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みんなみすべくきたすべく

熱い日差しにぐったりして

バッタj
(承前)
 詩集を読むとき、その詩人の作品すべてが好きになるわけではないし、隅から隅まで読まないことも多いです。1冊で、一つか二つ、お気に入りの詩が見つかったら、嬉しい・・・といった、詩集の接し方です。
 
 キーツ詩集には、さきの「イザベラとバジルの鉢」➡➡のような昔の(中世の)話を土台にしたものもあるし、ギリシャ神話やシェイクスピアなどを土台にしたものも入っています。同時代のキーツとラファエル前派は文学作品をもとにした絵が多いこともリンクします。

 さて、この「キーツ詩集」を初めて手に取ったときに、気に入ったのが、「侘しい夜が続く12月に」という詩でしたが、多分、冬か、秋に読んだと思われます。というのも、この暑い8月に、もう一度、眼を通してみると、その詩より、こっちの方が、ぴったり来ました。単純なもんです。 

「きりぎりすと蟋蟀」(キーツ詩集 中村健二訳 岩波文庫)
≪大地の詩が滅びることはない。 
 すべての鳥が熱い日差しにぐったりして、
 涼しい木の間に隠れるとき、刈り終わった牧草地の
 生垣から生垣へ、声が流れるだろう――
 それはきりぎりすだ。彼は夏の贅沢な
 虫の音の先陣を切る。彼の愉しみは
 尽きることがない。というのも、歌に飽きると
 どこか快適な草の下でのんびり休めるから。
 大地の詩は決して絶えることがない。
・・・・・・・(後略)・・・・≫

 二行目です。
 別の訳者は、ここを
≪鳥たちがすべて酷熱の太陽に気も遠くなり≫と訳しているのですが、(対訳 キーツ詩集 宮崎雄行訳 岩波文庫)
カ・リ・リ・ロとしては、今現在、「熱い日差しにぐったりして」に共感してしまいます。
 感傷とか 美意識とかとは違う まったく 単純な感覚です。(続く)

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