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みんなみすべくきたすべく

恐竜の時代

    恐竜2
(承前)
「とりになったきょうりゅうのはなし  改訂版」(大島英太郎さく 福音館)➡➡を描いた大島英太郎の紹介文には、≪1961年生まれ、子どもの頃から自宅に近い渡良瀬遊園池に通って、野鳥の観察を続けてきた。また、恐竜に関する質問状を、国立科学博物館の研究者に送ったのがきっかけで、恐竜にも関心を持つようになる。・・・・・≫と、ありました。

 他、同じく かがくのとも出身の「きょうりゅうの おおきさって どれくらい?」の(福音館)や、真鍋真監修の「羽毛恐竜 恐竜から鳥への進化」(福音館)にも、大島英太郎のおなじ紹介文。

 大島英太郎は、自然科学の絵本以外にも、動物の出てくるお話の絵本も描いているようです。寅年のときに紹介するのを忘れないようにしたい「むかし むかし とらとねこは・・・」(中国のむかし話より 福音館)や、ネズミ年の今年は、福音館こどものともの「まほうねずみのシュッポ」(おのりえん作),申年には「うみやまがっせん」(上沢譲二原案 長谷川摂子文 福音館)また、アリソン・アトリー「ラベンダーのくつ」(松野正子訳 福音館)の挿絵も手掛けています。(これについては、後日)

 さて、これらの大島英太郎絵の恐竜絵本のなかでも「羽毛恐竜」は、「とりになったきょうりゅう」のお兄さん版とも言える内容です。タイトルが、他は「きょうりゅう」とあって、この絵本のみ「恐竜」とするところからも、これが大きい子ども向けだということがわかります。そして、やはり、監修は真鍋真です。➡➡ ⇒⇒

また、「羽毛恐竜 恐竜から鳥への進化」(福音館)は、「とりになったきょうりゅうのおはなし」「きょうりゅうのおおきさってどれくらい?」より、恐竜たちの図も多く、化石の話にも踏み込んでいます。

なにより、ばあばになった今でも、新たに、科学の絵本を楽しめるのは、うれしいことです。
未来のある子どもの多くに出会ってほしい科学の絵本たちでした。

その最後のページにあります。
≪カラス、スズメ、ツバメ・・・、今も、わたしたちの身近で、多くの鳥がくらしています。それは6600万年前の大量絶滅をまぬがれて、今もなお、繁栄している恐竜なのです。恐竜の時代は、おわっていないのです。・・・・・≫(続く)

☆写真上「羽毛恐竜 恐竜から鳥への進化」(大島英太郎作 真鍋真監修 福音館)シノルニトサウルスのページ
写真中「きょうりゅうのおおきさってどれくらい?」(大島英太郎作 福音館) 動物園の象と比べたセイスモサウルスのページ
写真下「とりになったきょうりゅうのはなし  改訂版」(大島英太郎さく 福音館) メジロ、ベニヒワ オシドリ、ステゴサウルスのページ

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とりになったきょうりゅうのはなし

とりになったj

(承前) 
 東京上野の国立科学博物館の「絵本でめぐる生命の旅」という企画展(~2020年3月1日)➡➡で使われている絵本で、一番、幼い子ども向き、だと思える1冊「とりになったきょうりゅうのはなし 改訂版」(大島英太郎さく 福音館)

 これは、福音館、かがくのとも出身です。その解説は、「せいめいのれきし 改訂版」➡➡「わたしはみんなのおばあちゃん」➡➡の監修者・訳者でもある真鍋真です。(国立科学博物館のコレクションデレクターで、国立科学博物館の「絵本でめぐる生命の旅」の企画者)

 ずっとむかし、恐竜が住んでいて、その中には、身体の小さいものも居て、身体に羽毛が生えているものも居て、木の上でくらすようになったものも居て、手足をバタバタと動かして木の登ることができるものも居て、そのうち木から木へと飛び移るものが居て、そのあと、何百万年も経つと、手足の羽毛が長く伸びて翼になったものが居て、空を飛べるようになって・・・今から6600万年ほど前に、地球の様子が大きく変わり、大きな恐竜の仲間はほとんど死に絶えたものの、翼をもち跳ぶことのできる 小さな恐竜の子孫だけは生き残り、それが鳥・・・・

 ふーむ、よくわかる!
 真鍋真は、この絵本の最後、大人向けの解説で、約6600万年約、地球に隕石が衝突したことなども紹介しながら、まだまだ、未解決の進化について、説明します。そして、
≪・・・・近い将来私たちは、現代の動物と同じように、時空を超えて恐竜を語れるようになるかもしれない。この本の読者の中から、そのような研究者が生まれることを楽しみにしている。≫

 ほんと、そうです。小さな絵本の種が、こんな科学者たちを生んでいく、かもしれない・・・・(続く)

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13800000000年のきみのたび

恐竜1
(承前)
「13800000000年のきみのたび」(坂井治作絵・倉持利明:国立科学博物館 監修 光文社)そもそも、この13800000000が、一度に読めないなと思っていたら、(大きなタイトルの下に138おくねんとは、書いてあるものの)数字に、めっぽう強い旦那は、138億年とすぐよみ、さすが!と思っていたら、宇宙のことに関心があったときから、知ってたんだって・・・・

この絵本は、東京上野の国立科学博物館で「絵本でめぐる生命の旅」(~2020年3月1日)という企画展➡➡の中心になった7冊のうちの一冊。

「わたしはみんなのおばあちゃんーはじめての進化のはなし」(ジョナサン・トゥイート文 カレン・ルイス絵 真鍋真訳 岩波)➡➡でもそうでしたが、この絵本もいわゆるお話の本ではないので、幼い読者を引き込む手立てとして、読者に語りかけ、参加させるという方法を採っています。

