような、相変わらずの真夏日でした。

 そんな真夏日、帰宅したら、嬉しいものが一度に届いていました!
 沼辺信一氏のブログ「私たちは20世紀に生まれた」で、強くお薦めだった2品。
The World of Arthur Ransome
(Christina Hardyment  Frances Lincoln Limited 2012)
まず、ランサマイトのはしくれなら、持っているだけでうれしい、写真の多いアーサー・ランサムの伝記。(読みこなせない私には、写真集です。)

Tell them anything you want: A Portrait of Maurice Sendak 
( Lance Bangs & Spike Jonze  Outside Productions/ Oscilloscope Pictures  2009/2010)*
もう一つは、センダック自身が語る、彼の人生、絵本、そして、死。こちらはDVD。(一部英語の字幕がついています。)

 リラックスした様子で、語るセンダック。センダックの家で撮影した何回かの映像を編集していますが、初めは元気なお声が、時折、弱弱しいお声になる画像もあって、どきっとします。楽しそうに絵本のことを語っているのに、見ていると、涙がでそうになります。ああ、もうこの人はいない・・・

 センダックの80歳を祝う会には、女優メリル・ストリープが「ロージーちゃんのひみつ」**を読みにきていました。楽しげに読む、彼女のロージーもよかったけれど、私は、センダック自身が、自宅で絵本を語るときに、“Higglety Pigglety Pop!”(「ふふふん へへへん ぽん!」)***というところが、一番嬉しかった。ほんものだもの!

*センダックのDVDは「みんなのしらないセンダック」(2012)という日本語版もありますが、価格が、英語版の3倍以上でござる。散財ついでに、私には、こっちの方がよかったのかも・・・

**「ロージーちゃんのひみつ」 (センダック作 中村妙子訳 偕成社)
***「ふふふん へへへん ぽん!-もっと いいこと きっとある」 (センダック作 神宮輝夫訳 冨山房)

☆写真は、1994年のカレンダー「まよなかのだいどころ」(岩波)の上に、「ふふふん へへへん ぽん!」(冨山房)の哀愁漂うジェニーの後ろ姿の絵(1994年カレンダー)と、DVD の「Tell them anything you want: A Portrait of Maurice Sendak 」を置いています。

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生誕85周年

           ハートケーキj
 6月10日は、モーリス・センダックの生誕85周年だったらしく、GOOGLEのトップページには、 「かいじゅうたちのいるところ」のマックスが! クリックすると、マックスが走り出して、そこはもう、かいじゅうたちのいるところ。ヨットに飛び乗るマックス。 「まよなかのだいどころ」の面々や「おいしそうなバレエ」の面々も、どんどん走っていきます。さあさ、みんなで向かったその先に、センダック生誕を祝うケーキが待っていました。
 楽しくて何度も見てしまいました。娘のスマホでは、動かなかったらしいので、たまには、パソコンがいいときも。

 昨年亡くなったセンダックの追悼じゃなくて、生誕85周年。
「かいじゅうたちは不滅」と想う作り手の心が伝わります。なにより、面々のしんがりが、センダックの愛犬のシェパード ハーマンだったのが、嬉しかったです。このアニメ―タ―も、センダック好きなんや・・・
 このシェパードは、 「まどのそとのそのまたむこう」「ミリー 天使に出会った女の子のおはなし」にも、大きく描かれています。

 *「かいじゅうたちのいるところ」(センダック 神宮輝夫訳 冨山房)
 *「まよなかのだいどころ」(センダック 神宮輝夫訳 冨山房)
 *「おいしそうなバレエ」(ジェームズ・マーシャル文 センダック絵 さくまゆみこ訳 徳間書店)
 *「まどのそとのそのまたむこう」(センダック わきあきこ訳 福音館)
 *「ミリー:天使に出会った女の子のおはなし」 (グリム童話 センダック絵 神宮輝夫日本語訳 ラルフ・マンハイム英語訳 ほるぷ)

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