みんなみすべくきたすべく

有翼虎龍

      タラスコン龍j
 (承前)
 「タラスコンみなと」(ドーデ― 畠中敏郎訳 岩波文庫)の中に、ちょっと面白い表現があったので、書いておきます。

 南仏タラスコンから,遠く南の海を越え、新天地タラスコンみなとは、結局はイギリス領だったようで、不法占拠となったタルタランは捕虜となり、強制送還されることに。
 とはいえ、そこに悲壮感はなく、イギリス人との交流を楽しむ様子さえ書かれています。
≪イギリス人の中にいると私のさだめはどんなに奇妙なものになることでしょう。あんなに無神経で、お互同士の間ではいつもあんなに冷静なこの人たちですが、私の気安い態度でただちに緊張をゆるめます。彼等は心ならずも、そうして生まれて始めて人なつこくなります。私は二十四時間を一緒にすごすイギリス人を、残らず気のいい人に、フランス人にしてしまいます。≫

ここには、タラスコンびとが、いかにフランスにおいて、地方に位置していても、歴史ある誇り高き人々であるという自負と、強がりと、はったりと・・・が見えます。

 現在も、フランスアルル地方に、タラスコンはあり、そのタラスコンという地名の語源になったのは、有翼虎龍(タラスク)という架空の動物。≪そも有翼虎龍といっぱ、むかしむかしその昔、ローヌ河口一帯を荒らしていた恐るべき怪物である。イエスの死後プロヴァンスへやって来た聖マルタは、白の装束で、その動物を沼地の中まで求め行き、ただ青いリボンでしばるだけで、聖女の清浄無垢と信仰都でとりこにし、馴らして、町へつれて来たのである。それからこのかた、タラスコンびとたちは十年目ごとにお祭りをやって、亀とも、蛇とも、鰐ともつかない、木と彩色した厚紙とで出来た怪物を町中に引きまわすのであるが、これはその昔の有翼虎龍のぶこつでおどけた似姿で、今では偶像のように尊敬せられて、国の費用で住まわされ、この土地一帯に「おばばさま」という名で知られているものなのだ。≫

 確かに、この地名の語源からして、大ぶろしきっぽい。(続く)

☆写真は、スイス シュタイン・アム・ラインの 昔は、武器庫だった壁のもので、タラスクとは関係ありません。

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