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みんなみすべくきたすべく

棚機

    七夕j
(承前)
 さて、もう一つ七夕のこと。
 「いまは昔 むかしは今」(網野善彦・大西廣・佐竹昭宏 福音館)第1巻「瓜と龍蛇」の「七夕と棚機(たなばた)」には、こんなことが書いてあります。

≪棚機というのはもともと機(はた)のことである。(機の構造は棚状になっているのでこう呼ぶ)これを織る女神を棚機姫とよぶわけである。また、機を織る女を昔から棚機つ女(たなばたつめ)という。そこで、和歌などで例の織女星をも「たなばた」と読み当てる。・・・・七月七日の夜、牽牛織女の二星が会うというのは中国の書物にある話であるが、我が国にも広まって歌に多く読まれている。・・・≫江戸時代の本居宣長の「古事記伝」
 ふーん、以前から七夕と言う二文字を「たなばた」と読むのは、どういう関連だろうと、疑問に思っていたので、ちょっと納得。

 さらに短冊に願い事を書いて笹につけて、牽牛、織女に祈る風習については、中国の古い行事として、乞巧奠(きっこうでん)が紹介され、平安時代には、宮中で方角を考えながら、同じく乞巧奠の行事が行われたとあります。捧げもの等が、少々異なってきますが、江戸時代の宮中での乞巧奠(きっこうでん)もあり、江戸時代の民間の人々の七夕についても触れています。

≪七夕まつりには、六日の午後二時半ごろから、新しい竹を切り、葉のついたままの枝に五色の短冊をつけて立てる。短冊には、二日、三日のころから競って詩歌などを書きしたためる。瓜、なす、五色の糸などを供え、また、硯を洗ったりもする。・・・(中略)・・・翌七日、短冊、笹、供え物などはみな川へ流す。これは星合いの鵲の橋(*牽牛。織女の二つの星が会うために、カササギが連なって橋を作るとされる)の材料になるのだと、言い伝えられている。≫

☆写真上は、安藤広重「名所江戸百景市中繁栄七夕祭」(「いまは昔 むかしは今」(網野善彦・大西廣・佐竹昭宏 福音館)の第1巻「瓜と龍蛇」)

下の写真は、先日、上賀茂神社に行ったときに、ご神紋の二葉葵の紙に願い事を書いてぶら下げてきました。向こうは、橋殿、その向こうは、ならの小川。➡➡

     笹の葉j

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