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みんなみすべくきたすべく

こねこのウィンクルとクリスマスツリー

ウィンクルj

 12月に入って、一通のメールが届きました。小学校で、本を読んだり、お話をしたりする活動をなさっている方からでした。
 メールには、昔むかし、カ・リ・リ・ロが訳したお話や詩を、子どもたちに紹介してくださったとのこと・・・
 ん?

 そうでした。25年くらい前のこと、ある子どもの本の出版社から出ている月刊誌に何度か、私訳のお話が掲載されたことがあったのです。
 その中の一つに、「こねこのウィンクルとクリスマスツリー」の出てくるお話がありました。(ルース・エインワース作 菊池恭子絵)
 あ!クリスマスツリーが出てくる!と、思い出し、クリスマス絵本の会の今年のテーマである、クリスマスツリーやモミも木のお話に、慌てて付け加えました。
 
 本棚の奥の奥に眠っていた、この月刊誌たち。
 が、種は撒いてみるものですね。
 ちゃんと、誰かが育ててくれていました。ありがとうございます。
 もしかしたら、そのお話を聞いた子どもがいつの日か、また、繋いでいってくれるかもしれない・・・

 当時は、たくさん、小さなお話を訳していたものでしたが、紆余曲折を経て、今は、ほとんど訳さず、年に一度、クリスマスカード用に詩を訳しているだけです。来年は、ちょっとまた、やってみようかな・・・

*年末年始、ブログを休みます。みなさま、よいお年を。

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モンドールチーズ

まつぼっくりj
(承前)
  数あるクリスマスの絵本のなかに、「モミの木」やクリスマスツリーを題材にしたものは、所蔵するだけでも、たくさんあって、今年の12月は、それらの絵本を中心に会を持ちました。

 そんな折りも折、モミの木の皮(ドイツトウヒ、エピセア)に包まれて熟成されたチーズ、モンドールチーズのことを教えてくださる方が居て、さっそく、購入に行ったら、入荷したばかりで、このチーズの食べ頃は、ちょうど、クリスマス前後、との説明。値段を見ると、ううううう・・・高ーい。
 が、本場のスイス・フランス国境地方でも、春や夏は作らないという代物。ううう・・・買いました。
チーズ16

 このチーズは、フランスとスイスの国境、ジュラ山脈モン・ドール一帯で作られていて、空輸されたフランス産のものを購入、冷蔵庫で寝かすこと2週間。(*モン・ドールは、黄金の山の意。)
 クリーミーで、一度食べたら忘れられないという謳い文句。うーん、次回スイスに行ったとき、食べたいものだと思うものの、夏場に行く限り、本場でも食べられないという本当に季節限定もの。

 さて、いわゆるツリーにするモミの木は、幾種類かあるようですが、ヨーロッパトウヒ(ドイツトウヒ)と、アメリカのバルサムモミが、多いらしい。中でも、、ヨーロッパトウヒ(ドイツトウヒ)は、大きな実が下向きに付き、根が浅く生え、成長は早く樹高は50mにも達すものの、寿命は、そんなに長くない・・・ということで、昨日の「クリスマスの木」➡➡の中で、あんなに大事にしていたトゥーリ―を ついには、手放したシスター・アンソニーの気持ちにつながります。
 ちなみに、バルサムモミの木は、実が上向きにつき、葉はとがっていない、樹高20mくらいのもの。

閑話休題。
 で、モミの木の皮(ドイツトウヒ、エピセア)に包まれたモンドールチーズを食べました。まったく、くせのない、とろとろのクリームのような味。ほのかな、モミの木(ドイツトウヒ、エピセア)の香りを楽しめる、この季節ならではのごちそうでした。
 Bon-appetit!!!

☆写真上は、大きな実が下向きについたドイツトウヒ(スイス、ロートホルン) 
写真中:チーズのパッケージの内側、濃い茶色のエピセアの木の皮が見えますか?
写真下: スイス、ロートホルンの対岸ギースバッハから、ブリエンツ湖を見下ろす。

ギースバッハ15

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クリスマスの木

ルガーノ10
 「クリスマスの木」(ジュリー・サラモン文 ジル・ウェーバー画 中野恵津子 新潮社)
 この小さな可愛い本を手に取ったのは、1996年(・・・と、邦訳奥付にあります)で、そのあと、「クリスマスツリー」というタイトルになり新潮文庫にもなったようですが、今は、それも手に入らないかもしれません。

