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みんなみすべくきたすべく

うしかた と やまうば

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「うしかたと やまうば」(瀬田貞二再話 関野準一郎画  福音館)
 むかし、正月用のサバを牛に運べるだけつけて、山越えをしていたごろうは、峠で、やまうばにサバをすべて取られ、牛までもとられ、逃げに逃げ、結局たどり着いたのは、やまうばの家の天井。疲れて帰ってきたやまうばは荒神様にお伺い。「すぐ寝た方がいいのか。餅食った方がいいのか」。すると、上からごろうが低い声で「もちやけ もちやけ」 やまうばが、居眠りしている間に、ごろうが餅を食い、今度は・・・・。

 福井県の若狭湾の鯖を京都に運んだルートが「鯖街道」といい、いろんな道があるらしい。海に面していない都の人が、魚を口にするのは、そうやって、山を越え、谷を越え、峠を越え運ぶ人がいたからこそ。その距離と時間が、塩サバとして、ちょうどいい塩加減になったとか・・・
 また、そんな人けのないところの往来は、自ずと危険が伴い、また、気候も厳しい日もあって、「うしかたとやまうば」の話が伝えられたのも必然的。

 今、個人的に、日本の昔話を見直す時間が増え、改めてこの話を読むと、「鯖街道口 従是洛中」と書かれた石碑のある京都 出町橋を渡ったことがあるのに、気づかなかったのが、残念であり、反対に、ゆっくり、読み考えることができたから、ごろうが天井から甘酒を吸い上げた「葦」の茎というのは、琵琶湖の葦?それなら、ごろうの取った鯖街道は、一番琵琶湖に近いルート?と考えたり・・・ あ! 葦で吸い上げるって、今でいう、エコのストロー!と思ったり・・・

「さてさて、きょうの おはなしは・・・日本と世界のむかしばなし」(瀬田貞二 再話・訳 野見山響子画 福音館)にも、この話は出ています。

☆写真右隅は、福島県 会津の赤ベコ(牛)。首の揺れる張り子赤ベコに似せた現代風キーホルダー。朱色が厄除け➡➡だったように、昔、会津で天然痘が流行ったときに、この玩具を持っていた子は、罹らなかったという言い伝えがあり、赤い牛に天然痘除けを託したようです。また、身体には丸い輪のような模様があるのですが、それは、疱瘡の跡とも言われています。また別の説明には、昔、会津で地震があり、その時に荷物などを運んで活躍した牛に因み作られ、その模様は、その作業の折にできた傷だともありました。
 このキーホルダー、現役で使っています。ばあばとしては、鈴がついているので、カバンの奥でも、すぐ見つけられる。加えて、孫の保育所用リュックサックにも同じのをつけていて、お揃いでラブラブ💛(続く)

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牛車

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(承前)
 菅原道真の牛車➡➡つながりで、もう一つ。と、思ったら、これはこれで、酒呑童子にも、つながった。➡➡ ➡➡

  「今昔ものがたり――遠いむかしのふしぎな話」(杉浦明平文 太田大八挿絵  岩波少年文庫)に「牛車にまけた三豪傑」という話があります。**福永武彦訳の「今昔物語」では「屈強の侍どもが牛車に酔う話」(ちくま文庫)

 酒呑童子のもとになったのは、源頼光とその家来の話、大江山の鬼退治で手柄を立てた家来のうち、平貞道、平季武、坂田公時が、京の加茂の祭りの翌日、斎院行列の見物に牛車で行く話です。
≪乗馬で紫野に出かけるのは、田舎ものくさく、やぼったくていかん。≫ということで、牛車で行こうということになるものの、≪乗りなれぬ牛車に乗って≫事故でも起こしては大変と、≪簾を垂れさげて女用の車のように見せかけてはどうじゃろう≫ということになって、車を借りてきます。3人の豪傑は、車のまわりに簾をたれ下げ、田舎ものらしい紺色の水干(すいかん)と袴など着たまま乗り込みます。
 ところが、牛車に乗るのが初めての三人は、乗り方がわからず、牛車に振り回されます。
 …頭をぶつけるやら、ほっぺたを打ち合わせてひっくり返るやら、うつぶせに倒れてごろごろ転がるやら・・・・ということで、3人とも、酔ってしまいます。
 御者の子どもに「やいやい、そんなに速く走らんでくれ」とうめくも、牛は止まりません。周りの人たちもこの女房車には、どんな方が乗っているんだろう?と、不審に思います。
 そんな猛烈な勢いで進んだものですから、3人の牛車は、どの車より早く紫野に到着。行列を待つ間の長い間、酔ってしまった3人は寝込んでしまい・・・

