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みんなみすべくきたすべく

節電

     あめんぼ15
 8月も終わります。本当に暑い・・・(まだまだ)
 加齢により体力も落ちたことも起因し、クーラーつけっぱなしの夏でした。

 以前は、クーラーが嫌いで、いつも、羽織る上着を持ち電車も弱冷車。もちろん、クーラーをつけたまま寝るということもなく(ただ、マンションの屋根が焼けているので、以前の木造暮らしとは異なるとはいえ)、ともかく身体が冷え切るのを嫌っていました。
 さらにいうと、汗もほとんどかかない、代謝の悪い身体だったのを、水泳やその後のサウナを繰り返すことで、ようやく普通の汗をかけるようになってきていたのですが・・・今や、少し動くだけで汗はかくし、流れるし、夕飯の支度など、うんざり。
 
 ということで、クーラーのお世話になる毎日でしたが、今、原子力発電もほとんど稼働していない中、節電という言葉が一切聞かれないのは、何故?
 かつて、節電節電といって、地下街の電気も一つ置きにしか点灯してなかったり、甲子園野球のピークと一番暑い時期の電気消費量が云々と言ったり、企業にもいろんな節電要請したりしていたときと、大きな差。
 消費電力の少ない家電や企業努力が成果を上げたから?企業が海外に工場を移したのも大きい?
 それとも、猛烈な暑さを超える危険な暑さだから、節電など言ってられない?
 それとも、原子力発電稼働しないでも、それに代わる発電が頑張ってる?まさか!

 節電節電。電力足らんから、もっと電気作ろう。それには、原子力発電!と、かつて世論を動かしたかった人たちの存在に気づいた暑い暑い夏でした。

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小高い丘の上の百話

ベリンツォーナjj

「デカメロン」(河島英昭訳 講談社文芸文庫)(平川祐弘訳 河出文庫)
(承前)
 「デカメロン」を再読したのは、第一目の序の話がペストの話だったからでした。今年読んだペスト関連の話の中では、短編であることもあって。一番、メリハリがきいています。

 ペスト関連の小説には、これは現代かと思わせる箇所が、多々ありましたが、この14世紀の話にも然り。
≪・・・・大酒を飲み、逸楽に耽り、歌を唄い、面白半分に出歩いて、ありとあらゆる欲望をみたし、何事が起こっても笑い飛ばして、万事を冷やかすことにこそ、あの悪疫に対するもっとも確かな治療法があると広言する者もいた。≫
 
 さて、イタリアの美しい町々にあってもひときわ秀でた花の都フィオレンツァ(フィレンツェ)辺り一面に死臭と病人の悪臭とが漂い、薬剤の臭気が漲るがゆえに、≪おのれの手に、ある者は、花を、ある者は匂いのよい草を、またある者はさまざまな香料を握って、それらをしばしば鼻先に押し付け、その香気で脳を安めるのが最良の方策であると考えた。≫・・・・というような悲惨な状況下であるにもかかわらず、そこを離れ、男3人、女7人 10人が 退屈しのぎに 出かけたところで、10日間一人1話ずつ、合計100話のお話をするのが、この「デカメロン」という背景。その悲惨さの極みみたいな地から、打って変わって、やってきたのは小高い丘の上。
≪丘の頂には一つの館があって、美しい大きな中庭を取り囲み、回廊をまわして、数多くの広間や個室はそれぞれに瀟洒をきわめ、飾りつけの絵画はいずれも見惚れてしまうものばかりで、周囲には芝生がひろがり、素晴らしい庭園が幾重にも連なって、井戸には清らかな水が湛えられ、地下室には貴重な美酒がいくらでも蓄えられていた。もっともこればかりは貞淑な女性たちのためよりも、美味な酒には目のない男性たちにこそふさわしいmのではあったが。そして館のなかは掃き浄められ、各部屋にベッドが整えられ、至るところに季節の花々が飾られ、藺草が敷きつめられていたので、到着した一行の喜びは一入だった。≫

 ペスト禍の災難のどん底と、その対極のような優雅な世界のコントラスト。
 つまり、デカメロンの中の100話の話は、この優美と卑俗の絶妙なバランスゆえに、人心を捉え、100もある話にひきづりこんでいったのだと思うのです。
 
