FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

Trick or Treat

月
「ヤナギ通りのおばけやしき」(ルイス・スロボドキン作 小宮由訳 瑞雲舎)の原題は”Trick or Treat””です。つまり、ハロウィンのときに、子どもたちが「いたずらか、ごちそうか」という、あの台詞です。この本の訳は、「いたずらか おかしか」。

 で、ハロウィンの夜、10月31日の夜にヤナギ通りの子どもたちが、「いたずらか おかしか」と、言って回ります。いたずらされたくない大人たちは、お菓子をくれるのですが、ヤナギ通りで一軒だけ、子どもたちが近寄らない家がありました。誰も住んでいないその家には、灯りがともっていることがありません。ヤナギ通りのおばけやしきと呼ばれていました。が、その年のハロウィンの日、おねえさんのリリーと弟のビリーは、その家に灯りがともっているのを見つけ、チャイムを鳴らしてしまいます。すると、出てきたのは、小柄なやせたおじいさんーー鼻はとんがって、さかだった白い髪の毛は電気の光ですけて見え、まるでのぼり立つけむりのようーー。
 そこで「いたずらか おかしか!」とビリーがいうと、
 「・・・・・えーと・・・そうだ!いたずらだ!さあ、おいで。おはいり。」と子どもたちを招き入れ・・・・・・

 この本の最後には、ちょっとした付録がついています。といっても、手品「まほうのヤシの木」の図解説明です。
ん?何故に、手品の図解かって?そりゃ、この本を、読んでみなくちゃね。
☆写真は、スイス レマン湖

満月j

PageTop

寝ませんでした

衣装3
 先日のお稽古は、寝ませんでした!
 なぜか…
 普段のお稽古の前に、別の部屋で、虫干し(あるいは、次の準備)されている狂言の綺麗なお衣裳を近くで眺める時間があって、肝心の、お習字のレクチャーの時間が短く、寝る時間がなかった・・・

衣装1

 それに、昨日UPした佐竹本三十六歌仙絵➡➡の豪華図録(昭和のもので、今回のではありません)を、眺めたりしていたからです。
衣装2

 京都国立博物館の三十六歌仙の文字がスラスラ読めず、また他の展示も、ちーっとも読めず、当初、お稽古を始めた動機である、日本の書が読めたらいいなという目標もままならないものの、お稽古前の京都散策と、美術博物館のような古いお宅に上がり、その所蔵品を拝見するだけでも、ありがたい。
衣装4

PageTop

流転100年

小大君14
 京都国立博物館「流転100年 佐竹本36歌仙絵と王朝の美」展に行きました。(~2019年11月24日)
分割され、37枚になったものが31枚集結したのが、この展示で、個人蔵をこの規模で集めるのは、なかなかないと思われます。

 三十六歌仙というのは、歌人藤原公任が選んだ飛鳥時代から平安時代の歌人36人ですが、その歌仙画は、鎌倉時代に多く描かれたようです。そして、その歌仙画の最高峰とされるのが、この佐竹本というもの。旧秋田藩主 佐竹侯爵家に伝わったもの。が、大正時代に売りに出されたものの、余りに高価なため、日本の経済界が動き、結局、分断されること。
 切断された歌仙画は、くじ引きで分けられ、37枚に分けられた画は、引き取り先の身元は明らかではあるものの、バラバラの運命をたどった・・・・
 ということで、所有者はそれぞれであるものの、それぞれが趣向を凝らした表具をしたものですから、今回その違いを見るのも楽しい。歌と一帯となった坂上是則の≪みよしのの 山の白雪 つもるらし ふる里さむく なりまさりゆく≫は、なかなか見ごたえがあります。
 少々、色あせたものが多い歌仙画を目を凝らしてみるのも楽しいことですが、贅沢な刺繍や、織や、他、表具を楽しむのも一興だと思います。

 それで、くじ引きで、分けられたものの誰もが、華やかな十二単をまとう女性歌仙の画を求めたようです。で、ポスターにもなった小大君(こおおぎみ)は、前期は、展示されていず後期11月6日~の展示のようです。ただし、小野小町は前期だけです。

 ちなみに、下の小大君は、古筆の先生の床の間に飾られていた複製です。
       小大君10

PageTop

金木犀も遅かった

金木犀
台風が、いつまでも、日本をいじめた、この秋。
毎年、各地で増え続ける被災地と言われる場所。
なかなか、学習しない行政・・・阪神淡路大震災からですら、何年経っているとお思いか?

