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みんなみすべくきたすべく

レ・サント・マリー・ド・ラ・メール

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(承前)
 「プロヴァンスの少女-ミレイユ」(ミストラル作 杉冨士雄訳 岩波文庫)のなかにも、「神の道化師」(トミー・デ・パオラ ゆあさふみえ訳 ほるぷ出版)や「ちいさな曲芸師バーナビー」(バーバラ・クーニー 再話・絵 末盛千枝子訳 すえもりブックス)のような奇跡の話が入っていました。

 レ・サント・マリーの教会には、身体の不自由な人があちらこちらから集まってきていて、目の不自由な か弱い子の目が見えるようになるという奇跡の話が挿話されています。
 そして、続けて、若者ヴァンサンは、ミレイユに話します。
≪ミレイユ、ぼくは神さまのおかげできみがいつも仕合せで美しくありますようにと祈っている。もし狂犬、大蜥蜴、狼、大蛇、そのほか野生の動物が歯をむき出して向かってきたり、憂いが心に積もって、あがきが取れなくなったら、すぐレ・サント・マリーへお参りするんだよ。そうすれば、すぐに心が静まるから。≫

・・・と、恋するヴァンサンの想いが、ミレイユに伝わったのか、この話の後半、ミレイユとレ・サント・マリーがつながる大きな伏線となっていくのです。
 
≪・・・彼女はよろめきながらも、海辺の聖女たちのもとを目ざして、丘鹿尾菜(おかひじき)をかきわけかきわけ、ようやくの思いで進んでいった。目にいっぱい涙をためたミレイユは、海水がしみこんで、しっとり濡れた礼拝堂の敷石に、痛む頭(こうべ)をするつけた。やがて彼女の祈りのことばは、ため息となって風の翼に乗り、大空のかなたへ消えていった。
『 …(前略)・・・・
オリーヴの 実は硬くとも
木枯(こがらし)わたる 年の暮れ
待降節の 近づかば、
実はおのずから 黒ずみて
好ましこそ 熟すなれ。

実は熟すとも 七竈(ななかまど)
花梨は積みて 実を食(は)まば、
口刺すばかり 渋みあり。
されど いささか 藁(わら)あらば
甘きを得(う)るは いとやすし。

おお いつくしき サント・マリー、
人の涙を くさぐさの
花としたもう おん方(かた)よ、
わがひそかなる 苦しみを
すみやかにこそ 聞きたまえ。
・・・・・・・(後略)・・・・・』    ≫(続く)
☆写真は、スイス ヴェヴェイの波止場

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