  「デカメロン」に影響を受けて、イギリスのチョーサーが「カンタベリー物語 上・中・下」(桝井迪夫訳 岩波文庫)を書きますが、これも以前読んだとき、その挿絵とともに、ずいぶん楽しんだことを思い出しました。ここにも聖と俗がたっぷり。
 挿絵は、ラファエル前派のバーン・ジョーンズ。
 そういえば、その後、カンタベリーに行ったこともあるなぁ。また、読み返さなくては・・・

☆写真は、スイス イタリア語圏 ベリンツォーナ

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作者あとがき

デカメロンj
 (承前)
 講談社文芸文庫 河島英昭訳「デカメロン」(ボッカチオ著)の「作者のあとがき」です。(河出文庫 平川訳では、「著者結び」となっています。)

昨日の第4日前書き➡➡で、世間からの非難に対して、申し開きをし、敵の出鼻をくじいたはずでしたが、やはり100話の後も、本人がすっきりしないので、今度は最後の最後で、もう一度、この「デカメロン」について発信するのです。・・・が、この時点で、100話も読んでもらったのですから、つまり、100話も評判になったのですから、十分に受け入れられ、娯楽としての地位を築いたと思うのですが、やはり、不当な扱いだと腹の虫が収まらなかったと見えます。

≪・・・・もしかしたら、あなた方女性のなかには、これらの短編物語(ノヴェッラ)を書き進めるなかで、私が、ときには貴婦人たちの口に上らせたり、あるいは話させたり聞かせたりするなかで、あまりにもしばしば、貞淑な女性たちにはふさわしからぬ事柄を話題にしてしまい、淫らに過ぎたきらいがある。と言われる方がおられるかもしれない。そのようなことは、断固として、私は否定する。なぜなら、貞淑な語彙を用いて言う限り、だれにとっても言ってはならぬ事柄など一つもないはずであり、この点に関しては、充分に適切に自分が成し遂げたものと思っているからだ。しかし、それはおっしゃるとおりだ、としておいてもよろしい。なぜなら・・・・・≫

≪…画家の絵筆に許されるのと変わらぬ能力が私のペンにも許されてしかるべきなのに、画家のほうだけには、何ら非難も浴びせられずに、少なくとも正当な行為として、聖ミケーレが易々と剣や槍で蛇をつく絵を描くことが許され、聖ジョルジョがところ構わずに竜を傷つける描写をすることが許されるのであり、そこまでは我慢するとしても、キリストを男として描くことが画家に許され、イヴを女として描くことも、さらには全人類の救済のために十字架にかかったお方に対してまで、その足を一本の釘で打ちつけたり、二本の釘で打ちつけたりすることが許されるのである・・・≫

 ・・・延々と、愚痴るのですが、ボッカチオは、こう言って、読者の心をつかんでいきます。
≪・・・これらの物語の群れのなかへ踏みこんで、読み抜こうとなさる方は、どうか、気にさわるものはそのままにして、面白そうなものだけを、お読み願いたい。どなたのご期待にも欺かぬように、いずれの短編物語の額にも、それぞれのうちに秘められた中身を、書き残しておいたから。さらにまた、必ずや、これらのなかには、長すぎる物語が入っている、と言う方もおられるであろう。そういう向きには、敢えて言っておくが、たとえどれほど短くても、他にしなければならない用事がある方には、物語を読むのは狂気の沙汰にも等しいことなのだ。・・・・≫

この後書きを読むと、物語を読むことは娯楽なんだと、現代の我々にも通じるメッセージをボッカチオが発信しているのがわかります。(続く)

☆写真は、英国ラファエル前派集団につながるウォーターハウス描く「デカメロン」

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あとがきのまえがき

 ベリンツォーニj
(承前)
 「デカメロン」の作者ボッカチオ自身の後書き(結び)は、面白い。もし、100話読む気力が湧いてこないなら、ここだけでもで、いかが?
 この後書きの中で、≪第4日の冒頭で言ったように≫、という箇所があり、3日目30話済んだところで、「デカメロン」が世間から風当たりがあったのだとわかります。つまり、4日目で少々(グダグダと)申し開きをし、最後の最後で、主張したと言えましょう。

 このことから、「デカメロン」河島英昭訳 講談社文芸文庫には、収録されていなかった第4日の冒頭を読むために、平川祐弘訳 河出文庫も読むことに・・・先日の「イザベラとバジルの鉢」➡➡の元の話も4日目第5話でした。つまり、河島英昭訳 講談社文芸文庫の「デカメロン」には、第4日の10話がまったく収録されていません。

