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あおいやまいぬ

あおいやまいぬj
(承前)
 昨日の、文庫本ナルニア新訳タイトルには、驚いたものの、こちらの新訳は、色々考えさせられました。

 絶版になっていた瀬田貞二訳「あおいやまいぬ」(マーシャ・ブラウン 佑学社)です。かつてのものより、印刷も綺麗に鮮明になっています。こちらも、タイトル変わって「あおいジャッカル」(マーシャ・ブラウン こみやゆう訳 瑞雲舎)
 
 訳者のあとがきによると、≪このタイトルの改題は、作者マーシャ・ブラウンとの生前の約束で、改題と同時に訳も刷新し、マーシャが原典とした世界最古の子ども向け物語集といわれる『パンチャタントラ』とを読み比べながら翻訳≫されたようです。つまり、作者の意図を組み、さらにその原典にあたるという労作。

 が、ひっかかったのは、このジャッカル本人の名前です。
 瀬田貞二は≪よくなくので、“とおぼえ”と なのついたやまいぬが、まちはずれの はげやまの あるほらあなに すんでいました。≫
 新訳こみやゆうは≪むかし、だれよりも あらあらしい とおぼえを するので、あらぼえと よばれた ジャッカルが、まちはずれの はげやまの どうくつに すんでいた。≫とします。

 英語の原文を読んでいませんが、多分、この「あらあらしい」という言葉をつかった「あらぼえ」という名前は、原文に忠実なのだと思います。ジャッカルの名前に過ぎないと考えると、「あらぼえ」でもいいと思う気もします。
  
 その「とおぼえ」あるいは、「あらぼえ」が遠吠えを聞くシーンがあります。
瀬田貞二訳≪あるねむたい ひるさがり、とおぼえの みみが ぴくりとたって、あたまから かんむりが ころげおちました。一むれの やまいぬが やまでほえていました。とおぼえのめに うれしなみだが あふれました。≫
こみやゆう訳≪ある とろんとした しずかな ひるさがり、とつぜん、あらぼえの みみが ピンとたって、はずみで あたまの おうかんが おちてしまった。とおくの おかから、ジャッカルたちの とおぼえが きこえてきたのだ。そのなつかしさの あまり、あらぼえの めには なみだが うかんんだ。≫

 瀬田貞二訳では、「他が吠えていた」と訳すことによって、遠吠えできる「とおぼえ」本人が際立ちます。
 こみやゆう訳では、「遠吠え」を聞くのは、「あらぼえ」という名の遠吠えできる一匹で、仲間意識が見えます。
 さて?

 また、名前ですから、何度も「とおぼえ」あるいは、「あらぼえ」と出てきます。
 かつて、瀬田貞二訳で初めて、この絵本を読んだとき、インドの話と日本語の言う「負け犬の遠吠え」という言葉の近しいイメージが重なって、世界は狭いものだと感じ、この絵本全体を、負け犬の遠吠えの世界と重ねていました。
 が、新訳で、名前が「あらぼえ」になることによって、その負け犬の遠吠えという言葉から少々距離ができたような気がします。

 マーシャ・ブラウンの生き生きとした版画は、ジャッカル、やまいぬの遠吠えが聞こえるようです。
 米国人マーシャ・ブラウンが築いた世界を翻訳することと、日本の子どもが日本語で味わう世界を表現すること・・・・
 奇しくも、昨日のナルニア国物語(岩波)と「あおいやまいぬ」の訳者は、同じ瀬田貞二でした。

 瀬田貞二は「絵本論 子どもの本評論集」(福音館)でいいます。
「文章のすばらしさが、じゅうぶんすきのない可視的な一つの世界を表現し、絵のすばらしさがその世界を百倍も千倍も生き生きとくみあげて、ここに完璧な魅力のある絵本が、一体として、子どもたちの眼前におかれるのです。」  

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