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みんなみすべくきたすべく

かぼちゃの本

おおまじない3j

(承前)
 なぜか、この時期、ハローウィンで盛り上がる街の風景で、カボチャも俄かに人気者になっています。
 現場で、絵本を子どもたちに読む人たちには、ハローウィンの絵本や、せめて、かぼちゃの絵本を探すことも増えています。➡➡

 そんなとき、やぎゅうげんいちろうの、カボチャの絵本が、毎年出ているのに、気付きました。(この画家、きっと、カボチャすきなんだろうなぁ)

 かつて、うちの子どもたちが小さい頃、月刊のかがくのともなどに、やぎゅうげんいちろうの絵本が何冊が出ていました。「はなのあなのはなし」「あしのうらのはなし」「おしっこの研究」(いずれも福音館)などなど、からだに関する絵本の数々にイラストをつけたような感じのもので、絵本単体としては、愉快な絵ではあるものの、ごちゃごちゃした感が、否めませんでした。

 が、しかし、小さい子どものための絵本「たまごのあかちゃん」「いろいろおせわになりました」➡➡ 「おでかけばいばい」シリーズ(すべて、福音館)になってくると、ずいぶんと、絵が、すっきりしてきて、眼鼻のはっきりしたキャラクター、そこに、さりげなく描かれているユーモアのセンスが光っていると思います。
 で、1943年生まれの彼が、最近 出版しているのが、上のカボチャの絵本なのです。吹っ切れたような無駄のない画風は、小さい子の眼に留まりやすく、リズミカルな言葉運びとともに、楽しい展開となっています。(続く)

☆写真 真ん中が、昨日の「なむちんかむちん」右が「むむたい ねむたい」左が「ねむれんねむれん かぼちゃのこ」(すべて福音館)

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なむちんかむちん

なむちんj
(承前)
 おまじないの絵本といえば、やぎゅうげんいちろう作「なむちんかむちん」(福音館)が可笑しい。
 このおまじないの言葉は、
≪なむちんかむちん なむちんかむちん おおきなれ おおきなれ なかそとなかそと しものおならや かみのおならや せっけんばこは あわでぶくぶく≫

 大きくなりたい野菜の子どもたちが、かぼちゃのおばあさんに大きくなる「おまじない」をかけてもらうものの、そらまめくんだけが大きくなりすぎてしまいます。(それは、なぜでしょう?)
 そこで、やり直しを訴えますが(ここが、まず、可笑しい!!!)、おばあさんは眠ってしまい、ちょっとした怪我もしてしまいます。
 それを見ていた鶏のおばさんが、横やり入れるものの、翌日、やり直してもらうことに。大きくなり過ぎたそらまめくんは、家に帰って、お母さんに報告すると、お母さんの対応が、優しい。(しかも、可笑しい!)さらに、次のページは、大きくなり過ぎたそらまめくんは、小さくなり過ぎたお布団をかぶって寝ます。(その絵が、可笑しい!)
 で、次の日、今度は、きちんと「おまじない」をかけてもらって、ふつうに大きくなったそらまめくんでした。

 小さすぎる子どもたちには、この本のユーモアが分かりにくいところもありますが、幼児なら、このユーモアとおまじないの言葉を楽しみます。ましてや、そばで、もし、聞いている大人が居れば、大笑いしてしまうこと、請け合います。

 それにしても、やぎゅうげんいちろうの絵本➡➡の絵は、年々、単純化され、見やすいものとなっています。(続く)
☆写真は、スイス ルガーノ

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ちちんぷいの ぷいぷいぷい

おまじない1j
 先日、幼稚園に行っている一人の女の子に会いました。その女の子は、ふざけて遊びまわっていましたが、大人ばかりの場所では、飽きてきていました。そこへ、頭をコツン!
  よそのばあばではありますが、その子の頭を両手で抱え、「いたいの いたいの とんでいけぇー」といいました。「もう痛くない?」と聞くと、「うううん まだ」というので、もう一度「いたいの いたいの とんでいけぇー」と繰り返しても、まだ、もう一回と、そのつぶらな瞳が言っています。で、今度は「いたいの いたいの あっちいったね」と、いうと、にっこり笑って、遊びに戻って行きました。
 世界中に、この「痛いの痛いの飛んでいけ」のおまじないがあるようです。(TVのCMで、各国のをやってます)どれも、スキンシップも伴うおまじないで、子どもを思う大人の気持ちは、万国共通ということなのでしょう。

