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みんなみすべくきたすべく

あふれでるもの

スイス編95
 スイスに出かける前に、安野光雅の新刊「旅の絵本Ⅸ」(スイス編)(福音館)が手元にありました。(意識しないで買ったら、なんと、サイン本!)1926年生まれのこの画家の絵本は、ち密なのに大らかさを感じることのできる絵本が多く、しかも、いたずら心満載で、好きなものでした。
 特に旅の絵本シリーズの初めの頃のものは、秘密がたくさん隠されていて、それを見つけるのも楽しく、ワクワクしながらページを繰っていくと、こちらまで、絵の中の旅人や現地の人たちと一緒にちょっと遊んできたという感覚になりました。
 絵から、溢れるものを分けてもらえます。
 スイス編4

 が、しかし、近年 この画家の絵本は、あまりそれが感じられなくなってきていました。
 そこに、この「スイス編」でした。緻密な筆使いでなくなっているのは、仕方ない事だろうし、それも一つの「味」となっているのかもしれません。とはいえ、あのワクワク感が見つけられません。あんなにたくさん描かれていたお茶目な人たちが減っているからでしょうか。

 この画家は、何度もスイスを訪れています。2002年から2003年にかけて、カリジェ生誕100年記念の絵画展があった時の図録には、カリジェの里に何度か足を運び、原画を見た一文を寄稿しています。だから、今回のスイス編のトーンは、「らしく」ないともいえるものでした。何故なら、カリジェの絵本から抜け出したのは、ウルスリ一人だし、それが描かれているシュタイン・アム・ラインの絵には、印象的なカリジェの壁画➡➡も描かれていないからです。

 デフォルメされていても、実際と違った構図になっても、それは問題ではありません。ホドラーの描くスイスの風景のように、風景の抽象化➡➡とも違います。
  溢れ出る画家の感性に触れたい・・・

  絵本に描かれた アイガーもグリンデルワルトも、ラウターブルンネンの滝➡➡も、ユングフラウも。ラインの滝も、シュタイン・アム・ライン➡➡ ⇒⇒、そして、ルチェルンの街やベルンの街も。
☆写真上は、スイス ユングフラウヨッホから見たアレッチ氷河。2005年撮影。写真中は、ライン瀑布。2017年撮影。写真下は、ルチェルン。2018年撮影。

スイス編

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暑さ 寒さも 彼岸まで

退蔵院1
 もう少し2018スイス報告は続くものの、季節は移り、京都は萩の花の季節に。
京都 妙心寺退蔵院のお庭を見に行きました。金木犀も香っています。ちょっと早い目の秋の庭でした。
 退蔵院7
ここは、小さいながら、よく手入れされ、四季折々楽しめるお庭です。紅葉と、蒲の穂。
退蔵院2
退蔵院8

イヌタデさえ、お庭の一員
退蔵院4
もちろん、枯山水のお庭もあります。
退蔵院3
水引きの花は、受付のところの足もとです。
退蔵院6
最後は、こんなに赤い彼岸花。なぜ、お彼岸の頃を知っているのか・・・暑さ、寒さも彼岸まで・・・が、台風がくる。
退蔵院5

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こいつは、気持ちがいい!

ブリエンツ2
 小さな花や小さな虫、大きな山から、エネルギィをもらいましたが、心地よく吹く風は、一番大事なものでした。
 葡萄棚の下で、吹く風も。
 アルプスを見渡す山麓で吹く風も。
 湖面に吹く風も。

 そして、帰国して、今まで余裕がなくて、手元に置いたままだった本たちを読みました。
 その1冊「パイパーさんのバス」(エリナー・クライマー作 クルト・ヴィーゼ絵 小宮由訳 徳間書房)
 街で一人暮らしのバスの運転手パイパーさんが、動物たちと出会い、バスを購入し、そのバスで、動物たちの住処を探しに出かけ・・・というお話で、中にこんな表現があります。

≪パイパーさんは、毛布を外へもちだして、りんごの木の下にしくと、そのままよこになりました。(犬の)バスターがやってきて、パイパーさんの足もとでまるくなりました。風が、さらさらと木の葉をゆらしています。「こいつは、気持ちがいい!」パイパーさんはそういうと、すぐにねむってしまいました。≫

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まるで 妖精のように

とかげ10
(承前)  花は好きですが、花に集まる小さい虫たちも嫌いじゃありません。バッタみたいに触ろうとは思いませんが、きれいな「とかげ」を見るのは平気です。「きゃあ」なんて言いません。