 話は、毎年、NYのロックフェラーセンターに飾られるクリスマスツリーの話です。そのクリスマスツリーは、一年かけて探し出され、選ばれ、飾られるのですが、話はその木を探し出す園芸管理部長と、自分と共に生きてきたドイツトウヒ(いわゆるモミの木の一種)と別れるシスター・アンソニーの話です。そのドイツトウヒに名付けられた名前は「トゥーリー」。

 シスター・アンソニーの少女の頃の名前はアンナ。
 アンナが生まれたときに母親が亡くなり、そのあと、父親も亡くなり、おばさんのところから、「子供の家」に、そして、修道院に行くことになります。子ども一人の修道院では、話す相手もなく、その寂しさから、修道院の裏手の木立の中、空き地に飛び出していきます。

 ≪…大きな木に囲まれていました。私だけの秘密の隠れ家みたいで、居心地がよさそうでした。鳥の鳴き声が聞こえるほかは、私しかいませんでした。それでも、誰かに見られているような気がしました。きょろきょろ見まわしましたが、誰もいません。そのとき、空き地の片隅に、何か小さなものが目にとまりました。近づいてみて、笑ってしまいました。何だったと思いますか?それは、小さいくせに、大きな木と同じ形をした木でした。空き地のわきに立っている背の高い常緑樹に、何もかもそっくりにミニチュア版です。サイズはちょうど私ぐらいでした!{ああ、あなた、きれいね!」と、私は声に出して言いました。「さわってもいい?」自信はなかったけれど、その木の枝がほんの少しざわめいたような気がしました。・・・・・(中略)・・・・それから、考えるともなしに、今まで誰にも打ち明けたことのない話をしていました。どんなにお母さんにやお父さんが恋しいか。・・・・(中略)・・・ひとりぼっちで寂しいということも話しました。ひとしきり話しつづけました。それから話をやめて、木の隣に腰をおろしました。私たちはいっしょに温かい日なたで過ごしました。そうして、私はさっきよりずっと気分がよくなりました。≫

 こうやって、シスターアンソニーとトゥリーは出会い、その後ずっと生活を共にします。
 ・・・・そんなに大事な木でしたが、ある日、ロックフェラセンターの園芸管理部長の目に留まり・・・
もちろん、手放すのは、論外だったものの、記録に残る雪嵐の年があり、ドイツトウヒの寿命のことを知り…

 このドイツトウヒの寿命については、明日また。(続く)
☆写真は、スイス ルガーノ・・・・ここは、スイスでも、イタリア語圏で、陽光燦燦の地域です。写真に写るモミの木のような木はドイツトウヒではないと思われます。

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シモンとクリスマスねこ

シモン
 そういえば、今年はネコの絵本を紹介し続けていたのでした。まだ、まだネコの絵本や読み物があるものの、ここでは、クリスマスとネコの本は、どうでしょう。

 「シモンとクリスマスねこーークリスマスまでの24のおはなし」(レギーネ・シントラ―文 ジータ・ユッカー絵 下田尾治郎訳 福音館)
 シモンの家には、フローラという名前の、尻尾のシマが24ある猫がいました。クリスマスまで24日もある!と嘆くシモンに、お父さんやお母さん、おばあちゃんたちが、シモンに24の話を聞かせるストーリーです。
 どれも、詩的な世界で、心温まる世界が広がっています。話を聞き終えた、シモンは、毎回、気持ちよく眠りにつきます。
 23日目はおばあちゃんが話す「クリスマスねこ」のお話です。

≪ いつもは臆病なシモンの猫のフローラですが、この日は、道の真ん中で大きな声で喋り出しました。そして、今日から、自分の名前を「クリスマスねこ」にすると宣言します。それまでの日々の話の中で、お花を「クリスマスの星」と言ったり、木は「クリスマスツリー」になったり、月は「クリスマスの月」、動物のおもちゃは「クリスマスのおくりもの」となるので、≪わたしも今から『クリスマスねこ』という名前になります。そうじゃないとクリスマスにふさわしくないから」≫と、フローラは言うのです。≪人間はみんな、頭に『クリスマス』ってつく言葉が好きなんです。だから『クリスマスねこ』って名前になりたいんです。そうすればきっと、もみの木やクルミ割り人形なんかよりも、ずっとわたしのことを好きになってくれると思って・・・
 すると、白い雄ネコに「もうやめんかい」と一喝され、フローラというのは、花のことで、きれいな名前だと諭されます。それで、フローラは「じゃあ、わたしはせめて『クリスマス・フローラ』って名前でいさせて。」と、一目散に家に帰ります。・・・≫

