FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

マスクの下

ぬけがらj
 長い梅雨でした。が、本格的に、長い夏が始まります。マスクをして8月を迎えるなんて、日本人の誰が考えたことがあったでしょう?
 そのマスクが、また「問題」になっていても、医療現場の待遇改善が本気で考えられることは、ないなんて、どういうこと?????何でも、新しいことを提案する際は、国民の税金を使って、推進します。と、必ず、一言入れたら、どう?????

 さて、自分なりに自衛し、自粛していても、罹る人が加害者みたいな空気も大きくなっています。そんななか、子どもたちのことを考えると、こんな状況がいいわけないと、思うのです。

「人を見たら泥棒と思え」ということわざのように、「人を見たらコロナと思え」みたいな毎日。マスクをしていない人が、電車に乗って来たら、顔をそむけるような毎日。

 子どもたち同士、「ひっついちゃだめ」「おおきいこえだしたらだめ」「離れて、離れて」・・・・・人と人とのコミュニケーションの土台を築く、この時期に、これでいいわけない。

 マスクの下が、笑っているのか、ふくれっ面なのか、コミュニケーションの基本、言葉以前の表情・・・・・
 幼い孫たちが、今後、どういう世の中で生きていくんだろうと、ばあばは、心から心配しています。
 

PageTop

対面

ブラックベリーj
やっぱり、対面授業がしたかった・・・
 課題を出し続けて、顔を見ることもなかった授業の課題すべてに 目を通しました。
 すると、コピペしたであろうものや適当に書かれたものに交じって、当然、まともな提出物もありました。
 その文を読んでいると、この学生なら、もっと伝わったことがあっただろうに・・・と、悔やまれるのです。
 オンライン授業で疑似対面授業も、あったようですが、やはり、息遣いの伝わる対面授業と同じではなかったと思われます。
 その場で確認、納得、疑問・・・経験と重ねる、あるいは、全然つながってないかのような想像・・・・
 もっと、伝えたかったです。教科書を読んだだけでは伝わらない、教師の想い。
 有名な学者の考えを知るだけでなく、目の前にいる小さな子どもたちと関わる「間(ま)」の一端を伝えたかった・・・

 が、しかし、対面授業で、日数確保もやっとの別の大学での授業。何人かの学生が、楽しんでいるのがわかります。ちょっと、嬉しい。

 さらに、もっと、嬉しいこと。かの丸刈りにした学生➡➡が、なんと、おしゃれなヘアスタイルで、背も伸びたかのように見える青年となって、階段で対面。1年半ぶりです。「おお!先生。会いたかった。話すことあるんです」 有難いことです。

☆写真は、コロナ自粛ベランダ菜園のブラックベリー。昨日の「おひさまホテル」(エーリッヒ・ハイネマン文 フリッツ・バウムガルテン絵 石川素子訳 徳間書店)で、赤黒い黒イチゴ➡➡と表現されていたものと近い種類です。この写真で3回目の収穫。もちろん、つまみ食いとジャムに・・・当然、二人の孫は大喜び。

PageTop

おひさまホテル

IMG_4432j.jpg
(承前)
「たのしいこびと村」➡➡のエーリッヒ・ハイネマンと、フリッツ・バウムガルテン絵のコンビによる子どもの本は、もう一冊翻訳されています。
「おひさまホテル」(エーリッヒ・ハイネマン文 フリッツ・バウムガルテン絵 石川素子訳 徳間書店)
 こちらにも小人はでてきますが、場所は、こびと村ではなく、小人の名前は、野原小人のトリーです。ネズミも出てきますが、名前のついているのはナガシッポやマキシッポです。
 他には、カミツキという悪党のテン、モグラのアナホリ、ハリネズミのハリー、カエルのケロロ、リスのチョロリ、ミヤマクワガタのガシガシ、ヒバリの歌手ピーチク夫人、キツツキのコツコツ、ハムスターのブクブク、黒ネコのハラペコ・・・名前のついていない、ニジマスやザリガニ、シジュウカラやキリギリス、ツバメやコウモリやホタル、小さな動物たちがたくさん登場。
 そして、このお話の初め、春になった場面では、花たちが口をききます。それが、一年を通したこのお話の始まりにふさわしく、わくわくするものになっています。
≪・・・ことしも春になりました。はやくも,さいしょのマツユキソウが顔を出し、つづいてスハマソウ、クロッカス、アネモネ、ヒナギク、それにセイヨウサクラソウが、みどりの草の間から頭を出して、のびをしています。「あー、よかった!やっと冬がおわったわ。長い長いねむりからさめて、ほんとうにうれしい!」スハマソウはいいました。すると、マツユキソウが言いました。「ぼくはいやな夢を見ていたから、とくにうれしいよ。・・・・≫
 と、花々は夢の話を続けます。

それで、野原小人のトリーは葉っぱのテントで、飲み物などを出すマスターの仕事をしていましたが、みんなの協力もあって、テントのお店から「おひさまホテル」のオーナーに。そのお披露目のシーンの絵が上のもの。≪***テントのお店もホテルの食事もお金はいりません。お客は、木の実や種や、なにかしらを持ってきました。≫

そして、夏が来て、秋が来て、そして、長い冬のための準備をします。
≪トリーは、茶色いクルミ、緑色のカリカリしたドングリ、赤黒い黒イチゴ、ブナの実、モミの木の実、いろいろな植物の種、やわらかな根、キノコなどを、ホテルにはこびました。台所ではゆでたり、かんそうさせたり、煮てびんにつめたりと、みんな大いそがしです。・・・≫

