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みんなみすべくきたすべく

てんじくねずみのタッペニー

キャラバン1
(承前)
 ピーター・ラビットシリーズ➡➡ ⇒⇒のような小型絵本ではなく、お話も長い挿絵本「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター文・絵 久野暁子訳 福音館)にも、たくさんのネズミさんが出てきます。
  毛が伸びすぎたてんじくねずみのタッペニーが主人公です。ネズミ年ということで探した普通のネズミの本が余りに多く、同じネズミ目とはいえ、ヤマアラシ亜目のてんじくねずみさんは後回しにしようとしていたら、「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)➡➡にもポターの描いたキノコのスケッチなどと一緒に掲載されているので(上記:写真左)、やっぱりこの際、楽しんでみました。

 てんじくねずみといっても、毛が短いのと、毛の長いアビシニアンが、グリーンジンジャーの国のマーマーレードという町に住んでいました。毛の長いアビシニアンの頬ひげに、毛が短いてんじくねずみは憧れています。で、少々、胡散臭い美容研究家が毛が伸びるという新しい特効薬を売り出すと、毛の短いてんじくねずみたちは、歯痛としもやけで悩まされ、短い毛さえも大して生えず、断る勇気もないタッペニーに,一瓶全部、注ぎかけてしまったのです・・・・
 で、毛むくじゃらになってしまったタッペニーは町を逃げ出し、牧草地へと。
 そこで出会ったのが、キャンプをしている奇妙な一行でした。四輪馬車の幌には「アレクサンダー・ウィリアム・サーカス」、幌の反対側には「コビトゾウ!芸をするぶた!ソールズベリーのやまね!本物の毛長いたち!」とありました。
 その一行は、傷心のタッペニーに優しく接し、タッペニーは仲間に入ることに。
「一緒に来るかい、タッペニー。楽しいし、こしょうの実も氷砂糖も、君の分け前をあげるよ。一緒に来て、サーカスの仲間にお入りよ。」みんなが口々に声を上げました。そして、黒ぶたのパディは言います。「今日ここで会えたのは運が良かったね。・・・・」

 この部分、ちょっといいでしょう?仲間に入れてもらう・・・仲間になる・・・子どもたちが、求めていることです。

 そして、サーカスはいろんな場所に行き、いろんな小動物たちと出会い、いろんな話を聞くのです。そんな中、上記写真左にあるサルノコシカケの左の暗い影に潜んでいるのが、当初、タッペニーに優しい言葉をかけた黒豚のパディです。

 行方不明になったパディは、トード・ストゥール Toadstool (Toad:カエル Stool:こしかけ)を食べ、何かにとりつかれたようなのでした。(トード・ストゥール Toadstoolは、毒キノコ一般をさすようです。)ところが、パディが隠れている「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」の絵のキャプションには、サルノコシカケ Bracket fungiとなっています。調べてみると、さるのこしかけ Bracket fungi (Bracket 張り出し棚 fungi 菌類の複数形)の類は、毒のものはほとんどないとありましたから、毒キノコを食べて、精神状態も混乱をきたしているパディが、逃げ込んだ安全な場所を意味するのが、サルノコシカケだったといえるかもしれません。(続く)

☆写真右 黒豚パディが偽物の鼻をつけ、コビトゾウに扮しています。その頭の上に毛むくじゃらのテンジクネズミのタッペニー 

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不要不急の外出(三月末)

2020sakura9.jpg
 上記一部だけ満開の桜の写真を、神奈川に住む妹に送信したら、屋根に雪が積もってるよ・・・との返信。

この町から出ない生活も、およそ1か月。外出自粛(要請)でなく、外出禁止(要請)ということになったら、他国のように、罰金やむち打ちなどの罰則になるんだろうか。

 街の本屋さんで、カミュの「ペスト」(宮崎嶺雄訳 新潮社)は、一人一冊までと書かれていたと、大阪に通勤している娘が言ってました。 マスクじゃあるまいし、そんなにカミュを読む人が居る?・・・と、思いながらも、自分は図書館で、予約待ちしていると、今年の結婚記念日に  夫がプレゼントしてくれたのが、会社近くの書店にあったカミュの「ペスト」。ま、なんと、印象に残る結婚記念日の贈り物だこと。
 とりあえず、予約待ちのなかったデフォーの「ペスト」(平井正穂訳 中公文庫)から読んでみます。

読書と、散歩を兼ねた食材や甘いものの買い物、それに、ブログの作文を書きためる日々。ジムの再開、お習字の再開は、いつとも知れず、大学の授業開始も4月下旬まで伸び、毎日が休日のようになってきたので、今しばらく、土日祝も含め、毎日、ブログUPしていきます。 
 

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永久の平和が存在する場所は、自然をおいて他にはありません。

ダッチェスj
「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)

(承前)
 ビアトリクス・ポターが、キノコの研究とスケッチを続けているときに、一番、心を許したのが、郵便配達夫のチャーリー(チャールズ・マッキントッシュ)でしたが、彼は、ビアトリクスが子どもの頃から夏過ごす家に郵便を配達してくれていた人でした。

 ビアトリクスの日記に、こうあります。
≪鋲のついた半長靴をはいたチャーリーが大股で歩いた後をたどりながっら、水たまりから水たまりへと跳ねてついていくのは、私の楽しみな遊びの一つだった。数学の得意な人ならば、彼が何千マイル歩いたかを計算できたかもしれないが、私には考えも及ばぬことであった。彼の後任の郵便配達夫は、三輪車を持っていたので、足を痛くすることはなっくなったかもしれないが、近代生活や便利な機械というものは、個性とか自然誌研究には縁のないものだ。スコットランドの田舎の郵便配達夫といえば、ほとんど、例外なく何らかの学問に優れている。たぶん、それは長時間にわたる孤独な思索と観察がもたらした結果なのだろう。≫

鋭い指摘です。思索と観察・・・これは、ポター自身が身につけていたものですが、郵便配達夫のチャーリー、のちパースシャーのナチュラリストと呼ばれたチャールズ・マッキントッシュの姿を見ていたのです。同じように、郵便配達夫で思い出す人がいます。宮殿を建てたシュヴァルです。  ➡➡