 スイスで、男前の「トカゲ」を見ました。大抵、シャッターチャンスを逃すのですが、この時は、2枚も撮れました。
 陽光サンサン降り注ぐ中、彼は、ぎろっとこちらを見て、行ってしまいました。
 ファージョンの「イタリアののぞきめがね」の中の「トカゲ」を思い出しました。
 帰国して、読み返したら、トカゲは、もちろん出てきますが、数多くの花々も次々登場しているのを、再発見し、嬉しくなりました。そのお話は「ブリジェットのイタリアの家」です。

≪家まで帰る途中で、みどり色のトカゲが、日にあたろうとして、石がきのすきまから出てくるのにあいました。というのは、月があがったのに、お日さまも、まだ出ていて、みどり色の、イタリアのトカゲは、日なたぼっこがすきだったからです。トカゲは、宝石のように、キラリと光りました。けれども、わたしたちが近くにいるとわかると、トカゲは、あわててにげだして、まるで妖精のように、またべつのすきまにかくれてしまいました。・・・≫

*「イタリアののぞきめがね」(ファージョン作 アーディゾーニ絵 石井桃子訳 岩波)

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小さなものから もらうもの

小さい6j
 アイガー・メンヒ・ユングフラウから、いつも元気をもらっていますが、その周辺のトレッキングでもらう小さな喜びもたくさんあります。 クライドルフの絵本「バッタさんのきせつ」(佐々木田鶴子訳 ほるぷ)を思い出す、きれいなバッタさん。
小さい3

あるめん5
 クライドルフの絵本では、どんな役回りだったかなと、思い起こす、花々。
 小さなものたちからも元気をもらえます。
 クライドルフも、愛でた小さなものたちと出会えるのは嬉しいことです。
小さい4j

小さい7j

小さい5j

食いしん坊の目を捕えたのは、光るブルーベリーかと思った、青いテントウムシのような虫。(続く)
小さい1
クライドルフの絵本「花を棲みかに」「アルプスの花物語」(矢川澄子訳 童話屋)

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力をもらう

さんざん3
 夫がモルジュの朝市を希望したように➡➡、カ・リ・リ・ロが希望をだしたのは、毎年変わらず、クライネシャイデックからベンゲンアルプまで下る道。そして登山電車を待つ間、アイガー・メンヒ・・ユングフラウを見ながら、一息つきたい・・・でした。
さんざん13
 こんなに近くで見ることのできる山の迫力。力をもらえる気がするのです。
さんざん2
さんざん4

さんざん5


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収穫

あるめん10 
アルメントフーベルからグルッシュアルプを目指す道は、ミューレンを通る一番下の道と、今回、行った上の道と中の道があります。(きっと、他にもあるだろうけど)思い付きで歩いた道があまりに、いい景色だったので、結局、3日で、その辺り3つの道を歩いてみました。

 まず、今までのお気に入りのいグルッシュアルプからミューレンを目指す平坦な道、片や三山を背景に時折通る登山電車。歩きながら、野生のブルーベリーを食べ、途中の小屋でヨーグルトを食べといったコース。アジアやアラブ系の人達は、滅多に歩いていず、大人も子どもも老人も歩けるコースです。
あるめん16

 今回、新たに通った2つの道は、標高の高いところを歩く分、眺めは抜群!
あるめん6

 しかも、先の平坦な道より、さらに人が少ないせいか、ブルーベリーは食べ放題。ははは・・・今年は、ラズベリーも食べ放題。ははは・・・
 景色と風とお口をもぐもぐ・・・青く赤く汚れたお口とお手々は、山の冷たいお水(牛たちの水飲み場)でばしゃばしゃ・・・(続く)
ラズベリーj

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ひつじが ひなたで ひるごはん

 やぎさん5
(承前)
 とはいえ、同じアルメントフーベルでひつじの群れをみたときに 同じ「ぐりとぐらカルタ」(中川李枝子作 山脇百合子絵 福音館)の「ひ」の札、「ひつじが ひなたで ひるごはん」というのを思い浮かべなかったのは、ひつじたちが急坂を、追い立てられていたからですね。
やぎさん4
ま、それなら、登山電車の中から、ロバを見たときも、「ロバさん ろくさい ろうそく ろっぽん」という「ろ」の札も思い出さなかったけれど。
    ろばさん14
 

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山羊さん やっぱり 山が好き

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 アルメントフーベルの一番上の道を選んで歩いたとき、途中で、分かれ道がありました。我々は、そのまま真っすぐ進みましたが、杖をついたおじいさんは、右手の道を下っていきました。
 それで、我々は、コース最後付近まで平坦で、いい景色を堪能したものの、最後は、一気にきつい下り坂。
 なので、別の日は、おじいさんが下って行ったのだから、もしかしたら、優しい道かも・・・と、真ん中の道を歩くことにしました。

