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みんなみすべくきたすべく

たてながのえほん

たてながj
(承前)
 さて、左に写る「つきのぼうや」(イヴ・スパング・オルセン やまのうちきよこ訳 福音館)➡➡は、縦長を利用し、空の高さを表現しています。

 ところが、横長絵本として紹介した➡➡「ほしになったりゅうのきば」(君島久子再話 赤羽末吉絵 福音館)は、広がりを表現する横長だけでなく、写真右のように、高さを表現するために縦に描かれたページもあります。

 それは、龍の兄弟がけんかして、破ってしまった天の裂け目をつくろうために、ライロン山の緑の髭の老人に会いに行き、そこでもらった緑のわらじをはいて、ウリュー山のクマ王の繕い上手な三人の娘を嫁にもらいにいった場面です。
≪ウリュー山は、たかく そびえて、石のはしらのよう。くもや きりがあいている てっぺんに、かすかに きいろいいえがみえる。サンは、ふもとで、「クマ王よ、おまえのむすめを よめにおくれ」と、いいながら、あしを どんどん ふみならすと、ウリュー山が、おん おん おんと ゆれだした。≫

 この絵本は、赤羽末吉の力強い絵によって、その壮大な物語の雰囲気が伝わります。
 が、しかし、この壮大な中国の民話は、絵本と言う枠に入り切れていないような気がします。
 特に、ライロン山とウリュー山を行き来し、やがて、天を繕える娘を嫁にできるやりとりは、横長のページであるために、高さがよくわからず、かえって、絵があることによって、どうなっているの?と思うような描き方になっています。
 
 昔話・民話・・・というように、口で伝え、耳で聴いてきたお話を、絵本にすることの一つの限界を、ここにみます。
 とはいえ、お話自体は、わくわく、はらはら、とても面白いものです。

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