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みんなみすべくきたすべく

眼尻は日本風に少し釣り上げた

ゴッホからゴーギャンへ
(承前)
 ベルナールの自画像➡➡、ゴーギャンの自画像➡➡は、もともとゴッホが、それぞれの肖像画を描いてほしいと依頼したものでした。が、ベルナールやゴーギャン、そして、もう一人肖像画を依頼したとするラヴァルの間で、アルルに居るゴッホの知り得ない緊張感があったため、結局、自画像になったとされています。

ゴッホがベルナール宛(「ゴッホの手紙」上巻 岩波文庫)に書いた手紙には、そのお礼の言葉があります。
≪ゴーガンと君の絵を受取った。これでほっとした。二人の顔をまのあたりにして心の暖まる思いだ。君の肖像画はとても気に入った。君の描くものはみんな好きだ。繰返すまでもないが、おそらく僕ほど君の描くものが好きな人間はいないだろう。肖像画をうんと勉強することを勧める。たくさん描くといい、そして途中で投げ出さないことだ。僕の考えでは、将来われわれは肖像で大衆を捕えなければならない。だが今は仮定の議論に脱線するのはよそう。≫

が、弟テオに宛てた手紙(「ゴッホの手紙」中巻 岩波文庫)には、こんなふうに書かれています。

≪ちょうど今、ゴーガンの自画像とベルナールの自画像を受け取ったところだ。ベルナールの自画像の背景にはゴーガンの肖像がかけてあり、ゴーガンのもまたその反対になっている。ゴーガンのももちろんすばらしいが、僕はベルナールのがとても好きだ。それは画家的な考えしか感じないもので、簡略な調子と、黒っぽい線でまとめられ、ちょっと粋で本物のマネそっくりだ。ゴーガンのはもっと探求して、深く突込んでいる。
 これは彼も手紙で言っていることだが、この肖像は何よりもハッキリ囚人を描いた感じを与える、陽気なところは影さえない。皮膚の感じは全然ない。でも、大胆に、彼が憂鬱なものを表現しようと計算したとも解せる。陰になった皮膚の部分が痛ましいほどの青になっている。(中略)

僕はゴーガンへの返事でこう書いた。肖像画で自分の個性を誇張することが僕にも許されるなら、僕は自画像の中に単に僕自身だけでなく、全般的な意味の一人の印象派画家、永遠の仏陀の素朴な崇拝者で或る坊主でもあるかのようにこの肖像は考えて描いたのだ、と。(中略)

 僕の肖像画はゴーガンに送るが、彼は手放さずに持っていてくれるだろうから、君もそのうちに見てくれるだろう。それは全体の灰色と淡いヴェロネーズ緑(黄色は入れない)が対照になっているものだ。服は例の青い縁取りの茶色の上衣だが、僕はその茶色を真紅にまで誇張し、青い縁取りの幅もひろげた。頭は明るい厚塗りで形づけ、ほとんど影のない明るい背景に相対している。ただ眼尻は日本風に少し釣り上げた。≫(続く)

*「ゴッホの手紙 上 ベルナール宛」(エミル・ベルナール編 硲伊之助訳 岩波文庫)
*「ゴッホの手紙 中・下 テオドル宛」(J.v.ゴッホ・ボンゲル編 硲伊之助訳 岩波文庫)
☆写真は、ゴッホがゴーギャンに送った自画像。

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