今年も、金木犀が、薫り高く咲きました。毎年、金木犀報告をするものの、やっぱり年々遅く咲いています。
少なくとも、39年前の10月初旬、長男誕生の日に病室に香ってきた金木犀に、比べて半月も遅い・・・

金木犀に比べ香りが弱い銀木犀も咲いています。
銀木犀

あ!雨が多かったからか、今年は公園のキノコもたくさん。ここは、山でなく、市街地の公園。
きのこ

PageTop

にぐるまひいて

にぐるま1

 シャトーデーの切り絵美術館、民俗博物館を見ていると、かつて、横長絵本で紹介した➡➡「にぐるまひいて」(ドナルド・ホール文 バーバラ・クーニー絵 もきかずこ訳 ほるぷ)を思い出します。
にぐるま3

道具7
  舞台はアメリカ北東海岸(ポーツマス近郊)で、スイスではないものの、雪深い冬の様子は同じ。また、手作りの生活も同じ。生きるという毎日を彩る自然。必要な道具があって、生きるにつながる。現代の 便利で、有害なものを生む生活を、時々、立ち止まって考えるきっかけになる絵本なのですが、そんなこと、子どもは、伺い知りません。

 横長の絵本は、お父さんが出かける距離を表現し、遠くから無事帰ってくる時間を表現し、一年を通じた美しい自然を楽しませてくれる絵本です。そして、お土産には、美味しいものと、娘には、刺繍針、息子にはバーロウナイフという片刃の大型ナイフ。あとのシーンで、子どもたちが、それらを使っている絵が描かれています。その作品も。
 大きくなりたいと切望している子どもたちにとって、この素朴ながらも、充実した一年があって、成長していくことを伝える絵本だと思います。
にぐるま2

シャトー9
 だらだら書いているうちに、夏のスイス話も いつのまにか、秋になりました。もう、あと少しスイス話続きます。

PageTop

細工した生活用品

シャトー27
(承前)
 家を建てたり、普請したりという大きな仕事だけでなく、男性陣が作ったと思われるものは、家具であったり、クルミ割りであったり、バターの型であったり、奥さんが「コレ、作ってよ」「作るんだったら、もっと可愛いもの!」などという声も聞こえてきそうな細工の生活用品の数々。(続く)
道具3

道具4

シャトー26

シャトー28

椅子2

シャトー25


PageTop

男性陣の道具

道具6

(承前)さて、長い冬、女性陣だけが、あれこれ作っていたのではないことは、他の道具を見ても、わかります。狩りだけでなく、冬の間、木工関係はじめ、家全体の建築や普請を請け負っていたのだと思います。
 こうやって、以前の道具--それも使いこなされた様子の道具を見ていると、それらが、大切に扱われ、次なるものにつながっていくのが、想像できます。それに、これって、いったい何を作るときに使ったんだろう?と、考えるのも楽しいことでした。(続く)

道具5

道具2

道具10

道具9

PageTop

女性陣の道具

シャトー3
 (承前)雪深いこの地域シャト-デーの冬の過ごし方は、家の中で作業することはが中心であったと考えられます。そこで、使われた道具は、使い古されているものばかりです。が、その古びた道具の「人生」に思いを巡らせるのも、楽しいことでした。以下、何枚かに写る小さな椅子たちも、みんな背の彫り物が違います。(続く)
**写真上から3番目右には、たくさんのアイロンがのっています。
     シャトー6

シャトー15

シャトー30

シャトー10

PageTop

素朴なもの

シャトー14
(承前)
 この地域の女性は、切り絵であったり、刺繍であったり、機織りしたり、かごを編んだり・・・と、素朴ながらも、丁寧で愛情深い民芸品(生活に潤いをもたらすもの)を長い冬の夜に作ったと思われます。

こんな民芸品の数々を見ていると、心が癒されます。子どものために、家族のために、一針一針、一編み一編み・・・
 博物館に飾られた以上、民芸品と呼ばれるのでしょうが、一つ一つの時間が紡ぎ出したものは、家族と豊かな時間を共有してきたものたちばかりだと思います。(続く)
シャトー22