 ・・・と言う話をおばあちゃんが終えると、シモンは猫のフローラの毛をなで、「フローラ、しんぱいしなくていいよ。クリスマスっていう名前がつくどんなものより、おまえのことが好きだよ。」そして、おばあちゃんにも、言います。「・・・・おばあちゃん、ぼく、おばあちゃんのことも、いちばん好きだよ。」シモンは、おばあちゃんにキスをしました。おばあちゃんがそばにいてくれて、シモンはとてもうれしかったのです。シモンはその晩、ぐっすりとねむりました。

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ちいさな虫のおおきな本

虫の本
(承前)
「もりのおくのクリスマスツリー」➡➡の作者ユーヴァル・ゾマーは、虫の絵本も描いています。
「ちいさな虫のおおきな本」(日本語版監修:小松貴 東京書籍)

虫が嫌いな人は、手に取らないかもしれませんね。表紙から小さな虫がたくさん描かれていますから。

が、苦手な虫もあるけど・・・くらいの人は、このちょっと、可愛げな大きな絵本は、絶対楽しめます。もちろん、虫にあまり偏見のない子どもたちなら、この絵本のなかに詰まっている、虫世界の知識も増えるし、綺麗な絵にも出会えます。

  花は好きだけれど、虫はねぇ・・・と、勝手なこと言っている人も居るでしょう。
 花が咲き、実がなり、樹木が育つのは、虫や他、生物が媒介しているのですから、時々は、花や葉や実を食い荒らす憎っくき虫なども、生きるためなんだねぇと余裕の気持ちで、接したい、
 地球の上に、同じく生を受けたご縁。子どもたちのように、偏見なく、この絵本を楽しみたいと思います。

 さて、この絵本には、カマキリが登場するのですが、孫は、夏の終わりに、じいじがバッタやカマキリを素手で掴んだことが、よほど、印象的だったらしく、そのことを、カマキリの箇所で、教えてくれました。カマキリは、こーんな手をしてるんだよ、と身振りを添えて…

 いわゆるお話の絵本ではありません。(自然)科学の絵本の場所にあります。

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もりのおくのクリスマスツリー

もりのおくのクリスマスツリー

 30年以上、クリスマス絵本の会を続けていると、質のいい新刊・復刊が、たくさんあって、用意するのに困る年もあれば、え?たったこれだけ?復刊もしないの?と、残念な年があります。今年が、その年でした。

 毎年のように、紹介し続けている「クリスマスイブ」(マーガレット・ワイズ・ブラウン 矢川澄子訳 ほるぷ)のような、静かに心に迫るクリスマスストーリーとは、違った角度で、クリスマスツリーを見たのが、この「もりのおくのクリスマスツリー」(ユーヴァル・ゾマー 石津ちひろ訳 ほるぷ)
 クリスマスツリー(モミの木)を中心の題材としたクリスマス絵本・読み物は多く、その中の新人がこの「もりのおくのクリスマスツリー」です。

 絵がイラストタッチなのは、最近ありがちな風潮です。が、自然の描写は、子どもたちに親しみやすいものです。ストーリーもわかりやすい。

≪ぼくは いっぽんの き・・・・ここに じっと たっている。≫と、この絵本は始まります。傾いているこの木は、なかなか背が伸びず、季節がめぐって、他の木がクリスマスツリーとして、居なくなって、ひとりぼっちになって・・・
 そして、最後、≪あめや かぜや ゆきや おひさまの おかげで だんだん おおきく なっていく。いつだって、ぼくは みどりいろ。ぼくは いっぽんの き・・・・ ここに じっと たっている。≫で、終わります。

 四季を表現した絵は、どれも美しい。大仰な表現でなく、子どもたちにも伝わりやすい馴染みやすい絵です。
 ページの隅々に登場する、鳥や、森の生きものも、いいなぁと思っていたら、この画家、自然科学の絵本、動物や昆虫の絵本も手掛けている人だった・・・(続く) 

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子どもたち

子ども2
 旅先だと、余裕をもって、子どもたちを見ることができるような気がします。
 上の写真の児童公園は、ロープウェイなどで上がったアルメントフーベルにありますが、この背景の素晴らしさ。・・・といっても、子どもたちは、目の前の遊具に夢中。(真ん中に写る太いパイプは、滑り台です。)

夏休みの宿題なんかないだろうなと思う、グアルダ村➡➡でモーツアルト「魔笛」夜の女王のアリアのコロラトゥーラの部分を歌っていた女の子たち。➡➡
同じグアルダ村➡➡で、しっかりした足取りで山を登って行く、5歳くらいの男の子。
      子ども1