≪きみが「うちゅうりょこうにいってみたい」って、おもうのは、むかし、きみが うちゅうを とんでいたからかもしれない。≫
≪きみが「ほしってきれいだな」って、おもうのは、むかし、きみが ほしだったからかもしれない。≫
≪きみが「うちゅうじんて いるのかな?」っておもうのは、むかし、きみが うちゅうから やってきたからかもしれない。≫
≪きみが うみを みると うきうきするのは、むかし、きみが うみのなかで いきものになったからかもしれない。≫
≪きみが いつも じっとしていられないのは、むかし、きみが うみのそこに くっついていたからかもしれない。≫
≪きみが へんしんロボットを すきなのは、むかし、きみが さかなに へんしんしたからかもしれない。≫
≪きみが そとへ でると かけだしたくなるのは、むかし、きみが みずのそとで くらせるように いっしょうけんめい れんしゅうしたからかもしれない。≫
≪きみが きょうりゅうを すきなのは、むかし、きみが きょうりゅうに なりたかったからかもしれない。≫
・・・・・
で、最後のページは、≪ひとつぶの げんしだった きみは、138おくねんを かけて、パパと ママの あかちゃんになった。≫(続く)

☆写真上は、「13800000000年のきみのたび」の恐竜のページ。写真下は、「きょうりゅうのおおきさってどれくらい?」(大島英太郎さく 福音館)のいろんな大きさの恐竜とぼくの背を比べているページ。

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マスク、手洗い

アルメントjj
子どもの頃から偏食でしたが、教員になって、給食を食べ、子どもが出来て、子どもの栄養を考えるうちに、新しい食にも挑戦できるようになりました。
 で、昨年秋、イタリア料理で食べたのがロバ!ロバ感ないというお店の人の言葉通り、赤みの牛肉のような感じの美味しいものでした。その前の年は、北海道産のシカを食べ、これも、シカ感がなく、牛肉よりあっさり美味しかった。七面鳥も、フランスの鳩もウサギも、小羊も、一回ずつくらいは、食べたことがあります。夫は、クマも馬も食べた事があるらしい。そういえば、エスカルゴも、大昔食べたなぁ。

 干支でも、ウシやウサギ、ウマ、トリ、イノシシ、の肉は食べるものの、タツや猿やトラ、犬、蛇 今年の干支のネズミは、食べるものじゃないと思っていたら、現実には、食していた人たちが居て、びっくり!!コウモリも!

 それに、ペスト、黒死病が、ネズミを媒体にして、パンデミックを起こしたのは、歴史の教科書の話だとばかり思っていたら、いやいや、身近で起こり得る話なんだと、またまたびっくり!!

 この度の感染症に限らず、地球環境を破壊するものを、地球自体が、除去しようとしている・・・なんて考えるのは、過激で、筋違い?

 近年、大阪の街や、そこから続く京都、神戸方面の電車には、かの国の人が溢れかえっています。個人的には、マスクをして、手洗いして、自衛するしか、ありません。
☆写真は、スイス アルメントフーベルから見た、アイガー、メンヒ、ユングフラウ

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蝋梅と白梅

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 関西では、この冬、鼻や耳がもげるような寒さの日を経験していません。もともと、厳しい寒さの地域ではないとはいえ、理屈ではない温暖化を肌で感じています。
 当然のことながら、環境問題が、日に日に大きく取り上げられています。若い人たちに教えてもらうことも多いのだと、もっと謙虚に大人の対応が出来ないものかと、忸怩たる思いです。ともに暮らす地球のことを、ともに考えるのは、当たり前のことだと思っています。

 とはいえ、車こそ、やめましたが、電気は、今まで通り使っているし、飛行機に乗って出かけたいし・・・なかなか、まだまだ。
 が、以前、細かいことながら、できることや➡➡スイスの民度を書いたように、➡➡、自分のできる事も、考えてはいるのです。

 それで、週末だけの早朝散歩のときには、プラスチックパックや、ペットボトル、発泡スチロールを分けて、近くのCOOPの店頭の仕分けゴミ箱に持っていっています。(COOPで買ったもの、届いたものにしてます。念のため)
 我が家は、マンションなので、日曜と年末年始以外は、ゴミを収集してくれる管理下にあり、燃えないゴミの収集日は、決まっていますが、毎日の家庭ごみは、仕分けることなく、一気に収集するシステムなのです。
 こんなたった一軒の動きなぞ、なんの足しにもならないでしょう。でも、やっぱり、これからも、他に、できることを考えます。

 そんな朝の散歩をしたら、公園にも早咲きの梅がたくさん咲いていました。(まだ、暗くて、写真に撮れない)
 歩いているうちに、明るくなってきて、1軒のおうちの庭先に蝋梅(ソシンロウバイ)と白梅が咲いているのをみることができました。ご近所散歩は、花の多いおうちが多いのですが、今年は、花がひときわ早い。木蓮の蕾さえ、大きくなっていますよ。下旬とはいえ、まだ1月。

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狛ネズミ

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 初め、狛ネズミが、ピンと来ず、読めなかった。お恥ずかしい。狛犬なら、コマイヌと読めるのに、なじみのない言葉です。狛ネズミ。
 京都、哲学の道を入ったところにある、大豊神社には、狛犬ならぬ、狛ネズミが鎮座しています。
ネズミ1
        ネズミ2
ネズミ年の今年ならではなので、行って見ました。縁結びの神さんでもあるらしい。
 干支関連ツアーなのかなんなのか、この地味な神社も、そのとき、混みあっていました。ま、並んで手を合わせましたが・・・
 狛ネズミは、全国唯一とのこと。他に、狛猿、狛鳶(とび)、蛇に狐に、良縁の石も木も・・・なかなか商売上手。12年に一度のネズミ年ですから、他の年にも参ってもらわなきゃ、ということですね。
        ネズミ3
ネズミ4

