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みんなみすべくきたすべく

細菌と人類(1)

シヨンシオン15
 先日の「丘」(ジャン・ジオノ 山本省訳 岩波文庫)➡➡の中に、コレラ感染で、廃村となるという場面が、ほんの少し出てきます。今までの読書より、感染症の出てくる箇所には反応しました。
 また、このコロナ禍の状況で、今までに手に取ることもなかった本にも手がでます。

 「細菌と人類 ----終わりなき攻防の歴史」(ウィリー・ハンセン ジャン・フレネ著 渡辺格訳 中公文庫)
 この本の前に、日本人の書いた感染症の新書—-コロナ以後に増補したとありましたから、読んでみたのですが、専門的で、カ・リ・リ・ロが読みたい本ではありませんでした。

 で、あきらめかけていたものの、やっぱり、気になるものですから、この「細菌と人類」を読んでみたというわけです。
 こちらは、読みやすかったです。なので、もしかしたら、専門的なものを求める人には、物足りないのかもしれませんが、ともかく、タイトルの半分の、「人類」という部分が生きていて、納得することが多かった。もちろん、この本は2003年に刊行され、2008年に訳されていますから、コロナどころか、HIVやSARSなどのことにも触れられていません。

 まず、「ペスト」から始まるのですが、(その後、コレラ、腸チフス、その他サルモネラ菌、細菌性赤痢・・・・と続きます。)その中に、こんなことが紹介されていました。
≪「ペストとユダヤ人に対する迫害」
ユダヤ人の習慣はタルムード(ユダヤ教の習慣律法)により律せられており、彼らの衛生状態は一般の人と比べて良好であった。彼らは離れたところに暮らしており、ネズミもよそより少なくなかった。その上、病人は強い下剤をかけられたり、不潔な器具を用いて瀉血されるより、薬草を主体とした薬剤で慎重に看護された。こういったわけで、ユダヤ人たちは周囲の人々よりペストによって死亡する率が低かったのであるが、教会権威筋、そして少しあとでは、鞭打苦行者たちも、ユダヤ人こそが病気流行の原因である、とする議論を始めた。これにより、ユダヤ人は最初の迫害を受けることとなる。
 最初の事件は1348年にジュネーブ近郊のレマン湖にあるシオン、ついでバゼル、フリブールなどで起き、ユダヤ人たちは大きな木製の建物に入れられてそのまま焼き殺された。ついで・・・・(中略)・・・・49年の夏にはこの傾向は広まったので、、多数のユダヤ人はかれらに寛容なドイツ、ポーランドなどの東国に避難した。このようにして、ロシア西部、ポーランド、オーストリア北西部などにユダヤ人の大きな居留地ができることとなる。・・・(後略)・・・≫

 そうだったのか・・・・多くの人が知っているのは、近現代での、ドイツやポーランドでのユダヤ人迫害のこと。そのルーツが、こんなところにもあったなんて、知らなかった・・・・

 それに、もう一つ、なさけないことに  よくしらなかったこと。日本の731部隊のこと。
 少しではありますが、この日本の愚行についても書かれています。(続く)

☆写真上は、スイス レマン湖 中央付近にシヨン城➡➡、山の谷間の向こうにシオンの街(文中レマン湖畔シオンとありますが、シオンはレマン湖に近いものの、レマン湖に面していません。手前はモントルーの街。
写真下は、ターナーがスイス方面にスケッチ旅行に出かけた際描いた水彩画のシヨン城(1836年頃)
上の写真と見比べると、ターナーがどの辺りで描いたかわかるような気がします。

シヨンj

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