 地球上の子どもたちが、これからも楽しい日々を送ることができるようにと、年年歳歳、強く思うようになりました。今、ヨーロッパの若者を中心に地球の未来を憂い、温暖化の危険を訴える動きは、かつて、子どもだった頃に、いろんな自然に出会い慈しんできた経験に裏付けられていると考えます。日本でも、スマホに振り回されない、ゲームに取り込まれない、子どもが子どもの時間を十分楽しみ、たくさんのことを体感していってほしいと願います。
 
 多分、一番上の写真のアイガー・メンヒ・ユングフラウの三山も、一昔前なら、白い雪や氷河が残り、もっと綺麗だったろうに。
日本のスキー場では、この時期なのに雪がない、というニュースが流れていますね。

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レスター先生の生徒たち

       レスター先生

 さて、ガーンジー島の映画➡➡や 本「ガーンジー島の読書会 上下」(メアリー・アン・シェイファー  アニー・バロウズ 木村博江訳 イースト・プレス)➡➡から始まったチャールズ・ラムも、ここらで、一区切りです。

 チャールズ・ラムとメアリー・ラムが共作したのは、子どもに向けた「レスター先生の生徒たち」(牛原眞弓訳 ウィニフレッド・グリーン絵 未知谷)も、あります。
 中には、十の話が入っていますが、3話をチャールズ・ラムが担当し、残りは、メアリー・ラム作です。
 200年ほども昔の英国ビクトリア時代の10人の少女たちの暮らしと想いが、細やかに描かれています。
 どの子も、貧しかったり、生活が激変したり、親が居なかったり・・・ 立場の違う少女たちが、順々に、自分がここに居るに至る話をするのです。そして、どの子も、虚栄心や、嫉妬心、罪悪感などを正直に吐露しています。
 
 わくわくする楽しみというものはありませんが、それぞれの少女たちの気持ちに寄り添いながら読めると思います。
 また、挿絵は、ケート・グリーナウェイかと見まがうばかりです。が、ケート・グリーナウェイより、ほんの少し表情があるような気がします。また、お話一つにつき、一つの挿絵がついているのですが、どれにも、周りに飾り枠があり、どれも、異なる花々で囲まれていて、綺麗です。

☆写真上は、ケート・グリーナウェイ 下は「レスター先生の生徒たち」のウィニフレッド・グリーン  すごく似てます。

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チャールズ・ラム伝

ダリア6
 2か月以上も前に見た映画「ガーンジー島の読書会の秘密」から始まった➡➡、チャールズ・ラムの周りをうろうろの読書でしたが、福原麟太郎「チャールズ・ラム伝」(講談社文芸文庫)が、一番読みやすく、一番、楽しかった。

 翻訳された「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)よりも?翻訳された「シェイクスピア物語」(チャールズ・ラム メアリ・ラム 矢川澄子訳 アーサー・ラッカム絵 岩波少年文庫)よりも?あるいは、チャールズ・ラムの足跡をたどった芥川賞作家の「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」(庄野潤三  講談社文芸文庫)よりも?

 YES. 
 もしも、先に「チャールズ・ラム伝」から読んでいたなら、個人的には、「エリア随筆」も、さらに楽しめたかもしれないと思います。「チャールズ・ラム伝」には、エリア随筆全編のあらすじが紹介されていますが、邦訳の「シェイクスピア物語」のダイジェストより、エリア随筆を実際に手に取ってみたいと思わせる文章なのです。
 ただ、なんで、福原麟太郎自身の訳がないの?と思っていますが・・・

 「チャールズ・ラム伝」は、チャールズ・ラムを愛してはいるけれど、客観的な視点を忘れず、チャールズ・ラムを紹介しているところが、好感が持てる点なのだと思います。もちろん、日本語の文体に無理がなく、美しい。

 後書きの「人と作品」という吉田健一の書いた文章に、しっかりとそのことが書かれています。
≪福原さんの今度の『チャールズ・ラム伝』の話ですが、一番初めに言っておいて、それで実はすべてが済むことですが、何十年めかに久し振りで現れた日本語で書いた名著と言えることです。同時に、『チャールズ・ラム伝』の、私が知っている限り、今までの決定版でもあります。≫
≪福原さんとラムという人間の結びつき、これが非常に克明に、しかも友情こまやかに――もちろん死んだ人間と生きた人間との間に友情というものがあるならば――働いているのです。それが名著である鍵であります。≫

☆写真は、スイス モルジュのダリア

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アーサー・ラッカムの真夏の夜の夢

ラッカムj
(承前)
  岩波少年文庫の「シェイクスピア物語」)(矢川澄子訳)にはラッカムの挿絵がついていますが、話一つに一つの挿絵。(1899年のものには11の線画、1909年の改訂版には12のカラー絵がついたようなので、岩波少年文庫は、ラムの文章自体は1807年のものですが、ラッカムの挿絵本は1899年のものだと思われます。)

