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みんなみすべくきたすべく

42年の歳月は・・・

紅葉1
 (承前)
 紅葉より団子➡➡、といいつつも、今年の紅葉・黄葉は、ことさら 綺麗。
 上の写真は、ベランダから見える六甲山系ですが、この季節、神戸生まれでよかったなと思うのは、秋は近くの山が錦に染まるから。春には、近くの海がひねもすのたりのたり・・・・およそ、東西に細長い神戸は(旧市内)、海が近く、山が近い。
 
 カ・リ・リ・ロの生まれは神戸の西の方。特に海が近いところ(須磨)。それで、西の方の高校を卒業し、遠くの大学に通い、東の方、山に近いところ(六甲山系)で、家庭を持ちました。
 
 さて、ここからが本題です。
 その高校の、すぐ近くに公立図書館がありました。
 時々通う、その図書館、明るい部屋は児童図書のコーナー。すました女子高校生は、ときどきその部屋に入るものの、いつも厳しい視線を感じました。司書さんが、目で言っています。ここは、大きい人の部屋じゃないのよ、わかってますね。
 
 そして、大学の頃、たくさん家庭教師のバイトをしていました。神戸の東の方にも行っていました。バイトの行きかえり、ふと見ると、開店早々、ピカピカの児童図書専門店。
 のぞくと、わあ!絵本がいっぱい。
 卒論は絵本。入ってみよう。
 ・・・・・・・およそ、家庭教師の回数だけ、寄り道していました。

 大学を卒業し、小学校の教員になりました。新卒教員は、仕事のこと、生徒の事、色々悩みがありました。
 閉店間際のその店に立ち寄って、店主のおじさんに、よくコーヒーを飲ませてもらい、話を聞いてもらうようになりました。(隣が美味しいコーヒー店) 今は、飲まないコーヒーですが、当時は、まだ飲めていましたしね。
 そんなとき、仕事を終えた店主の奥さんも加わって、3人で、話したこともありました。
 なんと、その奥さんは、高校の横の公立図書館の児童書コーナーの司書だったあの人。

  その後、23歳で結婚し、住んだのは、神戸の東。たまたま、その児童図書専門店まで歩いて5分のところ。
  子どもが出来て、手狭になった家を転居したものの、やっぱり住んだのは、神戸の東、六甲山系が迫っているところ。児童図書専門店から15分のところ。そのあと、20年足らず、六甲山系の東端に転居するものの、児童図書専門店に車で30分。

   いつの頃からか、店主のおじさんより、司書をやめたおばさんが、ほとんどお店に立っておられました。もちろん、お二人でお店にいらっしゃることも。

  ・・・・・・・・・・・・・・・きりなく、その児童図書専門店との関わりがあります。
 おばさんには、うちに来ていただいたこともありました。伺ったことも、一緒に出掛けたこともありました。
 お祝いをいただいたり、お悔やみをいただいたり、お見舞いをしたり。
 店と客の域を超えていたようなときもありました。
 交わした言葉も、指導の言葉も、たくさん覚えています。
 そして、あの阪神淡路の震災。
 ここで出会ったたくさんの人たち、離れていった人たち。
 ここで繋がった、そして、今も繋がっていると思うたくさんの人たち。
 今のカ・リ・リ・ロの血肉となった42年の歳月。

 この度、その児童図書専門店は、閉店に。
 おじさん亡き後、おばさんおひとりで頑張ってこられたものの、今や86歳。
 どうぞ、ゆっくりなさってください。(続く)
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蛇足ながら、ネット情報をラインで共有した、うちの子ども3人(全員、三十代)のコメントです。
 長男:ありゃ。寂しくなるなぁ。お疲れ様やな~
 次女:ここで買ってもらった本で育ったね
 長女:今は うちの子が読んでもらってる    

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