FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

木を植えた人

ドングリj
(承前)
 昨日、森林破壊のことを書いたので、近日にUP予定だった「木を植えた人」(ジャン・ジオノ 原みち子訳 こぐま社)のこと。
 実は、同じ著者の「丘」(ジャン・ジオノ 山本省訳 岩波文庫)を読んでいて、その後に、この「木を植えた人」を書こうと思っていたのですが。

 「木を植えた人」は「木を植えた男」(フレデリック・バック絵 寺岡 襄訳 あすなろ書房)として絵本出版されたり、アニメーションにもなっています。
 
プロヴァンスの荒地で淡々と木(ドングリ)を植え続けた人(羊飼い)の話です。
≪…人住まぬこの地に木を植えはじめてもう3年になる。いままでに10万個の実を植えた。そこから二万本の芽がでた。その2万本のうち半分は育たないだろう。鼠や栗鼠にかじられるし、それだけでなく、人の思いをはるかに越えた神の御摂理が働くから、 ≫と、話の前半で羊飼いは話し、その後、戦争があったり、政治が介入したり、また戦争があったり・・・そして、森が生まれ、人が住み・・・

 かつて、この本を初めて読んだとき、実在の場所であり、実在の人であると思い、また、第一次第二次世界大戦や、行政の動きなど実話だと思ったのですが、解説を読むと、フィクションだということで、作者ジャン・ジオノの筆力に驚いたものの、なーんや、ちょっとがっかり…と思ったのが、率直な気持ちだったと思います。
 また、解説にある、ジャン・ジオノの過激な政治的発言やその生き方が、この実話でない迫真のフィクションを作ったのか・・・と、感じたのも事実です。だから、印象に残った話の一つとはいえ、30年読み返すこともありませんでした。絵本もアニメも見ていませんでした。

 が、今回 同じ著者の「丘」を読んだ後、再読してみたら、ちょっと見方が変わったような気がします。
 今なら、この著者—--ノーベル文学書の声さえあった、ジャン・ジオノが、様々な活動・発信をし続けたのも、自然という支えがあったからなのだと理解できるのです。実際、幼い頃から休日に団栗を植えながら父親と荒地を散策したという経験こそが、彼の支柱だったのだとわかります。

 話の終わり近く、荒地だったところに森ができ、村ができ
≪現在28人がこの村に住んでいて、そのうち4軒は若い家庭だ。明らかに壁も塗りたての新しい家々。それをとりまく菜園にはいろいろなものが混ざりあって、しかし整然と植わっている。野菜と草花、キャベツとバラ、ポロ葱と金魚草、セロリとアネモネ。すっかり、いかにも住み心地よさそうな場所にかわっていた。≫
 と、書いています。
 この植物の並びもいいのですが、若い家庭とか住み心地よさそう・・・とか、平凡な表現にこそ、この人の思いが詰まっているような気がします。(続く)

☆写真は、夏の終わりの若いドングリ。まだまだ、ポロリと落ちるまでには時間があります。

PageTop