 ところが、新書館の出版には、シェイクピアの「真夏の夜の夢」(伊東杏里訳)で、ラッカムの挿絵がたっぷり入ったものがあります。 あとがき【『真夏の夜の夢』を描いた絵師】(荒俣宏)によると、ラッカム自身、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」の作品をいたく、気に入り、挿絵たっぷりのもの(カラー絵40枚線画34枚)を1908年に出版したようです。(1939年にも限定のものも出したとあります。)

 このラッカム絵を充分楽しめる、「真夏の夜の夢」は、シェイクピピア原作のようにト書きや台詞ではなく、散文ですので、臨場感が違うものの、もしかしたら、台本のような作品が苦手な向きは、この方が読みやすいと思われます。

☆写真右;岩波少年文庫「シェイクスピア物語」(矢川澄子訳)の真夏の夜の夢。写真左;ラッカム挿絵の「真夏の夜の夢」(伊東杏里訳 新書館)

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シェイクスピア物語

ダリア5
(➡➡承前)
  ここもまた、二か月以上前に書いた、「シェイクスピア物語」(チャールズ・ラム メアリ・ラム 矢川澄子訳 アーサー・ラッカム絵 岩波少年文庫)の続きです。

 チャールズ・ラムと姉のメアリが、子ども向けに書いたのが、「シェイクスピア物語」です。[***もう1冊,子供向きに書かれた「レスター先生の生徒たち」(牛原眞弓訳 未知谷)もあります。この本については、後日書きます。]

 精神を病み、自分の母親を殺めてしまった姉のメアリを、一生、そばで面倒を見るのが、弟のチャールズ・ラムですが、当初、メアリの仕事だったこの「シェイクピア物語」を、彼女が苦労しているのを見て、喜劇をメアリ、悲劇はチャールズが担当し、作品20篇のものにしたようです。かの映画「ガーンジー島の読書会の秘密」➡➡でも、ドージーが、手にしているのは、確かにラッカムの表紙のシェイクスピア物語で、結構、分厚い本でした。

 しかしながら、岩波少年文庫には、全篇入っているわけでなく、(矢川澄子訳は、11篇、野上弥生子訳は13篇)内容も、ラム姉弟のものより、さらに手を加えたシェイクスピア作品となっています。二人の訳者自らが、後書きでこう書いていますから。
 「もとのものを平易にすることに努め、ダイジェストとしてお読みください」(野上弥生子)「あまりにも複雑錯綜する筋立てや余分な形容詞など、わざと省略させてもらったところもないではありません」(矢川澄子)。もとから、ダイジェスト版とは言え、原典シェイクスピア作品の味わいをそのまま受け継いだと言われる、ラム姉弟の散文からも距離があるようです。

 ところが、実際のチャールズ・ラムたちの残した原文の「シェイクスピア物語」は、福原麟太郎「チャールズ・ラム伝」(講談社文芸文庫)によると、シェイクスピアの≪原作の心持をよくとらえて荒筋を物語り、その上、原作の表現をも巧みに織り込んだこととされている。≫と、あります。
 そして、福原麟太郎はチャールズ・ラムの原文とシェイクスピアの原文を少しではありますが、並べ比較、検証しています。
 素人には、ふーん、そうなのか・・・と言う程度の理解ですが、先の少年文庫の訳が、シェイクスピアの原文から少々距離があることを考えると、ちょっと残念な気がします。(続く)

☆写真は、スイス モルジュのダリア

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忘却がどんな顔をして自分を眺めるか

ダリア3
(承前) 
「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)を読むと、当時の価値観、当時のロンドン事情がよくわかることがありますが、また普遍の心理やユーモアを書いている箇所も多々あり、それが、評価され、読み継がれてきた由縁なのだと思います。
 その中で、当時は60歳70歳だった寿命に触れている箇所があって、面白かった。

≪(ブラウンは『キリスト教的道徳』の中で)この世の中に六十歳も七十歳も生きていた人の話をしている。「これくらい期間がたって」と、彼は言う、「自分の父親を覚えている人もなく、若い頃の友人たちもほとんどいないくらいにまで生き永らえると、人間というものは、忘れられるということがひどく気にかかり、日ならずして忘却がどんな顔をして自分を眺めるかを、まざまざと悟るであろう。」≫

 うーん、人の寿命は延びて、この時より、該当年齢は上がっています。が、しかし、確かに忘れられるということが気にかかるといことは、身近な近親などの様子で、よくわかります。ちなみに、この引用文のタイトルは「私の近親」。