閑話休題。
ともかく、その論考を共に歩んだのが、当時の英国階級社会では、学問から遠かった郵便配達夫の男性だったところが興味深いことです。そして、下手な専門家や学者より、彼に師事したポターは、彼の死後、こう書きます。
≪50年前、チャーリーは鋭い観察眼を備えた、第一級のフィールドナチュラリストでした。そして、一生の間、学び続ける研究者でもありました。その名前と業績が、生まれ育った土地に記され、称えられることは、彼にとってもっともふさわしいことです。永久の平和が存在する場所は、自然をおいて他にはありません。もし、後世の人々が、老いも若きも、チャーリー・マッキントッシュのように自然を学んでくれたら、素晴らしいことだと思います。≫

☆写真は、『パイがふたつあったおはなし』(石井桃子訳 福音館)犬のダッチェスさんに手紙を届けた郵便配達夫が後ろに描かれていますが、チャーリーでしょうか・・・

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ピーター・ラビットの野帳

きのこj
(承前)
 この際、ビアトリクス・ポターのネズミの絵本だけでなく、もっと、角度を変えても、ポターを見てみたいと思います。
ピーター・ラビットシリーズとは、趣を異にする「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)は、ポターの自然環境保護のルーツや、彼女が描いた菌類の絵と共に、絵本から見たポターと、一味違う彼女の才能に、驚かされます。

 芸術に秀でる人は、優れた五感を持っていると思いますが、彼女は、人並外れた観察眼も持っていたと思われます。しかも、ただ、描いただけでなく、その菌類(主に、きのこ)について、論考し、絵を残しています。

 が、しかし彼女の論文のその後の詳しいことはわかっていず、ロンドンリンネ協会の議事録によれば
≪「ハラタケ属の胞子発生について」と題された、ミス・ヘレン・B・ポターの論文は1897年4月1日読み上げらています。女性だったので、ビアトリクスは自分で発表することもできませんでしたし、会合に出席することもできなかったのです。代わりにジョージ・マッシー氏が読むことを引き受けてくれましたが、当日の発表の中心はシスルトン・ダイヤ―氏でした。ビアトリクスのスケッチが会員の前で紹介されたかは不明で、リンネ協会にも、論文に関する資料は何も残っていません。≫

はあ?ひどい扱いです。
今、この現代の日本でもいまだ、医学部入試差別が厳然と残っていた(いる)ように、女性と学問は、さらに距離があった時代、しかも当時30歳前後の女性の研究でした。当時の学者たちと議論したいものの、相手にされず、のちになってやっと、彼女の論考の正当性が認められていくのです。

 それで、当時のキノコの専門家たちの多くを、リスペクトできなかったポターでしたが、唯一、まともな議論、あるいは、キノコなどの提供のやり取りしていたのが、郵便配達夫のチャーリー(チャールズ・マッキントッシュ)でした。(続く)

☆写真は、「ピーター・ラビットの野帳」の上に、我が家で収穫した「しいたけ」置いています。しいたけの菌床(冬場限定)を買って、暗いところに置いていたら、何回か収穫できるので、冬のお鍋に重宝しました!

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アプリイ・ダプリイ・セシリ・パセリ

セシリ・パセリj
(承前)
ビアトリクス・ポターのわらべ歌の絵本は二冊あるのですが、日本では、馴染みのない英国のわらべ歌中心なので、どうしても、「ピーター・ラビット」などのおはなしの絵本の陰に隠れてしまいがちです。が、ここにも、ネズミさんたちは描かれています。

 写真左に写る二枚のネズミさんが、アプリイ・ダプリイです。「アプリイ・ダプリイのわらべうた」(中川李枝子訳 福音館)
≪アプリイ・ダプリイ、ちっぽけな ちゃいろの ねずみ、だれかさんの おうちの とだなへ おでかけ。
 だれかさんの とだなは なにもかも すてき、ケーキに チーズ ジャムに ビスケット ―――ねずみのすきな ものばかり!≫

写真右上に写るのも「アプリイ・ダプリイのわらべうた」にある、
≪くつのなかに すんでいた おばあさんを しってるでしょう? ほら こどもが おおぜいで どうしていいやら わからなかった。≫のページです。

そして、写真下は、「セシリ・パセリのわらべうた」(中川李枝子訳 福音館)の最後のページの伝承の歌にちなむ なぞなぞ。
≪ニニイ、ナニイ、ネティコート、はいてる しろい ペティコート、おはなは あかい―――ながく たっているほど せが ひくくなるもの なあに?≫
 
 今回、ネズミ年にちなんで、ポターの作品から、ネズミを探していったわけですが、探すと、本当にたくさんのネズミさん。
そして、50年近く前に初めて目にしたこのシリーズは、相変らず、可愛く、楽しい。
加えて、丁寧に見れば見るほど、ポターの絵の奥深さ。単なる挿絵ではなく、もちろん、ちゃんとそこには、自然を愛するスピリットがありました。若い時には、気づかなかった彼女の視点が、やっとこの年になってしっかり味わえます。
 ポターは、「まちねずみジョニーのおはなし」➡➡ のときも「セシリ・パセリのわらべうた」のときも、視力の衰えを気にしていたようです。が、今、同じように視力の衰えたカ・リ・リ・ロにとって、ピーターラビットのシリーズは、今までより、さらに大切な絵本となりました。(続く)

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仕立てと裁断

グロースター12
(承前)
≪ねずみが 3びき すぅわって、糸をつむいでおりました。
ねこが とおって、のぞきこむ。 おまえさんたち、なにしてござる?
ぬっております、紳士のふくを。
わたしもはいり 糸をきるのを 手つだおか?
いえいえ けっこう、おねこさん、あなたのくいきるのは わたしたちのあたま≫