 で、古いものではないらしいとはいえ、狛ネズミが居るのは、縁結びの神様「大国主命」(おおくにぬしのみこと)がお祭りされている前のところ、(本殿、右奥)
 「古事記」のなかで、鼠は、大国主命が火攻めにあったときに、洞窟にかくまい命を救った存在として描かれているので、ここに鎮座しているようです。

写真上から、大豊神社の手水舎、御神水の横に実っていた「実蔓(サネカズラ)」
左の狛ネズミの持っているのは、水玉(豊穣・薬効)。右の狛ネズミの持っているのは、巻物(学問成就)
狛猿は災難除け、狛鳶は火難除け。

ネズミ6

さて、そのあと、歩いた哲学の道、南端の若王子橋から撮った疎水ですが、この水に、桜のとき、紅葉の時、美しく写るよと、教えてくださった地元の方が居ました。同じ縁結びの神社でもあるらしい若王子神社には、狛ネズミが居ないせいか、閑散としてました。

それで、下二枚は、リニューアルオープン間近(2020年3月21日)の、もと京都市立美術館、改め京都市京セラ美術館。
ネズミ7
ネズミ8

さて、さて、どこを歩いてきたか分かる人は、なかなかの京都通。それで、お昼と、そのあとの甘いもののお店を当てた人は凄い!くず栗ぜんざいの前にある和三盆の干菓子が米俵なので、今日のネズミ報告に、オチがついたかな・・・
   くずぜんざい2

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絵本でめぐる生命の旅

企画展j
 (承前)
 『ダーウィンの「種の起源」--はじめての進化論』(サビーナ・ラディヴァ作・絵 福岡伸一訳 岩波)や「わたしはみんなのおばあちゃんーはじめての進化のはなし」(ジョナサン・トゥイート文 カレン・ルイス絵 真鍋真訳 岩波)のことを書いていたら、こんな情報が。

 ~2020年3月1日まで東京上野の国立科学博物館で「絵本でめぐる生命の旅」という企画展。
 監修者は、真鍋真氏となっています。もちろん、「せいめいのれきし」(岩波)➡➡も「ダーウィンの『種の起源』はじめての進化論」(岩波)➡➡ も、「わたしはみんなのおばあちゃん」(岩波)➡➡も展示されてるようです。福音館たくさんのふしぎ出身の「いのちのひろがり」(中村桂子文 松岡達英絵 福音館)、福音館かがくのとも出身の「とりになったきょうりゅうのはなし」、講談社「ながいながい骨の旅」(松田素子文 川上和生絵、桜木晃彦、群馬県立自然史博物館監修)光文社「13800000000年のきみのたび」(坂井治作絵・倉持利明:国立科学博物館 監修)、これら7冊が中心となった企画のようで、100冊のかがく絵本を読めるコーナーがあるとあります。 

 うーん、面白そう。
 科学博物館近くにある東京子ども図書館での企画ではなく、国立科学博物館という、絵本と距離のある、科学者たちの殿堂のような場所での、企画ですから、新鮮なものを感じます。女こどもという一括りの中に絵本という分野が、より軽く見られてきた時代が、前進したような気持ちになります。
 
 そして、その中心になった人物が。「せいめいのれきし」を楽しんだ子ども時代を過ごした真鍋真氏だということが、大事です。
 学者にもノーベル賞にも縁遠い我が家の子どもたちも、ぼろぼろになった「せいめいのれきし」を楽しんだし、他、友人たちに聞いてみても、「せいめいのれきし」は、ぼろぼろなので、孫には、あたらしいのを買わなくては・・・という人が多い。
 
 一冊の絵本だけが築き上げるということではありません。一冊の絵本が広げる世界があるいうことを、認識すれば、この地球の日々、悲観的な状況も、何か、いい方向を見いだせる人間が育つかもしれないと、思うのです。

絵本から、博物館に足を運ぶ子ども。
博物館で絵本に出会う子ども。
もちろん、図書館で絵本に出会う子ども。
たかが、1冊の絵本、されど、1冊の絵本だと考えます。そして、それを手渡す大人の役割。(続く)

*カ・リ・リ・ロは、この企画展に行けそうもありませんが、もし、行った人が居たら、教えてくださいね。

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わたしはみんなのおばあちゃん

おばあちゃんj
(承前)
「わたしはみんなのおばあちゃんーはじめての進化のはなし」(ジョナサン・トゥイート文 カレン・ルイス絵 真鍋真訳 岩波)
 この絵本も「ダーウィンの『種の起源』はじめての進化論」(サビーナ・ラディヴァ作・絵 福岡伸一訳 岩波)➡➡の後書きに紹介されていた一冊です。

 が、お薦めの一冊と紹介される前に、この絵本は手元にありました。
 題名が気に入ったからです。おばあちゃんが市民権を得ている!内容より、絵よりなにより、おばあちゃんの市民権に惹かれた絵本でした。
 訳者は、なんと、真鍋真。そうです。「改訂版せいめいのれきし」に関わり➡➡、「ダーウィンの『種の起源』はじめての進化論」の訳者福岡伸一と、つながっている真鍋真訳➡➡なのです。
 うーん、この二人の学者が、科学の絵本に携わってくれる・・・ちょっと、嬉しいではありませんか。➡➡