「ぐりとぐらのおまじない」(なかがわりえこ作 やまわきゆりこ絵 福音館)という手のひらサイズの小さな絵本があります。
「ちちんぷいの ぱっ」「ちちんぷいの ぱくっ」「ちちんぷいの ぴん」「ちちんぷいの ぷいっ」「ちちんぷいの ぱっぱっぱ」・・・・と続きます。
「ちちんぷいの ぷいぷいぷい」のページには、手を前に組む象さんの絵が描かれています。
≪はずかしくて しんぞう どきどきするときは しずかに そっと てをあわせ ちちんぷいの ぷいぷいぷい ぷいぷいぷいは ききめあり≫
 
 実は、先の女の子、大人ばかりの部屋に入るとき、「こわーい」「はずかしーい」を連呼して、なかなか部屋に入れなかったのです。だから、「いたいの いたいの とんでいけー」だけでなく、入口のところで、「ちちんぷいの ぷいぷいぷい」とおまじないしてあげればよかった。(続く)
 

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あめのひ かぜのひ

かぜ1
今年は、台風が、しかも強烈な台風が、たくさんやってきましたね。多分、年々、大変なことになるだろうと、素人でも予想できます。災害となってしまうような大風は、困りますが、頬に気持ちいい風は、気分もよくしてくれます。

「あめ」と同じく、子どもたちにとって、非日常な気候が、風の吹く日なのかもしれません。
オルセンの「あめ」「かぜ」➡➡*もありますが、新しい絵本では「あめのひ」「かぜのひ」(サム・アッシャー作・絵 吉上恭太訳 徳間書店)という絵本もあります。

 おじいちゃんと一緒に暮らす「ぼく」が雨の日、風の日に、外にでて、自由に楽しんで帰ってくる・・・・

 帰ってくると、雨の日には、
≪うちにかえると、かわいた くつしたに はきかえて、 あつい ココアを のんだ。おじいちゃんが いった。「まっていると、いいことが あるもんだな」「うん」 あしたも あめ、ふるといいな。≫

また、風の日には、
≪うちに はいると、おちゃを のみながら おじいちゃんが いった。「いっしょに ぼうけんするのは、たのしいもんだな。」「うん」あしたも かぜ、ふくといいな。≫

と、どちらも、二人でお茶しているシーンで終わるのです。(イギリスの絵本です。)

二冊とも、絵が魅力的で、遊び心に溢れています。

「あめ」(イヴ・スパング・オルセン ひだにれいこ訳 亜紀書房)
「かぜ」(イヴ・スパング・オルセン 木村由利子訳 文化出版局/ひだにれいこ訳 亜紀書房)


かぜ2

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八つ橋

聖護院6
 (承前)
 京都 聖護院に行く朝、夫に「今日は、聖護院に行くねん」というと、「ああ、八つ橋食べに?」と言いました。
 我々、関西人には、昔から、聖護院=八つ橋でした。(お伊勢さん=赤福餅というように)ただ、聖護院大根もあるので、京都の人には、当てはまらないかもしれない・・・
 とはいえ、聖護院門跡➡➡そのものが、予約観覧であったため、寺社仏閣、門跡塔頭としては、よく知られていなかったのかもしれず、やっぱり、聖護院と言えば、八つ橋。

 が、なぜ、あの湾曲した橋の形のようなニッキ味の和菓子が八つ橋なのか?
 八橋検校という箏(琴に似た楽器)の演奏家の死後、楽器「箏」に模したたから、八つ橋だという説。
 伊勢物語のかきつばた➡➡の八ツ橋からきている説。
 聖護院の近くにある黒谷さん(金戒光明寺  ⇒⇒  ➡➡)の参道の茶店で出されたのが、聖護院の八つ橋だとか・・・
 ま、今や、あの湾曲した硬い八つ橋より、生八つ橋の方が美味しいかな・・・イチゴ味と抹茶味買って帰りました。
写真に写る、お庭には小さな八つ橋がありました。カキツバタの頃が楽しみなお庭でした。今は、コムラサキが可愛く実っています。
聖護院8
  建物やお庭は、レトロな風情で、さぞや、お高いお食事かと思いきや、リーズナブルな麺類もオムライスもありました。聖護院門跡の近くです。下の写真の下部に、ちらっと写っているのが、昔ながらの八つ橋。お湯のみの絵柄は、もちろんカキツバタ。
  聖護院7

