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二人の作家

アトリーj
上の写真右は、ビアトリクス・ポター最晩年の1枚で、穏やかな笑みを浮かべています。
 写真左、椅子に座っている女性は、アリソン・アトリー。膝の上にある本は、自伝的作品The Country Child【「農場にくらして」(上條由美子・松野正子訳 岩波少年文庫)】で、キャプションには≪成功した文学界の大物女流作家として、落ち着いたポーズで座っている。≫とあります。
 この二枚を並べたのは、差が大きく、わかりやすいからなのですが、アリソン・アトリーは、作家の風格を漂わせ、近寄りがたい尊大な雰囲気があります。ところが、ポターの晩年の写真は、どうでしょう。なんでも受け入れますよ。はい、はい、どうぞ、どうぞ、という空気を感じませんか?

 「アリソン・アトリーの生涯」(デニス・ジャッド著 中野節子訳 JULA出版局)を読むと(写真左は、この本の表紙です)、彼女が、貧しい中、苦労して学問(主に、科学)の研鑽を積み、また、夫の自死や息子との関係、身近な人との摩擦などなど、様々な経験を積み、少々、屈折の末、上記写真の地位にたどり着いたことがわかります。

 反対に、ビアトリクス・ポターの幼い時の写真こそ、硬い表情のものが多いものの、晩年に近づくにつれ、柔和な様子がうかがえます。裕福な生まれだったポターは、当時の女性として学歴こそありませんが、自然の中で充分に学び、論文も書き➡➡、ピータラビットたちを残し、それで得た資産を、自分一人のものにはせず、自然に戻すといった生涯でした。だから、個人的には、上記右のポターの写真は、「あーあ、やれやれ、よかった、よかった」という声も聞こえてきそうな気がするのです。

 アリソン・アトリーもビアトリクス・ポターも、どちらもイングランドの田舎の自然を友とし育ったことには違いがありません。それは、彼女たちの作品を読めば、よくわかることです。(アリソン・アトリーの作品は多いので、小動物ものだけではありませんが・・・)
 ただ、片や、田舎暮らしを素地にしたのにも関わらず、ロンドンに出、ロンドン近郊に居を移し、名画や骨董等などの購入する地位と貯蓄のある女性となり、墓碑には、「物語の紡ぎ手」と銘打たれた女性。
 片や、晩年は、田舎での暮らしのため、服装も気にせず、資産は、自然環境を守ることに費やし、自分の骨は、丘のどこに散骨されたかわからないようにした女性。

 今回、ネズミ年にちなんで、二人のネズミの作品を見、しかも、同じイングランドのネズミたちを見てきましたが、二人の作家の生涯には、大きな違いがありました。(続く)

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