 しかも、リズミカルに訳されていて、幼い子どもも親しみやすい。

≪わたしは さかなたち みんなの おばあちゃん。 ずっと ずっと ずっと ずっと ずーっと おおむかしに すんでいました。わたしは からだを くねくね させて、みずのなかを すいすい およぐことが できました。きみも くねくね できるかな? それから くちを ぱくぱく うごかして たべることが できました。 きみも くちを ぱくぱく できるかな?わたしには たくさんの しゅるいの まごたちが いました。まごたちは みんな からだを くねくね、くちを ぱくぱく うごかすことが できました。……≫

後書きにあたる進化系統樹(上記写真)も、面白いし、他、大人のための解説などもわかりやすく楽しいものになっています。(続く)

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ダーウィンのミミズの研究

セブンシスターズj
(承前)
 さて、「種の起源」➡➡ で思い出したのが、このたくさんのふしぎの中の1冊。「ダーウィンとミミズの研究」(新妻昭夫文 杉田比呂美絵  福音館 1996年 6月号)**現在は、たくさんのふしぎ傑作集として出ています。
 これは、『ダーウィンの「種の起源」--はじめての進化論』(サビーナ・ラディヴァ作・絵 福岡伸一訳 岩波) ⇒⇒
のあとがきにあるお薦めの本の中に掲載されています。

 ダーウィンと言えば、進化論、ダーウィンの進化論といえば、種の起源・・・と、テスト勉強で覚えたような知識しかなかった母親が「たくさんのふしぎ」の「ダーウィンとミミズの研究」を読んだとき、英国ドーバーの白亜の丘は、魚が作った!(仮説)なんて、と、びっくり。
 ダーウィンは言うのです。白亜の丘は、
①サンゴの虫が、殻を作りながらどんどんふえ、サンゴ礁を作る。サンゴの殻は白亜と尾内石灰でできている。
②フダイという魚がサンゴの殻をぽりぽりとかじる。サンゴ虫はフダイの主食だ。
③フダイを解剖して見ると、くだけてこまかい砂になったサンゴが胃や腸から見つかる。
④魚がくだいたサンゴの砂が何百年万年のあいだに海底に厚くつもり、やがて岩になる。
⑤この岩が、もちあがって海面にあらわれると、それが白亜の丘になるというわけ。
(***ただし、現在では、白亜の丘はプランクトンの死骸がつもってっできたことがわかっています***)

・・で、魚が白亜の丘を魚が作ったというなら、牧草地はミミズが作ったということに???と、ダーウィンとそのおじさん(陶器のウェッジウッドの経営者)は、考え始めます。

≪牧草地はたいらで草が青々と生えているが、最初からそうだったわけではない。はじめはでこぼこで石ころだらけ、土だってざらざらだった。それがいつのまにか、こまかくてしっとりしたいい土になっている。これは、ミミズのしわざじゃないのか。・・・・(後略)・・・・≫
ということで、10年ほど前に土をよくするために石灰をまいた牧草地に行って、ダーウィンたちが掘ってみると、はたして、地表から7.5センチぐらいから白いもの。地表に近いところは、こまかくてしっとりしている地面になっていた。地面に撒かれた石灰の上にミミズがフンをして、10年で、埋めてしまった・・・・

 そして、その後、調査を研究を深め、29年経ち、ダーウィンは、また牧草地を掘ります。その結果、1882年に「ミミズの作用による肥沃土の形成とミミズの習性の観察」という本にまとめるのです。

 カ・リ・リ・ロは、今でこそ、スイスに行くようになって、目に見える地層などに興味が出てきましたが、この月刊誌が出た頃、へぇー、あの美しい白い丘(セブンシスターズ➡➡)が、プランクトン!?目からうろこでした。当時、すでに、その丘が白く輝くのを堪能してきた後だったので、へぇー。へぇー。知らなかった!!!(続く)

 ***セブンシスターズは、エリナー・ファージョンの「ウィルミントンの背高男」の舞台となっています。(「ヒナギク野のマーティン・ピピン」  E.ファージョン作・石井桃子訳・イズベル&ジョン・モートン=セイル挿絵 岩波書店)

☆写真上は、英国 サセックス セブン・シスターズ (撮影:&Co.Ak)
写真下は、母から譲り受けたウェッジウッド製品。陶器も土。ミミズも土・・・ということで、ダーウィンの姻戚関係も覚えやすかった。 

ウェッジウッドj

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はじめての進化論

     進化論j
(承前)
『ダーウィンの「種の起源」--はじめての進化論』(サビーナ・ラディヴァ作・絵 福岡伸一訳 岩波)
 きれいな絵本です。上の写真の上の蝶々たちは、裏の見返し部分の一覧ですが、表の見返し部分には、同じように別の蝶の一覧が描かれています。

 中も、わかりやすい表現で、種の起源に近づいています。
 ウサギがたくさん描かれているページには、
≪ダーウィンは、生きものの種について説明しました。種とは、見かけが似ていて、自分たちの子どもをつくれる生きもののなかまのことをさします。しかし、おなじ種の生きものであっても、なにもかもまったくおなじというわけではありません。   よく注意してみれば、ちがいに気づくでしょう。≫とあって、それぞれのウサギの絵に「背が高いもの」「背が低いもの」「足のおそいもの」「足のはやいもの」「色のちがうものもいます!」とキャプションがつき、≪こういったちがいは、個体差とよばれます。≫
 そして、ダーウィンの言葉を紹介しています。
≪「わたしは種というものを、おたがいによく似た個体の集団をまとめて呼ぶために、かってにつけられた名前とみなしている。」≫