 秋も深まり、霜が降り、クリスマス、そして、雪どけ・・・

そして、冬のさなかにトリーにたすけてもらった小鳥たちは、行くさきざきで、このすばらしい野原のことや野原小人のトリーのこと、そして「おひさまホテル」のことをうたってきかせています。それを、この作者エーリッヒ・ハイネマンは、小鳥たちに餌をあげているときに、耳にしたので、この「おひさまホテル」の話が、本となったというわけです。

PageTop

たのしいこびと村

IMG_4426j.jpg
「たのしいこびと村」(エーリッヒ・ハイネマン文 フリッツ・バウムガルテン絵 石川素子訳 徳間書店)
 この楽しい挿絵のついたお話の本は、ドイツのものです。自然の中では、きっとこんな小人たちやネズミたちや小動物、生物たちが楽しく共生しているんだろうなと、今も思います。ましてや、小さい子どもたちの柔軟な心には、もっと生き生きと伝わり、自分もその仲間となって楽しむことができるだろうと思います。

 なきむし村のねずみ一家のおとうさんねずみのプッツは、国中で作物が採れなくなり、一家がひもじい思いをし始めたころ、亡くなったおとうさんの言葉を思い出します。困ったときには、「こびと村のこびとたち」のところに行って、助けてもらいなさい。
 そこで、おとうさんねずみブッツと一番上の子のピープスは、こびと村への旅に出かけます。
 こびと村で、ブッツとピープスは、こびとたちや他の動物たちに親切にしてもらい・・・帰還。

 ・・・とまあ、話の流れは、こうですが、そこに描かれている自然描写は、生き生きと、眼に見えるように描かれています。

≪背の高いシダ、色あざやかな森の花、コケむした岩、うす暗い根っこのあいだや、キイチゴのしげみをつきぬけて、車はすすんでいきました。ときおり、遠くでカッコウの鳴き声がします。チョウチョウたちが車のまわりを飛び、リスたちがすぐそばまで、すばしっこくかけよってきます。なんてきれいで楽しいながめでしょう!プッツとピープスは、わくわくしてきました。そしてとうとう、こびと村のさいしょの家が見えてきました。ずんぐりとしたキノコの家が二けん。屋根はコーヒー色です。・・・・≫

≪・・・なん本か先の木の下で、ブッツとピープスは、またべつのわくわくする光景に出くわしました。なん百ものアリたちが、こびとたちといっしょに、森のなかでもとくべつに通りにくい場所に、道を作っているのです。アリたちは、生まれながらの建築家で、仕事にむだがありません。みぞに橋をわたしたり、道へあふれだした小川を、わきにそらしたり、土砂でうめたり。アリの小さな斧が石をうつと、カチン、コチン、カチンコチンと小さな音がひびきます。アリたちは早足でうごきまわり、きつい仕事をしているのに、とても楽しそうです。とくべつの重たい石が道をふさいでいるときには、こびともアリといっしょに、とりのぞいていきました。・・・・≫

 それで、ねずみのおとうさんブッツとピープスが、こびと村で親切にしてもらい、たくさんの食べ物を持ち帰り、苦しかった生活を終りにした話は、代々受け継がれました。それを、作者エーリッヒ・ハイネマンが、地下室で耳にしたという話がこの「たのしいこびと村」なのです。(続く) 

PageTop

人けのない 嵐山

嵐山j
 
 (以下の文を書いた次の日のNEWS映像では、日本人観光客の戻った嵐山が写っていました。)

 人けの少ない嵐山に行けるなんて思ってもみなかったのですが、ともかく、店の多くは閉まり、人けも少なく、45年くらい前に行ったような嵐山を、平日 強盗トラブル キャンペーンの初日に通りました。

 当時は、こんなにお土産物屋もなく、食べるところも高そうなところばかりだったような気がします。が、いつの頃からか、タレントの店が増え、また、いつの頃からか、日本人向けではなさそうな店も増え、レンタル着物・浴衣の店もあり・・・

 お昼に、にしんそばを食べたら、マスクをくれました。
 実は、この沿線で美味しいお店があったので、そこでお昼を食べてからお稽古に行こうと思っていましたが、件の店には、コロナ自粛のため休業中と、張り紙。うーん、これは、もしかしたら、営業再開の日が来るんだろうか?
 それで、お稽古に行ったら、一人の人のご家族が工場野菜を作っていらっしゃるとかで、リーフレタスをいただきました。ホテルや飲食店の休業で、ぎょうさん余っているんやとか・・・*ぎょうさん・・・たくさん

 さてさて、これから、さらにどうなるのやら・・・

☆写真は、京都、嵐山 渡月橋の真ん中で撮りました。人も、車も写っていないなんて!

PageTop

授業

IMG_4418ハマボウj
明日から、オリンピックの名残りの連休ですが、対面授業を実施した大学・専門学校などは、授業数確保のためにお休みではありません。また、テストなども、いわゆる夏休み時期に、実施予定。

 その反対に、前期、一度も顔を合わさなかった授業の大学もありました。オンラインで課題を出し続けたのです。学生たちは、期日を守り、どこかのコピペをしながら、提出した者もいたと思います。反対に、途中で、提出しなくなって、結局、その単位を落とすことになる学生も居ます。いったい、どうした?

 対面授業をしていない大学等は、オンラインの対面を活用したかのように報じられていますが、それは、ほんの一部のこと。教員側の問題も、ネット環境の不整備の問題も・・・
 外国の一部では、これまでもオンライン教育を実施してきたところがあるようですが、そんなところは授業数より、学習到達度を重視してきた流れがあります。だから、飛び級であったり、そのままの学年にとどまる小学生もたくさんいます。(修得主義)
 ところが、授業数消化を重視する日本は(履修主義)、今回のことで、授業数合わせで四苦八苦。

 だから、拙速にオンライン授業を進めるのには、日本には、大きすぎるハードルがあるのです。今の日本では、極端なことを言えば、電源入れれば、履修したことになり、テストを受けるとはいえ、ほぼ進級できるということです。さて、これを教育と言えるのでしょうか?