 「グロースターの仕立て屋」(石井桃子訳 福音館)➡➡には、いつくかのわらべ歌がはいっていますが、当初の手書き本では、さらにたくさんのわらべ歌が入っていたようです。ポターはビクトリア朝のわらべ歌が好きだったのです。
 そして、少し、絵を書き直し、私家本で出版をします。これは、大方の予想に反して、よく売れ、ポターを勇気づけます。それで、出版社により、さらに、わらべ歌の部分は削られ、絵も一部削除されたものの、今に至るまで、楽しめる「グロースターの仕立て屋」ができました。1903年のことです。「ピーター・ラビットのおはなし」が1902年、「リスのナトキン」が1903年

 それで、ポターを喜ばせたのが「仕立てと裁断」という業界雑誌に、長くて好意的な書評がでたことでした。
≪仕立てに関して書かれたこれまでになく美しい物語と考えられる。」「この本はわれわれの顔にほほえみを浮かべさせると同時に、目に涙をもたらしたことをうちあけたとしても恥じることはない。」(続く)

*参考:「ビアトリクス・ポターの生涯  ピーター・ラビットを生んだ魔法の歳月ー」(マーガレット・レイン著 猪熊葉子訳 福音館)

☆写真は、英国 グロースター 「グロースターの仕立て屋」のようなお店の二階の展示➡➡

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不要不急の外出(続続続々)

さくら10
 まだまだ衰えを見せない新型コロナですが、ついには、大阪と兵庫の行き来の休日自粛・・・じゃあ、平日、満員電車での通勤・通学は、いいの???家族は――結婚した人たちを含め皆、大阪に通勤してますけど…カ・リ・リ・ロ自身、4月からは大阪に行く新学期が始まるし・・・

 さて、未だ ジムは開館しないし、散歩に読書に、まじめにご飯を作る毎日です。
 お天気のいい朝の散歩で、桜が一本、満開でした。来週は、他もたくさん満開になるでしょう。つぼみも、どんどん膨らんできたし…鳥は鳴き声も春らしく、高らかに・・・鳴き声を聞かないような鳥も、たくさん元気よく・・・
イソヒヨドリj

ハクセキレイj

 まだ、マスクやアルコール消毒は手に入りませんが、何かで紹介された本も、予約でいっぱい、購入なら増刷待ち。
 何の本か?➡➡
 かつて、初めて翻訳されたときは、大きな1冊の本で10000円くらいしたものですから、借りて読んだのです。2年前、ルガーノで、マンゾーニの所縁の教会を見た時以来、この本をもう一度読み返そうと思ったものの、先延ばしにしていたら、「せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。」とメッセージを送ったミラノの校長先生に紹介され、ネットで広がったようです。素晴らしいメッセージですので、検索して読んでみてください。
 この先生は、マンゾーニとボッカッチョを紹介しています。
 マンゾーニは「いいなづけ」で、ボッカッチョは、ペストの時に集まって100話話したという「デカメロン」ですね。
 ≪マンゾーニの「いいなづけ」のペスト描写の発想の有力な一源泉が「デカメロン」第一日目まえがきのペスト描写に由来することは確実である。≫と、「いいなづけ」も「デカメロン」も訳した平川祐弘は、デカメロンの訳注で書いています。
*「いいなづけー17世紀ミラーノの物語」(マンゾーニ 平川祐弘訳 河出文庫)
*「デカメロン」(ボッカチオ 平川祐弘訳 河出文庫:河島英昭訳 講談社文芸文庫:柏熊達生訳 ちくま文庫)

 加えて、カミュの「ペスト」(宮崎 嶺雄訳 新潮文庫)も、予約待ちで、書店になし。中央ヨーロッパに行ったことのある友人によれば、ペストに打ち勝った記念碑が、あちこちで見ることができたそう・・・
 デカメロンの100話全部読んでないし、ペストも読んでない!、うーん、また読む本増えた!長生きしなくちゃ…
オオバンj

キンクロハジロj
☆写真の鳥は、上から「イソヒヨドリ」「ハクセキレイ」「オオバン」「キンクロハジロ」そして、一番下は、「ツグミ」・・・・冬場は、口をつぐんでいるからツグミとか。

ツグミj

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グロースターのネズミ

お皿j
(承前)「グロースターの仕たて屋」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)
 多分、ポターの描くネズミの本の絵の筆頭が、この「グロースターの仕たて屋」だと思っています。ネズミの本以外だとしても、ピーターラビットシリーズの中でも、一番好きな作品かも、と考えていたら、ポター自身も一番気に入っていた作品だとあって、嬉しくなりました。昨日、シリーズ後半の「まちねずみ ジョニーのおはなし」の中での気に入った2枚の絵のことを書きましたが、➡➡、この「グロースターの仕たて屋」の中には、ポターの持てる力を最大限に生かしたと思われる絵が、何枚も入っています。その芸術性の高さは、ここでいうまでもありません。

 この絵本のことは、以前、グロースターに行った時に書いています。➡➡  ⇒⇒  ➡➡
  
 30年近く前、英国湖水地方に行って、ピーター・ラビット他、ベアトリクス・ポターの描く世界を楽しんできたことがありました。が、この「グロースターの仕立て屋」に限っては、舞台が湖水地方じゃないのです。イングランド西部のグロースターという歴史ある町。➡➡➡➡

 仕立て屋さんのお仕事を手伝うのが、ネズミの小さな手という発想が、楽しい。確かに、刺しゅうや他、細かい伝統工芸などの手仕事を見ると、本当にこれって人の手でされたもの?と思うことが多々ありますから。
 それに、もう一つこの本で楽しいのは、いつもは偉そうな猫が、悔い改めているところ。先日のネコ巻ダンゴ➡➡にしても、どうも、ポターは、ネズミを贔屓気味のような気がします。(続く)

☆写真の「グロースターの仕立て屋」の絵本には、ネズミたちが ポターのヒルトップの屋敷に実際にあったカップなどを背景に描かれています。特に、写真下右に描かれた、青いシノワズリーのシュガーポットは、イギリスではよく見かける陶器です。カ・リ・リ・ロも一時期、この青い食器を好んで集めていた時期がありました。アンティークというほどのものではなく、プリントされたものですが・・・