 確かに、書いてある内容すべてが、幼い子どもたちに理解可能なものではないかもしれません。が、各ページに、楽し気に描かれている動物たちを見るだけでも、何か、得るものがあるに違いないと思います。

 ふーん、へぇーと、ダーウィンさんの見識に、近づいた気分になる絵本です。(続く)

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読者は続くよ どこまでも

恐竜13
 あとさきになりましたが、昨日の若い読者のための『種の起源』 「入門 生物学」≫(チャールズ・ダーウィン レベッカ・ステフォフ編著 鳥見真生訳 あすなろ書房)➡➡より先に手にしていたのは、絵本『ダーウィンの「種の起源」--はじめての進化論』(サビーナ・ラディヴァ作・絵 福岡伸一訳 岩波)でした。

 というのは、この絵本の装丁の美しさもさることながら、内容の興味深さもさることながら、一番の興味は福岡伸一訳だったからです。かつて、この学者は、フェルメールの研究者だと思ていたくらい、フェルメールの著作などもある生物学者です。

というのも、「せいめいのれきし」(バージニア・リー・バートン作 いしいももこ訳 まなべまこと監修 岩波)が改訂版で出たとき➡➡、その改訂監修者の真鍋真が書いた「深読み!絵本『せいめいのれきし』」(岩波科学ライブラリー)➡➡のあとがきの中で、こんなことが書いていました。

≪・・・どこまでが恐竜かどこからが鳥類か境界線が引けないくらい連続的な進化があったことがわかってきたことを、福岡伸一さんとお話したことがありました。恐竜から鳥類への進化は「世界は分けてもわからない」という福岡さんのメインメッセージにぴったり当てはまる事例です。先日、福岡さんもこの本(「せいめいのれきし」)が大好きな少年だったことがわかりました。福岡さんのお気に入りのページは大きな竜脚類が闊歩していたジュラ紀だったそうです。福岡さんに「バージニア・リー・バートンさん、石井桃子さんと一緒に名前が並んでいる真鍋さんがうらやましい」と言われて、とんでもないことをしてしまったと気がつきました(気がつくのが遅い!)・・・≫

 ということは、この『ダーウィンの「種の起源」--はじめての進化論』の表紙、ダーウィンという名前のタイトルの下、福岡伸一訳とあるのは、きっと、ご自分にとっても、誇らしい気持ちだったでしょうし、真鍋真氏からみたら、羨ましい・・・だったかもしれません。(続く)

☆写真は、英国 自然史博物館

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種の起源

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 チャールズ・ダーウィンの「種の起源」を読みましたこなせるわけもなく、≪若い読者のための『種の起源』 「入門 生物学」≫(チャールズ・ダーウィン レベッカ・ステフォフ編著 鳥見真生訳 あすなろ書房)に手を出しました。
 あら?珍しい・・・という声も聞こえる中、実は、もっともっと若い人向けの「種の起源」という絵本、そして、その本から繋がる、もう一冊の絵本を、先に読んでいたので、せめて、本体の「種の起源」と思ったものも、夫の蔵書の「種の起源」の岩波文庫は、到底無理と思い、この「若い読者のために」リライトされ、手に取りやすくされた方を読んだというわけです。

 ダーウィンの研究が当時は画期的であり、しかも、今もその流れの続きにあるということは、よくわかりました。また、若い読者でない者にも、その奥の深い世界というものがわかりました。が、多くは、カ・リ・リ・ロには、難しい内容でした。
 ただ、、この「種の起源」の中に度々登場する「地理的変化」「気候変動」という言葉には、親近感を覚えます。特に、今、よく耳にする「気候変動」という言葉。ダーウィンの唱えた地球上の歴史における気候変動と、昨今の気候変動という言葉がが異なるものであることは十分承知していますが、それが、地球にあるもの、生きるものに影響を与えるという点では、本質は同じです。

 リライトされた第11章地理的分布という章の「生物分布についての三つの重大な事実」や「同じ大陸に住む生物の類縁性」の中に、こんな言葉がありました。
≪・・・・同じ陸地や海に住む生物には、時空を超えた深淵で有機的な絆が働いていることがわかる。この絆を突き止めたいと思わない博物学者は、あまりにも探求心に欠けているといわねばならない。…絆とは遺伝のことだ。われわれの知る限り、生物が自分によく似たものをうみ出す原因は遺伝以外にはない。・・・・≫とし、そこには、アフリカ大陸のダチョウ、オーストラリア大陸のエミュー、南アメリカ大陸のレアという大型で飛べない走鳥類の写真が掲載されています。
 この「種の起源」を読みこなせなかったカ・リ・リ・ロが、反応できたのが「絆」という言葉でしたが、この本の中にはたくさんの図や写真も掲載され、広く、一般には、読みこなせる人の多いものだと思います。

 そして、リライトしたレベッカ・ステフォフの解説によると、
≪ダーウィンは、「種の起源」の中では、ヒトという種にほとんど触れていない。最終章で、自分の理論が受け入れられ、完璧に理解された時に、『人間の起源とその歴史についても、光明が投げかけれれるだろう」と記しているだけだ。・・・・・(中略)…ダーウィンにとってヒトは、自然界の一構成員であり、あらゆる生物を形成してきた自然界の法則とその過程に服する存在だった・・・・≫

 現代、この自然界の一構成員であるヒトの驕りに、もっと真剣に向き合わなければならないはずなのに・・・(続く)

☆写真は、スイス ブリエンツ湖のオオバン。
アーサーランサムの「オオバンクラブの無法者」(岩田欣三訳 岩波)((今は、岩波少年文庫:オオバンクラブ物語 神宮輝夫訳)を紹介するときに、また使いたい(が、いつ?)
動物界脊柱動物門脊椎動物亜門鳥網ツル目クイナ科オオバン属オオバン

