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みんなみすべくきたすべく

魔法の泉

泉2j
「片手いっぱいの星」(ラフィク・シャミ 若林ひとみ訳 岩波)
(承前)
 サリームじいさんの話を聞いて育つ「ぼく」は17歳の日記にこう書きます。
≪ぼくは17歳だが、ぼくの最高の友サリームじいさんの話を聞くのが十年前と同じくらい大好きだ。ぼくはいま、じいさんが十分考えたうえで、同じ話をある一定の期間のをおいてくり返し話してくれたんだと思う。話は語られるたびに少しずつ変わるものだが、変わるのは話だけではない。聞き手の方も年をとり、その話からまらちがった“魔法の果実”を得る。物語は決して涸れることのない魔法の泉だ。≫
 ここで思い出すのは、『お話を運んだ馬』(シンガー文 工藤幸男訳 マーゴット・ツェマック絵 岩波少年文庫)のお話の名手ナフタリですが、これはユダヤ人の話でしたね。

 ユダヤ、イスラエル、シリア、作者のシャミの生まれたダマスカス・・・混沌とした地域の宗教と歴史。シリア問題(大きく言えば、この辺り一帯の問題)は現代までも、片付いていない大きな問題ですが、「ぼく」が日記に書いたように、物語は魔法の泉です。大人は、それぞれの場所で伝えていかなけばならない。その使命感を忘れないようにしたい。

 最後にサリームじいさんの葬儀の箇所は、感動的です。
≪女は、ふつうは教会までしかいっしょに行かないのだが、全員墓地まで行くことにした。みんな、夫だけを危険な目にあわせたくなかったのだ。この通りから、あんな葬列が出たのははじめてだった。何百という人びとが、六人の男たちのかつぐじいさんの柩に続いた。また、二百人以上もの女たちが、柩の前を歩いていた。・・・・・(中略)・・・・・四人の兵士が機関銃を女たちに向けていた。でも女たちは先に進もうとした。みんな大声で兵士たちをどなりつけていた。サリームじいさんの娘さんが黒いブラウスを破き、叫んだ。「葬列を通しな。撃つんならわたしをやりなよ!」彼女は前にとび出していき、ほかの女たちは道端の石をひろうと、じりじりとあとずさりしている兵士たちの方へ向かっていった、一人の女が、「わたしはあんたたちの姉さんや妹や母親だよ!」と、叫ぶと地面に目を落とした兵士もいた。ジープにいた将校が、兵士にもどるよう命令し、ジープは去っていった。≫

☆写真は、スイス アスコナ

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