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つながっている

すばらしいときj
(承前)
 「とんがりモミの木の郷ー他五篇」(セアラ・オーン・ジュエット作 河島弘美訳 岩波文庫)➡➡を読んで、シェイクスピアを思い出す人も居るでしょう。また、カ・リ・リ・ロのように、マックロスキーの絵本を思い起こす者もいるでしょう。あるいは、遠く、メインの海を思い浮かべたり、故郷の海を浮かべたり、千差万別。
 文学が、文学を呼び、文学が芸術全般につながり、文学が科学につながっていく。・・・・だから、文学は広く深く、続いているのです。
 
 何か、結果が出るから、文学に近づく。という考えが間違っていると思っています。
 絵本を、子どもに読んだからと言って、子どもがその本を好きになると限らないし、ましてや、絵本の読み聞かせが本好き、あるいは、国語力につながるなどと、考えたこともありません。ずっと、楽しみを分かち合うために、絵本を子どもと楽しんできたし、今は、学生たちとも楽しんでいるつもりです。(優れた絵本を、文学の第一歩と捉えない人は、論外です。)

 読書感想文という評価対象の課題をこなそうとするから、夏休みの本読みがしんどいものになるだろうし、いい感想文を書くための読み方になるかもしれない。
  国語の授業で、先生が気にいる答えが出せる人が優等生で、ただ、面白かったと思っている人は、その作品がわかっていないってことに、なるかもしれない。
 入試問題に文学作品を載せても、その作家自身は、その設問に答えられないこともある、などなど・・・

 評価の対象ではなく 国語の教科書にある文学作品は、文学への手引きとなればいい。
 が、しかし、その手引き書が大学入試に関係ないから、採点が難しいから…等と、遠ざけていくのは、まったくもって、違っている。(続く)

☆写真上は「すばらしいとき」(マックロスキー わたなべしげお訳 福音館)
➡➡

写真下は、アメリカ合衆国 メインの海辺近く。10年ほど前に、長男が行ったときの写真です。知らない人が見たら、ただの倒木の根っこの写真ですが、長男には、多分、絵本「すばらしいとき」の絵が重なったに違いありません。
    すばらしいときjj

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