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シュヴァル

 シュバル
 
かねてから、我が家(父親以外)の科学的知識や好奇心の源は。福音館の「たくさんのふしぎ」と「かがくのとも」という月刊誌だと断言できます。
 1年に12回も出版するのですから、月刊誌のすべての出来が上々とは言い難いものの、記憶に残る、何冊かもあり、子どもにわかりやすく、科学を紹介している点で、この月刊誌の存在は、もっと評価されていいはずです。難しいことをむずかしく言うより、難しいことを簡明に言うことは、どれだけ難しいか・・・

「シュヴァル――夢の宮殿をたてた郵便配達夫」(岡谷公二文 山根秀信絵 福音館 たくさんのふしぎ 2003年2月号) これもまた、月刊「たくさんのふしぎ」で出版された当時、面白い人が居るなぁという印象が強く残った本でした。
 郵便局員が一人で、自力で、独学で、彼の宮殿を、長い間かかって、作った実話。

 今度、それが映画になったというので、見に行きました。映画「シュヴァル理想宮ーーーある郵便配達員の夢」
(**この映画は、2019年12月に見に行き、昨日のコーンウォールの映画➡➡のように、慌てて書いていないので、もう上映していないかもしれない。ともかく、マイナーな感じの映画の上映期間は短い。)

 フランスの田舎の綺麗な風景の映画です。長い人生を撮るので、ちょっと、俳優さんに無理があるかなと思ったものの、昔、「たくさんのふしぎ」で出会った、変なおじさんという印象よりも、人生って、色々あるんだ・・・と、涙ぐんでしまいました。

 映画の中で、娘アリスのために、作ろうとした動機は、「たくさんのふしぎ」では大きく取り上げられていませんでしたから、シュヴァル自身の個性が制作の根本だと考え、偏屈で、かわった人が、作り上げたもの・・・と思っていました。

 確かに、映画はフィクションでもありますから、本当のところの動機は不明かもしれません。が、人づきあいが苦手で、自分の子どもとの関りさえも手探りだったというシュヴァルが、晩年では、人が変わったように、少しは、他人と会話のできる人になって行き、実際、俳優さんは、シュヴァルの瞳に輝きを増させていく演技していたのを見ると、溺愛した娘アリス、あるいは、小さい時に手放した息子など、シュヴァルを取り巻く人たちが、嘘のような素人制作に駆りだたせたのだと考えることはできます。

 ま、個人的な背景があるにせよ、33年もかかって、たった一人で、それも素人が凄いものを創った(長さ26メートル幅12~14m高さ8~10m)のは、事実。またそのあと、自分と奥さんと娘の入る墓廟を造り、その完成の年には、86歳になっていたシュヴァル。

 セメントと石灰と集めた石でできた彼の宮殿は、彼の死後(1924年)、朽ちるに任せていたものの、1969年文化担当大臣アンドレ・マルローによって、文化財の指定を受け、今も訪れる人は多いようです。

 それで、彼が一番初めにつまずいた石というのが不思議な形です。
 映画でも、たくさんのふしぎにも掲載されていますが(写真の右下に写る石)、貝殻状の渦巻きがいくつも重なっているようです。それは、岡谷公二(「郵便配達夫 シュヴァルの理想宮」作品社)によると、
≪この辺りは、地質が古く、形の面白い砂岩、凝灰岩、礫岩などに富み、化石も多く、地質学のアマチュアたちのメッカであった。その中の一人は、この近くの谷で、80種類以上の海産の貝殻を発見している。つまり、今は全くの陸地であり、山地といってもいいこのあたりが、かつては海だったのだ。≫

*「シュヴァル――夢の宮殿をたてた郵便配達夫」(岡谷公二文 山根秀信絵 福音館 たくさんのふしぎ 傑作集)
*「郵便配達夫 シュヴァルの理想宮」(岡谷公著 作品社)

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映画「フィッシャーマンズソング」

ドーバー16

☆写真は、英国、ドーバー海峡のもので、以下文章の英国、コーンウォールではありません。念のため。(撮影:&CO.I)

 英国映画は、英国の風景が写るので、王様女王様ものでも、労働者階級ものでも、見に行くことが多いです。
それで、この映画「フィッシャーマンズソングーーコーンウォールから愛をこめて」。行った事のない英国コーンウォールの景色が楽しめるならと、行った事のある夫と一緒に見に行きました。

 案内に「ブラス!」に次ぐ、英国発の音楽映画と、ありました。「ブラス!」も、かつて見に行ったことがあり、音楽映画でも、楽器の演奏曲でしたから、いわゆる声を出して歌う今回の映画のようではありません。
 他に、歌う音楽映画なら、アメリカ映画の、「ジャージー・ボーイズ」➡➡「ボヘミアン・ラプソディ―」➡➡も、レデイガガの「アリー スター誕生」➡➡もみましたが、主人公たちは、才能あふれる人たちでした。この「フィッシャーマンズソング」は、いわゆる普通のおっちゃんたち。コーンウォールの漁師さんたちが歌うから、凄いのです。野太い声で、漁の片手間に。(実話に基づく話です。実際、今も活動なさっています。)

 音楽映画は、大きな劇場で、臨場感が味わえるので、楽しさも倍増します。オープニングから、歌声で始まります。今から始まる期待にぞくぞくするいい声。。そして、エンディングロールの歌声は、映画鑑賞の後ですから、この歌声の源を知っていて、満足しながら聞くことが出来ます。