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2ひきのわるいねずみのおはなし

ぽたー4
(承前)
「2ひきのわるいねずみのおはなし」(ビアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)
ポターの描く小動物たちは、それぞれの生態に沿って動いていて、人間にとって都合の悪いことも、彼らには。自然な動きであることがわかります。
 2ひきの「わるい」ねずみが、散らかしてしまったのも、話を読むと納得するし、人形たちは、なすすべもないのも自明のこと。
 警備に警察官のお人形を置いても、それは、単にお飾りにすぎないのは、ネズミの奥さん(ハンカ・マンカ)が、ネズミの赤ちゃんを抱いて、「ほれ!見てご覧。あれが、警察官のお人形だよ」と、見物に行っている絵で、その皮肉とユーモアに気づきます。

 が、彼等は、底意地の悪い悪者でないことを示すのが、ハンカ・マンカは、掃除に行く・・・などの、行動から、読み取れます。
 ここが、擬人化をしていても、人間の性質そのものを真似ているわけでないところだと思います。
 だから、ポターの作品を読んだ後は、結局、そんな悪い人(動物)いなかったやん。という気持ちになるのではないかと思います。何故なら、彼等は、動物の生態に沿って、動いていたから、当然よね…と、読み手を納得させるのだと思います.。当然ながら生きるか死ぬかという場面も、多いのですから。

 同じように、ポターより少し後にアリソン・アトリーという作家が居て、この人はポターのように絵も文もというわけではありませんが、イギリスの自然を細かく描き、小動物を扱ったお話を、ポターより、はるかに多くを残しました。
 実は、このアリソン・アトリーの作品で、ネズミを扱ったものから、作文していたのですが、ポターを読み返すと、ポターの作品の力を感じ、自然環境問題が身近に迫っている昨今、ポターの描く、真の自然・その生態に、改めて恐れ入ったという敬意をこめて、ポター作品とその周りから先に紹介している次第。(続く)

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やれやれ、あたたかい おちゃを いただいたのでした。

まちねずみ2
(承前)
ポターの描いた「まちねずみジョニーのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)➡➡は、タイトルにこそ、田舎ネズミと出てきませんが、イソップ寓話を題材とした、田舎ネズミと町ネズミの絵本は、ほかにも何冊かあります。

例えば、写真上(大きい方の絵本)「まちのねずみといなかのねずみ」(ポール・ガルトン絵 木島始訳 童話館)と、写真下(大きい方の絵本)「とかいのネズミといなかのネズミ」(ケイト・サマーズ文 マギー・ニーン絵 まつかわまゆみ訳 評論社)***それぞれの写真にはポターの「まちねずみジョニーのおはなし」と「2ひきのわるいねずみのおはなし」も、写っています。

それぞれの絵本で、都会のネズミが田舎でごちそうになるのが、
≪いなかの こやにある いちばん おいしい チーズや ベーコン、とれたばかりの こむぎや とうもろこしを ならべました。のみものはというと、それは、いずみから くんできた たいへん きよらかな 水でした。≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪キャベツスープ クリのしおづけ 木のみいりパイ パン たねいりケーキ あたたかいアップルパイ プラムのおだんご≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

今度は、田舎ネズミが町で食べたものというのが、
≪クリームあり、ジェリーあり、ケーキあり、あらゆる あっさりした ごちそうが いっぱいでした。チーズは、とびきり おいしいパルメザンチーズです。二ひきは、さいこうの シャンパンで、ほおひげを しめらせました。けれど、すてきな ごはんを、はんぶんも たべおわらないうちに いぬが ほえたり ひっかいたりする おとがして、二ひきとも どきっとしました。…≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪ティリーは 目を みはりました。 すごーい!ウィーンふうのチョコレートケーキ カスタードクリームいりのかしパン おにくの つまった ミートパイ あまい ビスケット イチゴジャムのつぼ タルトを ならべた おさら 大きな かたまりの チーズ!「さあ、じゃんじゃん たべましょうよ」と、ミリー。ところが、2ひきが ひと口も あじわわないうちに ネコが やってきました。いすに とびのって・・・≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

はてさて、どちらのごちそうが、好みか、個人でそれぞれそれぞれあるとは思いますが、
各絵本で、田舎ネズミが、最後にこういいます。
≪あんしんがなくっちゃ、じょうひんさなんて なんだ? ものが いっぱい あったって、どきどき どきどきしながらじゃ なんのやくに たつんだい?・・・・・(中略)・・・・やっとのことで こやに たどりつくと、そのまま、すやすやと ねむれる やすらかさを とりもどしたのでした。≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪・・・でも、いなかの わたしの いえでは、あんしんして ごはんが 食べられるの!・・・・(中略)・・・・ティリーは いなかに とんでかえり、ソファーに くつろいで、やれやれ、あたたかい おちゃを いただいたのでした。≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

 さて、次のポターのネズミの絵本は、下の写真左の、人形の家で奮闘している「2ひきのわるいねずみのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)です。(続く) 

まちねずみ3

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不要不急の外出(続々)

源平j
平日の不要不急の外出は、主に、甘いもの探しですが、休日(夫が休みの日)の不要不急の外は、近所周りの散歩です。花がたくさん咲いていて、今が、まだ3月中旬だということを忘れそうです。

ベニバナj
 特に、ベニバナトキワマンサクの写真は、かつて2012年4月中旬にUPしていますから、➡➡ 一か月も早いことになります。うーむ。

ユキヤナギj
 それに、不要不急の外出のできない、夫の在宅の時は、家族の若いもんに教えてもらったWEBの映画を、テレビの画面で見ることもしています。夫の会員カード(夫は音楽のために購入したようです)なので、夫の接続を待って見ています。65歳以上は、感染したらリスキーという情報もあり、二人ともジムに行けないこともあって、仲良く(!)同じ画面を鑑賞しています。映画の趣味が、まったく合わない夫婦ではありますが、今のところ、カ・リ・リ・ロの趣味を押し付けて見ていますので、名画再鑑賞といった感じです。

☆写真は、上から、源平咲きの梅、ベニバナトキワマンサク、ユキヤナギ、菜の花(の類)
菜の花j

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不要不急の外出(続)