 ミラノの校長先生が提言していましたね。イタリアで感染拡大が始まったころ。「せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。」とメッセージを送ったそれを思い出すのです。➡➡ 
 こんな時期だからこそ、良質な本を読みなさいという言葉には、教育者として、それまで、教育してきた自信が溢れています。幼いころから修得させてきた教育というもの。・・・・学生たちを信じている。 強いて言えば、人を信じる。
 
 この国のリーダーたちは、目先の動きを好むものの、遠い将来のことなんか、考える人なんかいない・・・と言い切ってしまえるのが悲しい。腰を据えて、将来をしっかり考えられる人間を育てる教育を考えてほしい。

☆写真上は、ハマボウ。写真下は、ハマユウ。・・・・・・おお、一字違い!!

IMG_4420ハマユウj

PageTop

いろいろ いっぱい

いろいろj
(承前)
 さて、「人形の家にすんでいた ネズミ一家のおはなし」(マイケル・ボンド文 エミリー・サットン絵 早川敦子訳 徳間書店)➡➡のエミリー・サットン絵の絵本をもう1冊。
「いろいろ いっぱい  —--ちきゅうのさまざまないきもの」(ニコラ・デイビス文 エミリー・サットン絵 越智典子訳 ゴブリン書房)

 科学の絵本です。
≪ちきゅうには なんしゅるいの いきものが いると おもう? ひとつ、ふたつ、みっつ、 いっぱい!そう、いろいろ いっぱい、いっぱい いるよ! ぞうや どんぐりのき みたいに おおきな いきものの いるし、きのこ みたいに ちいさな いきものも いる。 びせいぶつも、ね。・・・・・≫
 子どもたちは、「いろいろ」とか「いっぱい」という言葉をよく使います、それが、ページが進むにつれ、その具体的な生き物たちが出てくるのですから、面白い。上記の文章は、3シーンの文章ですが、その下には、それぞれのキャプションもついています。そして、最後には、「もう少し詳しいことが知りたい人のために」と、言葉を説明しているところもついています。多くの科学の絵本についています。

 が、いろいろいっぱいとワクワクし、≪すべての いきものが ふくざつに からみあって、ひとつの おおきくて うつくしい もようを おりあげているようだ。≫といいながら、後半
≪ただ、こまったことに、せかいじゅうで にんげんが この もようを こわしている。そのせいで、どうぶつも しょくぶつも いなくなる。・・・・・・(中略)・・・・もしも いろいろ いっぱい いた いきものが、だんだん へっていって・・・・とうとう、ひとつ、になったら。≫で、終わります。

 この「いろいろ いっぱい  —--ちきゅうのさまざまないきもの」は、文章は短く、絵も多いので、つい、幼い人向けの絵本と思いがちな1冊ですが、実は、もっと、まわりが見渡せるようになりはじめる、小学校中学年くらいの子どもたちに手に取ってほしい絵本なのです。
 絵本は、絵の本。字が読めるようになった子の本じゃないと決めてかからないことが大事なことだと思います。

PageTop

くまのパディントン

パディントンjj
(承前)
 「人形の家にすんでいた ネズミ一家のおはなし」(マイケル・ボンド文 エミリー・サットン絵 早川敦子訳 徳間書店)➡➡の作者、マイケル・ボンドは、「くまのパディントン」シリーズ(松岡享子訳ペギー・フォートナム画 福音館)➡➡の作者です。
 ロンドンのパディントン駅で、ブラウンさん一家に出会い、パディントンという名前のクマのお話は、日常の暮らしを幼児の目で見ているのと同じクマの日常を描いています。
 いわゆる、子どもあるあるの話、しかも好奇心旺盛な子どもあるあるの英国版です。たまたま、クマなだけ・・・

 愉快な話の連続ですが、彼の親切心があだになるという展開が多く、「あ~あ」と思いながらも、親切で優しい周りに恵まれ、楽しく生きるパディントンといったところでしょうか。

 が、コロナ自粛で見た映画「パディントン」2作は、パディントンがちょっと知恵のあるクマに描かれていて、原作のイメージとちょっと違っていました。原作のパディントンが賢くないと言っているのではなく、子どもらしい発想じゃなかったような気がしたのです。原作のパディントンの方が、憎めないという感じです。
 加えて、先に書いた「人形の家にすんでいた ネズミ一家のおはなし」(マイケル・ボンド文 エミリー・サットン絵 早川敦子訳 徳間書店)➡➡で、BBCドラマ「ダウントン・アビー」の伯爵家を思い出したのと同じ共通点が!この映画「パディントン」のブラウンさんのお父さん役の俳優さんが、ドラマ「ダウントン・アビー」で、伯爵役していた人と同じ人!たまたまなのですが、コロナ自粛のおかげで、ちょっと広がったビデオ経験の一つです。

☆写真は、ロンドン パディントン駅のパディントン。いつも違う場所にありました。この時は(2014年)、ショッピングセンターの前。2017年に行ったときは、ホームの西端中央付近でしたが…➡➡

PageTop

ネズミ一家のおるすばん

バスコットパークj
 (承前)
「人形の家にすんでいた ネズミ一家のおるすばん」(マイケル・ボンド作 エミリー・サットン絵 早川敦子訳 徳間書店)

 さて、「人形の家」に住んでいたネズミ一家➡➡は、ペックさん夫婦と子ネズミ13匹なのですが、一番上の娘は、なんと!字が読めるのです。そして、それが、事件解決の道につながります。
 ま、それは人形の家の本当の持ち主の伯爵夫妻が留守にしている間に、腹黒い秘書が企んだことを、ネズミたちが解決する展開なのですが、この絵本を見ていると、否が応でも思い出す映像があります。いわば、ここからは絵本に関係があるわけではありません。

