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みんなみすべくきたすべく

絵を見ればそれがわかる

         ダッドjj
(承前)
  リチャード・ダッドの絵「妖精のきこりの見事な一撃」(The Fairy Feller’s Master-Stroke)に インスパイアされた「フェアリー・フェラーの神技」(マーク・チャドボーン 木村京子訳 バベル・プレス)の序文は、ニール・ゲイマン(コミック界原作などで有名な幻想作家らしいのですが、まだ読んだことがありません)でしたが、この人も「フェアリー・フェラーの神技」の絵に魅せられた一人だとわかります。

 序文のタイトルは「私とダッドとマーク・チャドボーン」
≪『フェアリー・フェラーの神技』という謎めいたタイトルの絵に初めて出会ったのは、確かクィーンのアルバムに折り込まれていたほぼ実物大のポスターだったはずだが、14歳かそこらの私にはほとんど印象に残らなかった。不思議なことの一つだ。実物を見ないとだめなのだ。キャンバスに描かれた本物を。それは貸し出し中でない限りいつでも、テート・ギャラリーのラファエル前派コーナーに、壮麗な金縁に収まったラファエル前派の美女たちに囲まれて場違いな風情で展示されている。いずれもはるかに大型で技巧にとんだ他の作品たちとは対照的な、ヒナギクの間を慎ましやかに歩む妖精の一団を、自分の目で直に見て初めて実感するのだ。・・・・≫

≪・・・・テート・ギャラリーのラファエル前派コーナーを訪れる人々には、それぞれ自分なりの理由があり、深遠でドラマチックな何かが彼らの琴線に触れる。ウォーターハウス➡➡やミレー➡➡やバーン=ジョーンズ➡➡はそれぞれ独特な魔力を持つ。見物人はこれらの絵の間を歩き回るうちに、人生が豊かで価値のあるものになっていく。一方、ダッドは罠だ。彼の作品に魂を奪われる者を陥れる。その絵に夢中になり、そこに描かれた妖精や小鬼や男女に頭を悩ませ、その小ささ、その形、その奇怪さを理解しようとし、文字通り何時間も絵の前に立ち尽くしかねない(「見る度に新しい発見があった」マーク・チャドボーンの語り手ダニーは多くの点で信憑性を欠くが、この一点に限っては真実を語っている)。ダッドは知っていたのだ。絵の中の人々を。画家は彼らの生活を知っていた。彼らの正体を知っていた。絵を見ればそれがわかる。・・・・・・≫

☆写真は、リチャード・ダッド画「バッカス的光景」 (「妖精辞典」掲載:キャサリン・ブリッグズ編著 平野敬一・井村君江・三宅忠明・吉田新一共訳 冨山房)

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