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みんなみすべくきたすべく

石にバラが咲いている

       なかのしまばらj
「パンとバラ  ローザとジェイクの物語」 (キャサリン パターソン 著 岡本 浜江 訳 偕成社)
(承前)
 ≪「わたし、考えたんだけど・・・・」マンマがしずかにいった。「おなかにパンがほしいだけじゃない。パンだけじゃない。わたしたちの心や魂にも食べ物がいる。・・・・(中略)・・・わたしらのすてきな子どもたちに、すてきなものをあげたい。」マンマは身をかがめて、指のなかにこしらえたローザの巻き毛にキスをした。「わたしらの子どもにはバラがなくては・・・」≫
 このあと、ローザが「パンがほしい そしてバラも」と、プラカードに大書します。

 これは、フィクションですが、後に労働運動のスローガンとなり、歌となる「パンとバラ」という言葉の生まれた瞬間でした。そして、この頃から、ローザに変化が見え、物語は後半へ。

 児童文学というジャンルが、好きなのは、児童とは言えない年齢の者ですら、主人公と一緒になって、冒険したり、考えたり、悩んだりしながら、一歩踏み出し・・・と成長できるからです。そこに希望の光を見出せるからです。
 もし、主人公の子どもが、子どもであることに不満を持っているだけの存在であれば、魅力がありません。子どもであっても、人間である勇気を見せてくれる時、読み手も勇気づけられ、励まされます。

 そんなわけで、「パンとバラ ローザとジェイクのものがたり」の前半は、面白いと思えなかったのです。
 が、後半、舞台をヴァーモントに移した頃、主人公二人に光が射してきます。
 つまり、親元、地元を離れ、自ら考え行動し始めたからです。もちろん、前半の長すぎる動機があったからこそ、後半の感動の大きさにつながるとはいえ、後半の引力は半端なく、今度は一気読みでした。
 この話は、実際の労働争議や移民問題を抱えながら、2人の子どもたちの成長を描いた話ですが、そこには、彼らを支える心の広い大人たちが、ちゃんと存在しました。

 物語の最後です。
≪ジェイク・ピールは走り出した。ときどき新しいブーツが凍った丸石の上ですべったけれど、ころばなかった。走るって、なんとふしぎな、なんとすばらしいことなんだろう。けちな罪から逃げるのでもなければ、こわくて逃げるのでもない。新しい人生にむかって走るのだ。パンがなくなることなく、石にバラが咲いている新しい暮らしにむかって。≫

・・・「石にバラが咲いている」???と思われたら、物語のご一読を。
☆写真は、大阪 中之島のバラ

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