シャトー21

シャトー20

シャトー16

シャトー17

シャトー18

シャトー1

PageTop

暮らしの一端

民具1
(承前) シャトーデーの切り絵美術館は、地域の古くからの民具もたくさん展示していました。いわゆる、博物館のような建築物でなく、民家を利用したものだと思われるこの建物だからこそ、素朴な民具がただの展示物でなく、今も使用され、生きているかのように見えました。 規模の小さいものでしたが、時間を忘れて楽しみました。まずは、その生活感あふれる内部の設えから。(続く)
民具7

民具6

民具4

民具2

民具3

シャトー11

シャトー12

PageTop

切り絵美術館

切り絵1
切り絵3
➡➡承前) シャトー・デー➡➡には、「切り絵美術館」があります。前を通り過ぎてしまいそうになるような、とても小さなもので、しかも、ここは、地域の民俗博物館でもあります。
 が、小さくても、鑑賞する者には、充実の展示物の数々。(続く) 

切り絵4
 
    切り絵5

切り絵13

シャトー4

切り絵7

  切り絵12
       切り絵

切り絵9

切り絵2

PageTop

東山魁夷のスケッチ

東山魁夷j
 2019スイス報告も途中ながら、東山魁夷展に行きました。
 今年は、京都 大山崎美術館の「東山魁夷スケッチーー欧州の古き町にて」です。(前期~2019年10月27日 後期2019年10月29日~12月1日)
 2018年京都国立近代美術館でやっていた「生誕110年 東山魁夷展」➡➡とは規模がずいぶん違うものの、小さな規模だからこそ、爽やかな風の吹く日、大山崎山荘美術館での美術鑑賞は、楽しいものになりました。

 作品の多くは長野県信濃美術館 東山魁夷館所蔵のもので、ヨーロッパの空気が伝わる作品がたくさんありました。安野光雅の作品?と思うようなヨーロッパの街角の絵もありました。また、北欧の絵もありましたが、ドイツやオーストリアを描いたものは、スイスの風景と、近いものがあって、ちょっと懐かしい気持ちで鑑賞しました。
東山3j

 さて、美しい芸術作品を見ても、混雑にうんざりしたり、会場の設えを楽しめなかったりすると、せっかくの作品も印象が薄れがち。したがって、大々的に宣伝したもの、あるいは、会期終盤で、チケット処理の物見遊山客の多い展覧会も、残念なことに。
 実際、スイスから帰ってきて、お稽古前に一つ行ったものものの、混雑し過ぎてて、常設展のみで、退散ということもありました。

 ここ、大山崎山荘美術館では、時々、小規模の団体が居るには居るものの、会期初めの頃だったせいか、ストレスなく鑑賞できました。また、この美術館は、立地がよく(見晴らしとお庭)、しかも、ヨーロッパの匂い(イギリス、テムズ上流を意識した立地に造り)がする建造物、ここに行くだけでも、豊かな気分になれます。しかも、有難いことに、この日は、天気も上々で、大満足の鑑賞となりました。

 これで、紅葉の季節なら、もっと、いいだろうなぁ、と欲張りな考え・・・この展覧会は、前期後期に分かれているので、後期も行ってみようかな。
東山2j

 

PageTop

シャトー・デー

シャ13

 シャトー・デーは、小さな村です。近郊には、それまで、食べたことなかった、レティヴァ・チーズの産地もあり、出来立てチーズを食べることができるところがあるというので、行って見ました。が、この日は、予約でいっぱいで断念。

シャ2

シャ13-2

     シャ5

シャ4

シャ3

 今夏、5つの小さな村にいきましたが➡➡、天気のいい時に行くと、好印象になるものです。ここもそんな村。迫りくる岩場でもなく、音をたてる水場でもなく、広がるのは、ただ緑あふれる風景。生き返るような気分になりました。