 では、第4日の前がきから・・・
≪親しいご婦人の皆さま、塔は天に聳えれば聳えるほど風は激しく撃ち、梢は高ければ高いほど、嵐は激しく揺すります。世の荒れ狂う嫉妬の風も同じだと賢人は申します。…(中略)・・・だが、どうやら考え違いでした。私は世の妬み嫉みを買うまいと、常に心掛けてきたのです。そのような荒れ狂う気性の風に叩かれることのないようにと、人生の低地を歩き、深い谷に沿って、進んできました。そのことは私が書いた短いお話をご覧くださいます方々には、明々白々だろうと思います。…(後略)…≫と始まり、
≪・・・・また、賢明な知恵者としてより、侮蔑をこめた悪意の人としてこんな口を利く方もおありです。「ボッカチオはもっと知恵を働かせて日々のパンがどこから手に入るかを考えるべきであって、霞を食うような空しいお喋りはいい加減にせい」というご意見です。かと思えば、私の労作にけちをつけようとして、私が話したことと実際とはまるで違うと力説したりなさいます。というわけで、・・・≫
≪…私は本書の三分の一もまだ仕上げていませんが、なにしろ敵は多数で、押しが強いときているから。本書を完成するまでに私が放置すれば、こちらからの反論、反撃がないのを勿怪の幸いに、その数もいや増すに相違ありません。・・・・≫

などなど、デカメロンの第4日の初めに、書き述べるわけです。で、100話のあとの後書き(結び)は、というと・・・(続く)

☆写真は、スイス イタリア語圏  ベリンツォーナ

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デカメロン

イソヒヨドリj
デカメロン(ボッカチオ 河島英昭訳 講談社文芸文庫)
 3月にペストの描かれた本について書こうと思った時➡➡、マンゾーニの「いいなづけ」訳者平川祐弘の、デカメロンの訳注を引用したものの、結局、読み返したのは、全編収録されていない(100話の話全てではない)河島英昭訳のものを読み返しました。平川祐弘訳(河出文庫)は、100話すべて訳され、その上中下巻にそれぞれ、充実した解説がついているにも関わらず、今回また、河島訳を先に読んだのかは、かつての日本のイタリア文学者やドイツ文学者の思想的背景に疑問を持つことも必要か・・・・と調べてみると、うーん、平川氏でない方がいいかな・・・と考えた結果です。
 ただ、先のキーツの「イザベラとバジルの鉢」➡➡のもとになった第四日第5話は河島英昭訳(講談社文芸文庫)にはありませんでしたし、他との関連もあり、結局、平川祐弘訳(河出文庫)も読みました。

 で、デカメロン100話は、1348年のペスト禍から距離を置くために、フィレンチェ郊外で10日間過ごすお慰めに、集まった人たち10人が、それぞれ話を10日間するという構成です。それ以前にフィレンツェには、作者不明「百小話集」(1281年~1300年)というのものがあったとはいえ、このときすでに、10日間は疫病から離れておこうという意識があったのだと思うのですが、いかがでしょう。ちなみに、作者のボッカチオは1313年~1375年の人です。また、参考までに源氏物語の紫式部は970年?~1019年?

 結論からいうと、どの話も面白い。よくまあ、これだけの話が残せたものです。
 確かに、デカメロンは、いかがわしい話が多いとされ、高尚な文学ではないという向きもあるでしょう。確かに、ほとんどに艶話が、含まれています。が、現代の基準から見ると、官能的な話というより、手短に描かれた艶笑話という様相です。

 しかしながら、いずれにしても、多国語に訳され、今も読まれているということは、結局は、面白いのだということだと思います。そして、ボッカチオ自身も、当時からあった、「デカメロン」への批評や評価に、反論・申し開き(居直り?)をしています。 それが、著者自身のあとがき等です。(続く)

☆写真は、うちのベランダのフェンスに止まったイソヒヨドリのメス。羽がリアルで気持ち悪いという向きもあるかと思いますが、素人のデジカメで、こんなに近くで撮れること自体、奇跡的。見栄えのもう少しきれいなオス➡➡も居たのですが、かなり、素早く飛んでいきました。ということで、彼女の視線の先には、彼が居るはず。夏場も早朝から、いい声で鳴いています。