さくらんぼj
 この辺りに引っ越してきた頃、ぐるっと一回りし、ケーキを買い、パンを買い、ハムを買い、クッキーを買い、お豆腐を買い、お花を買い・・・したら、財布の中が、えらいことになっていたのを、今思い出します。

 ジムが休みで、不要不急の外出の自粛気分転換は、ぐるっと一回りのお菓子にしか向きません。
 美味しいクッキー、美味しいアップルパイ、美味しいフィナンシェ、美味しいアップフェル シュトルーデル、美味しいカヌレ、美味しいバームクーヘン、辛いシナモンクッキー(これは、家族がすきなだけ)、美味しいマドレーヌ、美味しいショートケーキ、美味しいシュークリーム、美味しいバターケーキ、美味しいイチゴムース・・・・まだまだ、あるぞ。

 とはいえ、本を読んで、調べて、書いて、読んでもらえてるとも思えないけど、ずいぶん先まで書きためて・・・という生活でもあります。4月から、大学は始まるんだろうか?

 それにしても、今頃の、パンデミック宣言。
 それにしても、東京には、ライブハウスないのか?

☆写真上は、それにしても早いサクランボの木。写真下は、手前、辛夷 (こぶし)。奥、満開の白木蓮 (はくもくれん)。写真一番下は、紅辛夷(べにこぶし)
それにしても、この辺り、暖かいまま花の早い春になります。
アフリカからは、まさか飛んでこないだろうと、自分勝手に考えているバッタの大群が、草を喰いつくし、また、そのうち、森林火災が起こって、木がなくなって、二酸化炭素が・・・・あーあ、やっぱり、甘いもの のことだけ考えよう。が、さっき、行列のできるケーキ屋さんの前を通ったら、平日でも、長い列。みんな考えることは同じ・・・

こぶしj
紅辛夷jj

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まちねずみジョニーのおはなし

ぽたー3
(承前)
 「まちねずみジョニーのおはなし」(ビアトリクス・ポター作・絵 石井桃子訳 福音館)は、「影にいるイソップへ」と、イソップに捧げられているように、テーマは、イソップ寓話と同じです。

 まちねずみのジョニーと農家の野菜畑で生まれたチミー・ウィリーの話です。チミーが、野菜かごで眠り込んでいたところを、馬車で運ばれ、逃げ込んだところが町ネズミたちのパーティー(お料理が8種類も出るような、立派なパーティー)。猫もそばでごそごそするような居心地の悪さは、農場生まれのチミーを すぐに、静かな自分の巣に帰りたい気持ちにさせ、次の野菜かごを返す日に、戻って行きます。冬が過ぎたころ、今度は、町ネズミがやってきて・・・

 この町の舞台になったのが、湖水地方のホークスヘッドという町(村?)。ここには、30年近く前に行ったことがあります。確かに農場が広がっているというのではありませんが、日本の我々の思う町という感じからは、少々違って、田舎の小さな集落という感じでした。ポターの住んでいたヒルトップから、そんなに遠くないところでしたから、野菜は新鮮なまま届いたと思います。

 この「まちねずみジョニーのおはなし」以降、絵本では、「セシリ・パセリのわらべた」(なかがわりえこ訳 福音館)➡➡、絵本で長編の「こぶたのロビンソンのおはなし」(まさきるりこ訳 福音館)、挿絵本の長編「妖精のキャラバン」(久野暁子訳 福音館)の出版がありますが、これらは、それ以前から、書き進めていたものであったようで、実質は、この「まちねずみのジョニー」が、ポターを取り巻く小動物たちの小さなお話絵本としては、最後のもののようです。

 ポターは、この本を作るときに、「視力の衰え」を嘆いていたようですが、野菜かごの中、豆のベッドで、ぐっすり寝込んでいるチミーの絵(上の写真の下の絵)、チミーが「いなかに住むほうが好きです」という最後のページの、いちごを食べてるチミーの絵(上の写真の上の絵)。これらは、ピータ・ラビットシリーズの中でも、好きな2枚です。田舎の小さな生き物への愛が感じられます。

この絵本が出版された当時の書評では、
≪挿絵は、ミス・ポターの最高傑作の一つである。・・・・ミス・ポターは、ライバルを思いわずらう必要はない。彼女に匹敵する者はいないからだ。『まちねずみジョニー』は、彼女ほどに完成された著者・画家としての名声を、また一段高めることになった。≫
*「ビアトリクス・ポター  描き、語り、田園をいつくしんだ人」(ジュディ・テイラー著 吉田新一訳 福音館) (続く)
 

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マグレガーさんと バルナバス・ニクヤ船長

こぶたのロビンソンのj
(承前)
 ところが、ポターのピーター・ラビットシリーズにたまに出てくる人間の名前は、ちょっと苦労もあったようです。

 ポター自身が、ピーターが生まれてから、その人気に至るまでのことを思いかえす手紙の中にあります。
≪・・・・とりわけ名前なんかは、もうあたりまえのように決まったんです!〈マグレガー〉という名のお百姓の知り合いは、私には一人もいませんでした。髭をはやした園芸家のなかには、この愛称に憤慨した人もあったようですが、どこからそんな愛称が生まれたのか、自分でもわかりません。……(中略)・・・・どこにもさしさわりのない名前を見つけたり、考えだしたりするのは、とても大変です。作中人物のなかには、現実を軽く風刺したり戯画化したものが多少ありますが、〈マグレガーさん〉はちがいます。…≫「ビアトリクス・ポター   描き、語り、田園をいつくしんだ人」(ジュディ・テイラー著 吉田新一訳 福音館)

 ポターにとって、あたりまえのように決まる名前も、人間だと、その後がなかなか大変だったようですね。だからなのか、シリーズに人物登場は、ほとんどない。
 人間で、名前のついているのは、先のマグレガーさんと、「ティギーおばさんのおはなし」(石井桃子訳 福音館)に出てくる、お人形みたいな女の子ルーシーと、「2ひきのわるいねずみのおはなし」(石井桃子訳 福音館)の最後に出てくる農家のバレイショさん。

