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私生活の治療

ケストナー2j
(承前)
 「人生処方詩集」(エーリヒ・ケストナー 小松太郎訳 岩波文庫)

 「五月三十五日」や、「ロッテ」や「エーミール」など、ケストナーのほどんどの児童文学の挿絵を手掛けているのは、ワルター・トリヤーですが、ケストナーの「人生処方詩集」は子どもに向けて書かれていないからか、トリヤーではなく、エーリッヒ・オーザーの挿絵がついています。
 そして、「人生処方詩集」は、ポジティブな児童文学に比べ、少々重い。
 
 ケストナーは、ドイツに生きナチスに抵抗し続けた作家です。焚書を免れた彼の児童文学の中ですら、メッセージを読み取ることができます。この機会に、いえ、こんな時代だからこそ、大人向きに書かれたケストナーを、もっと読んでみなくちゃと思います。

 さて、ケストナーの「人生処方詩集」の意図はどこにあるのか。彼は序文でこう述べます。
≪なぜなら家具つき貸間住まいのやるせないさびしさに苦しむ者や、冷たい、しめっぽい、灰白色の秋の夜になやむ者は何を飲んだらいいのか。居ても立ってもいられない嫉妬におそわれた者は、どんな処方によったらいいのか。世の中がいやになった者は何でうがいをしたらいいのか。結婚生活に破綻を生じた者にとって、なまぬるい罨法がなんの役にたつか。電気ぶとんでどうしろというのか。   さびしさとか、失望とか、そういう心のなやみをやわらげるには、ほかの薬剤が必要である。そのうちの2.3を挙げるなら、ユーモア・憤怒・無関心・皮肉・瞑想、それから誇張だ。これらは解毒剤である。それにしても、どの医者がそれを処方してくれるだろう。どの医者がそれを瓶に入れてくれるか。    この本は私生活の治療にささげられたものである。・・・・・≫

 この序文にある、≪ユーモア・憤怒・無関心・皮肉・瞑想、それから誇張だ。≫こそが、ケストナーの中核をなすものなのだと考えます。
 そして、≪この本は私生活の治療にささげる≫と、わざわざ≪私生活≫と指し示すところが、ケストナー独特の皮肉で、本当はもっと大きな力への処方にしたいと思っていたはずだと思いながら、読みました。(続く)

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