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熱い日差しにぐったりして

バッタj
(承前)
 詩集を読むとき、その詩人の作品すべてが好きになるわけではないし、隅から隅まで読まないことも多いです。1冊で、一つか二つ、お気に入りの詩が見つかったら、嬉しい・・・といった、詩集の接し方です。
 
 キーツ詩集には、さきの「イザベラとバジルの鉢」➡➡のような昔の(中世の)話を土台にしたものもあるし、ギリシャ神話やシェイクスピアなどを土台にしたものも入っています。同時代のキーツとラファエル前派は文学作品をもとにした絵が多いこともリンクします。

 さて、この「キーツ詩集」を初めて手に取ったときに、気に入ったのが、「侘しい夜が続く12月に」という詩でしたが、多分、冬か、秋に読んだと思われます。というのも、この暑い8月に、もう一度、眼を通してみると、その詩より、こっちの方が、ぴったり来ました。単純なもんです。 

「きりぎりすと蟋蟀」(キーツ詩集 中村健二訳 岩波文庫)
≪大地の詩が滅びることはない。 
 すべての鳥が熱い日差しにぐったりして、
 涼しい木の間に隠れるとき、刈り終わった牧草地の
 生垣から生垣へ、声が流れるだろう――
 それはきりぎりすだ。彼は夏の贅沢な
 虫の音の先陣を切る。彼の愉しみは
 尽きることがない。というのも、歌に飽きると
 どこか快適な草の下でのんびり休めるから。
 大地の詩は決して絶えることがない。
・・・・・・・(後略)・・・・≫

 二行目です。
 別の訳者は、ここを
≪鳥たちがすべて酷熱の太陽に気も遠くなり≫と訳しているのですが、(対訳 キーツ詩集 宮崎雄行訳 岩波文庫)
カ・リ・リ・ロとしては、今現在、「熱い日差しにぐったりして」に共感してしまいます。
 感傷とか 美意識とかとは違う まったく 単純な感覚です。(続く)

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イザベラとロレンゾ

バジル2j
(承前)
 さて、次は、ジョン・エヴァレット・ミレーの「イザベラ」。(*ミレーは、オフィーリア➡➡の画家)
 左手に3人並んで嫌なお兄さん。、妹のイザベラとロレンゾをにらんでいるでしょう。一番手前のお兄さんなんか、妹が優しくなでている犬を蹴飛ばそうとしているし、苦々しく、クルミを割ってもいます。恋人同士が分け合っているのは、真っ赤なブラッディオレンジだし、ちょっと見えないのですが、そのお皿の絵は、首切りの絵らしい。そして、その5人以外は、我関せずと、お食事中。給仕も入れたら絵には13人。バルコニーには、植木鉢も見えます。また、昨日、書いたように、3人の兄弟とイザベラとロレンゾのほかは、少々、階級が違う人々。(*参考:「ラファエル前派画集 女 」ジャン・マーシュ 河村錠一郎訳 リブロポート)

 14世紀のボッカチオ「デカメロン」では、淡々と話が進むので、こんなお食事の場面はありません。また、賤しい身分という表現は、時々見られますが、当時、英国ラファエル前派集団が表現したかった、階級社会については、深入りしていません。(続く)

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二人を隔てるもの

イザベラj
(承前)
 ラファエル前派集団の画家たちは、キーツの詩に連作挿絵をつけようとしたらしく、それには、「聖アグネス祭の前夜」 や「イザベル、またはバジルの鉢」(キーツ詩集 中村健二訳 岩波文庫)があり、ホフマン・ハントは、昨日の絵➡➡と、もう一枚、上の「倉庫で机に向かうロレンゾ」を描いています。まだ、ロレンゾが生きて、働いているときの絵です。
 
 つまり、昨日の絵「バジル」は、バジルの鉢を抱え、悲嘆に暮れている箇所の絵で、今日の絵「倉庫で机に向かうロレンゾ」は、ロレンゾがイザベラの高慢な兄のもと、倉庫の中で仕事をしながらも、イザベラがそっと入ってくるのに気づいている様子を描います。
 が、恋人たちを隔てる硬い直線。あるいは、二人の間の犬。
 そしてまた、ここには、恋愛事情を表現しているだけでなく、当時、身分の違う恋人たちの仲を引き裂く原因となった階級意識についても描かれているようです。それは、背景に描かれている搾取される側の人々です。これは、次に、紹介する連作挿絵仲間のジョン・エヴァレット・ミレーの「イザベラ」という絵にも登場しています。