の写真、岩の陰からのぞいているのは、だーれ?
シャ12

 さて、ここは、チーズだけでなく、もう一つ、行って見たいところがありました。(続く)
シャ7

PageTop

エーオ

フレディ後ろ

 ロシュ・ド・ネー ➡➡ に行くのも、翌日行く、シャトー・デーに行くのも、モントルーを経由しますが、そこにあるのが、かのクィーンのフレディ・マーキュリーの像。拙ブログでも、何回かUPしています。➡➡  ⇒⇒ ➡➡ 今年は、フレディの写真に、他の人が写らないなんてことは、ありません。
 世界中の人が、その前でポーズを取り、記念撮影。我々も、2日は、その前を通り、一度など、その後方の段で休憩してましたから、間違いなく、世界中のインスタグラムなどに配信された中に、写り込んでいるはず。

フレディ10
 
それで、今まで、知らなかった彼らのスタジオがカジノに残されているというので、行ってみました。小さな場所なので、結構な人で賑わていました。そこは、フレディのレコーディング後半から最後までのスタジオだったので、彼らのレコーディングをしたチューニング機械が、あります。今は、素人も触れるので、彼等の歌を、いろんな操作方法で、聞くことができます。ま、単に、機械に触れ、遊んでいるのですが…

フレディ2

    フレディ5

フレディ3

フレディ1
 ここには、一部 1スイスフランのパンフに日本語バージョンがありました。英仏独伊と並んで、日本語です。2005年に初めて、スイスを訪れたとき、「ようこそ」「またきてください」などという看板や垂れ幕を目にしたとき、日本とスイスの友好関係が長きに渡っているのを知り、ちょっと、嬉しかったのを覚えています。が、するうち、日本語の案内が消え、中国の漢字やハングルが増えたので、ちょっと寂しく思っていたのです。が、クィーンが親日家であったこともあって、日本語版があったのかもしれません。
 
追記:今、ラグビーのワールドカップが開催されていますが、その試合中、時々流れるのが、♪エーオ♪のフレディの声と観衆の声。あのライブエイドコンサートなどで、彼が演っていた♪エーオ♪。もっと長いバージョンで聞こえてきたら嬉しいと思うのは、ラグビー観戦には、必要ない考えですね。

フレディ4 

☆写真、下から二番目、フレディ参加最後のアルバム「Innuendo」(イニュエンドウ)➡➡
☆一番下の写真は、フレディの像の前、レコード盤の形をイメージした場所。レマン湖。

PageTop

今度は雲の上

ロシュ
 ワイン祭り➡➡に行ったのは、山に行こうと思っていた日の天候が悪く、違う地域のワイン祭りならと、出かけたら雨上がりで晴れていたのですが、今度は、反対に、下界は晴れているし、ま、簡単に登山鉄道で登れるし・・・で、行ったら、深い霧で、近くしか見えなかったのが、ロシュ・ド・ネー。(山頂は、標高2042m。) サンモリッツのピッツネイルのとき➡➡は、下界が霧で、霧の上は、晴天だったラッキーとは、正反対。
ロシュ3

ロシュ4

 先日のマーモットの写真➡➡を撮ったのもここでしたが、あんまり、山の向こうが見えないので、次の電車で引き返しました。 晴れていたら、レマン湖も見え、反対側遠くには、アイガー・メンヒ・ユングフラウも見えるらしい・・・ 花々も咲ていて、さぞや、晴れていたら、綺麗だろうな。うーん、残念。
   ロシュ5j
 さりとて、山を下りたモントルー レマン湖は、こんな天気でした。
ロシュ2

PageTop

スイスワイン

ワイン2

ワイン4

(承前) 乾燥した空気のスイスで、スイス白ワインを、食事のときにお茶代わりにいただく・・・と書くと、ただの酒飲みのようですが、実は、日本では、乾杯のようなときしか飲まず、ましてや、日常は、飲みません。念のため。

 スイスのワインは、国外に提供できるほど生産されていず国内消費が主のようですから、添加物の味が気になる安物のワインとは違い、リーズナブルなのに、さっぱり、すっきりしていると思うのが、個人的な感想です。日常飲むからか、コルク栓でないものが多く、開けやすいのも有り難い。上等のものは、コルク栓(だと思います)。

ワイン8
 ということで、 他の国のワインを語れるほど、ワインを飲んだことはないものの、もし、スイス白ワインが、日本でも手に入ったら、一度、味わってみることをお勧めします。・・・と、スイス白ワインファンとして、一言。