 ストーリーは、簡単です。日頃、力を合わせ漁をするおっちゃんたちが、のびのび自由に歌っているのを、ロンドナーの音楽関係者が聞きつけ、世に送り出す。・・・といったもの。
 自然相手の仕事の厳しさから、心を寄せ合わせないと、生命にかかわってきます。力強い歌声は、生きていくという元の元のところに立ち返り、映画を見ている者にも、力と勇気を与えてくれます。

 ユーモアのセンスも抜群です。というか、少々、下品な方向に行くものの、おっちゃんギャグ満載です。
 最新の都市生活をせせら笑うようなコーンウォールの人たち。携帯の電波が届くところは、岬の先端。
 アナログなクイズコミュニケーションを楽しみにパブに集まる人たち。自分たちの動画再生數をパソコンで知るのに、自分たちの楽曲チャートは、パブに集まって、ラジオに耳を澄ます人たち。宝島の一シーンを思い出すような場面もあって、本当に楽しかった。
 ほろっとしたり、大笑いしたり、明日も頑張ろう!

 コーンウォールに行った事のある夫は、また行きたくなったといい、行った事のないカ・リ・リ・ロは、いつか行きたいと思うのです。
 
 この映画のことは、見てすぐに書きました。ハリウッド映画ではない、この映画、きっと、すぐに上映終了になってしまいそうだから・・・
 

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ねずみのおよめさん

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 今度は瀬田貞二再話ではなく、小野かおる再話・画のものです。「ねずみのおよめさん」(小野かおる再話・画  福音館)
 
 子どものいない鼠夫婦の家に生まれた、大事な娘鼠。嫁にやるには、ネズミの嫁さんじゃもったいない。せかいいち偉い人に婿さんになってもらおう・・・ということで、おひさんに白羽の矢が。ところが、おひさんは、雲さんが一番偉いというので、雲さんの元に。すると、今度は風さんが偉い。次は、壁さん、その次は、壁をかじることのできるネズミさん。

 ということで、
≪ほう、せかいで いちばん えらいのは ねずみだったのか。まあ、せかいで いちばん つよいのは ねずみだったのね と おおよろこび≫
≪そこで ねずみのむすめは、となりまちの わかものねずみのところに およめいり≫

めでたいお話です。写真のページは、めでたいと口に出さずとも、鯛が描かれるだけで伝わります。
ただ、この絵を、違う文化の人が見ても、お祝いに鯛、めでたいから鯛などと分からないんだろうと思います。ということは、もしかして、ひょっとして、いずれ、日本の子どもたちも、この絵のめでたさが伝わらない日が来るとしたら、どうしましょ?
将来、こんな文化、こんな洒落や粋なこと、その他、色々、伝わっていきますように。

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おんちょろちょろ

おんちょろちょj
「おんちょろちょろ」(瀬田貞二再話 梶山俊夫画 福音館)
「さてさて、きょうのおはなしは・・・・」( 瀬田貞二再話・訳 野見山響子画 福音館)


「ねずみじょうど」➡➡は、瀬田貞二再話で、絵本にも、「さて さて、きょうの おはなしは・・・」にも入っていましたが、「おんちょろ おんちょろ」も、同様。

 道に迷った男の子が、山のふもとの一軒家で世話になる事になるものの、お寺の小僧さんと勘違いされ、お経を唱えることに。
 そこに現れたのが、ネズミ。そこで、「おんちょろちょろ 出てこられそろ」「おんちょろちょろ のぞきもうされそうろ」などと、唱えたものですから、小僧さんが出て行った後も、その家のおじいさんおばあさんは、その言葉を唱えます。そんなおり、3人の泥棒が、やってきます。
 3人の泥棒たちは、そのお経を聞き、自分たちが入りこもうとしているのが見破られたと震えあがり、逃げていったというお話。こればっかり。

 この最後の件のところで、ちょっと、思い出すのは、ブレーメンの音楽隊➡➡じゃないですか?ブレーメンの方は、ニワトリ、猫、犬、ロバが、力を合わせて泥棒を追い払うのでしたが・・・

☆写真の絵は、ネズミがちょろりと走り出て、かねたたきのバチをたおしたところ。その時、男の子が唱えたのが、「おんちょろちょろ、ばちあたりそろ」
追記:瀬田貞二再話で梶山俊夫画という本は、まだありました。瀬川康男と二人で画を描いています。「日本のむかしばなし」(瀬田貞二文 瀬川康男、梶山俊夫画 のら社)の「ねずみのすもう」です。

≪びんぼうな家のやせネズミと長者どんのところのこえネズミが相撲をとるのですが、貧乏な家のやせネズミは、負けてばかり。そこで、じいさんとばあさんが、餅を作り用意してやると、ついに長者のところのこえネズミに勝つのです。こえネズミは、その秘訣を聞き、自分にもお餅を作ってもらい、二匹は互角に戦えるようになる。そして、そのお礼に長者の家のぜに金を毎日もってくるようになって、じいさんもばあさんも、ずいぶん金持ちに。≫

・・・うーん、わかりやすい話とはいえ、個人的には、いくら長者どんのところのお金でも、ずっと持ってくるのは、泥棒じゃないの・・・・と、思ってしまいます。・・・悪徳長者なんだろうか?

