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みんなみすべくきたすべく

生涯の核そのものとなっているたくさんの小さな出来事

渓谷j
(承前) 「マーカイム・壜の小鬼 他五篇)」(スティーヴンソン作 高松雄一・高松禎子訳)に入ってるのが、殺人を犯した人の心理的葛藤、そして、その時の流れと情景が描かれている表題の「マーカイム」。この話には、もう一人の自分と思われる人物が登場し、現代の作家の作品だと言ってもいいような古さを感じさせない設定です。

 また、「ねじれ首のジャネット」という、表題からして、怪奇ものというのがわかる作品も入っています。
≪スコットランド方言で書かれた怪談でスティーヴンソンの年長の友人ヘンリー・ジェイムズがこの短編の初出を読んで「十三ページで書かれた傑作」と絶賛したらしい・・・≫(訳者解説より)

 この怪奇ものより、先の心理ものより、個人的には「水車小屋のウイル」という短編が気になりました。
 ただ、淡々と粛々と生きた、一個人のフィクションです。渓谷地帯で、養い親に育てられた孤児の一生ものです。一度も自分の思いを叶えることなく成人し、成功もし、恋をしても、結ばれることなく独身のまま老いて亡くなる・・・という話です。
 少年の頃のときめきの描写、年老いた心の描写など、少年でも、その時は老人にもなっていなかったスティーヴンソンの想像力とその筆力に感心するのです。

例えば、少年の頃、
≪…彼は川に行って魚にそう言うのだった。おまえたちはこういう生活をするために創られた。虫と流れる水と、崩れかけた土手の下の穴があれば満足するのだからな。でも、ぼくはそんなふうにはできていない。さまざまな欲望と憧憬に満ち満ちている。指先はむずむずするし、目は欲望に輝いてる。多様に変転するこの世界全体の様相もぼくを満足させることはできない。ほんとうの生、ほんとうの明るい日射しをはあのはるか向こうの平野にあるのだ。ああ、死ぬ前に一度だけこの日射しを見ることができたら!黄金の土地を心楽しく歩くことができたら!鍛えあげた歌い手の歌や、音色うるわしい教会の鐘を聞き、休日の庭園を見ることができたら!「ああ、魚よ!」と彼は叫ぶのだ。「おまえたちは頭の向きを変えて流れに身をまかせさえするならごく容易に伝説の海に入っていくことができるし、大きな船が雲のように頭の上を通り過ぎるのを見ることも、大きな波の山が一日じゅうおまえたちの上で音楽を奏でるのを聞くこともできるんだよ!」だが魚たちは頑なに向きを変えようとはしないから、ウィルは泣いていいのか笑っていいのかわからなくなってしまう。≫

そして、老境に達した頃、
≪七十二歳のある夜、彼は心身にかなりの違和感を覚えてベッドで目を覚まし、身なりを調えると、考えごとでもしようかと東屋に出た。あたりは星一つ見えない真っ暗闇である。川の水かさは膨れあがり、雨に濡れた森や草地の芳香があたりに立ちこめていた。日中には雷が鳴ったが、明日も雷雨になりそうな気配がある。七十二歳の老人にはなんとも陰気な蒸し暑い夜だ。天候のせいか、寝そびれたせいか、あるいは老体にいくらかの熱があったせいか、ウィルの心は狂おしく叫び立てる過去の記憶に責め立てられた。少年時代、太った若者と話しこんだ寄る、養父母の死、マージョリーと過ごした夏の日々、そのほか、他人にはなんの意味も持たないけれど彼にとっては生涯の核そのものとなっているたくさんの小さな出来事――目で見た物事、耳で聞いた言葉、意味を取り違えた眼差しなど――がとっくに忘れていた片隅から立ち現れて彼の注意力を占領した。≫
(続く)
☆写真は、スイス ニーダーホルンから

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