 が、しかし、最後の出版になった長編「こぶたのロビンソンのおはなし」(まさきるりこ訳 福音館)に、今までに比べたくさん出てくる人たちには、名前があります。
 年取った漁師のサムと奥さんのベッツィおかみさん、家政婦さんのミス・ローズ、お年寄りのパぺリルさん、パーキンズ奥さんと女の子のサラ・ポリー、バルナバス・ニクヤ船長などなど。

 うーん、結構、お年寄りが多く名付けられているところを見ると、ポター自身(1866~1943)も、1930年版の「こぶたのロビンソンのおはなし」においては、吹っ切れてきたのかな…(続く)

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のねずみチュウチュウおくさんのおはなし

ぽたー2
(承前)
 ビアトリクス・ポターの描く小動物たちには、たいてい、一人前(失礼!)の名前がついていて、それが、また、リズミカルな愉快なものが多い。
 昨日の「ひげのサムエルのおはなし」➡➡で、サムエルの奥さんの名前は、アナ・マライア。猫のお母さんは、タビタ・トウィチットさんで、子どもは、トムにモペットに、ミトン。それにお客のリビーおばさん。
 「ジンジャーとピクルズやのおはなし」(石井桃子訳 福音館)で、お店を引き継いだのは、ニワトリのヘニーペニーさん。
 「こぶたのピグリン・ブランドのおはなし」(まさきるりこ訳 福音館)には、ピグリンとピグウィッグに加え、ペティトーおばさんに8ひきのこぶた女の子の名前は、ブツクサとチュクチュク、キュウキュとブチ。ピグリン・ブランド以外の男の子の名前は、アレクサンダーに、トントンとシリキレシッポ。「カルアシ・チミーのおはなし」(石井桃子訳 福音館)は、チミーとカアチャン。それに、チピー・ハッキー。それから、それから、あひるのジマイマやリスのナトキンなどなど・・・
 ネズミの絵本では、「2ひきのわるいねずみのおはなし」(石井桃子訳 福音館)の、トム・サムと奥さんのハンカ・マンカ。
 「フロプシーのこどもたち」(石井桃子訳 福音館)に至っては、つまり、ピーターの姉妹のフロプシーと結婚した従兄のベンジャミン・バニーの子どもたちで、ピーターの甥や姪・・・名前をいちいち覚えていない!!(と、表現されています。)が、本文の重要な役回りの野ネズミの名前がトマシナ・チュウチュウ。
 そして、この野ネズミが、その功労の結果(?)「のねずみチュウチュウおくさんのおはなし」(石井桃子訳 福音館)では、主人公!そこに出てくる まるはなばちはバビティ・バンプル、かえるはジャクソンさん・・・

 ともあれ、野ネズミのチュウチュウおくさんは、家ネズミよりずっと 綺麗好きで、やかましやさん。
ごみむし、赤いマントを着たてんとうむしのおばあさん、大きな太ったくも・・・・いろんなお客(呼びもしないのに…)がやって来るたびに、追い払います。

 が、カエルのジャクソンさんは、なかなか帰ろうとしないので、とうとう、「ごはんをあがっていらっしゃい」と言わなければならないチュウチュウおくさん。戸棚をあさるジャクソンさんが床につけたぬれた足跡を拭いて歩くチュウチュウおくさん。家じゅう、散らかってしまって、悲嘆にくれて寝るも、次の朝早く、起きたら「春の大掃除」をはじめ、2週間頑張ったチュウチュウおくさん。5ひきのネズミのお友達を読んでお茶の会をするチュウチュウおくさん。そのお茶会に呼ばれず、入ることもできなかったジャクソンさんにも、最後はどんぐりのコップに、草の茎からとった甘い水をあげたチュウチュウおくさん。
(ジャクソンさんは「さて、やれやれ チュウチュウおくさん!あなたのごけんこうをいわって いただきます!」)

 こまごまと神経質でやかまし屋さんとはいえ、ちゃーんと、気配りもできるチュウチュウおくさん。ただの嫌なおばさんで終わらないところが、ポターの作品の魅力です。小動物への愛を感じます。
 ここに、人間は一人も出てこず、いろんな昆虫が出てくるのも、ポターの自然への愛だと思います。(続く)

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紙は美味しいのか

ヒルトップ11
(承前)
 ポターの描く動物たちは、擬人化といえども、本来の生態に限りなく近く、人間さまの心理状況ではないのが、魅力だと思います。が、描かれる小動物たちの行動は、人間さまの行動に似ている部分もあって、ポターの鋭い観察力と想像力をもってすれば、楽しい物語展開になっていくのだと思います。

 「ビアトリクス・ポター   描き、語り、田園をいつくしんだ人」(ジュディ・テイラー著 吉田新一訳 福音館)「ビアトリクス・ポターの生涯  ピーター・ラビットを生んだ魔法の歳月ー」(マーガレット・レイン著 猪熊葉子訳 福音館)に、引用されている数々の手紙の中に、「ひげのサムエルのおはなし」➡➡につながるエピソードが書かれています。

≪私が書斎の暖炉の前でしずかに本を読んでいたら、なにかが前の廊下をぴたぱた歩く音がして、それから、書斎のドアの外側をひっかく音がきこえてきたのです。子犬か子ネコだと思って、知らんぷりをしてました。ところが、翌朝になってわかりました。サムエルが家に入りこんでいたのです!・・・・・(中略)・・・・・ドアの下を無理やり通って。まったく変なものを盗んでいくんです!私が写真の仕事に使っていた大きな食器棚というか戸棚というか、あったでしょう?あれの内側に、きれいな緑色と金色の紙がはってあるのですが、それをサムエルは、立ち上がった背の高さで、ぐるっとみんなちぎってはがしてしまいました。小さな歯のあとが、くっきるとついています。ちぎれた屑もみんな持ち去っていて、ないんです。いったいなにに使うっていうんでしょう?細君のアナ・マライアも手伝いにきてたにちがいないんです!ただふしぎなのは、おなじ戸棚に糊の刷毛がのっていたのに、それはもっていかなかったってことです。≫(吉田新一訳)

