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石井桃子についての本三冊、その後(1の3の番外)

アメリカ朝鮮朝顔jj
(承前)
 実は、 「ワンダ・ガアグ 若き日の痛みと輝き」この二段組み500ページを優に超える重い本が、翻訳出版された時、(1997年)、価格と、文の量にひるんで手を出していませんでした。
 が、石井桃子→「マイ・アントニーア」から引っ張り込んだ「100まんびきのねこ」の作者ワンダ・ガアグに触れるための資料として用意し、目を通しているうちに、若き女性の日記ということで、読みやすく、今回、(精読とは言えませんが)読んでしまいました。

 そこには、家計を助けるために絵やお話を投稿し、その結果を心待ちにするワンダから始まって、友人たちと出会い、影響を受ける男友達と出会い、仕事をし、美術学校の奨学生となり、恋を感じ、絵を描き描き、・・・と、14歳から24歳までの、若き日のワンダが等身大で描かれています。ここに書かれているのは、大なり小なり、若者が通る青春の道筋であり、そこをたどるような気持ちで読み進みました。

 哲学的な心の葛藤や才能についても書かれています。21歳の日記にこうあります。
≪才能を伸ばすことに全力を傾けるのでなければ、才能に恵まれてもなんの意味があるというのか―――我々の心の中で、感情が渦を巻き、我々が純粋な喜びに腕を広げたり、手を握り締めたり、足を踏み鳴らしたり、あるいはぐるぐると歩きまわったりするのは、才能を内に秘めてしまうのではなく世の人々に伝えるのが我々の義務だということではないのか。≫

 また、ホイッスラーとラスキンの裁判沙汰のことは、有名な出来事だとはいえ、それを、当時の芸術系の学生たちが、どう考えていたのかを読むと、歴史的な訴訟と言うより、リアルタイムのもめ事に思えて、面白いものでした。

 ガアグは「ひゃくまんびきのねこ」などの絵本、挿絵で、後世に受け継がれる画家となりましたが、この若い頃の日記で、≪さし絵のクラスでは、怠け者です。なにもせずに、ただ座っているだけですよ≫と自嘲気味に言い、挿絵のクラスの他の学生の構成は概ね素晴らしく、製図技術や出来栄えは優れているというものの、≪心が欠けている≫と一刀両断。若き日の熱き思いを日記に読みました。

*「若き日の痛みと輝き」(ワンダ・ガアグ 阿部公子訳 こぐま社)
*「100まんびきのねこ」(ワンダ・ガアグ 石井桃子訳 福音館)

☆写真は、アメリカチョウセン朝顔。

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