(*参考:「ラファエル前派画集 女 」ジャン・マーシュ 河村錠一郎訳 リブロポート)(続く)

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バジル

バジルj
 コロナ第一回自粛ベランダ菜園で、夏場に取れすぎたのは、青じそと、パセリと、バジルでした。どれも、香草。
 青じそのかかりすぎた冷ややっこ。
 刻んだパセリで、中身が見えない冷製スープ。
 そして、モツァレラとトマトとバジルの料理では、まだ減らないので、毎朝の卵焼きに溢れるほど入れるバジル。

 で、バジルの生命力を見ていたら、一枚の絵を思い出しました。
 英国ラファエル前派集団のホフマン・ハントの「イザベラとバジルの鉢」です。バジルの鉢を抱えた、女性。なんで、バジル?足元には、バラの花、落ちてるやん・・・

 昔、英国ラファエル前派集団にはまっていた時期がありました。ほとんどが、見ていて励まされるような絵画ではありません。どちらかといえば、おどろおどろしいし、意味深長。
 絵に描かれた、部屋の設えや花も、その象徴するもの、その意味するもの、を描いているらしく、絵を見ながら、その物語を読むことを楽しんでいました。「物語る絵」といわれるのが、それらの絵でした。そして、その画家たちの背景も、ほとんどが、意味深長。

 で、今更ながら、調べてみると、このホフマン・ハントの絵は、ボッカチオ「デカメロン」第4日第5話にある話であり、その後、それを土台に英国詩人のキーツが書いた「イザベラ、またはバジルの鉢――ボッカチオに取材した物語」(キーツ詩集 中村健二訳 岩波文庫)という詩から生まれた絵なのです。
 おお、デカメロン。14世紀フィレンツェ、ペスト禍で集まった10人が一日10話ずつ話した10日間の話。

 「バジル」の絵は、キーツのこの箇所。
≪それから、絹のスカーフのなかに――アラビアで摘まれた貴重な花々の香水や、冷たい螺旋の管から爽やかに抽出された高貴な液体が甘く匂っている――彼女はそれを包んだ。その墓として 植木鉢を選び、なかに首を置くと、 土をかぶせ、その上に香しいバジルを植え、 それをいつも自分の涙で湿らせた。・・・・≫

 ボッカチオ「デカメロン」第4日第5話では・・・
≪帰宅すると、その頭とともに寝室に閉じこもった。百度も千度も頭のあらゆる部分に接吻し、その頭上で辛い涙を流した。長いあいだ泣いたから涙で頭がきれいに洗い清められたほどである。そこで大きな鉢を選んだ。マヨナラやバジリコなどを植えるのに用いる大鉢である。頭を美しい布で包んでその中に安置すると、上に土をかけた。そしてその土の上にサレルノ産の美しいバジリコを何株か植えた。それにそそぐのは薔薇やオレンジの花を蒸留して拵えた水か、さもなければ自分の涙だけであった。それ以外の水をかけることはけっしてない。そしていつもこの鉢の近くに座ることが習いとなり、その鉢を熱い想いをこめてうっとりと見つめていた・・・・≫(平川祐弘訳 河出文庫)

**恋人たちの名は、「キーツ」では、イザベラとロレンゾ。「デカメロン」では、リザベッタ、ロレンツォ。
***恋人を殺したのは、彼女のお兄さんのたちですが、キーツでは2人の兄。デカメロンでは3人の兄。((続く)

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絵本とつながっている

個展2j

 単純なもので、昔、絵本の集まりで知り合った人たちの子どもたちが、活躍されているのを小耳にはさむのは、嬉しいものです。しかも、絵本とつながっていると思われるのは、なお嬉しい。

 保育士や幼稚園の先生になった人たちは、絵本から遠くないのは当然ながら、さらには、絵本を出版しイラストでも活躍している今やお母さんの彼女や、絵本を楽しんだ子ども時代を過ごし、最近、個展(上の写真は、その一部)を楽しませてくれた若手➡➡
 