 ・・・・というような滑稽話なのですが、興味がわいたのは、田舎者と思われないために乗馬をやめるとか、田舎者の服装の様子とかです。
 ちなみに、平貞道(碓井貞光)は、相模国。坂田公時(まさかりかついだ金太郎?)は、駿河国。平季武(卜部 季武 坂上季猛)は、今の宝塚。

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牛が座り込む

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 「瓜と龍蛇」(「いまは昔 むかしは今」第一巻 網野善彦・大西廣・佐竹昭宏 福音館)に、「神になった人の物語」が入っていますが、それは、京都 北野天満宮の菅原道真の話です。天神さんと牛との繋がりは大きいものです。
「東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」  「桜はな ぬしをわすれぬものならば 吹き込む風に言づてはせよ」
 と、花の歌を残し、大宰府に流されますが、菅公は、日々都を思い、無実の汚名を晴らしたい思いをつのらせていたものの、亡くなります。
 ≪その亡骸を牛車に乗せて墓所に運ぼうとする途中、車を引く牛がにわかに路上に座り込んでしまった。人びとが騒ぎたてておしたり引いたりしたが、牛は石のようにうずくまってびくともしない。「これはきっと、この場所に葬れとの知らせであろう。」人々は、そう言いあって、牛のうずくまった場所を掘って亡骸を葬った。≫

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 だからか・・・北野天満宮の牛さんは、みんな座り込んでいるのは(臥牛)・・・なるほど。
これは、撫牛信仰として広がり、横たわった牛には、諸病平癒の力があると考えられています。(続く)
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*写真一番上の牛の目が赤いのは、菅公の帰りを瞬きせずに待っていたからとか・・・

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やさいの昔話

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(承前)
 酒呑童子➡➡  ➡➡から「やさいのおにたいじ」(つるたようこ 福音館)➡➡につながったのですが、この人の描いた絵本のうち、昔話の絵本や2020年3月号の月刊こどもとも「じゃがいものんたのわすれんぼう」(福音館)も、野菜が主人公。

 それで、このおっとりした野菜好きの画家のことをよく知らなかったので、調べてみたら、1965年生まれのつるたようこという画家の訃報が東京の図書館のHPに掲載されていて、ショック!野菜愛に満ち溢れていたのに・・・・合掌。

上の写真は、「まめと すみと わら」(つるたようこ再話・絵 アスラン書房)の最後のページ。
 まめと すみと わらが お伊勢参りに行く途中、川があっても橋がなく、渡れません。すみもわらも流されてしまいますが、助けようもしないで笑ってばかりいた「まめ」は、笑いすぎて、体が裂けてしまい、痛くて泣いていると、通りかかったお針子に、体を縫ってもらいますが、慌てていたので、黒糸でした。≪そのときから、まめには、あたまのところに くろいいとのあとが ついているんですって。≫

 この絵本は、つるたようこ氏の初めての絵本で、ご自身の懐かしい昔話の思い出もあって、その素朴さを表現するために紙版画で描かれたと、作者紹介のところに記載されていました。
 また、別の絵本の紹介文には、「野菜を見ていると顔が浮かんでくるという特技の持ち主」だとも。
 作品ごとに、画材や画風を工夫し、ユーモアのセンスが随所に見受けられた彼女の野菜の作品は、「やさいとさかなのかずくらべ」(いしだとしこ文 つるたようこ絵 アスラン書房)「だいこんとにんじんとごぼう」(再話・絵 つるたようこ アスラン書房)があります。

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やさいのおにたいじ

野菜2

(承前)
 「酒呑童子」の話の伝わり方は、各地、時代で異なったものがありましたが、絵本「やさいのおにたいじ―― 御伽草子「酒呑童子」より――」(つるたようこ絵 福音館)は、野菜の酒呑童子の話です。しかも、京の都の京野菜。