 思い出すのは、コロナ自粛で、全部見ることのできたBBCテレビドラマ「ダウントンアビー」です。舞台は、伯爵の邸宅。広大な庭園然り。絵画に囲まれた室内然り。伯爵夫妻がおっとり返ってきた玄関ホール然り。また、太っ腹な伯爵が犬を連れている様子も似てる。それに、伯爵家に住むからか、ネズミ夫妻もシルクハットにお洒落な帽子だし…ともかく、ダウントンアビーにネズミ一家は住んでいたのか?などと考えても、さほど、おかしくないような気がします。
 絵本の絵が描かれたより、このBBCドラマがイギリスで人気を博した時期の方が先ですので、画家のエミリー・サットンが少々意識したとしておかしくないと思います。とはいえ、ダウントン・アビーの視聴者と絵本の対象者は、違いますし、イギリスでは、まだまだこういったお屋敷が残りオープンにしていますから、ドラマも好き、絵本も楽しむといった人には、二倍楽しいことです。

 しかも、もう一つ。コロナ自粛のおかげで見た映画「くまのパディントン」二作にも、この絵本、大いに関係していたのです。はい、絵本もパディントンも作者は、マイケル・ボンドです。マイケル・ボンドは2017年になくなりましたが、その晩年の作品が、この「人形の家に住んでいたネズミ一家」のシリーズだったのです。(続く)

☆写真は、英国 バスコットパーク ファリンドン男爵邸➡➡ 中には、バーンジョーンズのイバラ姫連作の部屋やボッティチェッリ、ロセッティ、ミレイなどなど美術品の所蔵品は見ごたえがあります。ウィリアム・モリスのケルムスコット・マナー➡➡から、そう遠くありません。

PageTop

ネズミ一家のおはなし

ネズミ一家j
 「人形の家にすんでいた ネズミ一家のおはなし」(マイケル・ボンド文 エミリー・サットン絵 早川敦子訳 徳間書店)

 ビアトリクス・ポターの「2ひきのわるいねずみのおはなし」(石井桃子訳 福音館)➡➡も、ネズミと人形の家が舞台ですが、こちらは、お金持ちの伯爵家の人形の家にちゃっかり住んでいるネズミ一家のお話。
 
 ネズミ一家は、伯爵のおうちが解放され、見物人が来ると、姿を隠しますが、ネズミたち自身が人形の家の銀の食器を磨いたり、敷物のほこりをはらったり、ほうきとちりとりで掃除もするわけですから、見物人たちが「こんなに手入れがゆきとどいた人形の家は見たことがない」と、感心して写真を撮るくらいでした。
 ところが、伯爵邸が綺麗に塗り替えされていくと、ネズミたちの人形の家がみすぼらしく見えてきたようなので、ネズミたちは自らの手で、壁紙を手入れしようとするものの、かえって、ひどいことに・・・結果、人形の家から出ていったネズミ一家でしたが、ひどいことになった人形の家は、腕のいい職人たちにリフォームされ、もう一度、彼が住むことに。めでたし、めでたし。

 個人的には、人形の家の断面図が好きです。すみずみまで、遊び心もある絵は、楽しいものです。とはいえ、写真の上に写るのが、「「人形の家にすんでいた ネズミ一家のおはなし」で、下は続編の「人形の家にすんでいたネズミ一家のおるすばん」。リフォーム前と後です。写真だと小さくてよくわからないと思われますが、下の家の部屋の随所にネズミが隠れているのです。何故か?それは…(続く)

 ちなみに、エミリー・サットンの絵本➡➡  ⇒⇒

PageTop

祇園祭

      祇園祭j
 昨今、コロナだけでなく、異常気象かと思われる災害のNEWSも、胸が痛い。加えて、永久凍土が解けるNEWSも、もっと、本気で心配した方がいいと思われる。それに、モンゴルでペスト!というNEWSも、今までになく衝撃的だったし、南極の1ミリにも満たないトビムシ(節足動物)の体内にマイクロプラスチックのNEWS、買い物袋やめたぐらいでは減らないプラスチック製品依存の毎日にタイの象の死骸から大量のプラスチックごみのNEWS・・・・・・あーあ。
 
 先日、2月以来の、古筆のお稽古に行きました。多くてもほんの数人の集まりですが、その日はさらに少なく2人の生徒に、先生。が、窓を開け換気し、マスクをし、夕方の混雑を避け、早めに退出。まじかで先生の筆遣いを体感し、やっぱり、お稽古は、先生の前で、教えてもらわなくちゃ。(とはいえ、上達の近道ではなさそうですが・・・)

 それに、お稽古の前に、久しぶりに京都でお昼を食べましたが、人の少ない四条大橋。祇園祭の提灯がアーケードに飾られてはいたものの、今年の山鉾巡行は中止。
 祇園祭がもともとは疫病流行の平安時代、御霊の怒りを鎮めるために始まったことを考えると、この山鉾巡行中止は、痛いなぁ・・・

 それなのに、強盗キャンペーンとかで、みんな観光に出かけましょうを前倒し計画って?伝統行事を中止にしてまで、今ある命を考えていることを、一体、どうとらえているのだろう。例の小さいマスクの時の愚策も、振り返らずに。
 10万人に何人かという割合ではなく、まずは、一人から感染していった事実を考えれば、何を優先していくかが自ずとわかるはずなのに。

PageTop

モーツアルトのムクドリ

   ウィーン22
「モーツァルトのムクドリー天才を支えたさえずり」(ライアンダ・リン・ハウプト 宇丹貴代実訳 青土社)