☆写真、上から三枚は、スイス レマン湖ヴェヴェイのワイン祭り会場近く。
 一番下のワインは、ワイン祭り公式ワイン。シャスラ種の白ワイン。(多分、上の写真の葡萄が、シャスラ種)公式ワインは、他にもありましたが、売り子のお姉さんのお薦めはこれでした。もちろん、さっぱり、美味しい。
 それに、パン。写真でもお分かりのように、フランスパン、ドイツパン、黒パン・・・と、スイスならでは、国を越えたパンの数々。で、気になるのが、右端の真っ黒 黒パンでしょう?これは、会場近くのパン屋さんで買った、活性炭入りのパン。身体にいいのか、悪いのか。これも、コクがあって美味しい。
ワイン15

PageTop

20年に一度

ワイン1
 スイス レマン湖畔のヴェヴェイで、20年に一度のワイン祭り(2019年7月18日~8月11日)。
 スイスワインのPRが目的で、1797年からおよそ続いているそうな・・・
ワイン10

 無料イベントは、音楽隊のパレードや ワインの試飲などが、楽しめます。日本では、なじみの少ない国の屋台も含め世界中の屋台も並んでて、街中がお祭り。
ワイン
 また、スイス国内ワイナリーから来ている人々が、それぞれの民族衣装で、盛り上げていました。
ワイン7
この壁絵のような帽子をかぶった衣装の人たちもいました。
ワイン9
 写真は、有料イベントが開催されていた仮設スタジアム。
ワイン6

 ワイン5

ワイン3
 次は、20年後をお楽しみに。(続く)

PageTop

秘密のO.F.O.F.W.W.

レマン湖
(承前)
 「ガーンジー島の読書会 上下」(メアリー・アン・シェイファー  アニー・バロウズ 木村博江訳 イースト・プレス)➡➡の後書きに、≪かつては、ヴィクトル・ユゴーも滞在し、『レ・ミゼラブル』を完成させたという穏やかなガーンジー島も、第二次大戦中は、戦禍を免れませんでした。≫とありました。
 
 本を読んだり、執筆したり、思索したり・・・できる島だからこそ、戦時下、本のないような時期でも、島民が、チャールズ・ラム「エリア随筆」に出会い、ブロンテ「嵐が丘」 ディケンズ「ピクウィックペーパーズ」 オースティン「高慢と偏見」・・・・と、広がる読書。カ・リ・リ・ロが、読書会にご一緒できたら、もう一度、ちゃんと読んでいきますから、参加許可が欲しいくらい。・・・どれも、面白いという感想を持っていきますから。・・・とはいえ、恥ずかしながら、カ・リ・リ・ロは、チャールズ・ラムの「エリア随筆」は、昔、途中で挫折・・・で、読んでない。結局、岩波少文庫の「シェイクスピア物語」(野上弥生子訳 向井潤吉絵 /矢川澄子訳 アーサー・ラッカム絵 岩波少年文庫)しか、ちゃんと、読んでいないのです。

 が、しかし、子ども向きに書かれた「シェイクピア物語」は、やっぱり、シェイクスピア作品のダイジェストに過ぎず、本物のシェイクスピアの作品に出会うまで、無理して、内容に触れなくてもいいのではないかと考え、当時、チャールズ・ラムの他の作品に手が伸びなかったと言えます。
 ただ、現在は、ラッカムの絵に惹かれ読んだ矢川澄子訳の「シェイクスピア物語」(岩波少年文庫)は、ダイジェストとして読むなら、読みやすいものだと思います。(これについて、後日、続きあります。)

 閑話休題。
 さて、この本、「ガーンジー島の読書会」にあって、映画「ガーンジー島の読書会の秘密」➡➡にない、大きな秘密。
 そこが、一番面白い点でもありますが、書いてしまうのは勿体ない。ヒントは、オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルドつまり、O.F.O,F.W.W.の署名。もう一つのヒントは、猫には命が九つあること。
 この辺りは、本文の最後の方ですが、ナチス収容所のところで涙が出たのを忘れるくらい、ワクワク…楽しかった。

 ≪・・・(読書については)『娯楽』という言葉をうしろめたいものではなく、栄えあるものとして使う≫・・・ここだけとりあげてもわかりにくい引用ですが、ともかく、押しつけの読書じゃなく ,娯楽としての読書、 楽しみのための読書、なのです。大人も子どもも。
(後日 「次々 広がる世界」に続く)

☆写真は、スイス レマン湖

PageTop

ガーンジー島の読書会

ギースj
(承前)
映画「ガーンジー島の読書会の秘密」➡➡ を見てから、原作の「ガーンジー島の読書会 上下」(メアリー・アン・シェイファー  アニー・バロウズ 木村博江訳 イースト・プレス)を読みました。面白かった!!!