≪都に住む野菜たちはみんな平和に暮らしていました≫が、東の山から恐ろしいコンニャクイモの鬼が出てきては、娘たちをさらっていっていました。お屋敷に住む 日野菜姫がさらわれてしまいます、すると、父親の聖護院かぶらが筍、松茸、加茂ナス、みずな、金時人参、堀川ゴボウの6人に鬼退治を命じました。≪山を越え川を渡り、雨にも負けず風にも負けず、力を合わせて進んでいくと 山の途中に壊れた橋が…≫そこには鹿ケ谷カボチャのお爺さんが渡れずこまっていたので、堀川ゴボウが橋の代わりになって、進みます。ようやく鬼の屋敷につくと、そこには、八つの顔を持つ八ツ頭。そこは、おっとり加茂ナスが難を切り抜け、次は、普通の大きさの人参とゴボウが 大きな金時人参と堀川ゴボウに恐れをなし、最後、庭の入り口には毒キノコ、そこは、松茸のいい香りで毒キノコを眠らせ、ようやく、酒好きのこんにゃく芋の鬼のところへ。で、酒を飲ませ・・・・・
 関西人には、なじみ深い野菜のオンパレード。ただし、京都にしか売ってない野菜も多く、口にしたこともないのもあります。
 
 加えて、東の山の恐ろしい鬼とありますから、これは、都の西北にある大江山ではなく、伊吹山の酒呑童子と考えられます。

 このつるたようこ画による昔話絵本は、他にもあります。どれも、野菜!(続く)

☆写真上は、日野菜(ひのな)のお姫様がさらわれ、それを右手のお母さんが「かえしてんかー」と言ってる場面に、手前、日野菜の漬物を置いてます。美味しい。

☆写真下は、渡れないところを堀川ゴボウが橋になる場面ですが、堀川ゴボウの本物を見るまでは、「ゴボウ」にそんなことできるかなぁ。ま、土がついてワイルドなイメージだからかな・・・・などと思っていましたが、なんのなんの、本物の堀川ゴボウのたくましいこと。写真にも写る「鬆(す)」の部分をくりぬいて料理します。柔らかくて美味しい。ちょっと、癖になります。

    野菜12

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疱瘡神=赤=猩々

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(承前)
 「酒呑童子」の伝説は、各地であり、また、伊吹山系と考えるもの、大江山系と考えるもの、やはり、古いものは、深い。
 江戸時代の死因の第一は、致死率が高かった疱瘡(天然痘)だったとありますので、姫たちが神隠しにあったのも、それを隔離と考えたりするのも不思議はありません。また、瘢痕(一般的にあばたと言われる)が厳しいものだったので、それも、鬼の疫病であり、赤ということと関係づけたともいえるのでしょう。

「定本 酒呑童子の誕生 もうひとつの日本文化」(高橋昌明 岩波現代文庫)には、
≪近世の医療やまじないの世界では、疱瘡の脅威にたいし、疫霊(疱瘡神)として、猿に似た想像上の怪獣である猩々(しょうじょう)の人形(ひとがた)を作って祭り、燈明や赤紙を口につけた酒徳利、小豆飯や赤鰯をそなえ、三日後この人形を門前から川辺に運び出して流す、という呪儀が行われていた。赤面の猩々以下、すべてが「赤」で統一されているのは、疱瘡が身体を赤く変えることと関係し、疱瘡神の色が「赤」と考えられていたことを示す。・・・・(中略)・・・・疱瘡神=赤=猩々という連想は、中世まで遡るだろう。『大江山絵詞』で、正体を現した酒呑童子の姿が、見事な朱紅色に描かれ、名前の由来自ら「我は是、酒をふかく、愛するものなり、されば、眷属などには、酒呑童子と、異名に、よびつけられ侍也」と語っているのも、猩々(疱瘡神)のイメージが宿された結果とみたい。≫とありました。

 ともかくも、このコロナ禍、いえ、ウィルスとの闘いが昔も今も、そして、未来も続くなか、昔の知恵から学ぶことはないのかと、謙虚に考えないといけないと思います。この「定本」の後書きは2020年に書かれ、実際のコロナ禍の中での新版だったようで、本文とは違う迫力で記されていたのが、印象的でした。(続く)
 
☆写真は、伊吹山系「酒呑童子絵巻」狩野元信(室町後期)≪源頼光一行が、鬼の首を切ったら、その生首が頼光の頭に。ところが、頼光は神兜をかぶっていたので大丈夫。≫「大絵巻展」)図録(京都国立博物館2006)

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定本 酒呑童子の誕生

酒呑童子jj
(承前)
 ベンジャミン・フランクリンと酒呑童子がどうつながるか?ベンジャミン・フランクリンが息子が天然痘で亡くなったことを記していた➡➡ことと、酒呑童子が、天然痘の化身であるという説が、つながっている(と、勝手に解釈して書いています)。