 ここでいうムクドリは、日本ではほとんどいないとされるホシムクドリのようですが、農作物を荒らすという理由で、ムクドリは、日本でも害鳥、アメリカ合衆国では、増えすぎで、嫌われもの。が、この鳥は、オウムや九官鳥のように、耳がよく(?)、音の真似もうまいようです。
 
 モーツァルトファンなら、知っていたと思われるエピソードから、つまり、モーツァルトがムクドリをペットとして飼っていて、その子がピアノ協奏曲17番 第3楽章のモチーフをさえずったというエピソードに、著者は迫ろうと、自ら、ムクドリを雛の段階から飼うのです。そして、心を通わせ・・・・というのが、この本の流れです。
 したがって、「モーツァルトのムクドリ」というタイトルは、少々大げさなくらい、半分は、著者の飼育日記でもあります。

 とはいえ、ムクドリが音声模倣のできる種だとよくわかります。
≪鳥のさえずりに関する一般的な説明からかけ離れた、奇抜でありえない音、周辺環境の音をまねるのだ。しかも、どうやら自分の意思で音を選んでいるらしい。音や旋律を教えこもうとしても、ムクドリはそのいくつかを鼻先であしらい、別の音に執着する。不思議なほど聞き分ける能力があり、わたしたちが何を模倣してほしいかなどと、まるで気にしない。≫
≪模倣は、音に対する感性が高いからこそできることで、行動の可塑性と、本能をはるかにしのぐ意識を必要とする。≫ということで、飼育してみてわかる、実際のムクドリが記録されていました。

 さて、この図書館で借りた1冊が、モーツァルトファンが、先に読んだのがわかる箇所がありました。
鉛筆で×を書き、消え入りそうな美しい文字で訂正していました。
≪ピアノ協奏曲ト調をシアトル交響楽団の演奏で聴いた。国際的名ピアニストのイモージェン・クーパーが弾き振りをした演奏だ。≫…ただしくは、ピアノ協奏曲ト長調です。新しい版では訂正されているだろうか?この曲は、この本の主題ですから、先に読んだ人は、この誤植が気持ち悪かったんでしょうね。

☆写真上は、ウィーン 美術史博物館 写真下は、日本のムクドリ

ムクドリj

PageTop

世界でいちばん やかましい音

マーロjj
 さて、ベンジャミン・エルキンの三冊目の絵本、「世界でいちばんやかましい音」(松岡享子訳 太田大八絵 こぐま社)です。これも基本的には、耳で聞いて楽しむ1冊です。【*ストリーテリングのための冊子「おはなしのろうそく10巻」(東京子ども図書館)収録でもあります。】

≪もうずいぶん昔のこと、ガヤガヤの町の人たちは、話すということをせず、口を開けば、わめくか、怒鳴りました。自分たちの町のアヒルは世界中のどこのアヒルよりやかましい声でクワックワッと鳴き、家の戸は大きな音でバタンバタン、おまわりさんは、けたたましい音でピィー。そんな町の人々が歌うのは、こんな歌。
♪とびらを バタンとけっとばせ ゆかを ドシンと ふみならせ 昼間は わめき 夜 たかいびき ガヤガヤ ガヤガヤ♪
そんな中でも、とりわけ やかましいのが まだ6つにもなっていない ギャオギャオという王子様。そんな王子様へのお誕生日の贈り物は?・・・・≫
 
 ちょっとひねっていますので、先の「ねむれない おうさま」(ベンジャミン・エルキン ザ・キャビンカンパニー絵 こみやゆう訳 瑞雲舎)➡➡より、大きい子どもたちと楽しむお話かと思います。

 そして、こちらも、最後は、優しい静かな音。自然の音。
≪ガヤガヤの町のアヒルは、世界中のどこのアヒルよりも、やわらかな声でクワ クワと鳴きました。家の戸は、音を立てずにすっとしまり、おまわりさんは、やさしくそっと笛をふき・・・人々は自分たちのまりが、世界で一番静かで平和だと自慢するようになりました。≫

 このほんの少しの違いのオノマトペでも、伝わるイメージは大きく違います。。例えば、「アヒルがでクワックワッと鳴き」と、「アヒルが柔らかな声でクワクワと鳴き」で、全然違う印象。
 日本語の面白さ、楽しさが、子どもたちに伝わっていきますように。
☆写真は、英国 マーロー テムズ川

PageTop

オノマトペ

ベッドjjj
(承前)
ジェイムズ・ドーハーティ画の翻訳された絵本が3冊だったように、➡➡   ➡➡ 「おしろのばん人とガレスピー」(小宮由訳 大日本図書) ➡➡ の作者ベンジャミン・エルキンの翻訳された絵本も3冊。

「ねむれない おうさま」(ベンジャミン・エルキン ザ・キャビンカンパニー絵 こみやゆう訳 瑞雲舎)は、≪むかし、ひろい うみと たかいやまをいくつもこえたところに、カールおうという おうさま≫の話です。
≪このごろ、カールおうは、ちっとも ねむれません。ひとばんじゅう ベッドの中で、もぞもぞしたり、ふとんを けとばしたりしていました。≫

 そこで、お城の大臣たちは「周りがうるさいから眠れないんじゃないか」と話し合い、
ブルブルやかましい飛行機、ガタゴトさわがしい汽車 ブンブン飛ぶ蜂、、ザワザワなるはっぱを静めるものの、キーキーきすむドアに油をさし、カツカツ響く廊下にカーペットをひき、ブーブーせわしいくるまを止め、クチャクチャうっとうしいチョコレートをとりあげ、ザーザーなる川をせき止め、ピーピーさえずることりを巣から追い出し、チクタクつぶやく時計を止め、ガラガラくずれる積み木を取り上げ・・・・

 が、カール王は、眠れません。
 そのとき、聞こえてきたのは・・・・
 で、カール王は眠るのでしたが、はてさて、カール王というのは?ヒントは、今日の写真。(スイス シャトーデー 「切り紙博物館」)