 多分、このブログをだらだらと続けてるのも、忘れないでと、思っている自分が居るからなのでしょう。ということは、いくら寿命が延びても、60歳も生きている人に該当する文だったんだ・・・・

☆ 写真は、スイス モルジュ

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山というものを見なくても問題ではない

牛
(承前)
 「チャールズ・ラム伝」(福原麟太郎 講談社文芸文庫)によると、チャールズ・ラムは、ホガースを高く評価し、その「ホガースの天才と性格について」という論文では、プサンやレノルヅ、ラファエロなどと比較もし、ホガースの絵に喜劇的なものと悲劇的なものの混合があるのは不可とする批評を排し、ホガースの絵が即興的な一時的な興味に生れたものでもなく、恒久的な思想の表現だと論じているようです。
 また、ホガースを卑俗とする意見に反論し、ホガースの風刺に善意があったこと、物のあわれを介したことなどを付け加えて評論を終わらせているようです。

 福原麟太郎は「チャールズ・ラム伝」で、こんなことも付け加えています。ラムがホガースを愛せしめた動機と思われるのは、ホガースが都会人であったということで、町っ子のラムはたしかにかれにひかれていたのに相違ない。

 そうなのです。チャールズ・ラムは、ロンドンの中心、テンプル生まれ。

 「エリア随筆抄」の中の「懐かしのマーゲイト」の解説によると
≪ラムは散歩好きであったけれど、旅行はたいして好きではなかったらしい。彼は、ワーズワースに「生涯、山というものを見なくっても、たいして問題ではありません」と書いてる。…(中略)・・・テムズの流れのほとりに生れたラムは、純粋のロンドン児といってもよかった。彼は心からロンドンを愛した。美しい山の景色よりも、美しい海の眺めよりも、ラムには、ロンドンの町の道行く人や車の姿、店屋の灯、舗道に流れる太陽の光の方が、はるかにありがたかったのである。≫

 ・・・そうなんだ。山というものを見なくても問題ではないのか・・・
 カ・リ・リ・ロ個人は、今や、イギリスびいきとスイスびいきという欲張りですから、やっぱり、山は登らずとも、見なきゃと思っていますがね。

☆写真は、スイス クライデネシャイデックの牛さん 

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フィンチリイの行進

ホガース
「エリア随筆抄」(1823)(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)
(承前)
≪ホガースは「フィンチリの行進」の中で、パイ売りをにたにた笑っている少年掃除夫を、すでに画材に捕えているのである――≫
 ということで弥次馬の嘲笑とか毒舌を画材にしたホガースを「煙突掃除人の讃」で引き合いに出しています。
が、しかし、そのエッチング&グレーヴィングをまじまじと見ても、煙突掃除人の男の子が、パイ売りをにたにた笑って見てはいないのです。かがみこんでミルクを失敬しようとしている兵士を見て、笑っている(媚びている)ように見えます。上記写真、パイ売りの右下で、ブラシを持っている男の子。

 ところが、チャールズ・ラムをこよなく愛したという庄野潤三の「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」(講談社文芸文庫)*を読むと、こんな見方でした。

≪・・・・乳しぼりの女に接吻するのがいるかと思えば、その隙にかがみ込んでミルクを頂戴しようとする抜け目のない兵士がいる。それを見て嬉しそうに笑っているのは、街で行き会うのが好きだとエリアが言った子供の煙突掃除人だ。—---その「煙突掃除人の讃」に「フィンチレーへの進軍」が出て来て、煙突掃除人の子どもがパイ売りの男を見て笑っているとある。自分に話しかけてる兵士がパイを取ろうとしているのに気が附いていないから、これもおかしみを誘う光景だが、少年の背後に立つパイ売りには見えない筈。煙突掃除人の子供を喜ばせる対象としては乳しぼりの女よりもパイ売りの男の方が似合うというふうにラムは考えたのかもしれない。・・・≫と、ラムが「エリア随筆抄」で表現したことを深く読み取っているように思います。

 カ・リ・リ・ロとしては、パイを盗ってる兵士はあくまで自分の為で、それが証拠に、パイ売りに「ほら、こいつミルク盗ってる」と指さし、パイ売りを「ぎょ!」とさせている間に、自分はパイを盗っている・・・・。そして、煙突掃除人の男の子は、自分の帽子(煤と灰とで真っ黒)にも、自分のミルクを入れてと差し出しているように見えます。黒い帽子と白いミルク、ここにも皮肉があるような気がするし・・・

