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みんなみすべくきたすべく

足に合わない大きい靴

夕立j
(承前)
 「五足の靴」(五人づれ著 岩波文庫)➡➡ のあとがきによると、著者の一人、与謝野寛は、この紀行文を書いたとき35歳で、のちに、吉井勇が回想するように「与謝野先生だけが黒い背広で、あとの4人はみんな金ボタンのついた学生服を着ていたのだから、よそ見にはまるで修学旅行のように見えたかもしれない」とあります。もしかしたら、ちょっと、窮屈?

 そして、この夏の九州旅行の翌年1月には、吉井勇、北原白秋、木下杢太郎の3人は、「明星」を連袂脱退してしまい、「パンの会」の創設に向かいます。
 のちに、吉井勇がいうように、≪・・・長い旅行を共にしたりして、与謝野先生と私たちとは、きわめて親密な師弟関係を続けているように見えていたけれども、実はもうすでにその時分から決裂の機運がきざしていて・・・・・≫というのが、本当のところのようです。ましてや、吉井勇と北原白秋は、その前の年の秋にも与謝野寛、茅野蕭々らと伊勢・紀伊・奈良・京都に旅行しています。

 とはいえ、残りの一人、平野萬里は、与謝野寛(鉄幹)・晶子夫婦と共に第二次「明星」に参画・協力したとあるので、五足の靴も、履き心地は、人それぞれだったということでしょうか。
「五足の靴」の始まりは、こうでした。
≪五足の靴が五個の人間を運んで東京を出た。五個の人間は皆ふわふわとして落着かぬ仲間だ。彼らは面の皮も厚くない、大胆でもない。しかも彼らをして少しく重みあり大量あるが如くに見せしむるものは、その厚皮な、形の大きい五足の靴の御陰だ。≫
(続く)
☆写真は、スイス レマン湖の夕立

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