 このオノマトペ(擬音語 擬態語)を楽しむお話「ねむれないうさま」は、絵本でなく、お話を聴くだけでも楽しめるのではないかと思います。(続く)

PageTop

おしろのばん人とガレスピー

マウス一家3
(承前)
 もう1冊翻訳された、ドーハーティの絵になる絵本(幼年童話)があります。文は、ベンジャミン・エルキンで、翻訳は小宮由 「おしろのばん人とガレスピー」(大日本図書)です。

 らいおんこそ出てきませんが、「アンディとらいおん」(福音館)➡➡や「マウスさん一家とライオン」(ロクリン社)」➡➡のように、生き生きと動く登場人物たちが楽しい一冊です。

 遠い遠いある国に、世界中の誰よりも目がいい三人の兄弟が居て、3人は、お城の番人になりました。王様は、この三人をだませたものには、ダイヤモンドのあしらわれた金メダルを贈る・・・ということで、みんないろんな変装をしてお城に入ろうとしますが、だれ一人できません。そんなとき、えらそうに笑わなくなった3人の番人をだましてやろうと、ガレスピーのしたことは・・・・

 写真は、≪どんなにすごい人でも、だまされないことなんて きっとないんだし、だったら、いつもわらってくらすほうが よっぽどいいとおもった≫3人の番人と、3人をだませてダイヤモンドのあしらわれた金のメダルを胸に下げたガレスピーと、ガレスピーといつも一緒の犬、そして王様が楽しそうにしている最後のページを広げています。

 さて、作者のベンジャミン・エルキンは別の王様の出てくるお話も書いていました。(続く)

PageTop

アンディとライオン

マウス一家4
(承前)
 ジェームズ・ドーハーティの翻訳されている絵本で、文も絵もドーハティなのは、さきの「マウスさん一家とライオン」(安藤紀子訳 ロクリン社)➡➡とこの「アンディとライオン」(村岡花子訳 福音館)です。この絵本については、以前ここでも書いています。➡➡

 「アンディとらいおん」は村岡花子に翻訳されたのが1961年(原作は1938年)という、ロングセラーの1冊です。いわゆるカラフルな絵本ではありませんが、らいおんの本を借りてきて読みふけったアンディが、本当にらいおんと出会うシーンは、生き生きと楽しい。そして、らいおんのとげを抜いてあげたアンディは、らいおんとともだちに。その後、サーカスに戻った らいおんとアンディは再会。旧交を温め、町の行列の先頭を誇らしげに歩くアンディ、うれしそうならいおん・・・という絵本です。

 らいおんとアンディが再会を喜び合って、抱き合って喜んでいるシーンは、見ているこちらも嬉しくなります。特に、昨今、近づいてコミュニケーションしてはいけないというルールがありますから、たとえ、日本人でも、たとえ、日頃ハグの習慣などなくても、このシーンは、喜びの表現として素直に伝わってきます。
 
 ところで、大学などの授業のうち、対面授業を始めたところもあり、久しぶりに再開したときは、学生同士、ハグせんばかりの勢いで、再会の喜びを表現していました。教員としては、「密」はだめなのに・・・と、ぶつぶつ思っていたものの、先日、課題を忘れた、なくしたという学生に、最後通告を出したその授業の終了時、「せんせい、ありました。こんなとこに!」と、妙に折りたたんだそれをもって来た彼女と、思わず「やったね!」とハグしそうに・・・「いかんいかん」と言いながら、マスクの下で、にっこり。よかった・・・これで、全員の提出がそろった。(続く)

☆写真は、「アンディとらいおん」のいわゆる献辞のページ(右)絵本の左に貼ったのは、ニューヨーク図書館のライオンの写真(1999年4月撮影:&Co.T)。ニューヨーク図書館のライオンについては、これまでも書いています。➡➡  ➡➡

PageTop

すきにならずには いられなくなるよ

マウス一家1
マウスさん一家とライオン(ジェイムズ・ドーハーティ作 安藤紀子訳 ロクリン社)

「アンディとライオン」の作者ジェイムズ・ドーハーティの絵本です。版が小さいので、読み物の本かと思いがちですが、絵が多く、文字数もそれ程多くないので、「アンディとライオン」(村岡花子訳 福音館)が楽しめる子どもなら、同じく楽しめます。

 話は「イソップ」のライオンとネズミの話を下敷きにしています。ネズミのピンチを助けたお礼に、ライオンのピンチをネズミが助けるというもの。ただ、ちょっと時代とお国柄を思うのは、ライオンが助かったとき、≪おごそかに国家や賛歌を斉唱しました。≫とある箇所。(1958年作のアメリカ合衆国の作品)
 
 陽気なマウス一家は家族仲良く楽しそうです。
 ライオンも≪「あんなたのしそうな家族には、このところ ずっとあったことがなかったなあ」と、声にだしていい、それから、にこにこしはじめました。ライオンは、だれもみていないところでは、こうして わらうことがあるのです。≫と、優しい気持ちになります。

 この絵本の初めは、人の服を着たマウス一家のたのしそうな様子が、かなりデフォルメされたタッチで描かれてはいるものの、「アンディとライオン」同様、動きのある生き生きと描かれています。そして、ライオンが登場したところから、ああ、「アンディとライオン」の、あのライオンじゃないの?元気だったのね。

 そして、イソップを下敷きにしているものですから、一言あります。
≪「ライオンは ひどくいばるくさって、いやなやつに みえていたけど、しりあってしまえば、ほかのやつらと、ちっともかわらないようだな。すきにならずには いられなくなるよ。」≫

