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女の一生

      かねj
 春の初めからずいぶん、時間のゆとりがなくなって、せっかくモーパッサン「脂肪の塊」、 モーパッサンの短編集を読んだものの、なかなか長編を読むに至りませんでした(と、書いたのも、本当はずいぶん前。この文の掲載も、ずいぶん延び延びになっていた)。

 まずは「女の一生」(モーパッサン文 新庄 嘉章訳 新潮文庫)を読みました。確か、高校の頃読んだことがあったはずですが、ちーっとももわかっていなかった・・・
 「女の一生」などという、思わせぶりなタイトルに背伸びして飛びついていたのが関の山だと思われます。

 修道院を出て、希望に胸を膨らませていたジャンヌという一人の女性が、恋心もなく結婚、出産、夫の不義、死、息子の放蕩・・・・を味わう、その半生の話です。
 極悪非道な夫は、不倫現場の小屋ごと崖から突き落とされるし、司祭にもいろいろ居るし、暗い話とはいえ、ときどき痛快な個所も。
 実際、ジャンヌという女性がもう少し、考えて行動すれば、その道に入り込まずともよかっただろうに・・・と思いもします。
 この話を書かせた時代背景なのか、モーパッサン自身の女性観なのか、読みながら何度も、おいおい、しっかりせーよ、と声をかけたくなりました。

 だってね、こんなこと、考えたこともなかったから。
≪…新婚当初の甘い現実は、日常の現実となろうとしていた。この日常の現実は、限りない希望、未知なものへの魅惑的な不安に扉を閉ざすものだった。そうだ、期待するということは終わってしまったのだ。    するともう何もすることはないのだ。今日も、明日も、また永久に。彼女はそうしたすべてを漠然と感じて、何かしら幻滅を、自分の夢のくずれるのをおぼえた。≫
ん?これが女の一生だと?

 それに、最後の最後、これでもかと放蕩する息子。
 そしてその娘、つまり孫を抱いて、こんなことを言います。
≪世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね。≫
 これって、彼女にささやかな幸せをもたらしたのか、いえいえ、次世代も続く不穏な日々の象徴なのか、意味深長な最後の言葉です。(続く)
☆写真は、スイス モルジュ

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