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ネズミはひとり森のなか

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 今度のネズミの出てくるクリスマス絵本「ネズミはひとり森のなか」(トニー・ジョンストン文 ダイアン・スタンレー絵 小川仁央訳  評論社)は、先の「ぼくたちのプレゼントはどこ?」(リチャード・スキャリー作 木坂涼訳  好学社)➡➡より、大きい子向きの絵本です。

 身近なものでわかりやすい展開で、ああよかったを描くと、幼い子どもにもわかりやすい絵本となりますが、詩的な表現で、ああ、そうなんだ、よかったと思うことができるのは、少し大きめの子どもに該当するのだと思います。
 が、いかんせん、そういう就学年齢になってくると、文の短い小さな絵本を、大人が読んでやらない(ことが多い)し、紹介すらしないかもしれません。

  さて、「ネズミはひとり森のなか」ですが、個人的には、ちょっと気になるところもあります。ファンタジックで詩的な世界を表現してはいるのですが、≪ネズミはいつも、ひとりぼっち。≫だとか、≪(まどから外を見て)森ってなんだろう――木だわ。森には、だれがいるんだろう。ほかのネズミで、いっぱいかしら。・・・でもネズミは小さくてはずかしがりやだったぼで出かけていきません。≫
 うーん。たくさんの家族がネズミの特性だし、冬以外のときも、ずーっと家にいた???
 確かに、最後は、いろんな小さな生き物が来て、よかったね・・・なのですが。

 ネズミの特性から、ずいぶん離れています。ファンタジーの世界であり、いわゆる擬人化の世界なのですから、そういう位置づけなのだと、考えることもできます。しかしながら、ファンタジーの世界をファンタジーと思えるのは、本当らしさがきちんと書かれていることだと思います。エッツの「もりのなか」(まさきるりこ訳 福音館)で、ライオンが髪をとかし、象が水浴びをしてからぼくの散歩についてくるのは納得し、本当にありえるかもしれないと思える。もし反対に、象が髪をとかし、ライオンが水浴びをしてからぼくの散歩についてくるのはナンセンス・・・となって、ファンタジーの世界に入ること自体、難しいかもしれません。
 確かに、いろんな動物たちが、肉食も草食も仲良くしているお話も多々あります。それには、今日は特別の日だったり、ファンタジーの世界に入る「鍵」も持っていたりするのです。
 例えば、「クリスマスのうさぎさん」(ウィルとニコラス作・絵わたなべしげお訳 福音館)➡➡で、キツネがしゃべるのきいて、驚くと、「今日はクリスマスイブじゃないか」と動物が人としゃべることができる特別キーを差し出すのです。「グロースターの仕たて屋」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)➡➡も、然り。
 
 話はちがって、今年のクリスマス絵本を探しているとき、新刊で、ネズミが主人公だったので、気になってみてみましたら、友達のいなかったネズミへのクリスマスプレゼントは、小鳥だった・・・という絵本がありましたが、購入に至りませんでした。
 確かに、この「ネズミはひとり森の中」でも小さなウサギやリス、小鳥、そしてコオロギもやってきて、ネズミはひとりぼっちでなくなるのですが、「ちいさなろば」(ルース・エインズワース文 石井桃子訳 酒井信義絵 福音館)という話のように、サンタクロースの手伝いをして、朝起きたら、プレゼントは同じロバだったという方が、自然じゃありませんか。
≪「イーヨウ! クリスマス おめでとう!」としろいろばは いいました。「クリスマス おめでとう! あなたは だれです?」と、ちいさいろばは ききました。「わたしのなまえは 『ゆきのじょおう』よ」と しろろばは いいました。「わたし、これから、あなたの ともだちになって、いっしょに あそんだり、いっしょに やすんだりするんですよ。」  2ひきは、はなをすりあわせました。・・・≫
 
***ただし、「ネズミはひとり森のなか」の訳文には、具体的にどんな生き物がやってきたか書かれていませんが、絵には(上記写真)、ウサギなどが描かれています。

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