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彫刻家の教育論

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 本棚の探しものをしていたら、眼についたのが、岩波ブックレット「子どもたちが危ないー彫刻家の教育論」(佐藤忠良)。この本のことは、一度ここでも紹介したことがあります。➡➡

 今までも、特に、自分の子どもができてから、「子どもたちが危ない」と、いろんな場面で感じてきました。
 今回、特に、このタイトル「子どもたちが危ない」と思うことが多い日々なので、探しもののことは忘れて、再読しました。

 40年前に考えていた「子どもたちが危ない」という場面より、はるかに複雑な背景になっているような気がします。例えば、最新メディアとの出会い、遠隔授業に始まる学校教育の変化、マスクを常につけている人間同士の表情の読み取り、早期教育過熱による、幼い子のストレス、そしてその発散方法などなど。

 長いけれど、引用します。(1985年第一刷)
≪・・・・いまは情報化が人間のあこがれを摩滅させてきてしまっているような気がします。情報化社会は、自分で展覧会に足を運ばなくても、ほんものを見た気にさせるし、また逆に、人々に、知識としてそれを見ておく必要があると思いこませ、競って展覧会に見にいかせるようなところがあります。いい作品、ほんものは、できるだけたくさん見たほうがいい、というのはきまっています。しかし、どう見るか、という見方も問題です。知識をふやすために見るというだけでは、ほんものを見た、ということにはならないと私は思います。
 便利な生活が触覚感を失わせ、情報化があこがれをなくさせ、肉体も精神も衰弱しつつある、と言うのはおおげさかもしれませんが、ゲームウォッチで遊ぶ小学生に、一分間いくつできたかの達成感を喜ぶ気持はあるにしても、遠足のとき、皆で見た夕焼けの美しさを、いっしょに感動しあうという喜びがなくなっているのは事実のようです。けれど、この子たちをこのような無感動な状態にしたのは、私たち大人なのです。≫

そして、彫刻家は、こうもいいます。
≪ものをつくるには、試行錯誤があたりまえで、無駄なことをするのは不可欠のことなのですね。自分の手でつくることがどうしても大事なのかというと、つくるプロセスで無駄なことをくりかえしながら、いろいろ考えるということが大事なのです。こうした、ものをつくる際の私たちの姿勢を文章にしていけば、子どもにとって、一人の人間との出合いになるだろう、と考えています。≫

 この本を今読むと、「子どもたちが危ない」という前に、大人たちの危ない日々を思います。

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