 そこで見たのは、ヤギの群れ。
 ああ、やっぱり、山羊さんは山が好きなんだと、思い出したのです。「やぎさん やっぱり やまがすき」・・・これは、「ぐりとぐら かるた」(中川李枝子 山脇百合子 福音館)の「や」の札です。
やぎさん3 
 このカルタは、かつて、うちの3人の子どもたちと楽しみ、今また2歳の孫とも楽しんでいるので、口をついて出てきました。(続く)
   やぎさん2

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マウルスとマドライナ

カリジェ40
(承前)
 「マウルスと三びきのやぎ」(カリジェ作 大塚勇三訳 岩波)でマウルスは、街に住むマドライナが「遊びにおいで」と手紙で誘ってくれたので、出かけることにします。

 マドライナに会うために、グラウビュンデン州の高い山中ベラヴァルダ村に住んでいるマウルスは、山越えをします。崩れかけている細い道を通り、雪原、そして万年雪を越えていきます。帰り道に迷わないように、ハシバミの小枝を、刺しながら越えていきました。それから、山を下りたところにある駅から電車に乗ると、マドライナの住む大きな湖の向こうの街が見えてくるのです。

 それが、どこの街とは文中には、ありませんが、飛行場があったり、もう一度山を目ざして帰ろうと、マドライナとティムおじさんと一緒に橋を渡っている絵から、それがチューリッヒだったとわかります。
カリジェ9

カリジェ2

カリジェ1

カリジェ3

 さて、飛行場では、まじかで見たヘリコプターに乗って見たかったマウルスとマドライナでしたが、マウルスの山の家を目指す帰り道で、まさかの悪天候。そこで、助けてくれたのが、ヘリコプター・・・で、念願のヘリコプターの乗客になって、無事、帰還。
☆写真一番上は、カリジェの出身地グラウビュンデン州トゥルン(撮影:2005年)写真3~5番目は、チューリッヒ(撮影:2017年)。カリジェの絵のどの教会かわかりますか? 

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ヘリコプター

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 スイスの山岳地方では、よくヘリコプターを見かけます。車で、高いところまで上がれないので、資材など必要なものを運ぶ手立てとして、利用されているようです。

 カリジェの絵本「マウルスと三びきのヤギ」(カリジェ文・絵 大塚勇三訳 岩波)にも登場しています。
≪さて、みんなはケルンにつきました。マウルスとチロは、やわらかい草にからだをのばして、ひとやすみします。マウルスはバタつきパンをかじり、チロはソーセージのはしっこをもらいます。それから、ふたりは、とってもいいきもちで、あたたかい夏の風に鼻をなでてもらいます。ながいプロペラをつけたヘリコプターが、ブルンブルンと大きくうなりながら、頂上のまわりをとびまわっています。ギャッギャッギャッとなきながら、三羽のヤマガラスが、あらあらしいノリスをおいかけています。むっとするような空からは日がアツクテリツケ、ヒツジの毛みたいな雲が、せかせかとおりすぎていきます。雲たちは、山のかげで風や雨がおこりかけているよと、マウルスとチロにしらせているのです。≫

・・・・お話の最後で、家に無事帰ったマウルスが見た夢は、動物たちがベッドをとりまき、あいた窓には、ヘリコプターも来ている・・・というものです。

 スイスの山岳地方では、身近なヘリコプターですから、子どもたちは乗ってみたいという気持ちが強いのだと思います。そこで、同じカリジェの描く「マウルスとマドライナ」(カリジェ文・絵 大塚勇三訳 岩波)では、実際に、子どもたちがヘリコプターに乗る話になっています。(続く)
☆写真は、スイス アルメントフーベル
ヘリ1

ヘリ3

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アルメントフーベル

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 シルトホルン➡➡を降りてくるとき、途中駅のミューレンで降り、別のケーブル➡➡でアルメントフーベルにいきました。前に来た時は、ここから三山の方に向かって降り、ミューレンにもう一度戻るというコース➡➡で、左手に降りる道でした。が、あんまり、天気がいいので、つい浮かれ、今度は、地図も下調べもないのに、右手に下りようということに。
アルメン2
 登山ではなく、あくまでもトレッキングだと、スイスは、標識や石の道標がしっかり整備されているので、お天気のいいときであれば迷うことはないと思います。
あるめん12j