「定本 酒呑童子の誕生 もうひとつの日本文化」(高橋昌明 岩波現代文庫)
 酒呑童子は、大江山に住む赤い形相の、おかっぱ頭の童子に変貌している鬼です。その赤い顔というのが、かつて日本でも世界でも猛威を振るった天然痘の症状ではないか。そこからこの伝説は、生まれたのではないかというのが、この「定本」の説です。
 
  このご時世ですから、なるほどと思い読みましたが、多くの章は論文を基本としているので、素人には、少々読みにくい部分もありますが、読んでいるうちに、この発見に夢中になっている一人の学者が見えました。これは、秋に読んでいた「古代の朱」(松田壽男 ちくま学芸文庫)➡➡を読んだときにも感じたことでした。こちらは、かなり現場主義でしたが、お二人とも、自信に基づいた主張を展開されています。そして、学問上の発見に、強気になっている学者さん。その説が、なかなか受け容れてもらえない場面もあるもどかしさが、二冊の本の端々にあり、それが、また読み手には面白かったです。お互い一括りで比べるのは、心外だということでしょうが、ま、学問に王道なしという気概が両者に感じられました。きっと、学問は、こういうパッションから、進化するのだと思います。

 で、この本のおかけで、酒呑童子の話には、伊吹山系(滋賀県東部)と大江山系(京都府西北部)があることをしりましたし、酒呑童子の生い立ちやその後の悪行。いずれにしても、混沌とした時代(いつの世でもそうですが・・・)の鬼退治のお話にしては、実在の人物たちの活躍の背景も無関係ではない。で、この定本のように、天然痘…赤くなる・・・酒が好き・・・赤くなる・・・鬼みたいに暴れる・・・山の奥・・・隔離された(神隠し)・・・・などとつながると考えるのも納得するものがあります。 (続く)

☆写真は、伊吹山系(サントリー美術館蔵)「酒呑童子絵巻」(室町後期) 狩野元信筆≪源頼光の一行が酒呑童子を酒に酔わせた寝床の図。写っていませんが、右には、(神隠しにあったとされる)女(姫)たちの手引きで、一行が忍び込もうとしている画≫が描かれています。「大絵巻展図録」(京都国立博物館 2006年)

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努力義務

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(承前)
 ベンジャミン・フランクリン自伝➡➡に書かれてあったのは、種痘をしないで子を亡くし後悔する父親の姿でした。➡➡
 日本でも、ワクチン接種については、しないとか、するとかという声が聞こえます。しかしながら、何故、この日本でワクチン開発が遅れているのかは、大きな疑問でした。ワクチンより、儲かる研究開発には、どうなんだ?
 
 ここで、素人が調べ知ったこと。
 うちの子どもが幼い時にした3種混合接種(ジフテリア・百日咳・破傷風混合ワクチン)などは、義務接種でしたが、カ・リ・リ・ロがその昔接種されたものは罰則付きの義務接種だったようです。第二次世界大戦後。
  ところが、法的罰則付きというのを外し、義務接種となったものの、健康被害などの問題が起こり法的救済制度ができ(1976年)、訴訟なども起こり、公衆衛生、生活水準も向上したからとかいう理由(?)もあって、何度かの予防接種法改正改正の後、1996年義務接種から勧奨接種、義務規定から努力規定、任意接種に。そういう経緯もあって、世界水準からワクチン接種が減ることになったようです。
 で、2007年頃、10代から20代(大学生に多かった。)に麻疹(はしか)が流行。つまり、義務じゃない接種はしてなかった。また、近年、風疹の流行も話題になっていました。うちの30台の娘たちは中学のときに接種しましたが、男子はしてませんでしたから。他に子宮頸がん(ヒトパロマ―ウィルス)のワクチンでも問題になっていましたね。

 今や、定期接種、努力義務、勧奨接種などの文言。
 義務ではなく努力せよ・・・なのです。すべての責任負わないからね・・・と。

 今回のコロナワクチンは、努力義務のある勧奨接種という 新しい予防接種法の改定に基づくものらしい。
 なにゆえ、日本のワクチン開発が遅れているか、あるいは、何故、優秀な研究者が他国で研究し続けるか、深い闇を見たような気がします。
 ノーベル医学・生理学賞を取った4人の日本の研究者が、現時点の医療崩壊防止だけでなく、ワクチン開発や長期展望に立った研究についても、声を上げている報道や、その後についての報道も、声が小さくなっているような気がします。誰が、音量を下げているんだろう。

