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みんなみすべくきたすべく

執念の始り

ベリンツォーナj
➡➡ 承前)
 与謝野寛の「明星」を連袂脱退した一人、吉井勇について書こうと思ったら、まずは、堀口大學から書いていかないといけないような気がしましたが、ともかく11月8日が吉井勇の「かにかくに祭り」➡➡だったので、あとさきになったものの今日は堀口大學。

 この年齢になっても、文学好きなだけであって、文学についても、ほとんど何も知らず、この欄でも、浅学を露呈しているものの、吉井勇についても、かの大著「堀口大學 詩は一生の長い道」(河出書房新社)➡➡で知るまで、よく知りませんでした。
 しかも、まだこの大著についての本筋については、感想が書けていない。嗚呼! あれから、まだずーっと枕元に置いたまま。もはや、ただの放置?言い訳するなら、2年半も置いているのは、この本だけです・・・。深すぎて、この本単一で書けるとは思えなくなってきました。今日のような関連づいた形で紹介していくことになろうかと思っています。

 さて、新潟長岡出身の当時17歳の堀口大學は上京していましたが、祖母の仏事で、長岡に行く際、たまたま列車までの待ち時間に駅前の書店で見かけたのが文芸雑誌「スバル」(42年第8号)。巻頭の短歌、吉井勇「夏のおもひで」百首を何気なく、拾い読み・・・これが、堀口大學と吉井勇の出会いであり、巻末にあった「添削には與謝野 鐵幹 ・晶子があたる」という案内、これが、堀口大學の「詩は一生の長い道」の始まりとなったのでした。

 のちに、堀口大學は回想します。
≪一読僕はたちまち魅了されてしまった。こんな美しい、こんな感動的なこんなに自分の夢にぴったりする歌があるのかと思った。知らなかったと思った。知ってよかったと思った。急に自分の前に新しい詩歌の新天地が開けたような気がした。早速その雑誌を買い求めて、駅の待合室へ戻ったが、その夜僕は車中一睡もせずに『夏の思ひ出』をくりかえし読みつづけた。熱っぽい気持で。そして思った、こんな短歌が、ただの一首でも作れたら、自分はそれきり死んでも惜しくはないと。≫(「青春の詩情」)

そして、のちに、「勇短歌との出会い」という詩も書いています。
≪『スバル』というその誌名が
星座の名だとさえ知らない少年でした
瀟洒な表紙に誘われて取り上げた
その巻頭が 
あろうことか!
天か 魔か
「夏のおもひで」吉井勇の短歌でした
・・・・(中略)・・・・
僕の詩歌の一生を決定した
これがその瞬間でした
永久に変わることのない
執念の始りでした

あの時から六十余年
今日までに宿酔は続いています

楽しい僕の詩歌の宿酔!≫
(続く)
☆写真は、スイス ベリンツォーナ駅前

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