FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

ドーデ―とジャポニズム

じゃぱんj
(承前)
 偶然でしたが、かの「北斎」展➡➡を 大阪あべのアルカス美術館に見に行く少し前に、「月曜物語」(ドーデ― 桜田佐訳 岩波文庫)に入っている「盲目の皇帝」という短編を読んでいました。

 「盲目の皇帝」は、ドーデ―がまだ見ぬ日本への憧れとともに、ドイツとフランスとの関係を描いた一篇です。
 ここには、ドーデーと≪1866年の春、日本の植物に関する数々の名世によって学界にその名を知られている、オランダ国勤務のバヴァリアの大佐ジーボルト氏≫との交流とが書かれています。1866年の春という意味は、我々にはピンときませんが、プロシア対南独諸国の戦争があり、ミュンヘンの議会で、シーボルトのの大量の収集品を買い上げる予算を可決しようとしていたその頃の話なのです。

 で、どこが北斎展とつながるかというと、かの北斎展には、「ヨーロッパ風の様式で描かれた風俗画」というコーナーがありました。
 オランダ東インド会社が北斎に当時の日本の民俗画を発注し、シーボルトなどが引きとったとされています。そして、あべのハルカス美術館で見たのは、確かにオランダ製紙に描かれた当時の風俗画でした。紙が違うので、発色もまったく異なって見えました。今や、これらは、ライデン国立民族学博物館の所蔵となっているのです。

 つまり、ドーデ―がシーボルトに直接見せてもらった収集品の中に、北斎があったかもしれないということなのです。
≪・・・・札を付けて陳列された珍奇な品々は、はるばる故国(くに)を離れて渡ってきた物品のあの哀愁を帯びた集まりとして、立派に一つの博物館を造りあげていた。ジーボルト老自身までその一部となっているような感じがした。私は、毎日彼に会いに行った。そして私たちは一しょに版画で飾られた日本の写本などをめくっては長い時間を過ごした。科学の本、歴史の書と様々ある中には、床の上に広げなくてはならないような大きなものもあれば、指のつめぐらいの大きさで、虫めがねを使ってようやく読めるような、金粉を塗った繊細な貴重なものもあった。ジーボルト氏は八十二巻から成る日本の百科辞典を見せて私を感心させたり、あるいはまた日本の最も有名な詩人百人の伝記と絵姿と叙情の断片とを収めている、日本の諸天子の勅選によって公にされた「百人一首」というすばらしい詩集の中の一首を私に訳してくれたりした。次ぎに私たちは彼の集めたいろいろの武器を並べてみた。幅の広いあごひもの付いた金のかぶと、よろい、くさりかたびら、テンプルの騎士を思わせる、それで日本人がみごとに腹を切ると
両手で抱えるような大きな刀。・・・・(後略)・・・・≫

 ね!ここを読むだけで、ドーデーとシーボルトがわくわくしながら、遠く日本を楽しんでいる様子が伝わります。が、ここに出てくるものが、日本人であっても、よくわからないものもあって、ジャポニズムとヨーロッパを語るには、まだまだ研究が進んでいないのではないかと、思います。・・・それに、最近、東京国立西洋美術館の「北斎とジャポニズム」を鑑賞してきた身としても、そう思います。
☆写真は、スイス ザンクトガレン テキスタイルミュージアム➡➡ 絵巻のように長く、布の取引の様子を描いた絵の一部。髷を結った日本人商人が布を見ています。

PageTop