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みんなみすべくきたすべく

夢か現か、現か夢か

はすj
(夢の続き)(承前)
 タブッキは、「イザベル ある曼荼羅」(和田忠彦訳 河出書房新社)を刊行しないまま亡くなってしまいます。最後の推敲こそ未了なものの、一部の人の目には触れている原稿で、完成度も高いと、死後、刊行されたわけです。

 ああ、これで、イザベルのことがわかる!
 「リクイエム」(タブッキ作 鈴木昭裕訳 白水社 1992年 日本語版1996年)から長きにわたって、いらいら待っていた読者もいたでしょうね。

 結論から言うと、もしかしたら、「リクイエム」よりこの「イザベル ある曼荼羅」の方が完成されているかも?と思います。読みやすく、わかりやすく展開していきます。

 とはいえ、次はどこへ?次のつながりは?という楽しみはあるものの、個人的には、娯楽としての読書という感じになりませんでした。タブッキを続けて読み過ぎたせいかもしれません。
 何冊かのタブッキで見つけていた「夢」というキーワードは、この話自体には登場せず、この話全体が、夢か現か、現か夢か・・・みたいな世界でした。
 D.G.ロセッティから始まって、夏目漱石ミケランジェロ、そして、このタブッキの「夢のなかの夢」など、「夢」をぐるぐるまわりしてきましたが、この辺で、このキーワードを「砂曼荼羅」が風で消えてしまうように終えたいと思います。
 
 計算されつくした構成の現代小説は、その計算を解いていくのが読者の愉しみなのだろうと思います。文字通り計算の苦手なカ・リ・リ・ロには、先に読んだフィールディングや、ディケンズやサッカレー、ウィルキー・コリンズのような英国大衆小説、無駄に長いときもあるけれど、あまり、深く考えなくてもいい話が、好みなのだとよくわかりました。(続く)
*「ジョウゼフ・アンドルーズ(上下)」 (フィールディング作 朱牟田夏雄訳 岩波文庫)
☆写真は、京都深草石峰寺の蓮。

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