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幾分でも安心なほうを選ぶべきである。

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(承前)
ベンジャミン・フランクリン➡➡の残した「貧しいリチャードの暦」には、13の徳目が書かれていたようですが、その出版やその内容の広まりは大きかったようです。
「フランクリン自伝」(松本慎一・西川正身訳 岩波文庫)には、付録として、「富への道」という文が掲載されています。
そこには、世間で≪貧しいリチャードの暦≫が買われ、読まれ、その格言が巷で話されるのを耳にし、意を強くすると書かれています。
 
 それらは、貧しいリチャードの言葉として≪ものぐさは、錆びと同じで、労働よりもかえって消耗を早める。一方、使っている鍵は、いつも光っている。≫だとか、≪人生を大切に思うと言われるのか。それならば、時間をむだ使いなさらぬがよろしい。時間こそ、人生を形作る材料なのだから。≫と、言います。
 また、貧しいリチャードの格言は他にも多々あります。
≪今日の一日は明日の二日に値す。≫≪明日なすべき事あらば、今日のうちにせよ≫
≪わずかな怠りでも、大きな災いを招きかねない。≫⇒≪釘が一本ぬけて蹄鉄がとれ、蹄鉄がとれて馬が倒れ、馬が倒れて乗っていたものが命を落とした≫

 が、それらとは別に、「フランクリン自伝」で、一番心に残ったのは、今だからこその、この文章でした。
≪1736年に私は息子を一人亡くした。4歳になった可愛い子だったが、天然痘に感染して死んだのである。私はいつまでも惜しくてたまらず、今でもその子に種痘をしてやらなかったのが心残りである。子どもが種痘のために死にでもしたら、それこそ諦めがつくまいと考えて種痘をしない親たちのために、私はこのことを述べるのである。私の例でも明らかなように、いずれにしても残念なことは同じなのだから、幾分でも安心なほうを選ぶべきである。≫(続く)

*種痘は、牛から生まれたワクチンでしたね。1796年にジェンナーが開発したようですから、フランクリンの頃は、まだ、確立されていなかった種痘ようです。・・・・あ! ネズミから 牛に戻った。

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フランクリン自伝

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(承前)
 まさか、夫が昔読んだ文庫本「フランクリン自伝」(松本慎一・西川正身訳 岩波文庫)を読む日が来るとは思っていませんでした。
 それも、これもロバート・ローソン「はなのすきなうし」➡➡を、昔子どもたちと楽しんだから、つながっていったのです。そこから、まずつながった「ベンとぼく」➡➡は、楽しい本でした。
 それで、読んでみようと思ったのが、ネズミの助けのことが書かれていない自伝。本人自らが書いた伝記です。これが、とても読みやすく、面白いものでした。特に前半。

  自伝というのは、得てして、自己顕示が強いのは、当たり前ですが、ベンジャミン・フランクリンのおかげで、今の生活も助かっている面もあるのですから、なるほどと思いながら読みました。特に、彼のポジティブシンキングというのは、見習はなくてはいけません。
 とはいえ、この自伝、かの有名な凧と雷、そして避雷針のことは、ほんの少し触れる程度。ほとんどが、貧しい印刷工から立身出世を成し遂げた一人の男性の生き方を書いたものでした。倹約を旨とし、早寝早起きを実行し、ともかく、真面目に勤め上げたことが書かれていました。
 社会活動もし、研究をし実験もし、論文も書き、そして政治に、アメリカ独立に・・・と、八面六臂の働き。1928年以降の100ドル紙幣は、ずーっと、ベンジャミン・フランクリンの肖像が描かれています。そして、自伝を書いたのが、数え年79歳とありましたから、健康で活躍してきた自信のほどがうかがえます。

 その健康の秘訣は、恐らく そのストイックな生活信条です。
 フランクリンは、「道徳的完成に到達しようという不敵な、しかも困難な計画」を思いつき、これを実行するため、自らの信念を十三の徳目にまとめ、暦に格言を付したような《貧しいリチャードの暦》を出版しました。
1.節制 2.沈黙 3.規律 4.決断 5.節約 6.勤勉 7.誠実 8.正義 9.中庸 10.清潔 11.平静 12.純潔 13.謙譲    (続く)

