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みんなみすべくきたすべく

トリセツ

    ナンキンハゼ月j

(承前) 
10月21日の新聞記事に2022年から実施される高校の学習指導要領の再編について書かれていて、その見出しが≪国語も「トリセツ」重視?≫≪文章の海は豊かなのに≫といったもの。

今度は、11月3日の記事に≪思春期を揺さぶる「文学」が危ない≫の見出し。
つまり、両者、高校の国語の内容が大きく変わろうとしている危機を報じています。
カ・リ・リ・ロも、一応、教育学部出身であり、教育学修士でもあるので、学校での学習の指針が、学習指導要領にあることは知っていました。が、恥ずかしながら、高校の学習については、ついつい関心が薄く、大きく知らなかったというところが本当のところです。

今度の改訂で、つまり、2022年度から実施される高校国語の新学習指導要領では、国語の選択科目(2年から3年生)を「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探求」に再編成したようです。

10月21日記事によると、≪文章を論理的、実用的なものと、感性や情緒に訴えるものに区別した格好だ。文学も尊重すると、文科省は言うが、実際には、文学作品に親しむ時間は相対的に減るだろう。入試改革でも実用文への傾斜は避けられまい。≫と、しています。
 また、11月3日記事では、文科省側のコメントとして、
≪こうした批判に対し、文科省は「文学を軽視する意図はない。我々としては、文学作品を十分学べる『文学国語』を設定しているわけで、学校はよく考えて科目を選択してほしい。」と話す。≫

 はあ??????

 そして、この記事の筆者は、最後に、厳しい口調で記事を終えます。
≪・・・受験勉強偏重の中で、国語の授業で触れた文学からは、人間の弱い心に寄り添う声が届き、救われた。功利や目先の実用では解決できない人間の弱さを深く知り、共感する。その経験が生きる際の大きな糧となることを、忘れては困る。≫
 
さて、カ・リ・リ・ロにとって、国語の授業で出会った文学だけが、文学ではありません。また個人的には、論理的思考が培われなかった人生でしたが、今もまだ、まだ、まだ、読みたい本・読み返したい本があり、出会いを待ってくれている文学が、そこにあると思うだけで、楽しみをもって日々生きていけます。

 教科書で扱うか、扱わないかという論点ではなく、今ここで、今この日本で、文学をないがしろにしようとする姿勢は、間違っている。(続く)
       秋jj
☆写真上は、ナンキンハゼと有明の月

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