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聖護院

聖護院1
 京都 聖護院に行きました。秋の特別拝観で、宸殿の狩野派の障壁画や本尊の不動明王が公開されています。(~2018年11月25日)
聖護院5
 これまでは年間を通じて予約拝観だったようですが、今回からは秋だけの特別拝観として予約なしで見ることができました。
「光格天皇仮御所 狩野派障壁画100余面」というように、狩野派の豪華絢爛な襖絵を見ることができます。門跡だということもあって、今まで開放していなかったぶん、保存状態もいいのではないかと思います。ちなみに、門跡特有の宸殿の宸の文字は天子、つまり天皇を意味するらしい。
 また、控えの間のひとつには、控えているのに飽きないようにという配慮から、物語る絵の障壁画。西面は,宋代の詩人林和靖の愛梅図。北面には陶淵明の愛菊図。東面には、太公望が周の文王に見いだされる場面が描かれ、この控えの間は「太公望の間」。粋な計らいです。
聖護院3

 平安期の本尊 不動明王像もさることながら、明治の廃仏毀釈の際に廃寺となった末寺から預かったという多数の不動明王像などを見るのも興味深いものでした。
 また、書院は、細かいところにお洒落で繊細なものがあって、必見です。
 
 玄関入ったところ、入るのを「待つ」につながる、「松」の絵とか、玄関先に置かれている「大法螺」(おおぼら)を見ると、軽妙な遊び心を見るようでした。
 その「大法螺」は、実際の法螺のように吹けず、木製なのだそうです。まさに大法螺を吹く人なんて「大ボラ吹き」ですからね。
 それに、なにゆえ、ここに法螺か?というと、ここは、もともと修験道の本山なので「法螺」があります。そして、ここの紋は法螺なのです。門跡ゆかりの輿にも法螺の紋。案内をしてくれた人たちが来ていた法被の背中にも、法螺の絵が。(続く)

聖護院4

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あわてず さわがず

あるめん15
「ホイホイとフムフム――たいへんなさんぽ」(マージョリー・ワインマン・シャーマット文 福本友美子訳 バーバラ・クーニー絵 ほるぷ出版)

 オポッサムのホイホイとフムフムのおはなしです。散歩の好きなホイホイが、窓から外を眺めいろんなことを考えるのが好きなフムフムを散歩に誘い出します。なかなか散歩に出かけるのに気乗りしないフムフムでした。

 散歩をしていると、鼻歌を歌いたくなるホイホイ。そんなホイホイが歌っても、まだ、屁理屈を言うフムフム。
≪さんぽ するのは、いい くうきを すって からだじゅうに ちを めぐらせる ためだったよね。うきうきとか いってなかったし。べつに うきうきしなくても いいんじゃない?≫

 そんなフムフムも一休みして寝転がると、≪こうやって ねころぶと そらが きれいに みえるね。≫≪こんなに きれいな そらは はじめて みたよ。≫と、気分がよくなって、また歩き始め、いくつもの丘を越え、小川を渡ると、フムフムだけでなく、ホイホイまでも、疲れて歩けなくなります。

 すると、フムフムが言うのです。≪ねぇ、いきを すってごらん≫さて、今度はホイホイが屁理屈。
≪すってるよ。≫≪いきは いままでも ずっと すってるもん≫
 そして、フムフムが言います。
≪ちゃんと すって、っていうことだよ。すって、はいて、すって、はいて。からだじゅうの ちが げんきに ながれるように するんだ。≫

 フムフムはホイホイの背中を押してやりながら、いくつもの丘を越え、森を抜け、二人は帰っていきます。
≪ねころんで そらを みあげたし、おがわの みずに さわったし、とりのなきごえも きいたよね。もっと いろいろ みてみたい。 せかいじゅうを みてみたいよ。≫と言い出すフムフムは、家に帰ると、こんなことを言い出します。
≪また さんぽに いこうよ。こんどは うみへ いこう。スペインにも。イギリスにも。アイスランドにも。ちゅうごくにも いこう。いろんな ところへ いってみようよ。≫