 今、ここを読むと、かの国は、このスピリットがいまだに浸透していなかった現実を考えます。
 ほかのやつらと、ちっともかわらないようだな。すきにならずには いられなくなるよ。(続く)

PageTop

タントニーのブタ

   アントニーj
(承前)
 上の写真は、スイス ロカルノのマドンナ・デル・サッソ教会➡➡で撮った聖アントニーの像の写真です。「黒い兄弟ージョルジョの長い旅」(リザ・テツナー作 酒寄進一訳 福武書店)の足取りをたどって行った教会でした、

 そんなスイス、イタリア語圏の小さな像と、「タントニーのブタ」の話がつながるのですよ。
 
小さすぎるブタのトコは、他のブタのように検査も通らず、聖アントニー施療院のペットになります。
 トコは、それまで、人からひどい仕打ちをうけていたものの、聖アントニーさまのブタになった以上、人は優しく接してくれるようになりました。
≪トコは、いままで人間からひどくされていたことを忘れ、安心し始めた。すべての生きものが、恐れる必要がないとわかれば、いずれはそうなるように。≫

 中でも、≪失せ物を探し出してくれるという聖アントニーさま≫に、なくした人形を探してくれるようお願いに来ていたベッシー・ポニーちゃんは、トコと仲良しに。
 そして、ベーコンになる運命から遠ざかっていたトコも、みんなに可愛がられて、肉付きのいい体に。それでは、困るということで、トコ自身が、元の身体に戻してほしいと聖アントニーにお願いに行くと、絵の中の聖アントニーがいいます。

≪「あなたは、ベッシー・ポニーのお人形を見つけることができませんでした。だから、やっぱり、わたしのすがたも、とりもどせないんでございますね。」と、トコはいった。「何をつまらんことを!」と、聖アントニーはいった。「もちろん、おまえのすがたをとりもどしてやれるさ。やろうと思えば。もっとも、わたしは、パデュアの聖アントニーではないが。」 「だれですって?」トコは聞いた。「もう一人の聖アントニーだ。その方が、失せ物を見つけてくださる聖人なのだ。」 「アントニーさまが、ふたりおいでになるので?」 「ああ、もちろんじゃよ、おまえ。だが、ばかどもは、わたしたちをとりちがえる。わたしのつとめは、おまえのような子ブタを守ることだ。ベッシー・ポニーの人形のような失せ物を見つけるのは、あの方だ。・・・・」≫

・・・というわけで、動物たちの守護者と言われている聖アントニーと、失せ物探しのパデュアの聖アントニーが存在することを、皮肉りながら、人形が見つかり、トコは板のように痩せたままでした。

≪タントニーのブタ!タントニーのブタ!
おまえが市場にきたときは、一文のねうちもなかったさ。
やさしく、かしこい
アントニーさまだけが、タントニーのブタの心をご存じだった。≫

・・・ということで、写真は銘板にパデュアの聖アントニーとあるので、失せ物を探してくださる方のよう。

PageTop

ヒナギク野のマーティン・ピピン

ライ3
(承前)
「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(E.ファージョン文  イザベル&ジョン・モートン=セイル絵 石井桃子訳 岩波)
 これまで、面白おかしかった「ライの町の人魚」でさえも、ちょっとしたメッセージが入っていたことに気づいてみて➡➡、この「ヒナギク野のマーティン・ピピン」の中のお話の寓話性にも着目してみました。

 この本のあとがきで石井桃子が、「ナンセンスと寓話のいりまじったようなもので、他の六つのお話とは、あまり調子がかけはなれ、なぜ、この本にこういうものが、長々とはいってこなければならなかったかを、ふしぎに思います。」と評価しなかった「ニコデマスおじさんとジェイキン坊や」でさえも、今のカ・リ・リ・ロには、結構面白く読めました。確かに全体としては長々と教訓て臭く、蛇足のような位置づけではありますが、一つ一つのお話はとても短く、この短さで、大事なことを伝えようとしたファージョンの老婆心がちょっと楽しく思えました。「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(1937年)はその姉妹版である「リンゴ畑のマーティン・ピピン」(1921年)から、15年以上も経ってできた本だと考えると、ファージョン(1881年~1965年)がまだ伝え足らないことを書いたとも考えられます。カ・リ・リ・ロが、気に入ったのはイタリア人が話した「自分で選んだ重荷は軽い」の話。

 そしてまた、かつて読んだときには、「エルシー・ピドック夢で縄とびをする」や「ウィルミントンの背高男」ほど楽しくなかった「タントニーのブタ」のナンセンスな筋運びも、ちょっと深いところに触れているのかとわかると、やっぱり面白く楽しめました。(続く)

*「ヒナギク野のマーティン・ピピン」は、6つのお話とそれをつなぐ前奏曲、第一~第五間奏曲、後奏曲などで構成されています。
6つのお話は、「トム・コブルーとウーニー」「エルシー・ピドック夢で縄とびをする」「タントニーのブタ」「セルシー・ビルのお話」「ウィルミントンの背高男」「ライの町の人魚」 そのあと、「洗たく物かごのなかの赤んぼう」「ニコデマスおじさんとジェンキン坊やがちえをさがしにゆく」(続く)

☆写真は、英国ルイスの町 ルイス城から、ケーバーン山(「エルシー・ピドック夢で縄とびをする」の舞台)を望む。右端に白亜が見えますが、海には面していません。ケーバーン山自体が主に白亜層でなっています。それゆえ、樹木が少なく、こういう丘(丘陵)をダウンといいます。(撮影:&Co.Ak)