 また、本文にあるササフラスという甘い木が主成分となったサループという煙突掃除人の好物である混合飲料水が、一種のお茶で、その臭みをミルクと砂糖を入れて和らげるというものに チャールズ・ラムは言及します。

≪あなたの口に合うかどうか≫とか≪私は、ついぞおまだ一度も私自身の唇をつけてみる勇気が持てないのだが――前もって鼻にプンとくる匂い…≫≪ササフラスのの不快な臭気≫・・・このサループは、一文無しの煙突掃除人の好物なのである。 としています。  

 そのサループなる飲み物の話は、チャールズ・ラムが、転んだ話になり、それを煙突掃除人の子が見て笑った話になり、煤で汚れた顔から見えた白い歯の話になり、店外付きベッドの白いシーツの上で寝ていた煙突掃除人の子の白い歯は高貴な生まれであり・・・と次々つながっていくところを見ると、 ラムとしては、黒と白、貧しいと高貴を対比した文章にしたかったんだろうと考えるのです。
                                                          
 ま、片や、イギリス18世紀の文筆家、片や日本の芥川賞作家ということで、カ・リ・リ・ロの見方など他愛ないものにすぎませんが、一枚の絵で楽しませてもらいました。。」

 そして、「チャールズ・ラム伝」(福原麟太郎 講談社文芸文庫)には、ラムが、エリア随筆の他の文章にも、また評論でもホガースについて書いている(「ホガースの天才と性格について」)ことに言及し、ラムの美術鑑賞の力量についても、書いています。(続く)

*「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」(1984)(庄野潤三  講談社文芸文庫)は、庄野氏がご夫婦で、チャールズ・ラムの足跡を訪)ねられたときのロンドン日記。
**「チャールズ・ラム伝」(1988)(福原麟太郎 講談社文芸文庫)

☆写真は、「フィンチレーへの進軍」(1750-51)の一部分。(「ホガースの銅版画―英国の世相と風刺ー」「森洋子編著 岩崎美術社)

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煙突掃除人

ダリア2
 (承前)
 続いて、「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)の中の「煙突掃除人の讃」の話に至って、そうそう、「黒い兄弟ージョルジョの長い旅」(リザ・テツナー作 酒寄進一訳 福武書店)はミラノで働かされた貧しいスイスの男の子たちの話だったことに、つながりました。➡➡

 今度は、ロンドンの煙突掃除人のことです。
 チャールズ・ラムは、煙突掃除人の少年と行き会うのが好きであるとしています。彼らが夜明けとともに、「煤払いしましょう、煤払いしましょう(スウィープ スウィープ)」と、可愛らしく声を響かせるのが、朝の雲雀に似ていると表現します。そして、≪こうした煤けた展ーーー哀れな汚れーーー無邪気な黒さ―――を私は心から愛おしく思うのだ。≫と、続けます。
 
 うーん、これは、「黒い兄弟」を読んだものには、疑問符のつく思考回路です。とはいえ、1820年代ロンドンということを考えると、こんなものなのかと思います。

 また、「チャールズ・ラム伝」(福原麟太郎 講談社文芸文庫)を書いた福原麟太郎は、この随筆を≪非常に自然に話が あれからこれへと流れていき、その間に煙突掃除の子供たちを何だか世にも貴き存在のように感じさせるおもむきがある点でははなはだ出色のものである。≫としています。

 ともあれ、この文章に引用されているホガース「フィンチリイの行進」の絵については、思い出せなかったので、よーく見てみました。地下鉄フィンチリイイーストの近くまで行ったことのある身としては、気になるじゃありませんか。(続く)

☆写真は、スイス モルジュのダリア

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豚のロースト

ダリア1
 (承前)
 結局、以前、「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)が読めなかったのは、巻頭のエッセイのせいだと気付きました。今回は、ドージーの楽しんだという「豚のロースト談義」から読んでみると、すんなり読めました。

巻頭の文は、「南海商会」というもので、連載のトップということで、かなり気合も入っていて、当時のロンドンの細かい様子が書かれています。読解力のない者には、ついて行けない部分も多く、今回もこの章だけは楽しめたとは思えません。
 が、豚のロースト談義の話は可笑しい。
 豚のローストは、豚飼いの火遊びという偶然から生まれたという逸話を持ち出すところも面白いのですが、それに対するチャールズ・ラムの意見も可笑しい。
 
 ≪…以上、延べた話に深い信用はおかないにしても、かりに家を焼くというような(特に今日のような時代に)危険きわまる試みに値する口実が、料理上の目的のために設けうるものとすれば、その口実なり言い訳なりは、豚のローストの場合に見いだし得ることに、なん人も異論ないであろう。全食物の美味なるものの数多い中にも、私は、豚のローストを、最も美味なるものーーー珍味の王ーーーと主張したいのである。≫