 最後のシーンでは、散歩好きだったホイホイが椅子に座り足を延ばし、窓の外を見ています。座って窓から外を眺めるのがすきだったフムフムは立って、地球儀を見ています。そして、その部屋の額には「あわてず さわがず」という言葉がかけてあります。
☆写真は、スイス アルメントフーベル

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何より、絵本を紹介できる。

からすj
 秋になって、週2日の出勤をしています。昨年、使命感➡➡などと大層なことを言って、請け負ったものの、果たして、やれるのかと、少々不安に思った日もありました。ところが、実際に、動き出してみると、出来るもんですね。この年齢でも…
 帰宅すると、疲れているのが分かりますが、意外と、教壇に立つと、アドレナリンがでるようで、結構、やれていると思います。多分、「教える」という行為が根っから好きなのでしょう。

 上から目線で物を言うから、「先生」は嫌い・・・というむきもあるでしょう。
 つきつめれば、おせっかいの延長にあるのもかもしれません。
 たとえ、そうだとしても、「教える」という行為には、自学という裏付けもあって、個人的にはそれらをひっくるめて、好きなのだと思います。準備も楽しいし、話す内容を考えるのも嫌いじゃありません。何より、絵本を紹介できる。
 それにまた、時々見える、生徒・学生たちの成長や喜びや悲しみ。人間的なつながりが持てることがある事も、「教える」側の喜びに通じています。

  さて、今日、学生たちに、今までで一番好きな絵本は?と聞いたら、「ぐりとぐら」➡➡「はらぺこあおむし」「からすのパンやさん」という声が、各1割ずつ出てきました。ここ何年も、同じ質問を繰り返していても、今年は、目立っていました。特に「からすのパンやさん」➡➡が、出てきたのは、今年が初めて・・・
 何故なんだろう?と考えてみたら、もしかしたら、加古里子が亡くなった特集がテレビでも、広告でも、書店でも、あった影響かもと思うのです。・・・・・ということは、やっぱり、いろんな形で、絵本の愉しみをアナウンスし続けていかないといけないんじゃないかとも考えるのです。

☆写真は、「からすのパンやさん」(加古里子 偕成社)のパンをペットボトルの蓋に一つずつ貼り付けた手作りの玩具。 
絵本の上に乗っかっている「スイカ」の折り紙と、その前のキャンデー二本は、「はらぺこあおむし」(エリック・カール もりひさし訳 偕成社)にちなんだ手作り折り紙。

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はてなマーク

くもj
(承前)
 もうちょっと、雑感を。
 最近、新聞の記事や、メディアの伝え方に、時々、はてなマークがつくことが多いのは、カ・リ・リ・ロだけ?

 例えば、被害は「4割回復!」・・・確かに、回復途上の励ましの意味もあるでしょう。が、まだ6割、あかんやん!そんなダメージを生んだ背景を、自然のせいだけにしてない?不測の事態に備えるという言葉は、死語なのか?

 例えば、反対する人の票が、半分であれば、「倍の勝利!」・・・・確かに、票は倍でしょう。が、2対1の1の人が反対しているではないですか。真摯に、1の反対票を受けとめることが、省みるってことじゃないの?

 例えば、「五分五分の戦い、いえいえ、大きな力 結集!」と、言っていたじゃないですか。静かに静かに、1票を投じた県民の思いを、無視するから、そんなこと大きな声で言ってたんや。

 ・・・・とまあ、日本のメディアは誰を忖度しているの?
にしても、ここ最近 アメリカのメディアには、自社のプライドと生き残りをかけて、言うべきことを発信しているところもある・・・

 映画の≪歴史上最も偉大なイギリス人として国民に支持されている≫チャーチルというを文言が、少々オーバーだとしても、我が国の為政者は、どうなの?
☆写真は、上下とも 10月初めの朝の空