PageTop

ライのマーメイドイン

ライ
(承前)
 なにゆえ、ライに行ったかは、以前、書き➡➡⇒⇒他でも書いているので、「ライの町の人魚」のお話の出ている「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(ファージョン文 イズベル&ジョン・モートン=セイル挿絵 石井桃子・訳 岩波書店)のこと。
 何しろ、30年近く前、友人とイギリスに行ったのは、ファージョン探訪だったし、湖水地方のポター、ランサム探訪でした。そのあとは、サトクリフ探訪、ディケンズ探訪(少し)も加わって、果たして、何回イギリスに行ったか・・・ただ、子育て真っただ中の頃でしたから、多くは3泊か4泊の旅でした。
 
 さて、あの頃は、「ライの町の人魚」の話が興味深く、しかもその名前を冠したホテルがあるという楽しさに夢中でした、今回「ヒナギク野のマーティン・ピピン」全体を読み返すと、他の話にも、以前とは違った視点も生まれて、新鮮な気分で読み返していました。

 「ライの町の人魚」は、ライという海に面し、しかも海岸は、砂地でなく湿地近くの海で暮らす、人魚がウィンチェル嬢が、人の暮らす丘の上の町ライの生活に入っていくというお話です。アンデルセンの人形姫とちょっと似ています。が、大きく違うのは、ハッピーエンドなのです。
 言葉は、田舎言葉で、世間知らず(人の世界知らず)のウィンチェル嬢が、アンデルセンの人魚姫のように、声(言葉)と足(人魚の身体)を交換して、丘に上がるという結末ではなく、何も失うことなく、ライの「マーメイド旅館」で≪男たちを、老いも若きも、うっとりさせるために出かけ≫≪そのとおりのことをやり、今もやってる。≫のです。そして、≪いままでにこの世に生まれた人魚のなかで、ライの町の人魚ほど、その名を知られている人魚はいない。…ウィンチェル嬢は、まったく「天才」だったのだ。≫で、終わります。

 アンデルセンの人魚姫が、つらい思いをして、丘に上がり、悲恋に終わるのと違い、ウィンチェル嬢は、人魚のままで丘に上がります。
≪「もう出かける時間だ。」とセップがいった。「あたし、だいていっていただかなくちゃならないわ。」と、P・ウィンチェル嬢はいった。「あたし、あるけないんだから。」ウィンチェル嬢は、波うちぎわまで、ぱちゃぱちゃはっていって、それからあとは、セプティシマスが嬢をかかえていった。≫
 
 足があろうがなかろうが、田舎言葉であろうがなかろうが、洗練されていようがそうでなかろうが、向上心があり、コミュニケートすることを大事にする人(人魚)であれば、未来は明るい・・・・・

 昔この話を楽しんだときは、明るい気楽なお話の一つとして読んでいたのですが、軽く、単純なように見せて、実は、人生を励ますお話でもあったのが、やっとわかった次第。(続く)

☆写真は、ライのマーメイドイン(人魚亭)の廊下。(撮影:&CO.Ak)

PageTop

地図を見る

ケルト5

(承前)(***この文章を書いていたのは、コロナ自粛真っただ中の頃です。)
 ゆっくり本を読む時間や調べる時間が増えた昨今。図書館や書店が休みでも、自分の本棚の前に立つだけで、読み返したい本の多いこと。くらくらします。
 読書の連鎖は、とどまることを知らず、この度は、サトクリフからファージョンにつながるという嬉しい結果。

 ・・・・と、その前に、やっぱり地図(ROMAN BRITAIN)も見ておかねば…
「ケルトとローマの息子」➡➡の物語の後半の舞台となったロムニー・マーシュ(下の海岸線の緑の印)は、干拓してできた土地、いわば、海岸であり低地であったところとも言えます。だから、歴代、いろんな民族の侵入の場面となる場所です。この地のHPには、ローマ、アングロサクソン、バイキング、ノルマン、スペイン、フランス・・・からの侵略の入り口として、地図や絵などを公開し、その歴史を見ることができます。また、第二次世界大戦時のドイツ軍侵略の計画図ともいえるものも掲載されています。(1940年)それは、この海岸線のほかは、侵入しにくかった場所だとも言えます。

上記地図の右から二つ目の印がドーバーで、ここは大きくは白亜の崖があります。上から見張ることができますし、絶壁です。(もちろん大きな港もありますが)
ドーバー15

また、緑の印の左隣のオレンジの印は、ライで、入江とはいえ、沼地が続き、離れて高台になっています。
この左隣のオレンジの印はヘイスティングスで、白亜の崖も沼地もありませんから、やはり、侵入しやすかったと見え、近くの小高い丘でいわゆるヘイスティングスの戦い(1066年ノルマンディー公ギヨーム2世とイングランド王ハロルド2世)がありました。その隣のオレンジの印はイーストボーンですが、ここから船に乗って、西方向海岸線は、かのセブンシスターズといわれる美しい白亜の崖で、やはり絶壁。
セブン14

 ということで、この大陸と近いドーバー海峡に、面した海岸線のうち、侵入者が狙いやすかった地の一つが、ロムニーマーシュ➡➡だったとわかります。

  蛇足ながら、サトクリフファンなら、ああ、とため息がでそうな海岸線の町の一つ。一番右端のオレンジの印は、ルトピエ(リッチボロー)「ともしびをかかげて」猪熊葉子訳 岩波)そして、もう一つ、一番左端の町、アランデル➡➡。ここはちょっと内陸のように見えますが、当時は、もっと海岸線寄りだったように描かれています。(「運命の騎士」猪熊葉子訳 岩波)
 おまけに、地図の上部、緑の印はロンドニュウム(ロンドン)です。他にも内陸部でサトクリフ関連の地名をたくさん見つけるのは、今や老後の楽しみになりました。とはいえ、老眼には厳しいなぁ・・・(続く)

☆写真の地図は「ROMAN BRITAIN」 MAPです。ドーバーの写真撮影&Co.I.。 セブンシスターズの写真撮影&Co.Ak。

PageTop