 山のお天気の状況はライブで、テレビ中継されていますから、毎朝確認できます。もちろん、今はWEBでも情報を得ることができますが、日本のお天気予報に比べ、大雑把に「6時間に2回程度、突然の雷雨」といった情報なので、テレビ中継で確認します。夏の高い山は、昼から気温が上がり、ガスが上がって、山に雲がかかってしまう・・・という知識を頼りに、毎朝、その日の行動を考えていました。
あるめん7

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シルトホルン

シルト1
 スイスパスを先に購入していくと、スイス鉄道・バスは乗り放題で、ほとんどの美術・博物館が無料です。登山用のケーブルやロープウェイなども無料や割引です。
シルト3
 今年からシルトホルン(2970メートル)の展望台に乗り継いで上がるのも、スイスパス保持者は無料になりましたので、さっそく,上がってみた次第。空中ケーブルは、アジアの人で溢れかえっていました。みなさん、平地に観光バスで乗り付けて、そこから乗り込んだご様子でした。
シルト2
 ここは、映画「女王陛下の007」の舞台として展望台レストランが作られ、その後、展望台も整備され、今年を迎えたということのようです。
 トイレを含めるいろんな場所に、映画を思い起こさせる工夫がされ、山の上のちょっとしたアミューズメントパークのようになっていました。

 まあ、そんなことより、360度のパノラマ風景は、やはり凄い。お天気の良い朝を選ぶのが正解です。
  シルト5
 

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乗り換え駅

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シュピーツ3
シュピーツ4
 さて、ルガーノから乗り換えながら、ベルナーオーバーラント地方シュピーツに着きました。次の宿泊地インターラーケンまでは、あと1回乗り換え、30分以内なので、途中下車して、景色の美味しいカフェでお茶しました。

 1年ぶりに見るニーセン➡➡も懐かしく、シュピーツ駅は、他の大きな駅のように、アジアの人たちで溢れかえってはいないぶん、静かに、景色を味わえます。
シュピーツ2

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マンマ・ミーア続編

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 スイスに行くときの飛行機で、見られたらよかったのに、まだ、日本で公開していなかったので、娘と劇場に行って見たのが、何年か前に見た「マンマ・ミーア」の続編。
 前のを見てない人には、ちょっと、わかりにくいと思われますが、ともかく、前のを見た人は、必見だと思われます。3人の父親という秘密が、解き明かされますから。

 ママ(メルリ・ストリープ)の出身大学がオックスフォードなので、青い青い海だけでなく、英国オックスフォードも写ります。 これで、今日の写真が、 紺碧の海ではなく、英国の空の下、古い尼僧院の写真だとお分かりになったでしょう。この崩れ落ちた尼僧院の前、つまり、オックスフォード近郊のテムズ河畔で、みんなで踊るシーンがあるのです。➡➡ ⇒⇒(*ただし、映画のセットなのかは、さだかでありませんが・・・)

 ともかくも、アバの歌にのせて、みな歌い踊り、楽しい映画でした。改めて、アバの楽曲が、親しみやすく、心に残るメロディと歌詞なのだと思いました。やっぱり、映画を観ながら、♪ふんふん♪口ずさみ、映画館を後にしても、まだ、♪ふんふん♪、足取り軽やかに帰りました。

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東山魁夷展

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スイス2018報告は、まだ続くのですが、久しぶりに京都のお稽古に行く前に出かけたのは、京都国立近代美術館でやっていた「生誕110年 東山魁夷展」(~2018年10月8日)。

 「本当の『あお』にであう」と添えられているように、綺麗な青を中心に、色で目を楽しませてくれました。ヨーロッパの古都を描いたものもありましたが、この画家は具体的なものより、色彩のイメージを深めていく風景画が得意なのだと思います。
 「白夜光」という北欧の旅のあと、描かれたものが、今回の絵画のなかでは、一番印象に残りました。光の取り入れ方が一段と美しいものになっていたと思うのです。

 そして、唐招提寺御影堂修理のために、御堂内部にあった東山魁夷の描いた襖絵が再現展示されています。修理のため、ここ数年は見られないという襖絵ーー唐招提寺御影堂障壁画を間近に見るのは、なかなかないチャンスでした。これは、圧巻でした。
 襖絵ですから、大きく、表裏に描かれています。その労力たるや・・・と思っていたら構想から10年。しかも67歳のときに第一期完成、72歳のとき第二期完成と解説されていますから、うーん、凄い。