朝焼けj

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政治家の映画

ニヨン
 もはや、夏は、遠くになりました。
 夏に飛行機内で見た何本かの映画は、タイトルを聞いてから、ああ、それ見た・・・と思い出すくらい。
 
 そんななか、「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」という映画を観たことを思い出しました。そのあとの「チャーチル ノルマンディーの決断」の映画評を見たからでした。先の映画は、アカデミー主演男優賞などを取った話題作であり、実際、チャーチルの演説やその行動は、真に迫るものがあり、演説の高揚感も伝わってきました。

 なので、その強いチャーチルが、その後苦悩するいわゆるノルマンディー大作戦の頃の映画だというので、シニア割引で劇場に行きました。(休日にも関わらず、空いていました)
 結果、二本とも見てよかったと思いました。どちらの役者も、迫真の演技。

 やっぱり、演説がうまい。チャーチル本人の演説を聞いたことがありませんが、どこかのだれかさんのように、原稿を見ながら、しかも、読み間違いなんて(漢字が読めないなんて!)ありません。映画は役者が演じているとはいえ、多分、本物も、自分の言葉で原稿を作り、自分の言葉で演説していたのでしょう。だから伝わる。それに、彼は、ノーベル文学賞作家でもありました。

 映画ですから、主人公を美化してはいますが、≪歴史上最も偉大なイギリス人として国民に支持されている≫とエンディングロールで出てきたとき、うーん、日本の政治家で歴史上もっとも偉大な人と支持されている人なんかいるんか?

 さて、「チャーチル ノルマンディーの決断」には、ローマの神殿遺跡のような風景➡➡が2度ほど出て、しかも、重要な場所で登場。ええっ!イギリスにこんな場所あったん???と、かつて、ローズマリ・サトクリフの描いたローマンブリテンの舞台を訪ねて、何度か訪英したことのある身としては、興味津々で、撮影場所を知りたく映画の最後も、帰ってからの検索もしてみましたが、その地は不明のまま。・・・が、あれはもしかしたら、映画のためのセットで、チャーチルの、ローマンブリテンについて、あるいは、ローマの帝国史についての歴史観のシンボルとして、設営されて登場したのかもしれない・・・・遺跡にしたら、ずいぶんと綺麗でしたから。それとも、イギリス以外の国?(続く)

☆写真は、スイス ニヨン
 

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小さい秋 やってきた

だんじり2
金木犀も香り、暑い日も肌寒い日もあって、秋になっていきます。
ハナミズキは、春も秋も楽しめます。
 だんじり3
地区のだんじりも、小さいながら 元気にやってきて、ついつい、身を乗り出して、見てみたくなります。
 お囃子のリズムが心地よく、日頃は静かな住宅地も、活気づくよう・・・
 うちの子どもがとても小さい頃住んでいた地区も、だんじりが回ってきて――これは、春でした――町内のハッピを着せた子どもと一緒に回ったものでした。
 
    だんじり

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前頭葉の疲れ

ブリエンツ1
 だらだら続いたスイス報告2018も、終わりです。スイスで風に吹かれ、ゆっくりした時間を過ごし疲労は回復。
 スイスに出かける寸前まで、雑用に追われる日々。思考力低下、バタンキューという言葉がぴったりの日々。判断力も鈍り、怪我をしたり、忘れ物や失せ物や・・・誤字や脱字や・・・

 帰国して教文館という銀座の真ん中にある子どもの本屋さんが出版している 「メディアにむしばまれる子どもたち――小児科医からのメッセージ」(田澤雄作 教文館)という本を読んで、納得です。こんなばあばでも、前頭葉が疲れていたと思われます。
 もちろん、この本は、現代の子ども事情を伝えるショッキングともいえる内容です。大人のことを直接書いているわけではありません。タイトル通りです。が、心身が疲労していくとどうなるかを、体得していたカ・リ・リ・ロには、よくわかる内容といえました。

 刺激の強いメディアに侵されている子どもたちの危ない状況は、後頭葉への刺激が強すぎて、判断力や思考力、推理力等などのもととなる前頭葉の疲れを呼び、慢性疲労となり、それが、いわゆる「キレる」子どもたちにつながっているのではないか(否、つながっている)というのが、この本の大きな骨子です。
 
