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みんなみすべくきたすべく

文庫本

  京都7

 最近の文庫本--新訳であったり、新刊であったり、改版であったり、様々ですが、注釈の場所が、後ろにまとめてではなく、開いたページの左側を利用して書かれているものがあるの、ご存じでしたか?

 何しろ、浅学なものですから、本を読んでいても、その文言の歴史的背景や、擬古文的なものであれば、読み方、意味までも、ようわからん時が、多々あります。そこで、後ろの注釈まで戻って、調べるものの、途中、面倒になって、わかった気になって、読み終えてしまうことも、多々。

 が、2019年末の新刊「サラムボー上下」(フローベル作 中條屋進訳 岩波文庫)を読んだとき、左端に注釈(脚注)が、ありました。
 この古代カルタゴを舞台に書かれた歴史小説を読み進めるにあったって、何度、左端の注釈(脚注)にお世話になったことでしょう。
 個人的には、この話の前半では、引き込まれ一気に読んだものの、後半、ごちゃごちゃしていまい、挫折。古代とはいえ、かなり酷い書き方もあって、サトクリフの歴史小説を楽しんだようにはいきませんでした。

 それで、芥川龍之介の「仏蘭西文学と僕」という一文を読んでいたら、こんなこと書いてあって、ちょっと、嬉しい。
≪フロオベルに『聖アントワンの誘惑』と云う小説がある。あの本が何度とりかかっても、とうとうしまいまで読めなかった。・・・・(中略)・・・近頃ケエベル先生の小品集を読んで見たら、先生もあれと「サラムボオ」とは退屈な本だと云っている。僕は大いにに嬉しかった。しかしあれに比べると、まだ「サラムボオ」なぞの方が、どのくらい僕には面白いかしれない。≫(芥川龍之介全集7 ちくま文庫)

 さて、こんな文を見つけたのも、何十年かぶりの芥川龍之介。
 芥川龍之介を読み直すきっかけになったのは、今昔物話でした。その際、時代や当時の人物等の注釈が必要なカ・リ・リ・ロにとって、左端に注釈は必須でした。それで、文春文庫現代日本文学館「芥川龍之介」の左端に注釈を見つけ、その後、同じく、ページ左端に注釈のあるちくま文庫「芥川龍之介全集 全8巻」にも手を出したというわけです。

 ☆写真は、上下とも京都 知恩院三門。 

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