 芸術の鑑賞というのは、実物を目の前にした臨場感?空気?が大事な要素だと考えている者にとって、襖絵などは、図録でみても仕方ありません。

それから、どんな鑑賞も、「よかった」「面白かった」「力をもらえた」「楽しかった」等など、様々な感想がありますが、この東山魁夷展は、「綺麗だった」。
 

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渓谷鉄道

ドモド2
今までと空気の違ったスイス南部から、アルプス方面の移動も、遠回りしてみました。
 ツェントヴァッリ鉄道といって、百の谷という意味のツェントヴァッリ地方を走る絶景ルート。ルガーノからロカルノ、というスイス国内を過ぎ、ロカルノで乗り継いで次はドモドッソラというイタリアの街に着くコースでした。
ドモド4
 深い深いふかーい渓谷が続いていたのですが、窓が開かないので、カメラを下や前方や後方に向けることが出来ず、夫も、カ・リ・リ・ロも、どちらも 「ひゃー  ふかーい」という声を何度も残しただけでした。
 ドモド1j
    ドモド3j
 それで、かわいい村々も通り過ぎながら、ドモドッソラという、いかにもイタリアという地名の駅に着きました。ここで、乗り継いでスイスに再入国ということになるようなので、ちょっと街に寄り道しようかなどと考えていたら、すごくさびれた駅舎に、草の生えたままの線路。ま、いわば、イタリアの北西の隅っこなので、行き届いていない感が半端なくあったので、途中下車せず、スイス鉄道に乗り継いで、スイスに再入国しました。が、世界遺産の教会の一つがあったりして、またもや、歴史文化の旅なら、興味深い土地のようでした。
ドモドソッラ

 それで、ドモドッソラをすぎるとすぐに、夫には、思い出深いシンプロントンネルを抜け、また今夏もインターラーケンを目ざしていきました。
 追補:物知らずのカ・リ・リ・ロには、ちっとも、感慨のなかったシンプロントンネルというのは、1982年に日本の大清水トンネルができるまで、世界最長のトンネルだったそう。夫は、ああ・・・と、嬉しそうでした。長いトンネルでした。

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葡萄棚の下で

ベリオン5
(承前) ベリンツォーニの一番大きい古城「カステル・グランデ」には、心地よい風の吹くカフェレストランがありました。天井はぶどう棚、お城のバルコニーです。スイスにしては、気温の高いチッチアーニ地方で、しかも、3つの遺跡を見た後でしたから、風がごちそうみたいなものでした。なので、ここで、ゆっくり過ごした時間は、今回の旅行でも、大事なものになりました。
ベリオン6
 なんといっても、遺跡の中で、他の2つの遺跡を眺めながら、冷たく冷やしたワインと美味しいランチなんて、幸せ以外のなにものでもありません。
べりおん7
 また、3つの中世の城の佇まいは、サトクリフ「運命の騎士」(猪熊葉子訳 岩波)のアランデル城を思い起こします。が、いかんせん、イングランドの日差しと、南スイスの日差しの違いからか、ついつい、現実的なアイスクリームに心を奪われていたのでした。
べりおん8

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城壁をくだる

べりんj
 (承前)上の写真は、ベリンツォーナの3つの古城の中で一番大きな「カステル・グランデ」から撮りました。これら三つの古城は、地図で見るよりずっと離れていて、山上の「カステッロ・ディ・サッソ・コルバーロ」に行くには、大変なので、スイスの観光地ではおなじみのミニトレインに乗って上がりました。
べりん11
 そして、中腹の「ステッロ・ディ・モンテベッロ」の城壁は、街を取り囲むようになっているので、そこを歩いて下ってくると、岩の上の一番大きな古城「カステル・グランデ」が前にそびえる路地(昨日一番下の写真)に出てくるという次第。(続く)

べりん9
べりん5
べりん10

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ベリンツォーナの古城

べりん2
ルガーノのあるティチーノ州の州都は、ベリンツォーナという古い街です。ベリンツォーナの旧市街の3つの城と防壁・城壁群は世界遺産に登録されています。
 ここは、山に囲まれるものの、谷間の街は、古くはローマの時代から交通の要衝。遺産登録されたのは、中世以降の3つのお城などです。
べりん13
 まず、一番大きな「カステルグランデ」は、大きな大きな岩の上に建っています。岩を掘りぬいて近年できたというエレベーターホールは、さながら、冷蔵庫にはいっているようにひんやりしていて、エレベーターを降りてきた人たちは、一様に、OH!(おお、さむっ!)と言ってました。
 それにしても、巨大な岩です。中の博物館に、出来た頃の様子が案内されていましたが、こんな大きな岩が、交通の要衝にあったら、そりゃだれでも、見張り所を作りたくなるだろうとわかります。しかも巨大な岩なので、小さなものではなく、大きなお城。
ベリン1