 映画は、「秘密」とタイトルにつけていますから、ちょっと、核心に迫るための作品の流れがありますが、原作は、作家のジュリエットが、いろんな人と文通をする書簡集ですから、核心に迫ると言っても、各々が、少しずつ、文面にしていく形で、謎解きといった感じではありません。また、映画は、中心になる登場人物が少ない分、流れがわかりやすいし、原作のいろんな部分を削ってフォーカスしているように思いました。
 原作では、いろんな人が主人公に手紙を書いて、その状況を伝えるという形なので、カタカナ名前の苦手な読者には、うーんと、誰だっけ?と思うことも度々。が、幸い、映画の中心人物たちは、当然、原作でも中心ですから、大筋のところは、同じで、助かりました。

 映画でも、ナチスの暴挙は描いていましたが、原作は、さらに踏み込んだものとなっていて、ナチスの血も涙もない非情な現実を淡々と伝え、強く、真実に生きた人たちが、文字を通して、ぐいぐい迫ってきます。

 作者が、この本一冊だけを残し、しかもその刊行を見ていないにもかかわらず、10か国語で出版され、そして読まれ、映画化までつながったということ。この本の伝えるものの大きさを感じるのです。

 今、地球上 遠くで近くで、右に右に聞こえる、軍靴の音。そんな時代だからこそ、かの映画も生まれたのだろうと思います。本と人と愛が、テーマでありますが、本を読めない状況が、いかに非道なものかを考える「ガーンジー島の読書会」でした。(続く)

☆写真は、ガーンジー島ではなく、スイス、ブリエンツ湖。

PageTop

映画「ガーンジー島の読書会の秘密」

本j
 映画「ガーンジー島の読書会の秘密」は、本が好きな者にとっては、魅力的なタイトル。
ドイツ軍がイギリスとフランスの間のイギリス海峡にある、シャネル諸島の一つガーンジー島を占領し、愚行の数々が横行されていた第二次世界大戦後、その島民の一人が読んだのが、チャールズ・ラムの「エリア随筆」。その古本に書かれていたのが、もとの持ち主の住所。そこに手紙を送ったことから、話は展開していきます。
 その手紙を書いた豚を飼育していた男性は、「ガーンジー読書とポテトピールパイの会」の一員。
 元の本の持ち主は、女性作家。
 文通が始まり、女性作家は、初めは、取材活動の一つとして、その島に行くことに。
 で、その一風変わった読書会の名前の由来を知り、その背景を知り、メンバーの抱えている心の問題を知り、するうち、絆が深まり・・・・
 島に渡るまでは、彼女には、金持ちの彼氏がいたものの・・・

・・・という話ですが、カ・リ・リ・ロは、かつて、イギリス本島ポーツマスから船で、シャネル諸島に避暑に行っていた年配のご婦人を知っていて、その方が、「いいところよ」と言う話を聞いていたものですから、まさか、そこが、ナチスに占有されていたなんて、思いもよりませんでした。ま、よく考えると、イギリスと、フランス、つまり、イギリスとヨーロッパ大陸の間にあるのですから、かねてより、苦労してきた土地柄だと想像できます。

・・・と、無知な映画鑑賞者には、その辺りの情報も増えましたが、何しろ、本が結ぶ絆の深さを再認識することができました。
読書は、個人的な楽しみだというものの、本は、人を救うこともでき、読書会は、それを分かち合えることができる・・・が、やっぱり、読書は楽しみのためのもの。

 最後、エンディングロールで、読書会メンバーたちが、本の朗読や紹介をする音声が流れます。一番最後を飾ったのは、最年少の小さな女の子が、頑張って読む(暗唱する?)A.A.ミルンの詩**。「六つになったよ」の中の一番最後の詩。   これが、ここで紹介されただけでも、この映画を見た喜びは、倍増。(続く)