 ずいぶん昔、長男が就職か、このまま試験を受け続けるかで迷っていた頃、絵本出版の大手、福音館に登録したら、さっさと落とされたものの、福音館を探し出したことに、嬉しい想いをしたことがあります。

 そして、孫の母親(長女)が、このばあばと同じリズムで、昔楽しんだ絵本を読んでやっている様子は、この上なく嬉しい。

 欲張らず、小さな種をまき続けていたら、その種は、いつか、またどこかで芽吹く種になる、と思う。

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森林植物園

メタセコイアj
 38℃とか39℃とか40℃とか、発熱の話じゃなくて、気温が、そんな温度って、どうよ!? 気温は、日陰ではかったものでしょう?ということは、直射日光の下なら、一体何度???

 ちょっとでも、涼しいところを求めて、バスに乗って六甲山系 神戸 森林植物園に行きました。むかし、よく来たものですが(バスで)、本当に久しぶりに正門のところに立ったら、ああ、ここ、好きだったんだよねぇ・・・シュッと背の高いメタセコイヤ。たった50年ほどでは、どれくらい伸びたかわかりません。この写真には、大きな桂の木も写ってますから、モミジの頃、桂の香りも楽しみに来なくちゃ。

 さて、下界では、危険な気温などと予報されていましたが、ここは、風が通り、木陰がある。もちろん、日なたは避けて、森林散歩。神戸市民の花 紫陽花は、六甲山系に自生し、今や ほとんどドライフラワーのようでしたが、遅咲きのアジサイ 見つけました。蕾が丸い、タマアジサイ。
タマアジサイj

 下は、森林植物園の池の写真。池には、水連とコウホネ➡➡咲いています。青モミジと、青空もきれいでしょう。・・・と言える余裕があるのも、日陰だから・・・・

 実は、 この文の森林植物園行きは、8月10日山の日のこと。今や、外出危険の気温となりましたね。
森林j

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歯いしゃのソト先生

ソト先生
(承前)
「ねずみの歯いしゃさんアフリカへいく」(ウィリアム・スタイグ 木坂涼訳 セーラー出版)
 「歯いしゃのチュー先生」(ウィリアム・スタイグ うつみまお訳 評論社)➡➡の続編ですが、名前がソト先生、奥さんの名前がデボラさんと訳されています。チュー先生の原題もDOCTOR DE SOTO となっていますから、チュー先生も本当はソト先生だったのです。日本の子どもたちには、チュー先生の方が、馴染みやすいかもしれません。

 ≪ねずみのソト先生は、何百万人にひとりいるかいないかという腕のいい歯いしゃさんです。助手であるおくさんのデボラさんのひょうばんも たいしたもので、ふたりの名前は 世界に知れわたっていました。≫で、始まります。それで、アフリカから象の歯の治療の依頼が来て、出かけます。ところが、象の治療を本格的にするまえにアカゲザルに連れ去られ、閉じ込められてしまいます。が、なんとか脱出するも、石につまずいて、くるぶしを骨折。あきらめかけた時、みんながやってきて、担架に乗せられ、無事、救出。

 さて、はじめは、痛さをこらえながら「おふたりに かんひゃ ひます」と言っていた象のムダンボ。痛み止めの薬を、ココナッツミルクで流し込むのがやっとだったムダンボ。地響きのような悲鳴をあげていたムダンボ。が、車イスに乗った ソト先生の指示で、おくさんのデボラさんが虫歯をほり、博物館から きふしてもらったセイウチのきばを けずってつめると、虫歯は みごとに なおり、ムダンボは、≪にっこり、くすくす、ぐはっはっは!おくさんの手をとり、ドシン、ドシン おどりだすしまつです。≫

 その後、おくさんのデボラさんは「ねえ、あなたのからだが よくなるまで、わたしたち このまま旅をつづけないこと?」と、ソト先生に提案。その返事は、いかに??? 

