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ねずみとくじら

ねずみとくじらj
 ライオンとねずみは、「マウスさん一家とライオン」(ジェイムズ・ドーハーティ作 安藤紀子訳 ロクリン社)➡➡、ぞうとねずみは、「七ひきのねずみ」➡➡、そして、今度は、「くじらとねずみ」(ウィリアム・スタイグ作 瀬田貞二訳 評論社)です。

先の「七ひきのねずみ」は、文は短いものの、とても小さい子向きの絵本とは言えませんでしたが、この「ねずみとくじら」は、少々文が長いものです。

 海の好きなねずみのエーモスは自分で船を作り、航海術を学び、ついに大海原に船出。ところが、船から海に落ち、それを救ってくれたのがくじらのボーリス。
同じ哺乳類同士ということで、すっかり仲良しに。そして、浜辺近くに来た時、ねずみは陸に戻ります。月日が流れ、くじらも年を取り、大波にまきこまれ、浜辺に打ち上げられてしまいます。そこにやってきたのが、ねずみのエーモス。エーモスは、象を二頭連れてきて、くじらのボーリスを海へ。

 そして、最後はハッピーエンド。と思いがちですが、少々、悲しい文言が・・・
≪・・・なみだが おおきなくじらのかおを ながれおちました。ちいさなねずみのめにも、なみだが うかびました。「さよなら、なかよしのくじら」とエーモスは、ちいさなこえでなきました。「さよなら、なかよしのねずみ」とボーリスが ほえました。そして なみまにしずみました。ふたりは、このさき2どとあえないことを しっていました。そしてぜったいに あいてをわすれないことも しっていました。≫

 つまり、この絵本の形をとった作品も、時間の経過がわかるようになった子どもたちなら、この2度と会えないということを理解できるものの、とても幼い子どもたちには、なかなか伝わらないことだと思います。
 そんなこと理解せずとも、ねずみの冒険、ねずみとくじらの交流を楽しむことはできますが、作者の伝えたかったことを感じとれる子どもたちに、読んでほしいと思います。
 
 さて、この絵本の訳は、瀬田貞二です。瀬田貞二の訳は、日本語として面白い言葉を持ってくることが多く、お話の楽しさを膨らませます。子どもが日ごろ使う言葉より、ちょっと難しいけど、話の流れから、こういうことだろう、絵を見たら、こういうことだろうと想像力を刺激する言葉で訳しているのです。
 例えば、≪・・・・何もかも素敵で、エーモスは、げんきいっぱい、いきがいをかんじました。≫いきがい・・・なんて、子どもの語彙にはないものの、話の流れから、あるいは、絵から、エーモスが、心から楽しんでいるのがわかります。
 また、≪エーモスは もんどりうって、くうにはねとばされたのです。≫もんどりうつ・・・これも、なかなか使いません。
 そして、≪ボーリスは、ねずみの ちいさいかわいさややさしさ、かるいふるまいやこわね、ほうせきのようなめのかがやきに ひきつけられました。エーモスは、くじらの おおきなからだやどうどうとしたようす、ちからやうごき、ひびくこわねやあふれるしんせつに うたれました。≫こわね・・・これも使わないものの、文の流れから声の調子だと理解できるでしょうが、最後の、うたれるという言葉は、使うことがなくとも、流れから、理解することができると思います。

 こうやって、日本語の面白さも伝えてくれる訳ではありますが、時々ぶっ飛んでしまって「ん?」というのもあります。それはお互い哺乳類だと紹介するときに驚いたくじらが「おどろいわしの、びっくりいかだ!」と、しゃれて言う台詞です。慣れると楽しいですが、初見の者には、ちょっと唐突のような気がします。

 そして、もう一つ、それは、物語りの最初、
≪うみべに すんでいる ねずみのエーモスは、うみがだいすきでした。しおのかが すきでしたし、よせてはかえす なみのおとも すきでした。≫
 潮の香・・・・確かに、イメージの膨らむ言葉です。が、漢字で書いてこそ、あるいは、耳で聞いて、その様子が思い浮かんでこその、言葉だと思います。特に、まだ、1ページ目の海の絵では、なかなか子どもに理解できる言葉じゃないかもしれません。

 個人的には、尊敬し 大好きな訳者でもある瀬田貞二氏です。(続く)

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