「ひげのサムエルのおはなし」は、ポターが、ヒルトップ農場を買ってすぐ、家の中をねずみがわがもの顔に走りまわっているのを知ってただちに出来上がったもののようで、まずは、猫を飼い、ネズミを撃退したかのようにみえたのに、サムエルは、ときどき舞い戻ってきたことを、手紙に書いているのです。

 え?サムエルが、緑色と金色の紙を持ち去ったのは、サムエルの家の壁紙に使用したの?
 ポターは、糊の刷毛のこと心配してますからね。
 単に、紙についていた糊がおいしかっただけじゃないの????(続く)

「ひげのサムエルのおはなし」(ビアトリクス・ポター作・絵 いしいももこ訳 福音館)
☆写真は、1992年に湖水地方に行ったときのヒルトップ農場の案内と入場切符。

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ひげのサムエルのおはなし

ぽたー1
 
 このブログでも何度か紹介している➡➡   ➡➡
ピーター・ラビットでお馴染みのビアトリクス・ポターの描く小動物は、デフォルメされた いわゆる「かわいい!」というような動物ではありません。

 彼女が、小動物やその周りの自然を観察し続けた(共にあり続けた)結果の画です。したがって、擬人化された小動物たちは、服こそ着ていますが、彼らの動物の生態を明確に見せてくれているという面があります。もちろん、動物図鑑ではありませんから、生態を踏まえたおはなしの世界です。

 しかも、日本の子どもにとっても、ピーター・ラビットのシリーズ全24冊が石井桃子訳まさきるりこ訳であったことは、なんと、幸せなことでしょう。声に出して読んでもらってこそ、楽しめるのが、子どもの本です。絵本だからです。ちなみ、シリーズ全ての訳が出ているのは、日本だけとか。

 さて、シリーズの中で、ネズミがいろんなシーンで登場しますが、ネズミが重要な役割を果たしているのも何冊かあります。ちなみに昨年は、猫が出てくるものを紹介しました。➡➡ ➡➡ ➡➡

 まず、「ひげのサムエルのおはなし」(ビアトリクス・ポター作・絵 いしいももこ訳 福音館
 ≪ねこまきだんご≫という、一度聴いたら、忘れられない言葉。
 大きな大きなネズミなら、小さな子猫のことを、≪ねこまきだんご≫にしてしまいかねない、可笑しさ。
 それに、忘れられないのが、≪ねこまきだんご≫にされかかったトムは、生涯ネズミが怖かったという結末と、他のきょうだいふたりモペットとミトンは、ネズミ捕りの名人になり、ネズミ捕りの稼ぎで、安楽にくらすことができ、捕まえたネズミのしっぽはコレクションしていたというシビアな結末。
また、酷いことをするひげのサムエル夫妻にしても、何故か、憎めない。最後は、引っ越し先のバレイショさんの納屋で、子孫繁栄の結末。
 自然界って、そんなもんよ、さもありなんと、思わせるリアリティが、ポターの作品にはあります。
 
 このおはなしが1908年に初めて出版された時は、「ねこまきだんご」という題で、大きな版型で出され、1926年にタイトルを変え、今の大きさに替えられたそうです。(続く)

☆写真は、1970年代発行の福音館「ひげのサムエルのおはなし」と「愛蔵版 ピーターラビット全おはなし集(いしいももこ・まさきるりこ・なかがわりえこ訳 福音館1994年発行)後者の印刷は、ずいぶんきれいなものになっています。
 右:ひげのサムエルが階段の踊り場で麺棒を転がしている絵ですが、かつて、湖水地方のポターの家に行ったとき、まったくこの様子に変わりがなかったことに感激したのを思い出します。(写真は、残念ながら、フィルムカメラでした。)

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超高級魚

いかなごj
 凝りもせず、高級魚というより、チョー高級魚の列に並んでしまい、買ってしまい、作ってしまいましたら、大阪湾での漁は、過去最短で打ち切られ、今回、手に入れたこのイカナゴの播磨灘漁も、近日中に打ち切られるNEWS。

 年々、獲れなくなって、すでに高値だったものの、➡➡、今年は、半端な値段ではありませんでしたし、別の店では、入荷もしていませんでした。

  以前は、6キロ以上作ったこともあったし、英国に行っていた娘に送ったこともあったし、日持ちするので、各自、大きめの容器に入れ、配ったことも・・・・

 瀬戸内海の海水がきれいになって、餌のプランクトンが少なくなったのが漁獲減の原因らしく、来年のために、今年は、すぐに打ち切ったらしいものの、瀬戸内のイカナゴのくぎ煮を作る最後の世代のような気がします。

☆、写真は、漁解禁早々でも、すでに、いつもより大きくなっていたイカナゴ。もっと、小さい方がよかったなぁと、ぜいたくなことを思いつつ、食べてみたら、やっぱり、美味しい。

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不要不急の外出

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  小中高校が休校、イベントが中止なども含め、不要不急の外出を控える事態。小中高校生のいるご家庭は、急なことで、大変だと思うし、教育現場の混乱は想像に難くない。免疫力UPにつながる数々の楽しみにも制限。夫の海外出張も中止になり、ジムも休みになり、小さな勉強会さえ、次はいつのことやら・・・
 とはいえ、たまには家を片付けよう、本をもっと読もうなど、プラスにも考えよう。
 もともと、毎日、買い物だけに出かける習慣がないけど、花を愛でながら、遠回りして出掛けよう。花より団子なら、美味しいものを手に入れ、家で、マスクをとって食べよう。

 というわけで、カ・リ・リ・ロの住む小さな町と、それに隣接する市には、ケーキ屋さんとパン屋さんが多いのは、ラッキー!
 ブリオッシュならこの店、フランスパンならこの店、ドイツパンならこの店、おかずの入ったパンならこの店、無添加パンならこの店などと、ぜいたくなこと。
 ・・・で、いつもは、10時開店前に人が並び、お昼までに、ケーキが売り切れている小さなケーキ屋さんも、こんな時期なら、電車に乗ってまでこないだろうなどと、偏った考えで、ケーキを買いに行き、11時過ぎに、のぞいて見ると、もうほとんどないやん!そうか…車で買いに来るという方法があったか・・・最近、車に乗っていないので、ぴんと来なかった あさはかさ。

 とはいうものの、やっぱ、ケーキでしょ、と、有名ケーキ店の隣というなかなかの立地の小さなケーキ屋さんで、ストロベリーショートケーキを買って、帰りました。

 いわゆる不要不急のことこそが、免疫力の源?
 果たして収束する日が来るんだろうか?