***さて、ソト先生夫妻のようには、今夏 旅に出られませんが、祝日やお盆休みで、ちょっと、休みます。
 

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歯いしゃのチュー先生

チュー先生j
(承前)
 ウィリアム・スタイグは、もともと漫画家でイラストレーターだったようですが、後半生は、たくさんの動物の出てくる絵本を残しています。
 ネズミの絵本でいえば、「ねずみとくじら」(ウィリアム・スタイグ作 瀬田貞二訳 評論社)➡➡のように、ネズミだけでなく、2種の動物が主人公ではなく、「歯いしゃのチュー先生」(ウィリアム・スタイグ うつみまお訳 評論社)は、まさに、主人公がネズミです。

 とても、患者想いの先生が歯いしゃのチュー先生です。
 はしごを使ったり、別室で宙釣りになりながら、治療したり、大きな患者には、長靴をはいて、口のなかで治療したり、指先が器用でドリルを優しくかけるので、痛みなんか感じないほど…
 そして、ネコや危険な動物の治療は断っていました。
 ところが、やってきたのが、ほっぺを包帯でぐるぐる巻きにしたキツネ。一端は治療を断るものの、痛がるキツネをみて、治療することに。さて、そのキツネに、下心がわいてきて・・・

 お話の終わりは、なかなか愉快です。
 が、お話もさることながら、絵も、楽しい。
 「ゆかにおすわりになって、」と、キツネに指示するチュー先生の怖い顔。
「キツネをしんじるなんて、バカみたよ!」と、ぶつぶつ言ってるチュー先生の顔。
 さらに、「いったんしごとをはじめたら、わたしは なしとげる。おとうさんもそうだった。」ときっぱりいうチュー先生の鋭い顔。

 そして、最後のページ、二階の診察室から階下に降りるキツネの絵ですが、階段は大きい動物用と小さい動物用の二種類が並んで描かれています。
 やっぱり、チュー先生は、患者想いの名医です。(続く)

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ねずみとくじら

ねずみとくじらj
 ライオンとねずみは、「マウスさん一家とライオン」(ジェイムズ・ドーハーティ作 安藤紀子訳 ロクリン社)➡➡、ぞうとねずみは、「七ひきのねずみ」➡➡、そして、今度は、「くじらとねずみ」(ウィリアム・スタイグ作 瀬田貞二訳 評論社)です。

先の「七ひきのねずみ」は、文は短いものの、とても小さい子向きの絵本とは言えませんでしたが、この「ねずみとくじら」は、少々文が長いものです。

 海の好きなねずみのエーモスは自分で船を作り、航海術を学び、ついに大海原に船出。ところが、船から海に落ち、それを救ってくれたのがくじらのボーリス。
同じ哺乳類同士ということで、すっかり仲良しに。そして、浜辺近くに来た時、ねずみは陸に戻ります。月日が流れ、くじらも年を取り、大波にまきこまれ、浜辺に打ち上げられてしまいます。そこにやってきたのが、ねずみのエーモス。エーモスは、象を二頭連れてきて、くじらのボーリスを海へ。

 そして、最後はハッピーエンド。と思いがちですが、少々、悲しい文言が・・・
≪・・・なみだが おおきなくじらのかおを ながれおちました。ちいさなねずみのめにも、なみだが うかびました。「さよなら、なかよしのくじら」とエーモスは、ちいさなこえでなきました。「さよなら、なかよしのねずみ」とボーリスが ほえました。そして なみまにしずみました。ふたりは、このさき2どとあえないことを しっていました。そしてぜったいに あいてをわすれないことも しっていました。≫

 つまり、この絵本の形をとった作品も、時間の経過がわかるようになった子どもたちなら、この2度と会えないということを理解できるものの、とても幼い子どもたちには、なかなか伝わらないことだと思います。
 そんなこと理解せずとも、ねずみの冒険、ねずみとくじらの交流を楽しむことはできますが、作者の伝えたかったことを感じとれる子どもたちに、読んでほしいと思います。
 
 さて、この絵本の訳は、瀬田貞二です。瀬田貞二の訳は、日本語として面白い言葉を持ってくることが多く、お話の楽しさを膨らませます。子どもが日ごろ使う言葉より、ちょっと難しいけど、話の流れから、こういうことだろう、絵を見たら、こういうことだろうと想像力を刺激する言葉で訳しているのです。
 例えば、≪・・・・何もかも素敵で、エーモスは、げんきいっぱい、いきがいをかんじました。≫いきがい・・・なんて、子どもの語彙にはないものの、話の流れから、あるいは、絵から、エーモスが、心から楽しんでいるのがわかります。
 また、≪エーモスは もんどりうって、くうにはねとばされたのです。≫もんどりうつ・・・これも、なかなか使いません。
 そして、≪ボーリスは、ねずみの ちいさいかわいさややさしさ、かるいふるまいやこわね、ほうせきのようなめのかがやきに ひきつけられました。エーモスは、くじらの おおきなからだやどうどうとしたようす、ちからやうごき、ひびくこわねやあふれるしんせつに うたれました。≫こわね・・・これも使わないものの、文の流れから声の調子だと理解できるでしょうが、最後の、うたれるという言葉は、使うことがなくとも、流れから、理解することができると思います。

