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みんなみすべくきたすべく

文壇風俗とははなはだしく対立してゐた。

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(承前)
 「日本の鶯 堀口大學聞書き」 (関 容子 岩波現代文庫)の、興味深い15章について紹介するのは、なかなかなので、ここでは、岩波現代文庫版の「解説」、丸谷才一の文について。

  というか、この「日本の鶯」のタイトルを名付けたのは丸谷才一で、関容子の文章修行の恩人だとあります。(岩波現代文庫版あとがき*この「あとがき」も洒落てて面白い) それにまた、講談社文庫版の解説は河盛好蔵で、都合、二人の大物の解説者がつくということになった「日本の鶯」は、堀口大學という魅力あふれる人に近づきたいと思う読者には、満足度の高いものとなっています。

 岩波現代文庫版の丸谷才一の解説の前半は、関容子の仕事への賛辞なのですが、後半は、堀口大學の長い詩人生活での大きな影について触れています。
≪彼の詩がエロスを歌ふとなるといささかの遠慮もなく、奔放を極めるのに(しかし小説の翻訳はともかく詩作は官憲に咎められたことはなかったやうな気がする)、実生活における彼が礼儀のかたまりのやうな生き方をしてゐるのは、文壇風俗とははなはだしく対立してゐた。     わが文壇は、世間凡俗の道徳に逆らふことを信条としたり、罵詈雑言の応酬である論争をもって批評の最も花々しい部分としたりゐながら、一方では儒教的な戒律にきびしく従ってエロチックな表現を嫌ひ、排撃した。・・・・・(中略)・・・・堀口大學が日夏耿之介と衝突した事件の底を流れるものは、この儒教的=文壇的戒律と、それから無内容な罵りあひを率直な文学的意見の表明と取り違へてきた文学風土である。・・・・(後略)…≫
 
 と、丸谷才一は、そのあと、日本の平安以来の文学史を語り、さらに日夏耿之介の儒教的体質に触れ、長谷川郁夫「堀口大學ーー詩は一生の長い道」(河出書房新社)に至ります。そこで、この大著に感銘を受けたものの、日夏耿之介と堀口大學との確執について長谷川郁夫と見解の相違があることについて述べるのです。

 そうなのです。このブログで「日本の鶯」(関容子)「堀口大學ーー詩は一生の長い道」(長谷川郁夫 河出書房新社)を書き滞っているのは、特に、後者が、あまりにも深く、カ・リ・リ・ロ自身の力量では、ここで紹介しきれないからなのです。
 が、こうやって、細々と、「堀口大學ーー詩は一生の長い道」(長谷川郁夫 河出書房新社)に近づいていくのも、一つの方法かな。(いつか、後日、続くはず)
☆写真は、スイスレマン湖畔 モルジュ

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