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ベンとぼく

ベンとぼく
「ベンとぼく――天才ネズミ大かつやく」(ロバート・ローソン作・絵 小峰和子訳 福武書店)
(承前)
 ここにきて、牛の本からネズミの本に逆戻り。

 この本は、「はなのすきなうし」➡➡「おかのうえのギリス」➡➡で、牛を描いてきたロバート・ローソン自身が文も書いています。いえ、本人の序文によると、ベンジャミン・フランクリンと同居していたネズミのアモスが書き残した原文の、つづりと文法上の間違いの手直しをし、そのまま、ローソンが絵をつけた足しただけのものが、この「ベンとぼく」のようです。

 ベンジャミン・フランクリンの凧を使った雷の実験は、有名ですが、あれも、実は、ネズミのアモスの身体を張った結果から生まれたものなのです。その他、様々なフランクリンの発明や社会活動も、ネズミのアモスありきのことです。
・・・・と、この生き生きとした絵が描かれた本には、書かれています。

 このユーモア、もしかしたら、実際のベンジャミン・フランクリンの生真面目な生き方を、かるーく流す作者ロバート・ローソンの
ふかーいユーモアなのかもしれません。

  ロバート・ローソンは、「はなのすきな牛」でスペインを描き、「おかのうえのギリス」でスコットランドを描き、「ベンとぼく」ではアメリカ合衆国やパリなど・・・ほか、ペンギン年にぴったりの「ホッパーさんとペンギン・ファミリー」(文溪堂) やウサギ年に紹介したい「ウサギの丘」(フェリシモ)など、国も色々、動物も色々で、楽しい。
 また、どれも、ユーモアの底は深く、暖かい。

 そして、結局、このユーモアに満ちた「ベンとぼく」の読後、ベンジャミン・フランクリンの生涯を知りたくて、「フランクリン自伝」(松本慎一・西川正身訳 岩波文庫)を読みました。(続く)

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おかのうえのギリス

花の好きな牛2
(承前)
  「おかのうえのギリス」(マンロー・リーフ作 ロバート・ローソン絵 岩波)も、「はなのすきなうし」(岩波)➡➡マンロー・リーフと ロバート・ローソンのコンビによる絵本です。

≪むかし スコットランドに、ちびっこギリスという おとこのこがすんでいました。ちびっこギリスの ほんとうのなは、アラステア・ロデリック・クライゲラキー・ダルハウジー・ガーワン・ダニーブリスル・マックマックといいました。でも これでは あまりに ながいので、みんなは ちびっこギリスと よんでいました。≫で、この絵本は始まります。

 ギリスは、まず、1年間 谷間の村で暮らし放牧した牛を呼び戻すために大声を出す練習をし、次の年は、山の村で、鹿を仕留めるために、息をひそめる練習をした結果、凄い肺活量となり、できるようになったのが・・・・・
 大真面目に、嘘みたいな話が語られるところが面白い。
 大げさではあるけれど、本当のことだと思えますしね。
 
 この本の舞台は、スコットランドで、この本に出てくるもしゃもしゃの毛の牛というのが、下の写真のスコティッシュ・ハイランド・キャトル。この写真は、英国 コッツウォルズ バーンズリーハウスで撮りましたが、手前の子牛の可愛いこと。(続く)

イギリス牛

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はなのすきなうし

花の好きな牛
「はなのすきなうし」(マンロー・リーフ文 ロバート・ローソン絵 光吉夏弥訳 岩波)
 フェルジナンドという子牛は、他の子牛と違って、駆け回ったりつつき合ったりしないで、一人草の上に座って、花の匂いを嗅いでいるのが好きな子牛でした。
 心配したお母さんは、フェルジナンドに聞きますが、フェルジナンドが「ぼくは こうして ひとり、はなの においを かいで いるほうが、すきなんです。」
 それで、上の写真のページ。
≪そこで おかあさんには、ふぇるじなんどが さびしがって いない ことが わかりました――うしとは いうものの、よく ものの わかった おかあさんでしたので、ふぇるじなんどの すきなように しておいて やりました。≫
 この文言に、人間の母親であるカ・リ・リ・ロは何度、はっとさせられてきたことでしょう。子ども自身の気持ちをついつい忘れて自分の思い通りにならないと叱責してしまいがちな日々。それに引き換え、フェルジナンドのお母さんの達観した顔。

 この本で、もう一つ、気になったのが、フェルジナンドが好きだったコルクの木のこと。昔は、インターネットで検索もできず、百科事典で調べないとわからなかったのですが、この「はなのすきなうし」の絵では、ワインなどのコルク栓が木の実のようにぶらさがっているのです。まさか・・・結局、これは、画家ロバート・ローソンのシャレです。コルク栓は、コルク樫の樹皮を乾かして加工したもののようです。(続く)


花の好きな牛新

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ボートがしずんだの、だれのせい?

