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コートールド美術研究所

        コートルド4j
「アントニー・ブラント伝」(ミランダ・カーター 桑子利男訳 中央公論社)
(承前)
 アントニー・ブラントは、一時期、コートールド美術研究所所長であり、王室絵画監督官であり、17世紀フランス・イタリア美術の専門家であり、ナショナル・トラストの初代絵画顧問でもありました。
 この伝記には、ウィリアム・ブレイク論、ドラクロア論、プッサン論、ピカソ論、そしてピカソの「ゲルニカ」のことなども書かれていて、非常に興味深い。またシュルレアリズムに対する彼の考えや、国内外を問わず講師として活躍したことなども書かれています。

 そして、当時、コートールド美術研究所は、テムズ川沿いでなく、もっとロンドンの真ん中にあって、雑然としていたらしい様子も書かれています。
≪・・・・毎日新鮮な花が飾られ、上流階級出身の若い女の子たちが本の分類をしていた。二階にはエトルリア風の部屋があった。ここはセザンヌの『カード遊びをする人』が掛けてあり・・・・≫
と思えば、巻頭のアントニー・ブラントが執務している部屋の写真には、何気なくルノアールの「裸婦」の画。
また、研究所内の彼の自室にはピカソのエッチング「貧しい食事」・・・・といった具合です。
 多分、今の日本でこれらの展示をすると言ったら、人が集まると思われる絵画が、さりげなく、美術研究所内には飾られていたということです。ルノアールの絵の写る執務室など、すぐ横の大きな窓から外の緑も写っていて、自然光で満ち溢れた部屋だったのがわかります。
 今や、防弾ガラスの内で鎮座しているゴッホの「ひまわり」(東京 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館)➡➡と、えらい違いです。(続く)
☆写真は、コートールド美術館図録と絵葉書「THe Card Players」

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