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似たものどおし

アカデミー
(承前)
 ゴッホの手紙には、モーパッサンや、ゾラやバルザックなどの名前を見ることができ、彼が読者家だったのがよくわかります。中でも、お気に入りの一つともいえるのが、ドーデ―の「タルタラン」だと思います。
 
 先日引用した手紙の最後に≪日本的な陽気さとタルタランのばか正直さ≫という言葉が気になります。➡➡
 確かに、タルタランはばか正直で、お人好し。夢を追い、ほら吹きのようだけれど、現実は、有言実行。ちょっと、ピントは、ずれているにしても。
 ん?もしかして、これって、ゴッホにどこか、似てなくもない。
 生真面目で、夢を追うところ。(理想を求めるところとも考えられる。)

 それに、作家のドーデ―。今や、モーパッサンや、ゾラやバルザックほど、日本で名前が知られているわけではなくなってきているのかもしれない作家、ドーデ―。(岩波文庫などの、ドーデ―はすべて再版未定の状態というのも、新たに読む人が居ないことにつながっていると思われる。教科書から「最後の授業」が撤退してからなのかもしれない。)
 ・・・と、日本では、いくつか理由が考えられますが、本国でもドーデ―は、パリのアカデミー・フランセーズに(学士会)の会員になることはありませんでした。
 
 つまり、パリの主流の中に居場所がなかったゴッホとドーデ―。勝手に共通項を見つけるのはおかしいでしょうか。

 また、タルタラン物語の舞台は、スイスアルプスや北アフリカや、南洋ではありますが、実は、タルタランという人物やタラスコンびとを生み出しているのは、ゴッホの居たアルルの北20キロほどのタラスコンという歴史ある町です。
 ここは、パリから離れてはいるものの、フランスの誇りを失わない、とはいえ、かなりフランス語はなまっている(独特のフランス語:イタリア近い)場所です。つまり、パリからは田舎者扱いされている町。ドーデ―は、アルルやタラスコンに近いニームというところ(ローマ軍が居たという)出身ということで、気位の高いフランス学士会と、うまく行かなかったところがあるんだろうなぁ。
 同じように、パリに居場所がなかったオランダ人のゴッホが、タラスコンに惹かれたのも、当然の成り行きかと思うのです。
 そこで、先のタルタランのばか正直さという言葉につながっていくのではないかと、考えてみるのです。
 タラスコンのタルタランに見つけたのは、 洗練さとほど遠い生き方に接点があったような気がします。

*「ゴッホの手紙 上 ベルナール宛」(エミル・ベルナール編 硲伊之助訳 岩波文庫)
*「ゴッホの手紙 中・下 テオドル宛」(J.v.ゴッホ・ボンゲル編 硲伊之助訳 岩波文庫)
☆ パリ ルーブル美術館から、橋向こうのフランス学士院を望む。この写真は、2014年に、「マドレーヌといぬ」のところで使っています。➡➡

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