 あと二つは、「ステッロ・ディ・モンテベッロ」「カステッロ・ディ・サッソ・コルバーロ」ですが、大きな岩の上にある「カステル・グランデ」の写真(上から二番目)は、中腹の「ステッロ・ディ・モンテベッロ」から撮りました。(続く)

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ルガーノ湖

周遊1
 世界地図を見たら、イタリア コモ湖やマッジョーレ湖のおまけのような、あるいは、大昔、コモ湖とマッジョーレ湖がつながっていたとしたら、その間のいびつな溝のような感じで ルガーノ湖があります。
 周遊2
 そのルガーノ湖をゆっくり周遊してみました。その周遊の名前はインターナショナルツアーという、大層な名前。ツアーと言っても、定期船で、スイスパスでは、乗り放題ですが、イタリアとスイスの港(船着き場)を行ったり、来たりしながら、周ってくるので、そんな名前がついたのでしょう。(たった、二か国ですけど)
一番上の写真の右側がスイス。左側がイタリア。
 また、右側を航行していった奥にも、イタリア。
周遊5
周遊6
 中でも、下りて、歩いてみたかったのが、モルコートです。その高台にある優美な教会は、入り組んだ湖を見晴らすいい場所に佇んでいました。

周遊3
周遊4jj
周遊4
 湖の一番奥まったところ、小さな橋を隔てて港が二つありました。片やスイスで、片やイタリア。どちらにも、停まるのですが、素人には、どっちで降りてもよさそうなものなので、一つの港にすりゃいいのに・・・と思ってしまいます。が、多分、そんな単純なことではないんでしょう。
 

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鐘がなる

マンゾーニ3
 せっかく、ルガーノまで行ったのに、カ・リ・リ・ロの疲労を理由にした、調査不足の多いこと。・・と、またもや浅学の露呈。
 
 小さな街には、たくさんのカトリック教会がありましたが、それぞれが、内部の美しいものだったらしいのに、朝の散歩で、外観だけを見たにすぎません。
マンゾーニ2
 中でも、ん?と思ったのが、「マンゾーニ」の名前の書かれた銘板が教会Chiesa di Sant' Antonio Abateの裏手に大きくありました。
 マンゾーニの書いた「いいなづけ」は、イタリアではダンテの「神曲」と並ぶ、国民的文学のようです。20年くらい前、まだ文庫版になっていなかったこの「いいなづけ」(河出書房)を読んだことがあります。文章の多さにも関わらず、一気に読み進めた、面白い話だったと記憶しているも、細かい内容までは、全然覚えていないため、ましてや、イタリア語で書かれた銘板が、なんと書かれたものなのかもわからず、帰国したら、調べようリストに入れました。(いつ、できるか?は、不明ながら・・・)
 大体、マンゾーニ広場ってあったし・・・
マンゾーニ1
 それに加え、もう一つ、調べようリストに入れたのが、カフカの「変身」。ルガーノの美術館前にあった、カフカの銘板碑の裏には、多分「変身」した虫と思われる彫刻が・・・ なにゆえ、ここに?
 「変身」は、ずいぶん、昔、若い頃に読んだのですが、こちらは、衝撃的なテーマだけが記憶に残っているものの、読みにくかった印象もあるので、今度は、読みやすい訳の本で読み返してみたいと、思っています。
カフカ1
        カフカ7j
 うーん、他にも、色々、気になるのが、この街にはあって、当たり前のことですが、古い街には、古いだけ、歴史があり、奥も深いものだと再認識するのです。が、イタリア語は、よりわからない・・・
 一番上の写真(動画じゃなくて残念)のChiesa di Sant' Antonio Abate教会の鐘のように、しっかりせよと、鐘がなる。

*「いいなづけー17世紀ミラーノの物語」(マンゾーニ 平川祐弘訳 河出文庫)
*「変身」(カフカ)

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ケーブルカーと美術館のある街

ルガーノまち1
 上の写真は、右にケーブルが写るのがわかりますか?もう使われていない廃線です。ルガーノは、坂の街でもあるので、以前はこのケーブルが有効だったようです。それで、廃線横の階段を上って行って撮った写真がこれ。
ルガーノまち13

今は、駅から街に下りるには、これ
ルガーノまち11
 そして、大きな美術館。
ルガーノまち6
ルガーノまち12j

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彫刻のある街

ルガーノまち9
ルガーノまち
ルガーノまち10
ルガーノまち3
 ルガーノの街は、湖に面した小さな街ですが、いたるところに、彫刻が置いてあります。古くからのものも、現代のものも、前衛的なものも、抽象的なものも。現地のほとんどの人は気にも留めていませんが、我々、観光客には、温かく迎えてもらっているような気になります。一番下の写真は、マンションの共有地みたいなところにジャコメッティ風の黒い大きな彫刻が・・・
 ルガーノまち7