 こうやって、日本語の面白さも伝えてくれる訳ではありますが、時々ぶっ飛んでしまって「ん?」というのもあります。それはお互い哺乳類だと紹介するときに驚いたくじらが「おどろいわしの、びっくりいかだ!」と、しゃれて言う台詞です。慣れると楽しいですが、初見の者には、ちょっと唐突のような気がします。

 そして、もう一つ、それは、物語りの最初、
≪うみべに すんでいる ねずみのエーモスは、うみがだいすきでした。しおのかが すきでしたし、よせてはかえす なみのおとも すきでした。≫
 潮の香・・・・確かに、イメージの膨らむ言葉です。が、漢字で書いてこそ、あるいは、耳で聞いて、その様子が思い浮かんでこその、言葉だと思います。特に、まだ、1ページ目の海の絵では、なかなか子どもに理解できる言葉じゃないかもしれません。

 個人的には、尊敬し 大好きな訳者でもある瀬田貞二氏です。(続く)

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七ひきのねずみ

七匹のネズミj
「七ひきのねずみ」(エド・ヤング作 藤本朝巳訳 古今社)
 このコラージュの絵本は、画もあっさりしているなら、文もあっさり。とはいえ、とても小さい子どもには、最後のねずみの教えは理解しにくいと思います。

 7匹のねずみが池で不思議なものに出会い、まず月曜日に、赤いねずみが調べに行くと「がっしり はしらだ」と言います。火曜日には、緑のねずみ「あれは くねくねへびだ」 水曜日は、黄色ねずみ…木曜日は…結局、みんなの言うことが てんでバラバラなので、日曜日に白ねずみが近づき、はしからはしまで駆け回りました。

 そして、「なるほどね、やっとわかったわ」みんなのいうことを合わせると、「ぞうよ!」
 それから、ほかのねずみもかけあがり、はしからはしまで調べて回りやっと、全部が見えたのでした。

  そこで、最後に、ねずみのおしえ:
≪すこし みて わかったつもりは まちがいのもと すみから すみまで ぜんぶ みて ほんとうのことが わかるのです。≫

 この大きなものと小さなねずみの対比のお話は、他にもあります。また、強いものと小さいものの対比として、先日書いた、ライオンとの対比もありましたね。マウスさん一家とライオン(ジェイムズ・ドーハーティ作 安藤紀子訳 ロクリン社)➡➡(続く)

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六甲山

夜景32
 いつもなら、暑さと湿気を避ける8月を過ごしているはずなのですが・・・ま、仕方ありません。
それで、近場の六甲山に、同県民の子どもたち家族と一緒に一泊してきました。
 避暑地というほど、涼しくはありませんが、ま、大阪湾は一望できるし、気持ち、気温も低い六甲山は、神戸の町から車ですぐです。昔、我々の若い頃は、もう少し活気づいていたのですが、その後、ホテルが閉館になったり、たくさんあった会社の保養所が閉館になっていたり、個人の別荘も使われてない様子が見えたり・・・
  が、休日は、車で移動する若い家族がたくさん山上に来ていました。また、お洒落な施設やアトラクションもでき、もう一度、六甲山へという空気も感じました。

 山上には、牧場があって、若い家族には人気でした。ヒツジも牛もヤギも馬も、そしてポニーも居ます。4歳以上の子どもたちが一人でポニーに のることのできるアトラクションがあって、晴れて4歳の孫は、大喜び。
 はじめは緊張の面持ちでしたが、最後には、2歳の妹の声援に手を振る余裕。
ポニーj

 さて、昭和7年から運行しているケーブルカーにも乗車しました。急こう配と、周りの木々。子どものとき、乗った記憶が蘇るとともに、スイスのケーブルカーも思い出しました。が、全然、湿度が違う・・・・・来年は、この湿度、避けられるだろうか?

         ケーブル15

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