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電報局員

電報ですj
(承前)  「エドワード・アーディゾーニ 若き日の自伝」 (阿部公子訳 こぐま社)を、ワクワクしながら、開くと、まえがきにこんなことが書かれていて、一人にっこり。
≪私は、1900年10月16日、トンキン州ハイフォンで、5人きょうだいの長男として生まれた。父は、フランス国籍ではあったがイタリア人の血筋を引いており、イースタン・エクステンション社という電報会社で働いていた。母は・・・・≫

 上の写真左に写るのは、 こぐま社「エドワード・アーディゾーニ 若き日の自伝」です。 
 右に写るのは〝Bringers of Good TidingsーーBirthday GreetingsーーGreetings Telegrams 1935-1982” という、お誕生日電報用紙の移り変わりが楽しめる一冊です。その表紙を飾るのがアーディゾーニが描いた電報用紙なのです。この電報用紙は、1967年1月16日から1975年4月28日まで使われたようです。つまり、電報会社に勤務していた父へのオマージュの込められた一枚のイラストだとも思えます。

 遠く離れて暮らすことが多かった父親との思い出は少なめで、父親と母親があまりうまくいってなかったことを感じ取っていたアーディゾーニでしたが、かの絵に描かれた電報配達員は生き生きと仕事をしているし、電報を待ち望んでいた家族の様子も楽しげに描かれています。(左隅に描かれた幼い子どもが万歳!してます。)

 さて、「エドワード・アーディゾーニ 若き日の自伝」の最大の魅力は、ほとんどのページにある挿絵です。アーディゾーニの絵のついた本なら、どこかしらで見たことがあるような絵も多く(同じではありません)、あの挿絵は、この思い出と共に描かれたのね・・・と、勝手に想像しながら読み進んでいくのも楽しいことでした。
 
 「若き日の自伝」巻末に「日本語版によせて」等、英国人3人が文を寄せています。そのうちの一人、エドワード・アーディゾーニの長女クリスチアナ・クレメンスの文には、こうあります。
≪ここに描かれた時代は、父の記憶の中で、試練がまったくなかったわけではないにしても、総じて見れば、黄金に輝く、幸福な時代でした。・・・(中略)・・・生活を楽しむことのできる能力、小さなことに喜びを見出し、いろいろなことに気づける能力こそが、父の成功の秘訣だったと思います。その能力は伝染性があり、周りの人々をも幸せにしたのです。≫(続く)

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