ルガーノまち8
ルガーノまち4

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ルガーノもスイスです。

ルガーノ3j
 今まで行ったスイスは、ドイツ語とフランス語がほとんどで、大抵の観光に従事る人たちは英語も喋りました。が、このルガーノという、イタリア語がほとんどの地(イタリアのコモ湖とマッジョーレ湖にはさまれている)に行くと、英語の表示もありません。
 イタリアの小さな古い保養地という感じで、ともかく、スイスっぽくない地でした。スイスは、交通機関の時刻も、きちんとしているのですが、ルガーノでは、それも、少々、ルーズな感じでした。でも、ルガーノもスイスです。

 街はルガーノ湖というくねくねした形の湖に面しています。そこには、小さなケーブルカーで登れる見晴らしのいい山 (モンテ・ブレとサンサルバトーレ)が二つあって、その両方に上がってみました。スイスアルプスの眺めを楽しんだことのあるものにとっては、ずいぶん、スケールの小さいものとはいえ、やっぱり、見晴らしのいいのは気持ちがいい。
 そうそう、その小さなケーブルカー、神戸の六甲山ケーブルや摩耶山ケーブルに似ています。
ルガーノ6
ルガーノ4
ルガーノjjjj
ルガーノ5
 その山の上を少し歩いていたら、松葉を踏みしめる匂いがしました。日本の山(と、いっても、子どものときに登った近くの山)の匂いと同じで、今までスイスのアルプス地方のトレッキングでは感じたことのない、懐かしい気持ちになりました。そのとき、ここは、ずいぶん気温の高い地なのだと気が付いた次第です。そう、思って、周りを見渡すと植物が、うっそうと生えていて、緑も濃いのがわかりました。

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イタリア所属

ルガーノj
 昨日の、強烈な台風は、関西方面にも大きな爪痕を残して、またたくまに通っていきました。
 電車も、道路も、市井の人々も、準備・留意していても、自然を押さえ込むことはできません。
 地震も、豪雨も、洪水も、何もかも、自然の猛威に逆らえない・・・人は、最小限に被害を抑えるために努力するだけ、これからも、ずっと。

 スイス ルガーノで二晩続けてみた、雷も、かなりのものでした。ルガーノは、すぐ隣がイタリアで、ミラノやコモ湖にも近いのです。天気予報では、夜に雷雨と出ていましたが、夜中に、突然、雷が鳴り続け、稲光で、空が明るくなりました。落雷の閃光は、まぶしく、次々、イタリア方面に落ちていきます。

 もともと、室内で見る雷は怖くないたちで、どのみち、時差ボケで眠れないので、1時間ほども見ていたのですが、ああ、これがローマ神話のジュピター(ユピテル)なんだと、実感しました。天空の神、気象現象、特に雷を司るジュピター(ユピテル)。

 イタリア方面に落ち続ける稲妻は、鉄槌を下しているように見えます。天空を怒らせてはいけません。涼しいはずの夏が不安定な気候になっているのを、ジュピターは、怒っていたのか?
 ただ、この後滞在した、スイス山岳地方などでは、毎夜のように、満天の星を眺めましたから、ジュピターの怒りはスイスの山までは届いていないかも、ジュピターはやっぱり、イタリア所属?などと、思ったりしました。

☆写真は、スイス ルガーノ モンテブレからみた、市街地とサンサルバトーレ。
 写真下、朝起きたら、イタリアの方からサンサルバトーレに朝日が当たっていました。
ルガーノjj

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ゴッタルト特急

ゴッタルト2
ゴッタルト3
 一番上の写真の教会が、次の写真では,下手、反対側に見えています。トンネルを出ると、いつのまにか、ぐるっと回って上方まで来ていました。
 
 今夏乗ったパノラマ路線は、乗ってみたいと思っていた路線ではありませんでした。言い訳するなら、忙しくて、あまり頭が回っていなかったこともあって、本当は乗って見たかったトロルが出てきそうな谷底の上の橋を通るベルニナ特急ではなく、ゴッタルト特急を選んだという次第。

 もう一つ、言い訳するなら、昨夏、ルチェルン交通博物館➡➡でみた、ゴッタルトトンネル掘削工事➡➡の印象が強く、トンネルで一気に、イタリア近くのスイス国境に行くより、旧路線でゆったり、パノラミックな景色を楽しもうと考え、予定を組んだ次第。
 ゴッタルト1j