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「ボートがしずんだの、だれのせい?」(パメラ・アレン作 ゆあさふみえ訳 あすなろ書房)
昨年の干支のネズミと今年の干支の牛、そして、ロバと豚とヒツジもでてくる絵本です。
 5匹はとても仲良し。ある朝、ボートで海に漕ぎ出そうとしたら、転覆・・・だれのせいで、こうなった?

 まずは牝牛、おっとっと、沈みかけたけどセーフ。
 お次はロバ。バランスを取りながら。
 お次は、バターみたいなふとっちょぶた。
 さて、お次は、編み物の続きがしたいヒツジ。
 そして、≪さいごに のこった ちいちゃな ねずみ。なかでも いちばん かるいやつ。ピョーンと ボートに とびのった。 まさか、ねずみの せいじゃ、なかろうね?≫*写真は、このページ。 もうほとんど、沈んでるやん!

 まさかのネズミが、「おおきなかぶ」➡➡を引き抜く最後のパワーになり、「いどにおちたぞうさん」➡➡を助ける力となったお話を思い出しますね。動物たちのとぼけた顔が楽しい。

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せかいのひとびと

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(承前)
 もう一冊のぼろぼろになった絵本が、「せかいのひとびと」(ピーター・スピア絵・文 松川真弓訳 評論社)
 古い修復テープが経年劣化して、写真を撮るページを探すのもやっとのこと。この写真に写るのは、最後のページ。
≪ほらね わたしたち みんながみんな それぞれ こんなに ちがっているって すてきでしょ?≫
 
この絵本の最初の頃では、具体的な違いについて描いています。
≪・・・からだの かたちからして ちがうでしょ。大きい人 小さい人 中ぐらい人。生まれた時 小さいのは みんな同じ。はだの色も ちがうし、ほら 目だって。いろいろな かたちの はな。顔 口 耳・・・みんな ちがう。かみの毛も まっ白から まっ黒まで 色があるし・・・あと まっすぐなのや ちぢれているのや。かみが ぜんぜん ない人も たくさん いるしね。人間って おもしろいね。 パーマを かけたがったり まっすぐな かみに したがったり。・・・・≫

このあと、着るもの、遊ぶこと、好み、みんなでいるのが好きな人、一人でいるのが好きな人のことも描き、ペットのことお祭りや祝日、食べるもの、宗教、仕事のこと、方言や文字、身分、階級・・・と進んでいき、
≪ある人はたちは 自分と ちがっている というだけで よその人たちを きらう。そんなことって、おかしいよ。その人たちは 自分たちだって ほかの人から 見れば ちがっているって ことを わすれているんだ。≫
と、二つの絵で示します。言葉だけ記すと、難しいと思えますが、絵を見たら、なるほど・・・

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ロンドン橋がおちまする!

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(承前)
 ピーター・スピアの絵本で、特にぼろぼろになった1冊が「ロンドン橋がおちまする!」(ピーター・スピア画 渡辺茂男訳 冨山房)

 ともかく、よく歌ったのです。よく知られている
♪ロンドン橋 おちた おちた おちた ロンドン橋 おちた マイ・フェア・レディ―♪という歌詞でではなく、

≪♪ロンドン橋が おちまする おちまする おちまする ロンドン橋が おちまする、マイ・フェア・レディ―。
いかが なさるか かけなおし?かけなおし、かけなおし、いかが なさるか かけなおし?マイ・フェア・レディ―。
かけなおしは 木にねんど、木にねんど、木にねんど、かけなおしは 木にねんど、マイ・フェア・レディ―。
木にねんどは ながれます、ながれます、ながれます、木にねんどは ながれます、マイ・フェア・レディ―。
………♪♪♪≫
という歌詞です。

 ピーター・スピアの何冊かの絵本の後ろには、その話や歌の歴史などの解説があるのですが、この絵本の最後にも、音符と英詞、ロンドン橋の歴史、それぞれの時代の王様などの解説もついています。(続く)

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ピーター・スピアの絵本

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(承前)
 オランダ出身、後にアメリカ合衆国に移住、活躍したのが、「うんがにおちたうし」➡➡の画家ピーター・スピアです。たくさんの絵本を残しましたが、オランダの空気が感じられるものは「うんがにおちたうし」だけかもしれません。

