FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

挿絵

ふきだしj
(承前)
  19世紀前半イギリス風刺版画黄金時代、≪風刺刺画は一方では政治的な武器であり、他方では民衆の娯楽であった。版画の対象になった当の本人が自分の描かれた風刺版画を見て大いに楽しんだともいう。政治家が風刺版画に描かれることは、自らの地位の保証を意味し、たとえ道楽者として描かれていてもさほど気にしなかった。≫と、「挿絵画家の時代」(清水一嘉著)に書かれています。
 うーん、「大人」の余裕。
  
 さて、風刺画を含める戯画や挿絵というものが、どうも一段低いもののように捉えられることも多いものの、スペインのゴヤも連作風刺画「戦争の惨禍」を描き、猫のポスターでご存じの方も多いパリのスタンランも民衆の苦しみを代弁する風刺画をたくさん描き残しています。もちろん先のドーミエも然り。

 やがて、風刺画から絵入り本の出版が進み、挿絵の地位も築かれていくわけですが、挿絵にしても、イギリスではターナーも挿絵を描いていたし、ラファエル前派集団のロセッティたちがテニスンの詩集に挿絵を描いています。フランスでは、ドレが「地獄篇」に挿絵を描き、以前紹介した「博物誌」(ルナール)はロートレックとボナールが挿絵を描いていました。それに「にんじん」の挿絵はヴァロットンでした。

 挿絵や戯画が広げる視覚的なイメージは、時として、本文を深め補い、時として、本文の邪魔になりながらも、幼い者から、深く洞察できる者までも魅了できる分野だと思います。
 個人的には、小学生の頃、挿絵があるかないかで本を選び、本文の合間に入るきれいなカラー刷りの挿絵だけを見てから本文に取り掛かるというようなことをしたことを思い出します。

*参考***
「カリカチュアの近代―7人の風刺画家」 石子順著 柏書房
「挿絵画家の時代-ヴィクトリア朝の出版文化」清水一嘉著 大修館書店
「ヴィクトリア朝挿絵絵画家列伝―ディケンズと『パンチ』誌の周辺」谷田博幸著 図書出版社

☆写真、手前はクルックシャンク「コミック・アルファベット」 (復刻世界の絵本館オズボーン・コレクションⅡほるぷ)
「L」のページlatitudeとlongitude(緯度経度 または、幅と長さ)
奥は、同じくクルックシャンクの風刺画「馬から蒸気自動車へ1829」(The Caricatures of George Cruikshank by John Wardroper  Gordon Fraser社)馬が蒸気自動車を見て、ぼやいています。≪馬なし車が行くよ・・・≫その足元で、犬たちも話しています。≪この発明のこと、どう思う? そりゃ、安い肉がじゅうぶん食べられるってことさ。≫

PageTop