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観潮楼

観潮楼跡j
 (承前)
 今やコンクリートの記念館となった観潮楼は、小堀杏奴が、「晩年の父」(小堀杏奴著 岩波文庫)で、こんな風に紹介しています。
≪・・・「見晴し」のいい高い崖の上にあって、昔の武家屋敷のような大きな開き門の、所々に簾のおろしてある窓のついた長い土塀を囲らせてあった。部屋の中に座っていても簾を通してぼんやりではあるが道を行く人の姿が見える。私は三畳の自分の部屋に座って、その窓を通る父の姿を幾度待ったろう。・・・≫

 また、上記写真の森鷗外記念館(観潮楼跡)外壁の説明板には、「増築した2階部分から東京湾が眺められたとされたことにより観潮楼と名付けた」とありますが、「晩年の父」に、こんな記述があって、ちょっと面白い。

≪…東から南にかけて折れ曲がった廊下の向うは庭の木々の枝を通してあらゆる人家の屋根屋根が連なり、ずっと向うは上野谷中の五重塔がうっすらと見えていた。  春になるとぼうっと薄白く桜の咲いているのが見える。  はっきり白いのは木蓮であった。  この楼からは海が見えるそうである。  しかしそれは長年の間毎日のようにいる父だけが、極く晴れた日などに空とも水とも解らぬながら微かにそれと認める程度で、馴れない人などは絶対に見る事が出来ないものだそうだ。  結婚して間もなく父は母を連れてこの二階に登り、「おい、海が見えないか」と聞いたそうだ。  母は長い間見ていたが、「どうしても私には見えません」といったら父は笑いながら、「お前は正直だ。俺がそういうと、ああなるほど見えます見えますなんて言う人がいるが、どんな人にだって見えるはずがないんだよ」といったそうである。・・・・≫
(続く)

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