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一大失策

デフォーj
(承前)
 「ペスト A Journal of the Plague Year」(ダニエル・デフォー 平井正穂訳 中公文庫)(1722年作)➡➡
 今回、マンゾーニの「いいなづけ」やカミュの「ペスト」が話題になり、そのおかげで、このデフォーのペストも読みました。
 他の2冊と「デカメロン」のことは、いずれ書くとして、この「ペスト」の本が、一番、ドキュメンタリーに近い。フィクションの形をとり、私見も多く入っていますが、実際に起こった事件や記録にも力点があるように思います。1665年から1666年のロンドンのペスト蔓延時に、後にジャーナリストとなるデフォーはまだ5歳でしたから、当時の記録や見聞をもとに書かれたと言われています。また、デフォーは、初め、ロンドン市民の馬具商H.F.という匿名で、この本を出版していましたが、そのイニシャルは、当時の話を聞いた叔父のヘンリー・フォーから来ているのではないかとされています。 

 読んでいると、確かに17世紀のロンドンではあるし、一軒ずつの隔離封鎖など、時代を感じる記載は多いのですが、人の心、人の動きは、今と一緒。いつの文を読んでいるんだろうと思うほど。(これは、他のペスト関連文芸も同じ)
 
 そして、一番初めに、おお!と思ったのが、当初、ロンドンの週報に記載されていく死亡者数やその増加数のことです。この記載は、本文P445のまだP14 !
≪…死亡率が減ってくると・・・われわれは数日間、かような希望をいだいて暮らした。だが、それは文字どおり、はかない数日間にすぎなかった。市民たちはもはやこんなことでごまかされなくなった。・・・・・悪疫がもはや手のつけられないくらい蔓延していて、日夜、おびただしい人々が死んでいることを発見した。こうなると、われわれのはかない望みは暗澹たるものになった。もうこの疫病は相当に広がっていて、今さら 衰えるなどとは絶対に考えられないところまできている。ということは、もはやおおうべくもなかった。いや、一目瞭然たるものがあった。・・・・どうやら事態はそろそろ全貌を示しはじめたようであった。週報にはロンドン全体における、疫病による死亡者としてわずか14名をあげているにすぎなかったが、それはまったくのいんちきであり、ごまかしであった。たとえば、・・・・・≫

その後、著者は、こう言います。≪こんどのような危機に再び会うこともあるいはあるかもしれない人々の参考として、これからの話をしたいと思うのだが、・・・・≫
また、≪私はこの時分のありさまをそっくりそのまま、これを目撃しなかった人々に伝え、いたるところに現出した地獄絵巻を読者諸君に伝えることができたらと思う。≫
 として、数々のエピソード、そして、ロンドンの町の様子を披露していくのです。
 悲惨な状況は、詐欺師や「疫病予防丸薬、効能確実」などという胡散臭い薬剤のことにも言及。
 感染者が逃げ出さないよう、家屋閉鎖という強硬手段。・・・が、その膨大な家の前にはそれぞれ、監視人。(☆ 写真に写る挿絵は、そのあたりが書かれています。レズリー・アトキンソン画)

そしてまた、≪もし将来かかる災厄に会うような場合に、たまたま本書を繙いたことのある人々に役に立つかもしれない。≫と、こんなことを記します。
≪①この伝染病は、生活必需品の食料や薬品を買うために往来を駆け回った奉公人が、市中で感染し、家庭に持ち帰る。②ロンドンのような大都市でも一つしか避難所(ペストハウス)を持っていなかったということは、何としても一大失策 ≫そしてまた、≪ここで一言したいのは、市民全体のあのだらしない怠慢ぶりである。疫病流行の注意なり警告なりがずいぶん前から発せられていたにもかかわらず、食料その他の生活必需品を貯えこもうともせず・・・・≫などなど、今の世の中も傾聴せねばならない文言が続きます。特に、一大失策とまで言い切っている公的不備は、せっかく、300年も前にデフォーが警鐘を鳴らしているのに、学習しない後世の者が悪い。
 ましてや、今現代の政治に関わる人、国家や地方自治に関わる人間は、やっぱり、この本を必読にした方がいいんじゃないか。(続く) 

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