・・・・うーん、最も美味なるもの???そうだ、チャールズ・ラムは、イギリス人だった。(続く)

☆写真は、スイス モルジュのダリア 

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次々 広がる世界

ダリア16

「ガーンジー島の読書会 上下」(メアリー・アン・シェイファー  アニー・バロウズ 木村博江訳 イースト・プレス)

➡➡承前:二か月前の文章からの続きです。)ガーンジー島に住むドージーは、ジュリエットの名前と住所の入った古本チャールズ・ラム「エリア随筆・選集」を手に入れ、読んだ感想を書いて、元の持ち主ジュリエットに手紙を書きます。

≪チャールズ・ラムは、ドイツ軍がここを占領していたあいだ、ぼくを笑わせてくれました。とりわけ笑ったのは、彼がローストピッグについて書いた下りです。「ガーンジー読書とポテトピールパイの会」が誕生したのも、もとはと言えば、ローストピッグをドイツ軍の目から隠すためでした。そんなわけで、ぼくはラムに親しみをおぼえます。≫

 ・・・とあって、その返事にジュリエットがこう書きます。
≪私が読書を愛するのは、それがあるからです。本の中で、ある小さなことが読み手の心を捉えると、その興味がべつの本へと読者を導き、第二の本の中の小さなことが、またべつの第三の本へと誘う。幾何学模様のように広がっていくのです。――行き着く先はなく、ひたすら純粋な喜びのために。≫

そうそう! 次々広がる世界。
いい本、いい芸術作品に出合うとそれが次への興味へと誘う。そうそう!そうなのです。
・・・・とうことで、かつて、挫折して読めなかった「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)を読みました。まずは、ローストピッグについて書いた文から。(続く)

**この文章は、二か月前に書いた文章の続きで、書いたのはさらに前のことですが、たまたま、先日来、書いていた高校国語の文学問題➡➡につながっていることに、気付きました。

☆写真は、、スイス モルジュのダリア➡➡ 2017年に夫が図鑑を作るのかと思うばかりに、どれもこれも撮っていたダリアです。しばらくダリアの花、連載します。今や、季節外れの感ありありですが、二か月前なら、いい感じだったのよ。

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洛西 葉室山

葉室4
(承前)
 京都 洛西 浄住寺の紅葉は、とても綺麗でしたが、お庭には、面白い竹が植わっていました。一つは、亀甲竹で、紐をまいて、変形させたのではなく、孟宗竹の変異種らしい。
葉室2
 もう一つ、見た目は、普通の竹のようですが、触ってみると、丸くなく四角い竹の四方竹。これも変異種らしい。この切り口は、菱形で、四つ並べると、この寺に関わる葉室家の家紋となっています。
葉室3

 また、この寺は、平安時代に開創され藤原家の流れを汲んだ公家の葉室卿が再建し、寺院として栄えたものの、南北朝以来の兵火によって、荒廃するも黄檗宗によって、開山され、今は黄檗宗寺院となっているため、本堂に置かれる有形文化財も達磨大師があったり、菩薩だったり、再興した葉室卿の彫刻であったり・・・

 それで、紅葉を堪能して、駅に戻る道で、ふと、横を見ると、上ノ山古墳となっていました。
 この辺り、他にも古墳があったりするので、いわゆる平安時代、洛中が栄える前は、長岡京➡➡にも続くこの土地、重要な地域だったことを思い出し、まだまだ奥の深い京都散策だと考えた事でした。

☆写真一番下は、浄住寺に、たくさん植わっていたお茶の花。(茶花ではありません。)下向きで、小さく咲いているので、撮るのが難しかった・・・

      茶

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浄住寺

葉室1
 今年の秋は、桜の木の紅葉も長持ちし、通りの並木道を楽しむだけでも、十分、楽しい秋でした。
 その分、いわゆる もみじは、少し遅いのかもしれません。もともと、遅い紅葉の名所らしい京都、西山 浄住寺に行きました。一応、特別公開日(~2019年12月8日)が決まっています。

 どうでしょう?ドンピシャリの紅葉の美しいこと!近くの嵐山の猛烈な人出がウソのよう・・・
 そして、寺を辞した頃、ウォーキングツアーの人たちが来てました。この近くは、嵐山地域で、さらに近くには苔寺などもありますからね。ただ、この浄住寺は知名度の低い分、ゆっくり紅葉を楽しむことが出来ました。(続く)

☆写真上、葉室山 浄住寺、下 嵐山 中の島橋から

       嵐山中の島橋

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