 うちには、ピーター・スピアの絵になる絵本がたくさんあります。が、子どもたちが小さかった頃のものは、すべて、ぼろぼろ。
 中でも、一番ひどく傷んでいるのが、「ロンドン橋がおちまする!」「せかいのひとびと」「ばしん! ばん! どかん!」「ごろろ ううう ぶうぶう」です。他は、子どもが少し大きくなって買いそろえたこともあって、これらよりは、まだ少し いい状態です。

 ぼろぼろになった絵本は、お話の本というより、歌であったり、自分で眺めても楽しい絵本なので、母親が何度か読んでやった後、自らがページを繰り続けたであろうと考えられます。絵を見るだけで、楽しさが伝わる絵本たちです。文字のない、あるいはほとんど文字のない絵本が多いのも、ピーター・スピアの絵本の特徴の一つなのです。(続く)

「ロンドン橋がおちまする!」(渡辺茂男訳 冨山房)
「ばしん!ばん!どかん!」「たかい―ひくい はやい―おそい はんたいのほん」「ごろろ ううう ぶうぶう」(わたなべしげお訳 冨山房→童話館)
「雨、あめ」「せかいのひとびと」「ノアのはこ船」「ああ、たいくつだ!」「きっと みんな よろこぶよ!」「きつねのとうさんごちそうとった」(松川真弓訳 評論社)
「市場へ!いきましょ!!」「バンザイ!海原めざして 出航だ!」「ホラ すてきなお庭でしょう」(わしずなつえ訳 瑞雲舎)
「魚にのまれたヨナのおはなし」(こみやゆう訳 日本キリスト教団出版局)
「サーカス」(ほずみたもつ訳 福音館)「なつのそら」(福音館 こどものとも)
「クリスマス だいすき」(講談社)
「うんがにおちたうし」(フィリス・クラシロフスキー文 ピーター・スピア絵 南本史訳 ポプラ社)

☆写真上「市場へ!いきましょ!」 写真下「ごろろ ううう ぶうぶう」 

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うんがにおちたうし

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「うんがにおちたうし」(フィリス・クラシロフスキー文 ピーター・スピア絵 南本史訳 ポプラ社)
  表紙の跳ね橋の絵から、「オランダの絵本」とわかります。跳ね橋は、ゴッホの「アルルの跳ね橋」が有名です。そして、中には、風車も見える平地が描かれています。が、40年以上前、この絵本を初めて見た頃、丸いチーズが、冷やされることもなく、街の市場に積み上げられているなんて、知りませんでしたから、運河を流されていく牛さんによって、オランダ紀行を楽しめました。

≪ヘンドリは ふしあわせな うしでした。みわたすかぎり、ひらべったい、オランダのはたけの なかで くらしていました。夏じゅう ずっと 草を食べ、冬じゅう ずっと まぐさを たべ、夏も 冬も たべづくめでした。そして まいにち、おひゃくしょうさんの ホフストラおじさんに ミルクを しぼらせて あげました。「クリームみたいに、こい ミルクだよ。すてきな うしだな。」と、ホフストラおじさんは おもいました。「おあがり、おあがり、ヘンドリカ。たくさんたべて、こい 白い ミルクを たくさん しぼらせておくれ。」と、おじさんは いつもいいました。ヘンドリカは おじさんが すきでした。おじさんを よろこばせて あげようと いっしょうけんめい たべました。でも たのしくは なかったのです。≫

・・・で、ある日。草を食べ続けていたヘンドリカは、意図せず、運河に 飛び込んでしまい、仕方なく、土手の草をどんどん食べていくと、運河に浮かぶ大きな箱にぶつかって、それを押していくうちに、ヘンドリカ自身が、箱の中に・・・それで、運河を流されていくことに・・・

 現状に満足しないで逃げ出す乗り物のお話は、「いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう」(バージニア・リー・バートン作 石井桃子訳 福音館)「ちいさな ふるい じどうしゃ」(マリー・ホール・エッツ作 たなべいすず訳 冨山房)など、あります。その「いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう」にも「ちいさな ふるい じどうしゃ」にも、逃げ出した乗り物をびっくり眺めたり、応対する牛さんの絵が描かれています。スピード感のあるこの2冊と、期せずしてゆったり逃げ出した牛さんの絵本「うんがにおちたうし」の違い、面白いですね。
 
ピーター・スピアの絵本の数々、主人公ではないものの、牛はたくさん出てきます。(続く)

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