 また、序文にあたる「この本の誕生のいきさつ」という斎藤淳夫の文の中に≪・・・私たちもまた、便利さと豊かさのみを求めてつっぱしってきた日本の高度成長のもとで、さまざまな要因が重なり合い、子どもたちの心をゆがめてきたにはちがいないけれども、その中で、どうやらメディアが最も激しく、直接的に、子どもたちを追い詰めているのではないか、人間の成長にもっとも大切な五官(目、耳、鼻、舌、皮膚)の感覚をひどく損なっているものがメディアなのではあるまいかと感じていたのです。・・・・≫とあります。

 ほんとうに小さな子どもがゲーム機を離さず、スマホやタブレットで動画を見ている状態を見かけることの多い昨今、子どもに関わる人みんなに、読んでほしいと思うものの、特に読んでほしい大人はきっと読まないだろうなあと思いつつ、せめて、目次からでも気になってもらえればと思い、書きます。

 Ⅰ 笑顔が希薄になった子どもたち   
   第1章 子どもの描く絵からわかること
   第2章 「まなざし」が赤ちゃんを育てる
   第3章 小児科外来にやってくる子どもたち
 Ⅱ子どもたちの叫び声が聞こえていますか?
   第4章 子どもの慢性疲労について
   第5章 子どもを「へとへと」にしているものは何か?
   第6章 映像メディアは子どもの脳にどんな影響を与えているか
   第7章 ヘビー・ユーザーと「大人になれない子ども」
   第8章 ゆがめられた子どもの心
   第9章 暴力的な事件の背景にあるもの
   第10章 最恐メディア「スマートフォン」
Ⅲ取り戻そう!感動あふれる子どもの世界
   第11章 いまこそ大人の意識改革が求めれる時
   第12章 子どもの本当の幸せのために

☆写真は、スイス ブリエンツ湖

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世界遺産の商店街

ベルン本
(承前)ベルンの街は、駅に近いところは、ブランドもののお店がならび、離れていくほど、おいしそうな店やアンティークやギャラリーのような店が増えていきます。しかも、回廊のようになっているので雨にぬれずに眺めることのできるお店が延々と並んでいます。
ベルン本2
 児童書専門のお店があって、オープン時間が限られていたので、そこに行くために時間つぶしに他もうろうろしてみました。
ベルン本5j
ベルン本6j

ベルン本4
☆パン屋の写真、一番下のパンが少ないのは、我々がお昼に買ったからです。ハムとピクルスが入っていました。一番下の写真は、はちみつやさんのウィンドーです。
ベルン本3

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ベルンの街

 ベルン3
バーゼルには、人口世界第一位の国の旅行客が、少なかったのですが、ベルンは違いますぞ!
 世界遺産に登録されている旧市街地の外に、アーレ川(ラインの支流)が流れていますが、その川の横の高台になって行く坂の途中に、観光バス!そして、そこからあふれ出す人々。
 2013年のときにベルンに泊まり、朝の散歩で静かなベルンの朝焼けに感動したその場所➡➡の昼間は、バス バス バス、ひと 人 ひと。

町はずれにある、ポール・クレーセンター➡➡に行きたかった・・・と、後ろ髪ひかれ、ぶつぶつ言いながらも、街のウィンドーを楽しみました。(続く)

☆写真上は、ベルンの旧市街の時計塔、下はベルンの大聖堂。前に上った時、夫は、このタイプの高いところが苦手だと気付き、
それ以来、上がりません。お猿さんのように高いところも平気なカ・リ・リ・ロには、よくわかりませんが、足がすくむのだそうです。

ベルン大聖堂j

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ライン川を見ながら

バーゼル1
今回のスイス行きは、大体いいお天気に恵まれていましたが、雨が降らなくても、突然の雷雨予想というのもあって、山に出かけるのではなく、街にも行ってみました。(写真は、凄くいいお天気に写っていますが、山岳地方は雲がかかっていました。)
バーゼル4

 バーゼル➡➡は、たくさんの美術・博物館があって、昨夏、カ・リ・リ・ロもその娘も、ファンになりました。そして、昨年、バーゼルに滞在時間の長かった娘に色々勧められていたものの、昨年行ったから➡➡と、あまり乗り気ではなかった夫とは、「玩具博物館」にだけ行きました。むむむむむ・・・・
バーゼル2

 可愛い建物の中には、人形の家と人形の店舗がたくさんありました。クマのぬいぐるみも大小、古いものがたくさん。シュタイフのクマもたくさん。
 人形の店舗は、細かい作業の商品が並び、お店屋さんごっこがリアルに再現できたのだろうと思います。