 結果、カ・リ・リ・ロが乗りたかった路線ではありませんでしたが、まず、ルチェルンから船に乗り、周遊しながら、今度は鉄道に乗り換え、列車に迫る山間を抜け、いつのまにか、ぐるっと回っているトンネルを抜けたりしながら、着いたのは、ルガーノという、およそ、今まで行ったスイスとは、雰囲気の違う町でした。

ゴッタルト4

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ヨットのダンス

ヨット4
 ゆっくりする・・・・のが、今回のテーマだったような気がしますが、中でも、夕方、早めに部屋に帰ってゆったり過ごし、湖をぼんやり眺めるというのがありました。
ヨット1
 レマン湖は、モントルー、ニヨン、モルジュとおよそ三つの町に宿泊したことがあるのですが、どの町でも、ベランダのついた部屋を予約し湖でヨットが浮ぶのを眺めています。
 小さな町にも、小さなヨットハーバーがあり、そこのヨットのオーナーたちは、ウィークデーのアフター5に、それぞれがボートを出し、一緒に楽しんでいるのです。そのシステムを知らないので、推測に過ぎませんが…
ヨット3
 誰からともなく、ヨットは湖の中ほどに集まり、一定方向に回ったり、離れていったかと思うと、集まったり、大きなものが先頭で小さなものがついて行ったり、あるいは、一部が集まり、くるくる回ったり、一斉に帆をはらんだかと思うと、綺麗な色の帆に皆替えたり(この辺りのヨットの帆の扱いについては何もわかりません)
 湖を舞台に、ヨットというダンサーたちが踊っているようで、楽しいものでした。これまでも、いつも、見ていたのですが、今年ほど長時間、彼らの動きを楽しんだことはなかったので、やっぱり、我々もゆっくりしていたんだと思います。
ヨット2
 そして、一艇 離れ、一艇離れして、それぞれがそのヨットハーバーに帰っていくのが、暗くなる9時前でした。あんなに風をはらんで、おなか一杯になった彼らは、きっと、いい夢を見られるのだろうと思います。
よっと5

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朝焼け

あさやけ1
 昨日の写真は、モンブランの夕焼けでしたが、旅行者としては、時差ボケもあって、とても早起きな毎日を送っていました。夜は9時頃まで明るいものの、朝は、6時半頃でもまだ日本の夏の朝ほど明るくなりません。そのあと、一気に明るくなりますが…
あさやけ2
あさやけ3

ギース1

 どこも朝は、空気が美味しく、人も少なく、静かで、ゆっくりできます。
あさやけ4
☆写真上から、スイス ルチェルン(右端にリギ山見えます)、ルガーノ湖(上方に小さく月が見えます)、レマン湖、ブリエンツ湖(中央奥に、ニーセン山が見えます) 、一番下はレマン湖の向こうに見えるモンブランの朝焼け(昨日のは、モンブランの夕焼け)

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寄る年波

もんぶらんjj
 もともと新規な場所より、慣れたところに行くのが好みです。
 また、子どもが小さい頃何度か行った沖縄方面も、台風が来たとしても、せめて1日は楽しめるだろうと、最低3泊していたように、今も、3泊したら、お天気のいい日もあるだろうと、予定を組みます。

 加えて、今夏は、さらに 無理せず、弾丸で動き回ることはしませんでした。寄る年波のせいでしょう。
 以前なら、拠点の宿泊場所を中心に こことあそこ・・・と一日を十分に活用したものでしたが、今回は、夕方早くには、ホテルに戻り、ゆっくり、ベランダで夕食をとることが多かったです。9時頃まで明るいので、本当にゆっくりできます。

 さて、一旦、駅や有名な観光スポットに出かけると、人口世界1の国の人たちが、溢れかえっていました。ほんと、すごーい多い!人口世界2の人たちも多いものの、荷物が多すぎで足枷がついているように見えました。そして、人口では、日本の半分の人口の隣の国の若者もたくさん見かけました。およそ、安全で清潔な国スイスに溢れかえる有色人種の人たちのなかで 日本人は、ほとんど見かけませんでした。

 とはいえ、駅や有名な観光スポット、街以外では、日本語もアジアの言葉も聞こえない環境です。
 昨年のライン下りのときのように➡➡、何時間も列車や船に乗ってぼぉーっと景色を見、居眠りをしていると、今までの疲れがとれていきました。

☆写真上は、夕陽に染まるモンブラン。下は部屋の大きな窓から見る景色。さながら、額に入った 時々刻々変化する絵のようです。
もんぶらんj

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