**「A.A.ミルン童謡集」(山田正巳訳詩 挿絵:E.H.シェパード 中日文化)
☆写真は、イギリス オックスフォード図書館の飾り幕。

PageTop

行動すること

花50

 先日、国連の環境問題のサミットで、16歳の女性が、声を荒げ、大人たち、経済優先にする人たち、環境問題の重要性を知っているのに直視しない人たちに訴えたシーンがありました。カ・リ・リ・ロが定点観察➡➡などと悠長なことで、地球の温暖化を考える場合ではないことを、彼女は訴えていました。感情的なシーンだけが強調されますが、彼女がストックホルムでスピーチしているのを見る限り、その場しのぎの原稿を読む大の大人より、はるかに冷静で、説得力のあるものです。もちろん、彼女は、原稿など見ていません。ジーンズ姿で、大きな舞台に一人立って、演説します。淡々と。・・・・何歳であっても、訴えることの重要性を、教えてくれます。彼女は言います。
≪もちろん、希望は必要です。しかし、希望以上に必要なのは、行動です。行動し始めれば、希望は湧いてくる≫と。

 彼女を見ていると、同じスェーデンのリンドグレーンと重なってきます。いわば、小さな国のスウェーデンから、出てきた女性二人。まだ若くて未知数ではある16歳と、95歳で亡くなるものの、未だにその作品が、子どもたちに読み継がれているリンドグレーンです。時代も、年齢も、違いますが、女性であることスェーデンの自然を愛していること、そして、その信念の強さに共通項を見いだします。

 リンドグレーンは「暴力は絶対だめ!」➡➡ (アストリッド・リンドグレーン 石井登志子訳 岩波)というスピーチを1978年にドイツ書店協会平和賞を受賞した時にしていますが、当初、内容があまりにも挑発的だと見なされたため、内容変更の打診をしたようです。リンドグレーンの返事はNO!このスピーチの内容を変えなくてはならないのなら、授賞式への出席を見合わせるというものでした。
 そして、このスピーチの反響は大きく、その翌年、スウェーデンでは、世界に先駆けて民法の条文に、≪子は日常生活の世話を受け、精神的に安定した生活を享受し、社会生活を維持していくために必要なしつけを受ける権利を有する。子はそれぞれの特性に応じて、一人の人間として尊重され、体罰またはその他精神的虐待を受けない。≫と、盛り込まれました。

 また、1985年には、新聞に≪家畜を織の中に閉こめず、屋外ののびのびとした環境で飼うべきだ≫という趣旨の記事を書き、議論を巻き起こし、その後、動物愛護の活動も評価さていきます。【***参考「「暴力は絶対だめ!」(アストリッド・リンドグレーン 石井登志子訳 岩波)のはじめに ***「ピッピ 船にのる」リンドグレーン文 ニイマン絵菱木晃子訳  岩波書店)の訳者後書き】

 このリンドグレーンの作品を、16歳の彼女が読んでいないとは思えません。8歳の時に環境問題に気付いた彼女が、リンドグレーンの数々の作品にその頃、出会い、気付いたことがあったと想像できるのです。リンドグレーンの多くの作品は、8歳から12歳前後の子どもたちが読むのに、ぴったりのものが多いからです。

 さて、「暴力は絶対だめ!」の終わりに小児科医で作家のラーシュ・H・グスタフソンが、リンドグレーンと話した時のことを、こう書いています。
≪・・・・我々は、かつてピッピが主張した目標の途上にあります。「子どもは、大人が理由を説明もせずに、自分を支配するのを決して認める必要はありません。」国連の「子ども権利条約」で、すでにかなり変わってきました。—--その成果はあがってきています。かつてあなた(*リンドグレーン)と、子どもと人間の権利についてお話しした時に、あなたがおっしゃったことを思い出します。「ええ、ええ、条約は紙に書かれたものでしかありません。大切なのは行動することです!」・・・≫

 ☆写真は、グアルダ村で咲いていたセンペルビウム・アラクノイデウム(ベンケイソウ科 1000~2500m)

PageTop