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まご ひこ やさご すえの すえまで

 ねずみじょうどjj
 次は、草子ほど長くない昔話「ねずみじょうど」。
 貧乏なお爺さんが、ころがったそばもちを追いかけて行ったら、ねずみの住む穴に。目をつぶってねずみのしっぽを握って、着いた先では、ねずみたちが大歓迎。ねずみの黄金をどっさりお土産に持って帰ると、となりの目腐れ爺さんも、真似して、ネズミ穴に。ところが、ねずみたちの歌の最中にねこの鳴きまねをしたものですから・・・・もぐらになっちゃった。

 瀬田貞二再話の「ねずみじょうど」では、ねずみが言います。
≪じいさん じいさん ただいまは、けっこうなごちそうをありがとさん。なんにもないけど、ちょっくらうちへよってくだされや。それ まなこをつむって、このしっぽにしっかりつかまって、な。」と、ねずみごえでいいました。

 ねずみごえって!! 「ねずみは いいました。」ではなく、「ねずみごえで いいました。」 聞いているそれぞれの頭で、いろんな声が聞こえてくるじゃありませんか。

 それに、ねずみたちが歓迎に歌う歌、ちょっとめでたく、お正月にぴったり。
♪ねずみのじょうど ねこさえ いなけりゃ このよは ごくらく とんとんとん 
まご ひこ やさご すえの すえまで ねこのこえ きくめぇ とんとん ♪

 それにしても、もぐらになった めくされ爺さんも、よりによって、にゃーおなんて言わなければ、よかったのに・・・
 とっぴんはらいのぴい・・・ですね。

「ねずみじょうど」(瀬田貞二再話 丸木位里絵 福音館)
(「さてさて、きょうのおはなしは・・・・」 瀬田貞二再話・訳 野見山響子画 福音館)

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鼠草子

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 鼠草子は、室町~桃山時代の絵巻五巻からなり、今は、サントリー美術館所蔵➡➡。上の写真に写る、鼠草子絵本は、原本の詞書を現代語訳し、難しい言葉を易しい言葉に置き換えています。
 したがって、写真に写るネズミたちの名前も、現代に馴染みやすい。見えている家来たちは、右から、ちい阿弥、穴掘りの左近尉、豆好きの藤兵衛、鼠茸の紀伊守、窓滑りの左馬助、桁走りのササ座衛門。

 そのお話というのは、鼠が人間と結婚!そのあと・・・・というもの。
≪むかしむかし、京の都は四条堀川のあたりに、鼠の権頭(ごんのかみ)という、とても長生きな古鼠がおりました。退屈な雨の日、権頭は家来の穴掘りの左近衛を呼び出して言いました。「のう左近衛。前世の悪行のせいか、動物の中でもこんなにちっちゃな動物になるとは、まったく情けないことよ。これでは子供や孫までずっと鼠のままじゃ。そこでじゃ。人間と夫婦になり、子孫を動物の身から救おうと思うのじゃが、いかがじゃ。」左近衛は答えて言いました。「さすがは殿、良きお考え。思い立ったら吉日、すぐにお好みのお方と夫婦になりませ。いやしかし、恐れ多くも殿のお姿は、源氏物語の光源氏か伊勢物語の在原業平か、名高き美男に遜色ござりませぬ。殿のような美鼠には、ありふれた女子(おなご)では釣り合いませぬ。」「実は、近くの五条油小路の柳屋という長者のところに、・・・・(後略)」≫

めでたく、長者の娘と結婚するも、最後は、鼠であることがばれ、出家、そのあと、猫と高野山に・・・という、何とも、奇想天外なお話なのでした。

 その中でも、出家の際(仏道修行)の五戒という場面では、権頭(出家後 ねん阿弥)の言うことが可笑しい。例えば、第一に命あるものを殺さず・・・とあれば、口寂しい時には、海老、雑魚、蝗(いなご)など少し殺して頂くのをお許しを、など。凄ーく、緩い五戒を申し出たのでした。ちなみに、第二は人のものを盗まず、第三に女に触れず、第四に嘘を言わず、第五に酒を飲まずです。申し出たのは、どれも、緩い(緩すぎる)。

 ・・・とまあ、ファンタジックなのか、リアルなのか。はてさて?
 美鼠というのが、どんなものなのかよく分からない時点で、笑える話です。

「鼠草子」(サントリー美術館)

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ねずみのおはなし

      鼠年j

 2020年は、子年。ねずみの年・・・ということで、今年は、ねずみの絵本を探そう。2019年のイノシシよりは、たくさんあります。

 とはいえ、ねずみは、いろんな絵本に、ちょい役として登場するものの、主人公となって大活躍は、犬や猫に較べて少ないかもしれない。犬や猫が、家族の一員となって、身近な存在であることに較べ、ねずみは、多くの世界で嫌われものとして、生きながらえて来たことに関係している?
 また、ライオンや象などは、強い、大きい・・・と、絵本に登場することも多いのに比べ、ねずみはどうだろう?
 身体が小さいねずみは、可愛いということにもつながることもあるけれど。

 が、しかし、ねずみは、小さいながらもなかなかの知恵者であり、家族が多く家内繁栄を象徴することもあって、ねずみの小さな力を借り、成功に導かれる、幸せに近づく、といった話は、けっこうあります。

 特に、日本の昔からの話に、鼠が登場するのは、ペットとして身近ではないものの、ごく身近に――壁一枚のところに、住んでいて、昔話の基本である、虐げられている者、弱い者、貧しい者の代弁者として、ねずみを描いているのではないだろうか。(続く)

☆写真後ろは、鼠草子(サントリ―美術館) ➡➡ 写真前は、グリーンノウのねずみ。「まぼろしの子どもたち」(ボストン作 瀬田貞二訳 堀内誠一絵 偕成社文庫)「グリーンノウの子どもたち」(ルーシー・M・ボストン作 ピーター・ボストン絵 亀井俊介訳 評論社)

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あけましておめでとうございます

うみj
元旦の静かな浜辺に行きました。
海の向こうも、光って綺麗に見えました。
健康で暮らせる年になりますように。

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