FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

忘却がどんな顔をして自分を眺めるか

ダリア3
(承前) 
「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)を読むと、当時の価値観、当時のロンドン事情がよくわかることがありますが、また普遍の心理やユーモアを書いている箇所も多々あり、それが、評価され、読み継がれてきた由縁なのだと思います。
 その中で、当時は60歳70歳だった寿命に触れている箇所があって、面白かった。

≪(ブラウンは『キリスト教的道徳』の中で)この世の中に六十歳も七十歳も生きていた人の話をしている。「これくらい期間がたって」と、彼は言う、「自分の父親を覚えている人もなく、若い頃の友人たちもほとんどいないくらいにまで生き永らえると、人間というものは、忘れられるということがひどく気にかかり、日ならずして忘却がどんな顔をして自分を眺めるかを、まざまざと悟るであろう。」≫

 うーん、人の寿命は延びて、この時より、該当年齢は上がっています。が、しかし、確かに忘れられるということが気にかかるといことは、身近な近親などの様子で、よくわかります。ちなみに、この引用文のタイトルは「私の近親」。

 多分、このブログをだらだらと続けてるのも、忘れないでと、思っている自分が居るからなのでしょう。ということは、いくら寿命が延びても、60歳も生きている人に該当する文だったんだ・・・・

☆ 写真は、スイス モルジュ

PageTop