☆写真下は、アップルパイを母親と作ることに凝っていた孫のアップルパイ。紅玉リンゴが手に入りにくくなった今は、「ぼくのぱん わたしのぱん」(神沢利子文 林明子絵 福音館)に影響を受けて、パンを作っているようです。
アップルパイ 45

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国境なく

おりがみ45
 昨夏、スイス、ジュネーブ空港から イギリス ヒースロー空港を乗り継いで、帰国したのですが、そのヒースロー便で隣り合わせた若い女性と赤ちゃん。首はすわっているもの、まだまだ小さい女の赤ちゃんでした。
 多くの赤ちゃん連れは、外出先では、哺乳瓶でミルクを与えることが多い中、彼女は、隣の席で、母乳をあげていました。そして、赤ちゃんにげっぷをさせ、満足そうな赤ちゃんを抱き、顔を見て、お互い、微笑む・・・おお、教科書通り。これを、社会的微笑といいます。

 おもわず、こちらもにっこり、「かわいい赤ちゃんですね」    
 でしょ?とばかりに「サンキュウ」
首がすわっていたので、「生まれて4か月?」と聞くと、「いえいえ、まだ3か月。とても大きいの。」との答えが返ってきました。
 それで、「この赤ちゃんはスイスの女の子?」と聞いてみると「いえ、フランスの子よ」とお返事。
 「ジュネーブに近い、フランスの夫の実家で生まれたの」
 「今から、どこに行くの?」と聞くと、「ヒースローで乗り換えて、ニューヨークの友達に会って、そのあと、親のいるメキシコに、この子を見てもらいに行くのよ」・・・・・「リアリー!?」と驚くと、
「しばらく、親のところにいたら、今度は、プーケットに戻って、先に戻っているこの子のパパと一緒に暮らすのよ」 ん????????
  パパは、フランス人で、休暇でジュネーブ近くに戻り、出産に立ち会い、仕事はプーケットなんだって!
 
 で、フライトの間、授乳のほか、ガラガラのおもちゃであやしたり、言葉かけや、小声で歌ったり。一人で大変そうなときは、この日本のばあばが、リュックから必要なものを取り出してあげたり、その赤ちゃん(名前も聞いたけど、忘れてしまった)を、抱かせてもらったり・・・
 ともかく、準備万端、授乳もちゃんとしているのを見て、「あなたは、とてもいいママね」というと、
「人工のミルクは嫌なので、母乳をあげているんだけど、とても楽しい。」
 カ・リ・リ・ロ自身も、3人の子どもは母乳で育てたので、そのことを伝え、「エンジョイ!」と微笑みを交わしました。  
*多分、このような会話でしたが、相手が英語ネィティブでなかったのが幸いし、大体のコミュニケーションができたかも・・・です。
 
・・・・・何故、こんなこと急に思い出したかというと、近隣だけでなく、世界中に広がる新型コロナウィルスの感染経路やその拡大を見ていると、今や、国境なく、スピィーディに動いている人たちが、たくさんいるということが、よくわかります。上記の、若いお母さんのように。
おひなさまj

 さらに、蛇足ながら、イタリアで封鎖された地域 ロンバルディア州の北部は、最近2年続けて訪れたスイスと湖(マッジョーレ湖➡➡、ルガーノ湖➡➡)で接する地域です。(ただし、ロンバルディア州でも封鎖されたのはミラノに近い州の南東部のようです)
 このあたりから、湖の北側スイスは、「黒い兄弟ージョルジョの長い旅」(リザ・テツナー作 酒寄進一訳 福武書店) ➡➡の舞台にもなった地域です。話の中で、子どもたちのミラノからの逃避行さえ可能な地域ですから、人の行き来も多く、コロナウィルスのさらなる拡散も時間の問題かもしれません。

 そして、このスイス南部(イタリア語圏です)から、国際オリンピック委員会(IOC)のある、スイス レマン湖 ローザンヌまでは、思いのほか、近いのです。そしてまた、世界保健機関(WHO)のあるジュネーブは、そのローザンヌから とても近い。はて、さて、さて・・

おひなさま (2)70

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春の訪れ

ゆきやなぎ
 この辺りの春の訪れの一つは、イカナゴのくぎ煮。
 2020年のイカナゴ領解禁は、2月29日でした。毎年、稚魚の成長を見て、いつ、漁解禁にするか決めているようです。予想では、初めから、漁獲量は少なく、とても、高値になった昨年並みでした。

 が、実際には、新聞によると、29日、明石の漁港では、夜明け前に出漁したものの、漁獲ゼロ!少ないではなく、まったくとれない。
 また、ネット情報なら、微量ながら、取れた漁港もあるようで、長蛇の列のお客さんが押し寄せている画像。うーん、今週、手に入れることができたにしても、高値だろうねぇ。

 海水温の上昇や、水質がきれいになりすぎたことによるイカナゴへの影響など、いろいろ言われていますが、ともかくも、ご近所の家々から、イカナゴを作るときのお醤油とお砂糖の匂いが漂うことも減っていきます。

 雪も降らなかった、水も凍らなかった、梅も早かった、イカナゴも・・・そして、桜も・・・

☆写真上は、雨上がりの公園のユキヤナギ。写真下は、ご近所のおうちの桃(?)にメジロ。どこにいるか見えますか?メジロはちょこちょこ動くし、こちらは、目が悪くなって、しかも、動作も鈍いので、鳥のいい写真は撮れません。鶯なんて、もっと保護色だし、たいてい一羽で来ているし、梅に鶯なんて、難しい。が、さっき、まだ下手な鳴き方の鶯の声、今年初めて、聞きました。
桃にめじろ

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