 街の真ん中を流れるライン川を見ながら、持ってきたランチをほおばり、いつか、ライン下りの起点であるこの街の港からゆっくりライン下りをしたいものだと思いました。当然、昨年のスイスの国内だけのライン下り➡➡のような簡易なものでなく、ドイツを通り、オランダまで行くクルーズです。はてさて、そんなことできる日がくるんだろうか?
バーゼル3 

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はじめての路線

パノラマ1
 この度のスイス行きは、ルガーノ以外、いつもと同じホテルに泊まり、半分以上、いつも行くところでした。
 元来、同じところに繰り返し行きたいカ・リ・リ・ロと異なり、夫は、いろんなところに行ってみたいタイプで、カ・リ・リ・ロのおかげで(せいで)、こんな旅行パターンに甘んじています(決して、そうは言いませんが)。
 
 それがわかるのは、一度行った美術館・博物館には行きたがらない。同じ路線に乗るより、違う路線を使いたい・・・
パノラマ3j
 ということで、ルガーノからドモドッソラを通ってシンプロントンネルを使って山岳地方に入ったり、大きな街ベルンに行くのに、わざわざ、支線を使ったり(現地の人しか乗ってない)、今夏からの企画添乗員としては、面白いプランを考えました。誉めてあげましょう。
パノラマ4j
 で、もう一つ、これは今まで、通ってこなかったパノラマ特急の最後の路線です。ルチェルンから、最終はレマン湖のモントルーまで行くコースですが、今まで、このコースの半分は乗ったことがあったものの、慣れたところの好きなカ・リ・リ・ロの要望――レマン湖に落ちる夕陽を見たい――もあって、ベルン周りのコースでレマン湖入りしていたため、抜けていた路線でした。

 渓谷を通った路線➡➡も面白かったですが、この路線は、村々にスイス風建物が建てられ、目に優しい風景になっていました。そして、最後は、レマン湖に一気に下っていくのです。
パノラマ2

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ウルスリのすず

カリジェ25j
 「ウルスリのすず」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波)
(承前)安野光雅の「旅の絵本」(スイス編)(福音館)に、申し訳程度に登場したのは、「ウルスリのすず」➡➡のウルスリですが、「ウルスリとすず」は、岩波から出版されたカリジェの6冊の絵本のなかでは、お話が一番短く、わかりやすい展開です。他の絵本よりも、スイスの風景の書き込みも少ない分、主人公の動きだけを見ることができます。

≪ずっと遠く、高い山やまの、そのおくに、みなさんみたいな男の子が、すんでいます。(中略)ほーら、これがウルスリ、山の子です。小さいながら、おとなみたいなかっこうです!あたまには、やまのてっぺんみたいにとんがった、とんがりぼうしがのっていますね。これは、いま、ウルスリのうちでねている、ヒツジの毛からつくったのです。そう、ウルスリのおかあさんは、毛をつむいだり、あんだり、おったりして、むすこのきものや、ぼうしをつくってくれるのです。おとうさんも、ウルスリのくつにびょうを打ってくれるし、しょっちゅう、いろんなものをつくってくれます。≫

・・・と、ウルスリの様子がよくわかります。そして、お母さんとお父さんに愛され育つウルスリが、一晩帰ってこない事件が・・・

 2歳半の孫に、この絵本の大筋を絵を見ながら説明しました。すると、大きい鈴(カウベル)小さい鈴、一晩帰ってこないウルスリを探す大人たち、泣いている親たち、朝になって帰ってきたウルスリ、みんなより大きい鈴で、意気揚々と歩くウルスリを、場面場面で理解したようです。というのも、3回ほど説明をせがんだ後、孫は、自分の母親に、この絵本を見せ、説明していたからです。
「ここはね、おかあさん、ただいまーって、いってるよ。大きな鈴もってきたんだよ」
カリジェjj

追記:この絵本は、「大雪」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 生野幸吉訳)とともに長らく品切れになっていましたが、2018年11月に再版されるようです。(岩波「図書」10月号より)
☆写真上、スイス トゥルン カリジェの里の駅舎(2005年撮影)

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